サエ 終章

全力を尽くす

 エイコちゃんは、変わっていた。

 エイコちゃんの持つ個性は、他と混じり合うには、苦労するものだった。

 個性的な感性。個性的な発言。個性的な態度。個性的な、性格。

 それらはエイコちゃんの美貌が無ければ、決して認められない類のものだと、親友である私でも、思う。

 そんなエイコちゃんを、私は支えようと、思っていた。ずっとずっと、親友であり続けようと、思っていた。

 しかし、些細な諍いさかいで亀裂が入り、その後の話し合いで双方納得したにも関わらず、溝は埋まりきっていない。

 エイコちゃんの個性を考えたら、なんだか生涯、埋まらないような気がして、ならない。

 泣いても。怒っても。受け入れても。エイコちゃんが私を見る目は、変わらないような気がする。今までに聞いた、数々のエイコちゃんの言葉が、私にそう思わせる。

 私は佳代お姉さんのように、上手にエイコちゃんを包みきれていなかったんだろう……。

 寂しい。

 佳代お姉さんに対して、敗北感と、嫉妬心が、湧いているのを、自分で薄々、感じていた。

 そしてその感情は恐らく、エイコちゃんが先生に対して感じていた感情と、同じもの。

 ……これから先、エイコちゃんは、私と仲良く、してくれるだろうか?

 明日エイコちゃんと合う約束をしている真夜中に、私は布団の中でウジウジと悩んでいた。そしてその感情に耐えきれなくなり、携帯を握りしめる。

「……せんせぇ」

 私は先生に、メールをした。

 寂しさを埋めるために、エイコちゃんが望まない事を、繰り返す。

 セイヤ君の事件が学校中の噂になっている。エイコちゃんは被害者という形で、それに関わっているらしい。

 その事を、明日私に、話してくれるだろうか……。

 そんな不安を、先生へのメールに、書きなぐる。


 よく晴れた日曜日の午前十時。私は自分の家を出て、エイコちゃんの家へと向かった。

 私とエイコちゃんの家はとても近い。家の前の道を数秒歩けば、すぐにエイコちゃんの家が見える。

 私はエイコちゃんの家のチャイムを鳴らし、エイコちゃんが出てくるのを待つ。

「はいはい」

 数十秒後に玄関から出てきたエイコちゃんの表情は、微笑みだった。

 とてもとても可愛らしい、誰に憎まれる事の無いであろう、微笑みだった。

 しかしその微笑みの正体を、私は知っている。本人が言っていた事だ。

 エイコちゃんが誰かに見せる微笑みは、他人から攻撃されないために作っている、偽りの微笑み。その偽りの微笑みを、親友である私に、向けている。

「これ、ギターね」

 エイコちゃんは微笑みの表情のまま、私へギターを差し出した。私はそれを、両手で受け取り、強く強く抱きしめる。

 ……ギターが愛しくて、堪らない。愛しくて堪らないのだが、それはきっと、エイコちゃんの、少し乾いた態度に触れているせいなのだろう。

 恐らくこの先、エイコちゃんが私に渡すものは、無い。

 物も、心も、私に、渡さない。

 そう感じる。

「わぁっ! ありがとぉ! チャキマルのお墓から持って来るの大変だったでしょ? ごめんね?」

「いやいや全然」

 エイコちゃんはニッコリと微笑み、首を横に振った。

 なんだかとても、とても、浅い言葉のように、感じる。

 エイコちゃんは、その後に言葉を続けない。ずっとずっと、微笑みの表情のまま、私の顔の、少し下を、見つめている。目を、合わせてくれない。

 ……悪い態度じゃないだけに、何も言えない。

「……あのさっ、これからギターの練習、行かない? いつもの公園で」

 沈黙に耐えきれなくなった私はエイコちゃんにそう切り出すと、エイコちゃんは眉毛をピクリと動かし「あー」と呟き、チラリと後ろを振り返ってから「うん、いいよー」と、答えた。

 嫌、なのかな……なんて、思ってしまう。

「着替えてギター持ってくるから、ちょっと待ってて」

 エイコちゃんはそう言い、私の「うん」という返事を聞く前に、家の奥へと入っていった。

 ……エイコちゃん。エイコちゃん。

「エイコちゃんっ……」

 私は小さく、呟いた。


 ギターケースを背負い、私はエイコちゃんの隣を歩く。エイコちゃんの顔に視線を向けると、エイコちゃんは微笑んでいた。

 エイコちゃんの顔を覗き込んでいる私の顔へと視線を移し、エイコちゃんは更に微笑みを深める。

「なぁにー?」

「ううん、なんでも無い」

「んー? そう?」

「うん」

 意味の無い会話はいつもの事だが、今日の会話はそれに加えて、乾いた印象を持ってしまう。

 そんな風に思っていたその時、エイコちゃんは何かを思いついたかのように「……あーそうだサエちゃん」と、私の名前を呼んだ。

 私の心臓は、ドキンと跳ね上がる。

「えっ? え……な、なぁに?」

「僕、クラスメイトと話したよ」

「……そうなんだ」

「うんー。挨拶程度だけど、声出たよ」

「うん」

「……何……こい……ね……アイツら」

「……ん?」

「ううん。なんでも無い」

 エイコちゃんはニッコリと微笑み、首を横に振った。

 ……なんだ、ろう……なんだろう……。

 なんて言ったんだろう。なんで、教えてくれないんだろう。

 セイヤ君の、事、だろうか……。

「そうなんだ」

「うん、だから僕の事は」

 エイコちゃんは、微笑んでいる。

 微笑んでいる。

「もう心配しないで。なんとかやっていけそう」


 寂しいよ。エイコちゃん。

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