それでも生きる僕
聞きなれない着信音が僕の携帯から聞こえてきた。
眠っていた僕はガバッと体を起こし画面を見つめると、そこには「公衆電話」の文字が、表示されていた。
通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。僕は寝起きでカスカスになっている声で「もしもし?」と、呟いた。
「あ……え……エイコさん」
セイヤの、声だった。
僕は思わず部屋にかけてある時計へと視線を向ける。どうやら夜中の十一時を回ろうとしている所。
なんだってこんな時間に、公衆電話から電話をかけてきているんだ?
「……なんで公衆電話?」
「あっ……俺、携帯持ってないし、家じゃあ……宮田家とは、関わるなって、言われてる……だから親が寝るまで待って、窓から外に出て、電話、かけた」
そりゃあ、そうか。そう言われるだろう。過去の事件はお互いの家にとって、苦い思い出にしかなっていない。
「学校とか警察から連絡あった?」
「え……? いや……来てない。なんでですか?」
……そう、なのか。意外だ。
それにしても……。
「なんでですかって……アンタ、僕の同級生の頭かち割ったでしょ? どっちが悪いとか先に手出したとか関係無く、普通親は黙っちゃいないでしょ? 警察はまだしも、学校に連絡されても不思議じゃない」
「……なるほど」
なるほど……?
コイツ、やっぱり変。昔から変だった。罪悪感という概念が希薄である。
「俺がガキの頃、好き勝手やっても許されてたのって、俺のじいちゃんが昔、市街化調整区域の撤廃運動を指揮して、今みたいに住める状態にしたからなんだよ。だから結構な影響力があるみたいで」
「知ってるよ。それでも頭割ったんだよ。僕が親なら殴り込みに行ってる」
「……はははは」
「何笑ってんのっ? 何?」
「……うちに殴り込みに、来たよね。俺が少年院に行くかフリースクールに行くか揉めてる最中に」
「だから、何がおかしいの?」
「……変わってないなぁって、思っ……思いまして。そう思ったら、なんか嬉しくて、わら……って、しまいました」
……変わっていないの、だろうか。
変わったと、思っていたんだけどな。
あぁ、腹立つ。変わっただろ。大人になっただろ。僕は。
「はは……すみません、不謹慎、でしたね。ですけど来ないんですよ、あの程度じゃあ」
「アンタん所の母親も、うちに殴り込みに来た。それからしばらく、僕ん家は母親不在だった」
恐ろしいほどの低く冷たい声が、僕の口から飛び出してきた。
「……そう、だったんですか」
「今でこそ家に居るけど、部屋から出てこない。最近じゃあ顔すら見かけないよ。僕が居ない間に家出てパチンコ行って、僕に会わないようにコッソリ帰ってきて、また部屋に塞ぎ込む。そんな毎日だよ」
「……あ」
「父親とわざと喧嘩してさ、家追い出してさ、養育費要求してさ、その養育費でパチンコいってさ、生活保護とか国の支援制度受給するために離婚したいとか言い出してさっ!」
「あ……っ……エイコさん」
「僕がそれについて怒ったら塞ぎ込んで会ってくれないし、今僕誰の扶養なのかもわかんないっ……僕ってまだ、宮田なの? そんな時にさぁっ、サエちゃんは先生に恋しちゃうしさぁ……お前は現れるしさぁっ……それでもぼくは大人の対応とってたよぉっ……なんで変わってないなんて言えるんだよぉっ」
愚痴が溢れて止まらない。
まだまだ止まらない。全然止まらない。
頭のネジが、ぶっ飛んだ。蛇口がぶっ壊れた。
「僕は、母親を家族って思えない。同居人って、思ってる……だけど僕がご飯作らないと、アイツ何も食べない……毎月父さんからお金少しだけぼくの口座に振り込まれるから、それでスーパーで買い物して、ご飯作ってるっ……変わっただろ、ぼくはっ」
「えっ……エイコさんっ……悪い意味で、言ったんじゃあ、無いんです……あの……変わりました……凄く、立派に、なってますっ」
「……だろ? 無責任に、変わってないなんて、言うな……何も、知らないくせに。他人を評価する前にまず、知ろうとしろ」
「……すみませんでした」
セイヤは、押し黙った。
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