無力を自覚する僕

 カヨネェの車で家まで送って貰った僕はカヨネェに別れを告げ、家の中に入ってすぐに備え付けの電話を確認し、着信が一件も無かった事に安堵してからシャワーを浴び、同居人と自分の晩御飯を作りそれを食べる。

 時計を見つめてみると、もうそろそろ九時になろうという時刻。僕はイソイソと食器を片付け、自分の部屋に篭った。

 布団を敷いて、その上に横になる。なんとなく携帯をいじり、それに飽きたら漫画の本に目を通し、その時を待った。

「……んぁー」

 夜の九時をいくらか過ぎた頃、僕は再び携帯を手に取り、画面を見つめる。そこには通知が何も無い、ホーム画面を映し出されているだけ。

 なんとなくだが、想像していた。僕を守るためとはいえ、特殊警棒で二人の人間の頭を殴ったのだ。血が出るほどの怪我だったのだから、殴られたほうは病院に行っている筈。その報告は、恐らくだが、学校と警察に届いているだろう。

 学校は隠蔽体質だが、病院は違う。傷害による来院者の場合、警察への連絡を義務付けられていると、聞いた事がある。以前にも事件を起こしているセイヤは今頃補導され、事情聴取を受けている……のかも知れない。

「……くそっ」

 僕は携帯を枕の上に投げ、気分を落ち着けるため、部屋の隅に置いてある大型のナイフへと手を伸ばした……のだが、更に嫌な気分が湧いてきて、僕は仕方なくギターを手に取り、軽く弾いた。

 しかし、どうにも集中して弾く事が出来ない。汚い音が出ているように感じ、僕はすぐさまギターを元の場所に戻した。

 僕の精神安定剤であるカヨネェから離れて僅かな時間しか経過していないというのに、またしても精神が乱れているのが分かる。

 焦りに似た感覚が湧き、それが僕の足をジタバタと動かす。


 世の中、ままならない。

 自身の無力を、痛感する。


 サエちゃんはそう遠くない未来、物理的にも精神的にも、穢されるのだろう。というか今日、サエちゃんが僕を置いて学校に行ったのも。僕の存在を気にせずクラスで笑っていたのも。以前のサエちゃんでは考えられない事。もう既に毒牙にかかり、穢れていっているように思える。

 サエちゃんが「穢された」という意識を抱くかどうかは別にして、事実として穢れていくし、穢れている。

 いい子なサエちゃんは、絶対に上手く行かない恋愛を前に、知らなくていい事を知り、感じなくていい感情を感じ、スレにスレて、黄金だと感じていた魂の輝きを、失っていく。

 変色した心は、輝きを取り戻そうと「理想の恋愛」を求めるようになる。そしてまた、変色する。

 それを繰り返し、繰り返し、繰り返し……いつしか魂は、輝いていた事さえ、忘れるのだろう。

 長所が見当たらない、普通の人間になるのだろう。

 恋愛は悪い経験じゃないと、カヨネェは言っていた。それには同意する。僕だって、恋くらいした事があるから、分かる。

 だけど、サエちゃんの場合は、相手が悪い。小六の時、僕が問題を起こした際の、無責任な対応と言動が、アイツの本性。アイツは本質的に、子供が嫌いなのだ。関わるのが面倒くさいのだ。そのくせ、サエちゃんの持つ黄金の魂に感激して、近づいた。漆黒の夜に光を放つ街灯。それに群がる羽虫のように、アホ面で寄ってきたのだ。

 そしてその光を、意識的か無意識か分からないが、穢していく。

 クズだ、アイツは。クズなんだ。クズ。自身の矛盾に気付いてさえいないだろう。

 傷付かない恋愛は無いとしても。それでも、相手が悪すぎる。他の人となら、普通に応援、させてもらっていた。

 なんとか……したかった。


 そして、セイヤ。

 セイヤの事を思うと、胸が苦しい。

 セイヤのやつれた表情は、まるで昔の自分を見ているようだった。そんな辛い状態だと言うのに、他人を傷付けるという形ではあるが、僕を助けてくれた。

 胸が、苦しい。

 早く、電話、かけてこい、セイヤ……。


 そんな事を思いながら僕は、横になって目を閉じた。

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