毒を吐き出す事を遠慮しなくなった僕

 いくら精神が安定していようとも。いくら血が滾ろうとも。いくら相手を思っていても。いくら全てが上手くいく事を願っていても。出来ない事は存在する。

 そりゃそうだ。僕なんてちっぽけな、いち人間。

 言えない事は言えないし、伝わらないものは伝わらない。

 こっちにも向こうにも主義主張があって、それを通したいと思っている。対立とはそういう事。

 もしこれが戦争ならば、それはそれでまた別の覚悟が必要になる。そもそも僕がしたいのは戦争では無い。

 となれば結局、平和を維持するためには、どちらかが折れるしか無い。司法や常識が通用する、正常な判断を下すのであれば、非のある方が折れるのが、自然な流れ。

 つまり僕。

 僕は、折れた。


 カヨネェの車の助手席に座りながら、僕は小声で、先程のサエちゃんとのやり取りを、カヨネェに漏らしていた。

 カヨネェは最初「仲直りできて良かったじゃん!」と言っていたのだが、僕の説明を聞いていくうちに、どんどんと口数が減っていくのが良くわかった。

「カヨネェは、先生とサエちゃんがこのまま付き合ったら、どうする……? 僕に気を使わなくていいから、カヨネェが思った事を教えて欲しい」

 話し終えた僕は最後に、カヨネェへと質問を投げかけた。

 カヨネェはアヒル口を作り、眉毛を垂れ下げながら「んぁー」と何度か呟き、僕の顔をチラリと見る。

「エイコを擁護する訳じゃないけど、先生と付き合うのは、辞めといたほうがいいとは思うよ。恋愛という経験は悪い事じゃないし、人を成長させる部分もあるとは思うんだけど……先生は大人の男、でしょ……? あー……うー……無事じゃあ済まないっていうか……先生には性欲があるけど、もちろん立場もあって……散々弄ばれた挙句、バレた時とかバレそうになった時、ポイって捨てられるのかなぁとか、心配になる」

「……意外と普通な意見だね」

「意外ってなんじゃおいっ!」

「個の自由を主張すると思ってた」

「自由には危険がつきもの! 大人になると、どー生きたって常識は多少身につくんだよ」

「その常識が身につかなかった先生はクズだって事だね」

「あーっ、そうとも、言い切れないかなぁ。本当にサエちゃんの事を思うなら身を引くとか、そういうのもわかるけど、本当に相手を思うからこそ一緒に居るっていうのも、理解出来るから……」

「なんじゃそりゃ。理解を示すあまりに、主体性が無くなってるよ。どんだけ人がいいんだよカヨネェは。今まで詐欺に合わなかったのが不思議だね」

「……何度も言ってるけど、あたしゃ馬鹿なんですよー。ディベートとかもした事ないですよー。だけど、一番良いのはさ、平和的解決だって思ってる。だから」

 カヨネェは僕の頭に手をポンと置いた。

「先生襲撃とかしないでよね」

 ……釘、打たれてしまった。

「なんでわかったの?」

「んがっ! マジで考えてたの?」

「……カヨネェ襲撃っ!」

 僕は運転中のカヨネェの横腹をチョップで突いた。カヨネェは「うぎゃあ! 危ないでしょうがっ!」と言いながら僕の頭をベシベシと叩く。


 先生襲撃か。

 僕の違和感の正体が先生だとしたら、違和感を払拭するには、サエちゃんの説得では無く、先生との、決着なのか……?

「偽善者め」

 カヨネェに聞こえないよう、小さな声で、呟いた。

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