完全敗北する僕

「……もしもし」

 携帯を耳に押し当て、周りの人達に配慮するように、小声で喋る。

「もしもし……エイコちゃん?」

 サエちゃんの元気なさ気な声が僕の耳に届き、感動のようなものが、僕の胸から湧き出て全身を駆け巡っていく。

 この事実だけで、どれほど僕がサエちゃんに依存していたのかが、分かる。

 束縛、していたんだろうな……。

「うん、エイコだよ。昨日は、ごめんね」

「……ううん、私もごめん。嫌な事いっぱい言って、ごめんね……でも」

 サエちゃんの「でも」という言葉に、心臓を掴まれたような感覚が、僕を襲う。

「誤解を解きたいと、思うの。先生は、良い人だよ。昨日だって私とエイコちゃんの関係を、凄く凄く、心配してくれたよ。俺のせいで二人の仲が悪くなるのは本意じゃない。もし俺が邪魔なら、もう公園に行かないって、言ってくれたよ……」

 あぁっ……黒い黒い真っ黒い感情が、また僕の中に、湧いてくる。

 サエちゃんは純粋だから、先生の言葉をそのまま真に受けて、知らないうちに穢れて行ってる……。

 先生は良い奴ぶってるだけだ。サエちゃんは純情で、男に対する偏見が無いから、先生に対して「先生のせいじゃありません」なんて、言ったんだろう……先生にとってそれは、想定通りの展開だ。

 いい子、過ぎる。サエちゃんは。

「先生は、私の事もエイコちゃんの事も、思ってくれてるよ……本当だよ……エイコちゃんの事、ずっと気がかりだったって、言ってたよ……涙、流してたよ……」

 涙、流してた……?

 涙、流してた……って。

 会って話してた? 電話じゃなくて?

 先生の職務が終わるのなんて、夜だぞ。夜から、会ってたという事?

 夜……夜……。

 僕の中に再び、激情が湧き上がる。

「会ったの?」

「え……あ……」

 しまった。しまった。

 冷たい声が、出てしまっている。

 サエちゃんが、困っているぞ。

 仲直り、するんだろ? その上で、先生は駄目だって、説得するんだろ?

 ……そんな事、可能だろうか……。

 今のサエちゃんは、僕よりも、先生の事のほうが、好きだ……それも、異性として、好いている。

 初恋だろう。盲目になるだろう。僕がケイジに対して抱いていた感情を思い返せば、恋をした時は他人の意見なんて聞けないという事くらい、分かる。

 どう、しよう。どう、しよう。

「ごめんごめん……今ね、ショッピングモールに来てて、あまり大きい声出せないから、声低くなっちゃって」

「……ん、うん。あの、ね、エイコちゃん、私の事は、もう心配しないで……? エイコちゃんが私を思ってくれてるのは、分かるよ。でもね、私、どうしても先生が、好きで……クズだなんて、思えないの。だから、親友として見守ってくれると、私も安心するっていうか……相談にも、乗って欲しいなって、思うの……ごめんね、なんか、メチャクチャな事、言ってるような気がする」


 あぁ……完全、敗北だ。

 僕の意見を差し込む隙間さえ、無い。

 僕には昨日の事があり、強く言えない負い目がある。謝る事しか、出来ない状態。

 そんな時に、こんな畳み掛けるような事を言われたら、容認するしか、無い。


「……うんっ。わかった」

「ほんとっ! わぁっ! エイコちゃぁんっごめんねごめんねっ? 昨日、ショックだったよね? 突き飛ばしてごめんね? 置いてっちゃってごめんね? 風邪引いてない?」

「うん。大丈夫だよ」

「あーよかったぁ……先生にね、叱られちゃったんだよ。親友を置いて帰ってくるのは悪い事だって。だから昨日の夜、先生とね、チャキマルのお墓の所まで行ったんだよ? そしたらエイコちゃん居なくて。先生からエイコちゃんに電話するように言われたんだけど、私勇気でなくて……でも、エイコちゃんの部屋から電気が漏れてるのを確認して、あー帰ってるんだーって、安心してね」

「あぁーそうだったんだ。ごめんねぇ、僕が連絡すれば良かったね」

「ううん、ううん。私も悪かったなーって思ってる」


 先生は、言いなりになってるサエちゃんを見て、優越感を抱いていたんだろうなぁ。

 絶頂するほどの、快楽だったろうなぁ。


 殺したい。

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