毒を吐き出し安定する僕

 カヨネェは僕の頭から手を離し、フラペチーノを勢い良く吸い上げ、僕の目を真っ直ぐ見つめた。

「上手く言えないけどさ、ごちゃごちゃとした考えとか、自分なんてクズだっていう考えとか、そういうのって、エイコが優しいから湧く事なんだよね。そんなエイコには、正しい心があるって、私思ってるよ。その正しい心に沸いた違和感が、エイコの悩みの正体なんだよ。単純な話、人の嫌がる事をするのって、違和感があるでしょ? ん? 罪悪感っていうのかな……まぁ、わかんないけど、その感覚を払拭する事が、正しい事なんだと、私は思ってる」

 正しい心かどうかは、分からない。

 けれど僕は、カヨネェに影響されて、正しくあろうとは、思っている。

「……うん」

「それが結果、人を救う事になる。そう信じてる」

「……うん」

 カヨネェが言うと、説得力がある。頭の悪いカヨネェは感覚で生きてて、その感覚は、僕が知る限り、いつも正しかった。

 カヨネェには、ナイフで部屋を傷つけていた中一の僕に対して違和感を抱いて、僕の部屋に来て、部屋の修繕をしてくれた過去がある。あれは紛れもなく、救いだった。

「ふふはは。エイコが人を貶めて愉快になる子じゃなくて、良かったよ。エイコが正しく生きるお手伝いをしたいーって、思える」

 カヨネェの言葉を受けて、僕は瞬時にセイヤの事を、思い浮かべた。

 アイツは、そういうヤツだった。そして過去の僕も、そういうヤツ、だった……。

 経験が人を変える。僕は変わった。カヨネェのように正しく生きたいと、思えるようになった。

 そしてきっと……セイヤも変わった……。


 大人になるって、こういう事……?


「……居るよね、そういう人」

「居るねー。なぁんであんなスッキリしない事をするのかね」

「愉快っていうか……優越感をね、得られるんだよ。まるで自分が特別になったかのように、思えるんだ……モテモテになった気になってっ……他人を見下してっ……調子にのってっ……調子にのってる内はいいんだけど、ちょっとでも綻びが出来ると、波が引いていくように、一斉に周りから人が居なくなるんだよ」

「……ふはは。昔の話でしょ? 私と出会う前の」

「うん……今は、なんて下らない事をしてたんだって思うし、あの時の自分が、嫌い」

「んー……じゃあ、いいじゃん。幼かったんだよ。恥ずかしい事じゃないよ」

 カヨネェは優しく微笑み、机の上に置いてあった僕の手を、ギュッと握った。

「私は馬鹿で、過去の事忘れながら生きてるから、昔の事を思い出して反省したりとか、あんまりしないけど、エイコは辛いね。頭良いから覚えちゃってるんでしょ? 辛い辛い……よしよし」

「……はは。カヨネェが居るから、そうでもないよ」

 僕は、幸せだよ。

 話を聞いてくれて、物分りが良くて、僕を擁護してくれて、正しい道を示してくれる、カヨネェが居るから。

 僕は、幸せだよ。

 正しく生きたいって、思えたよ。


 カヨネェは残りわずかとなった仕事に勤しむため、職場へと戻っていった。僕はカヨネェに車で家まで送ってもらうため、ショッピングモールの中をウロウロと散策する。

 たいして見るものが無いので、僕はすぐにベンチへと腰を下ろした。そして携帯を取り出して、サエちゃんのメール画面へとすすむ。

 昨日の夜は一切動かなくなった指だと言うのに、今はいともたやすく、サエちゃんのメールを開くためのボタンを押した。カヨネェ効果は、素晴らしい。

 コンタクトを取るなら、早いほうがいい。時間が経てば経つだけ、そのぶん大きな勇気が必要になる。

「サエちゃん、昨日はごめん……会って謝りたい。明日の朝、お迎え行ってもいい?」

 文面を声に出しながら打ち込み、送信ボタンを押した。

 すると直ぐに、僕の携帯は音を鳴らした。

 それは、サエちゃんからの、着信を知らせる音だった。

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