クソガキと僕

「なんだおめぇは!」

 クラスの男子の一人が大きな声でそう言ったのだが、ゴッという音の直後に、黙りこんだ。

 僕は音の鳴ったほうへと視線を向けた。するとそこには、身長百六十センチくらいの、酷くやせ細った男児が、血の滴る特殊警棒を片手に、目を見開いて、立っていた。

 その男児は、僕が通っている中学の制服を着用している。ブカブカの制服を見る限り、まだ一年生のように思えるのだが、異様な雰囲気、異様な迫力を携えて、地面に転がる同級生の頭を踏みつけているその様は、怒りに狂った奇人のように、見える。

「なんっ……なっ……」

「てめぇら、誰に手ぇ上げたか、わかってんのか……」

「ひぃえっ!」

 一人残ったクラスメイトが、その異様な男児の目を見て、走って逃げ出した。

 確かにこの目を見たら、逃げ出したくなる。この目は、人を殺せる目のように思えて、仕方ない。

 しかし、彼の持つ鋭い瞳には、見覚えがあった。

「……セイヤ……なの?」

 僕がそう呟くと、男児は僕の目をチラリと見つめ、気まずそうな表情を作り、ペコリと頭を下げ「……お久しぶり、です」と、呟いた。

「……あとの事は俺に任せて、エイコさんは帰って下さい」

 セイヤはそう言いながら、地面に寝転がりながら痛がっている僕の同級生の髪の毛を掴み、立ち上がらせた。

 そして、自分の顔を相手の顔に限りなく近づけて「次エイコさんに手ぇあげたら、殺すからな」と言い、顔面を思い切り殴りつけ、地面に倒した。

「消えろ。さっさと」

 その声を受けて、同級生達はゆっくりと起き上がり、ギロリとセイヤの顔を睨んだ後、ゆっくりとこの場を離れていった。

 その様を、僕とセイヤは見つめ続けていた。


 セイヤとは藤井聖夜の事で、小六の僕のストーカーをしていた、男児である。

 この男のせいで、僕の人生は狂ってしまった……とまでは言えないが、僕の人生に悪い影響を与えた事は、間違いない。

 セイヤは小学生の頃、様々な悪事を行っていたため、家庭裁判所からフリースクールという場所に送られる処分を受けてはいたが、どうやら帰ってきたようだ。

 そしてどういう訳か、今度は僕を傷つけたりせず、むしろ僕を、守ってくれた。

 一体、なんだと言うのだ。訳が分からない。

「セイヤ……君?」

 僕は僕に背中を向けたまま動かない、セイヤに向かって声をかけた。

 するとセイヤは僕の声に反応するように、ピクリと体を動かした。

「……帰って、来たんだ……君とは、色々、あったけど……なんだろ、とにかく、助かった……」

「……いや……こんなもんじゃ、償えてるとは、思ってないから」

 セイヤはそう言い、遠くに見える自身のカバンに向かって歩き始めた。僕はつい、その後ろを付いて歩く。

「……ありがとうね、セイヤ……君。だけどあんな事すると、また施設に」

「いいんですよ、別に、そんな事は、どうでも……施設も悪い所じゃない」

 糞ガキそのものだったセイヤが、変わっていた。

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