カヨネェと僕
部屋の掃除が終わり、壁掛け時計を見つめた。時刻は既に夜の九時を過ぎている。
ゴチャゴチャとしていた部屋の隅々まで掃除したので部屋そのものはとても綺麗になったのだが、心の中の複雑な想いは、整理し切れていない。胸の辺りが、モヤモヤ、イライラ、ムカムカとしている。
僕は、どこまでも自分勝手な人間のようだ。自分の自業自得だというのに、一向に受け入れる事が出来ていない。
そればかりか、掃除に集中しようと自分をコントロールしていたのに、自分で自分をコントロールしようとしている自分に気付く度、自分への嫌悪感のような、負の感情が湧き出てきて、僕の手を止めさせた。
……僕はどうして、こんなクズ人間に育ってしまったのだろう。他人に興味を抱かなくなった今、勉強もスポーツも頑張る事を辞めて、それと同時に自分の取り柄すらも無くして、モチベーションがサエちゃんとカヨネェと、ケイジとの思い出だけとなり、今この時、アイデンティティクライシスに陥っている。
布団を敷き、その上に寝転がる。そして小学六年生の時、父親から買ってもらったキッズケータイをポケットから取り出し、サエちゃんのメールが入っているフォルダを見つめた。
なんでだろう……指がこれ以上、動かない。フォルダを開くことが、出来ない。指がプルプルと震える。恐怖が湧いてきて、仕方がない。
サエちゃんに謝りのメールを送りたいのに。返信画面どころか、メール画面すら、開けない。
これってつまり、サエちゃんが僕にとっての「嫌なもの」になってしまったという、事……?
嫌なものから目をそらし続けてきた僕の悪いクセがここで出ているという事は、つまりはそういう事……?
嘘だ……嘘だ……。
「うああああっ!」
僕は大声を上げ、携帯を放り投げ、布団に包まり、体を震わせた。
なんて自分勝手で我儘な人間なんだ、僕は……こんなだから、愛想を尽かされてしまうんだ。
サエちゃんを大切になんて、出来ていない。出来ていなかった。サエちゃんの言う通り、僕はずっと、ずっと、サエちゃんを束縛し続けていたようだ。
……僕が先生に良くない感情を抱いている事に気付いていたであろうサエちゃんは、僕に恋愛相談をする事すら、出来なかったのだろうな。きっとずっと窮屈を感じていて、それで「束縛するのは辞めて」と、言ったのだろうな。もし仮に相談されたとしても、僕は何も答えないか、怒っていたと、思う。僕のそういう部分を見越していたんだ、サエちゃんは。
何が親友だ……何が……。
僕は支えられてばかりで、支える事が、出来ないでいた。
顔色を伺い、機嫌を取る事は、支えるという事じゃない。
僕がサエちゃんから受けた支えは。助けは。心をすくい上げるような。熱い嬉し涙が溢れてくるような。感激で心が満たされるような。そういったもの。
そういった、綺麗で純粋で、きらびやかな、もの。
僕には無いと、証明されてしまった、もの……。
僕には誰も救えない。
布団に包まってからしばらくして、僕の携帯が音を鳴らした。着信音の種類によって電話をかけてきた人が誰だか分かるように設定しており、この着信音はカヨネェからの着信によるもの。
僕はノソリと布団から這い出て、携帯を掴み、通話ボタンを押した。
「もしもしエイコぉー? 今日どうした? 連絡ないぞぉーカヨネェさみしんぼーだぞー」
カヨネェの、おどけているが、とても柔らかく、優しい声が、聞こえてきた。
その瞬間、僕の涙腺が緩んでいくのを、感じた。
しかし……。
「あぁー……ごめんカヨネェ。部屋掃除してたら疲れて眠っちゃってた」
しかし、本当の事は、言えない。
心配、かけたくない。
僕なんかの事で、もう誰も、傷つかないで欲しい。
僕はカヨネェとの電話中、今後、どうやって、カヨネェを傷付けないで、カヨネェの側を離れていくかを、考えていた。
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