冷静に喧嘩する僕

 サエちゃんの「別にいい」という言葉に、僕は少しカチンとキてしまっていた。

 イケナイ。イケナイ。相手は、サエちゃんだ。怒っては、イケナイ。

「……別にって、言うのはっ……えっ……と……えっとぉっ……」

 サエちゃんの声が、今まさに、泣きそうな声に変わった。真面目なサエちゃんだから、必死になって言葉を探しているよう。

 他の人なら「意味なんてないよー」や「なんでそんなに怒ってるの?」と言って話題ずらしをするだろうが、サエちゃんは、正面から僕と向き合ってくれているのが、分かる。

 その事を考えたら、胸が張り裂けるほど痛くなる。痛くて痛くて、仕方がない。

 それでも、僕の黒ずんだ心は白くはならない。

 悪い言葉ばかりが、思い浮かんでしまう。

 僕は腹筋を使って、サエちゃんの膝から自分の頭を上げ、レジャーシートの上に座った。

「別にいいって事は、望んでないって、事なんだよね。今まで望んでない事してごめんねぇ」

「ちっ! 違うよぉっ! 私そういうつもりで言ったんじゃないよっ! 幸せだって言ったじゃないっ!」

「僕と付き合ってるっていう噂が立って迷惑してるって言ってたね。ごめんねぇ」

「違うっ! 迷惑してるって言ってないっ! 二人にとってプラスな事じゃないからっ! 誤解をとかなきゃって思って弁明しただけだよっ!」

 サエちゃんが僕の手を取ろうと「エイコちゃぁんっ!」と大きな声を上げながら、腕を伸ばした。

 僕は咄嗟にその腕を避けるために、体をひねる。

「……あのセンコーと付き合う上で、プラスじゃないって事なんでしょ? 僕の事が、邪魔なんでしょ?」


 サエちゃんが最後に泣いたのは、僕がケイジにフラれ、一緒に泣いてくれた時だったと、記憶している。

 僕の言葉に、サエちゃんの目から、二年半ぶりに、涙が、流れた。

 サエちゃんを泣かしてしまうのは、いつも僕。

 僕なんだ。


「……うっうっうっ……うえぇぇっ……」

「……あのセンコーは、クズだよ」

「ひぁあっ! ああっ!」

 サエちゃんは奇声を発し、レジャーシートの上にうずくまった。

 地面に突っ伏した首を何度も何度も左右に振り、頭を抱えている。

「ロリコンで薄情で自分の事しか考えてない、教育者の風上にも置けないような」

「エイコちゃんはどうなのっ! エイコちゃんはっ! 今のエイコちゃんっ……! 酷いよっ! 酷いよっ! 私の事を責めるのはいいけどっ! なんで先生を責めるのぉっ?」

 酷いのは、分かっている。分かっている。

 だけど、止まらない。今まで積み重なってきていた不満が、ドンドンと湧いてきてしまう。

「僕はサエちゃんを、守りたいから言ってる。アイツの毒牙にかかって欲しくないって、思ってる」

 半分、嘘。半分、本当。僕が守りたいのは、サエちゃんでは無い。

 僕が守りたいのは、僕の、周り。僕の、世界。すなわち。

 僕自身。

 分かっている。分かっている。

「ドクガって何っ! 先生が危険だって事っ? 危険じゃないよっ! クリスマスの事言ってるんでしょっ? 私何もされてないよっ!」

「これから何も無いとは限ら」

「そんな事は放って置いてよっ! 私が誰を好きになってっ! 誰と何をしようがっ!」

 サエちゃんは、顔を上げた。

「エイコちゃんには関係無い事でしょっ! いい加減、束縛するのはやめてっ!」

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