複雑な僕

 チャキマルのお墓の前に到着した僕は、胸に温かい風が通り抜けていったように感じた。

 お墓の上に積もっている雪を見ると申し訳ない気持ちになるのだが、誰かに悪戯される事無く、お墓がお墓のまま残っていてくれてる事が、嬉しかった。

 このお墓は、僕が小学六年生の頃に木を削り、文字を彫り、お墓全体に大理石っぽい色を塗って、仕上げにニスを塗ったもの。ニスのお陰か、作成してから二年半以上が経過した今でも、色褪せる事無く残り続けている。

 僕はお墓の上に乗っている雪を素手で払い落とす。そして持ってきていた雑巾を取り出し、チャキマルのお墓を軽く磨いて、魚肉ソーセージをお墓の前に置き、手を合わせた。


 あの頃の僕と、どう変わった?

 今の僕を見て、君は何思う? 


 心の中でひとしきり言葉をかけ、僕は「よしっ」と呟きながら立ち上がり、チャキマルのお墓の周りにある雪を素手で払い除け、芝生が見えた所にレジャーシートを敷き、その上にどっかりと座り込んだ。

 目の前には、チャキマルのお墓。そして隣には、親友のサエちゃん。

 ここにカヨネェと、出来る事なら、ケイジが一緒に居てくれれば最高なのになぁ……等と思いながら、僕はギターケースを開き、大切なギターをそっと取り出し、膝の上に置き、構えた。

 早速コードを押さえようとするのだが、元々器用ではない指の動きが、普段よりさらに鈍いものとなっている事に気付く。どうやらこの気温と、素手で雪を払った事による影響で、かじかんでしまったらしい。

「指冷たくて動かなーい!」

 周りにサエちゃん以外誰もいない事が分かっているため、僕は大声で叫びながら手をブラブラと振り、サエちゃんに自分をアピールする。

「だってエイコちゃん素手でやるから」

「失敗したーっ!」

 僕はギターをレジャーシートの上へと置き、まだギターを乗せていないサエちゃんの膝へとめがけて自分の頭を下ろし、体を横たえた。そして自身の頭をサエちゃんの膝へとこすりつけて、また、マーキングをする。

 するとサエちゃんは「ふふっ」という笑い声を漏らして、僕の頭をそっと、撫でてくれた。


 あぁ……嫌だな。嫌だ。この子をアイツに取られるのが、本当に、嫌。


 去年の十二月、サエちゃんは、僕とカヨネェが誘ったクリスマスパーティーに、来なかった。

 パーティーと言っても、カヨネェの実家に行き、ケーキと鶏肉を喰らい、髪の毛をセットしてもらうだけの、とても閉鎖的で不建設な会だったのだが、それでも僕にとっては、楽しみにしていた行事であった。

 それなのに、サエちゃんは、最近やたらと馴れ馴れしく接してくる、小学六年生の頃、担任をしていた先生と、イルミネーションを見に行ったらしい。

 二人きりで。

 サエちゃんは最初こそ僕に気を使って「行かないよ」と言っていたのだが、僕の「いいよ行ってきなよ」という強がりの言葉をそのまま受け取り、行ってしまったのだ。

 次の日に会った時のサエちゃんは、イルミネーションの感想こそ言っていたが、先生との事は僕に気を使ってか、何も言わなかった。しかし、明らかにご機嫌なサエちゃんの表情と言葉の弾みに、僕の心は波打つのを感じていた。

 それ以来、サエちゃんは、ちょっとずつ、社交的になっているように、思える。


 ……サエちゃんは、変わりつつある。女の子から、女に。

 僕達は今まさに、そういった時期であろうとは、思う。むしろサエちゃんは、男性を意識し始める年齢としては、遅いくらいだとは、思う。

 だけど、よりによって、小六の時の担任を男性として、意識する事は、無いじゃないか……。


 僕はサエちゃんの顔の前に両手を突き出し「はぁーってしてぇ?」と、甘えた声を上げた。

 するとサエちゃんは僕の言うとおり「はぁー」と、暖かな息を僕の手へと、吹きかけてくれた。

 僕はニコリと笑い「あったかぁい」と、サエちゃんに伝えた。

 するとサエちゃんは再び「ふふっ」という笑い声をもらした。

 ……僕が男なら、確かにサエちゃんを、放っておかない。なんとしてでも、手に入れたいと、思ってしまっているだろう。女の状態である今だって、束縛したいと思っているのだから、異性ともなれば尚更だ。

 無個性で一般的で標準的。そう思われがちなサエちゃんは実は、とても優しく、とても気遣いが出来、とても綺麗な黄金の魂を、持っている。

 それを知っているのは、僕だけで、良かったのに……。

 良かったのに……。

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