気遣う僕
もし、あそこで、僕が「もうサエちゃんの家の前に居るよ」と返事を書けば、サエちゃんは僕に気を使ってしまう。恐らく「いつからいたの?」といった質問をされるだろう。
そこで「今来た所だよ」と言う事は簡単なのだが、それをちゃんと信用してくれるかどうかが、分からない。
だったら「僕はずっと自分の家に居て、サエちゃんの連絡を待っていた」という体にしておいたほうが無難だし、僕としても説明の必要も無く、楽なのだ。これなら双方、気を使う事は無い。
……果たしてそれが本当かどうかは、さておいて。僕が選択したのは、そういうものだった。
僕は自分の家の前に立ち、思いギターケースを地面に立てながらサエちゃんの到着を待つ。
「エイコちゃんごめんね、待たせちゃったね」
大きなハードタイプのギターケースを持ったサエちゃんが僕の家の前に現れたのは、僕が自分の家の前で待機してから、五分後の事だった。
すぐさま「何してたの?」という言葉が僕の脳裏に浮かぶが、その言葉を飲み込み、笑顔を作り「ううんー全然」と言いながら、ギターケースを持ち上げてサエちゃんの隣に並ぶ。
サエちゃんから、シャンプーのいい香りが漂ってきて、やはりお風呂に入っていた事を知る。
「お風呂入ってたんだ?」
「あ、うん。分かるんだね」
「湯冷めしないようにちゃんと温まった?」
「……うん」
「そっかぁ、寒いのに誘ってごめんね」
「……ううん。私こそ時間かかっちゃってごめんね。連絡すれば良かったね」
サエちゃんは申し訳無さそうな表情を作り、僕に向かって小さくペコリと頭を下げた。
……それだけで、十分だなと、思えた。
「あぁっ! いやいや! 僕ものーんびりしてたからさっ!」
心から溢れ出る嬉しさの感情に任せるまま笑顔を作り、それをサエちゃんに向ける。
僕の顔を見たサエちゃんもニコッと笑ってくれて、僕の心を温めてくれた。
お互いを気遣い、お互いを笑顔にするなんて、やっぱり、親友はいいものだ。
僕の足取りは軽くなり、いつの間にかスキップをしていた。
チャキマルのお墓は近所にある、ちょっとした森林の奥にあるので、僕達は山道に入る。僕達以外に立ち入る人はとても少ないので、積もった雪が踏み荒らされている事も無く、綺麗に残っていた。
しかしそれだけに、足場が悪くなってきている。僕は割りと平気なのだが、サエちゃんは運動神経が良い訳でも体力がある訳でも無いので、歩く事にかなり苦戦をしているようだ。
そんな中、ドエスである僕の悪いクセが、顔を出す。それは、男子が好きな子に悪戯したくなる心理に、近いのかも知れない。
つまり僕は、サエちゃんをちょっとだけ。ほんの少しだけ。困らせたくなった。
僕はご機嫌である事をアピールするように鼻歌を歌いながらスキップをして、サエちゃんを置いてズンズンと山道を突き進んでいく。サエちゃんの事を、意に介していないかのように。
するとサエちゃんは「ちょっとエイコちゃん、早いよ」と、困った声で僕を呼び止めた。僕はすぐさま後ろを振り返り、眉毛を垂れ下げているサエちゃんの表情を見て、心の中で「困らせてごめんね」「構ってくれてありがとう」と思いながらも、満足感を得ていた。
「おぉーっと。一番大事なものを置いていく所だった。失敬失敬」
僕は急いでサエちゃんの居る場所まで引き返し、むき出しのサエちゃんの指をギュッと握る。
サエちゃんの指は乾燥のせいかスベスベで、冷たくなっていた。
僕が温めてあげる。僕が。僕が。
クソッタレな小六の頃の担任の先生じゃなくて。僕が。
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