放課後の僕

 家に帰り、テーブルに視線を向けると、僕が作った朝食がそのままの状態で放置されていた。どうやら同居人は朝食をとらずに出かけたらしい。

 僕は「全く」と呟きながら、固くなってしまっているトーストの上に、しおれた花のようにシワクチャな目玉焼きを乗せ、それを口に咥えながら自室へと入った。

 脱いだ服やら雑誌やらでゴチャゴチャと散らかっている自室だが、愛用のアコースティックギターが立てかけられている所だけは、綺麗にしている。

 ギターのある場所とギターは、精神的な不可侵領域というか、なんというか……綺麗にしておかないと、罰が当たりそうに感じている。

「よいしょいっ!」

 一口しか食べていないトーストをゴミ箱に放り投げ、ギターをギターケースへと慎重に入れる。

 ギターの安全が確保できた事に安心した僕は制服を脱ぎ、部屋の隅へと放り投げ、部屋のあちこちに転がっているおしゃれ着では無い服を手に取り、それを着込み、ギターケースを片手に外へと向かった。


 僕達は放課後、猫のチャキマルが眠っているお墓の前でギターの練習をする約束をしたので、僕はサエちゃんの家の前に立ち、ジュニアケータイの画面を見つめながらサエちゃんが出てくるのを待つ。

 待ち続けてかれこれ二十分が経過しようという頃だが、未だにサエちゃんが家から出てくる気配がない。

「遅いなぁ」

 寒がりなサエちゃんの事だから、もしかしたら体を温めるために、お風呂に入っているのかも。だけど僕を待たせちゃイケナイという思考が働き、急ぎに急いで準備して、今にもサエちゃんが出てくるかも知れない。そういった思考を何度もループさせ、僕は冷えてきた体を温めるように体を動かす。

 待ちたく無いのなら、時間を決めて待ち合わせをすれば良いという事くらいは分かっているのだが……時間で拘束する事が申し訳ないと、思ってしまう。焦らせて忘れ物をしたり、防寒不足のまま外出させるくらいなら、ゆっくり準備して、万全な状態で出てきて欲しいと、思ってしまう。

 それは登校時も同様で、一緒に登校する約束は特にしていない。僕が勝手にサエちゃんが家から出てくる時間を把握して、サエちゃんの家の前に行っているだけ。サエちゃんの事に関しては、ほとんど受け身の状態だ。

 それで別に、構わないと思っている。だって僕は、サエちゃんが居なければ何も出来ないんだから。仕方ない。受け入れるしか無い。

「あーさむぅー」

 四月も中頃になり、太陽が照ってはいるが、まだ春は遠いなぁと、思った。


 サエちゃんの家の前で待ち続けて三十分が経過した頃、僕のジュニアケータイが音を鳴らし、メールが来た事を知らせた。確認してみるとサエちゃんからのメールで、内容は「今から家出るね。そっちに向かいます」というもの。

 ……そうか。僕の家に来るのか。

 僕は指を動かし、返事を書く。内容は「うん、わかったよー。待ってるね」というもの。

 送信ボタンを押すと同時に僕は自分の家へと、少し小走り気味で向かう。


 円滑に。円滑に。

 僕が我慢すれば、済む話。

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