どうかしちゃってる僕

 放課後。僕はいつも通りサエちゃんの教室の前へと行き、サエちゃんが出てくるのを待っている。

「きゃーっ! アレアレ! 宮田さんだっ!」

「凄いねー。やっぱりオーラが違うよね」

「ねーホントに。近寄りがたいー」

 下級生の女子が僕の事を遠巻きに見て、コソコソと陰口を叩いている。

 ……いや。内容的に言うと褒められているのだろうが、僕にとっては陰口と変わらない。僕の名字や名前が会話の中で出てくるだけで、嬉しさでは無く、なんだかソワソワした感情が芽生えてしまう。

 そしてその感情は、決して僕に良い影響を与えてくれない。ソワソワはすぐにイライラへと変わり、自然と「早くどっか行ってくれないかなー」と小さな声で呟きながら、下級生に対して微笑みを向けてしまっている。

「きゃーっ! 笑ってるーっ!」

「間違いなく学校一綺麗だよねー」

「そりゃそうだよーっ! ファッション誌の書類審査を一発で一次通過して、それを自分から蹴ったくらいなんだよっ! 噂では今でも色々な方面から声がかかってて、それを全部断ってるっていうくらい、引く手数多だってっ!」

 下級生は僕の微笑みを見てとてもテンションを上げており、大きな声で叫びながら、ピョンピョンと飛び跳ね、手を叩いている。

 うるせぇなぁ。お前らは猿か。一次審査を通過したくらいで、色々な方面から声がかかる訳ねーだろ。むしろドタキャンのように断ったんだから、もう二度と業界から声なんてかからないわ。

 ……なんていう言葉が脳内に浮かび上がり、その汚い言葉をギュッと心の奥底へとしまいこんだ。


 どうしてここまで、お褒めの言葉を素直に受け取る事が出来なくなってしまったのだろう……そんなに狂ってしまっているのかな……そう思うと、ほんの少し、悲しくなった。

 心開けず、本当の自分を見せる事が出来なくなり、逃げる事を覚えた僕は、多分もう、以前の僕には戻れないのだろう。

 それに、心を隠して逃げる事が楽だと思ってしまっている僕は、悲しくなるくせに、以前の僕には戻りたく無いと、思ってしまっている。

 そんな矛盾を抱えている僕なんてもう、救いようが無い。だから、放って置いて欲しい。

 好きなものだけに囲まれ、好きな事だけをやっていたい。

 だから僕は今、サエちゃんをこうして待っている。サエちゃんは、好きだから。

「……遅いなぁもう」

 僕は波打ってきた心を抑えながら、未だホームルームが終わらないサエちゃんの教室を、覗き込む。

 サエちゃんは、隣の席に座っている男子と、話をしていた。

 笑みを、浮かべていた。

「……あぁっ!」

 僕は小さく叫び、地面を踏みつけた。


 恐らく、彼は同じ日直なんだろう。僕は一度も書いた事は無いが、日直が書く黒い日報ノートを手渡ししていたのだから、業務上仕方なく、話をしていたのだろう。

 日直同士なんだから、話くらいするという事は、ちょっと考えれば分かる事。

 僕以外の人に笑顔で接しているサエちゃんを見て、まるで自分の大切なものを奪われたかのような感覚になってしまい、爆発するような怒りの感情が、湧いてきてしまった。

 落ち着かなければ……落ち着かなければ……。

 サエちゃんは男子に、黒い日報ノートを渡していたんだ。後の事は男子に任せて、自分は僕と一緒に帰るつもりなんだ。僕を優先するために、仕方なく、話しかけていただけなんだ。

 そうに、決まっている。決まっている。


「サエちゅわぁーんっ!」

 僕は教室から出てきたサエちゃんの腕に、自分の腕を巻きつけた。そして少し乱暴に引き寄せて、サエちゃんの肩に自分の頬を擦り付ける。

 まるで、マーキングだ。自分の所有物だと、主張しているよう。

「ごめんね、いつも待たせちゃって」

「僕はサエちゃんが居ないと道に迷って帰れないから、待つのは仕方ないよー」

 僕は笑顔を作り、意図して明るい声を出す。

 しかしサエちゃんの腕を、まるで怒っているかのように、強く強く、ギュウギュウに、引き寄せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る