親友ちゃんと僕

 家の施錠をし、学校とは逆の方向へと歩き始める。ほんの数十メートルほど歩くと、目的としている家の外観が見えてくる。そしてその家の玄関から今まさに、僕の親友であるサエちゃんが出て来ていた。

 これは偶然なんかでは無く、サエちゃんが家から出てくる時間に、僕がやって来ているというだけの事。サエちゃんは毎日同じ時間に家から出てくるので、把握しやすい。

「サッエちゃーんっ! おはよー!」

 僕は駆け足でサエちゃんの元へと近づき、元気一杯にサエちゃんへと挨拶をする。僕の姿を確認したサエちゃんは頬の筋肉を緩ませ、柔らかな笑みを浮かべて「おはよーエイコちゃん」と言いながら、小さく僕へと手を振った。

「ねーねー昨日の音楽番組視た? 十時からやってたやつー」

 僕はサエちゃんの腕に自分の腕を絡ませながら、自分の体をピッタリとサエちゃんへとくっつける。

 サエちゃんはほんの少しだけ困った表情を作るのだが、決して拒否はしない。今まで一度だって、された事が無い。

 それは僕が「こうしていると落ち着く」や「こうしてないと外歩けない」「怖い」等と日々言い続けているせいなのかも知れないが。

「あー……ごめん。昨日は……宿題やってて、視れてないよ」

「えーそうなのー? いやさー、無名なバンドがゲストだったんだけど、ギター上手だったんだよー。ギター弾いてる指をアップで映してるだけでも画になるくらい凄かった! ウネウネしてた!」

「へぇー、なんてバンド?」

「覚えてないんだよねー、これが」

「……ホント、エイコちゃんってそういう所あるよね」

 僕は頭を二度、ポンポンと叩き「ごめんねぇーこんなんで」と、いつもの台詞をサエちゃんに放つ。するとサエちゃんもいつものように苦笑を浮かべて「ううん」と言い、首を横に小さく振る。その時のサエちゃんの大人びた顔を見る度に、僕はよりサエちゃんに甘えたくなってしまい、サエちゃんの腕をより強く、ギュッと抱き寄せた。

 この、いつも通りのやり取りが、とても愛しいものだと、僕は思っている。世間では、失ってから大切さに気付くだとか言うが、僕には既に、大切なものを失った過去がある。それも、一気に、大量のものを、失った。

 もうそんな事、起こって欲しくない。その事に、とても怯えている。だから僕はサエちゃんを、大事に、大事に、していかなければならない。

 出来る事なら、一生このまま、サエちゃんと一緒に居たいと、思っている。大人になって、お互いに結婚して、子供が出来て、その子供に子供が出来るほどの、おばあちゃんになったとしても、一緒に居たい。この子は、それだけ価値のある子。

 普段の彼女は地味っ子という言葉がとても似合う、ごくごく一般的な女の子なのだが、彼女の心根にあるものは、とても綺麗に輝いている魂なのだ。

 僕はそれに一度触れており、その瞬間から彼女の事が、とても好きになってしまっている。この子が居なければ僕は立ち直っていなかっただろうし、再び学校に通おうだなんて、思えなかっただろう。

 重要で貴重なこの子は、僕の宝物。

「ねーねー今度さ、路上ライブやんない? カヨネェに車出して貰って、札幌まで行ってさ」

「えー……路上ライブ……んー、色々と手続きが必要なんでしょ? 出来るかなぁ」

「……えっ! そうなの? 手続きとかいるの?」

「……なんでエイコちゃんが知らないのさ。それに私、人前で歌うのはちょっと……」

 サエちゃんの表情が、いつも以上に暗くなってしまっている……そう思った瞬間、僕の中に激しい焦燥感が湧く。

 過度に困らせてはいけない。僕の事で悲しませてはいけない。僕から離れてしまう。そんな恐怖が僕を襲う。

「あぁーっ! 路上ライブはまたの機会にしよっかぁ? じゃあさ……桜が咲いたらカヨネェと一緒にお花見行って、そこでギター弾かない? たまにはカヨネェに歌聴いて欲しいしさぁ」

「そうだね、カヨネェには、聴いて欲しいもんね。お花見……い……あ……きたい」

 サエちゃんは小声で何かをつぶやき、視線を少し遠くにおくる。

 何を、考えているのだろうか。サエちゃんは最近、こういった仕草をするようになった。

 しかし、聞き返す事が出来ないでいる。聞き返して気分を害してしまったら……と思ってしまい、怖くなる。

「でしょでしょ? 最後にギター聴いてもらったのなんて、去年だよ? 最近カヨネェとはギターの話題にもならないし、なぁんか寂しいんだよね」

「そっか、うん。お花見で聴いてもらおっか」

 サエちゃんは笑顔を作り、僕の顔を見つめる。

 その姿に僕の心は安心を取り戻し、つられて僕も笑顔を作る。

 いつまでもこの笑顔と共にいられたらな……と、思う。

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