第2話 猿とゴミと変態と
前回までのあらすじ(30分前の出来事)。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、絶大な人気を誇り非の打ち所がまるでない超幸せ者の超絶美少女ニグモちゃんは、突如、魔法の国からやってきた妖精のピピと契約して魔法少女になり世界の命運をかけた戦いに身を投じていく。そして現れた初めての
(訳、小学校中退、運動音痴、容姿微妙、人生に諦めをつけた挙句、別に誰からも認知されない汚物。私ニグモはクリスマスイブである今日、一人雪が降り積もる地べたに座っていたら見るからに怪しいおじさん、サンタさんにどうしても魔法を受け取ってくれと言われた。仕方なく魔法を受け取り魔法遣いになった。そして、授かった魔法を利用し、サンタさんのお仕事をお手伝いすることで、住む場所とお金を与えてもらう一年契約を交わした私は、サンタさんに手を引かれるがままに歩き始めた。)
そして現在、私はどうやら事務所らしき建物の前にいる。三階建てのシンプルなビルディングで看板には《相談屋》と表記されていた。
探偵とか法律事務所とか、詐欺集団のアジトかと勝手に思い込んでいたけど、相談屋だったのか。
ところで相談屋ってなに?
自問自答しても意味ないよニグモ、ちゃんとサンタさんに聞こう。
「もう一度聞くけど、相談屋ってなに?サンタさん」
「初めて聞くよね! ニグモちゃん⁉︎」
欲しい時に欲しいツッコミをくれるサンタさん。とてもボケ甲斐がある。サンタさんは帽子を被りなおすと相談屋について説明してくれた。
「相談屋っていうのは、悩みを抱える人の手助けをする仕事だよ。悩みを解消したり問題を解決したり、人の心の闇を取り除くんだよ」
なるほど、こまったさんを助けてあげるのね。なんだか変わった仕事をするのねサンタさん
「ふうん」
「聞いたんだから、もう少し反応見せてくれてもいいんじゃないかい?」
心の中では結構リアクションしたよ。
心の中ではね。
寂しそうにするサンタさんに手を引かれ、私はビルディングの一階に足を踏み入れた。ガラス張りの扉の向こうは控えめで薄暗いロビー、正面に申し訳なさそうに受付がある。受付の隣には扉があり事務室と書かれたプレートが貼られていた。左側に構って欲しそうに廊下が続いていて、その奥には遠慮がちに男子トイレと女子トイレ並んでいる。廊下の壁にトイレやロッカーが並んでいるけれど、廊下のエリアの主役は階段と言えよう。この階段を上り下りして階を移動するのだろうか。いや、エレベーターが存在しないので寧ろそのはずだ。
間取りの説明はこんな感じでいい?
初めてにしては上出来でしょ。
「なんかボロい建物だね」
埃っぽくて汚い。
うわ、天井の隅に蜘蛛の巣が張ってる。
全体的に薄暗いし最悪だね。
「そんな言い方しちゃう?」
しちゃう。
やれやれといった顔をするサンタさん。
私の手を引き、そのまま三階へと上がる。三階へ上がるとすぐに扉がある。サンタさんはその扉のドアノブへと手を伸ばした。
カタンと音を立てて開く扉、中は思ったより綺麗だった。
中はリビングのようなつくりをしていて、テレビやソファーにテーブル、綺麗な絨毯にCDプレイヤーなど生活感が溢れている。リビングの向こうにはダイニングキッチンがあり、その脇に軽い廊下があり、扉が二つあった。おそらくトイレとお風呂だろう。
そしてその部屋の中には、二人の男女とダンボールを被った変質者が一人いた。その中でマスクを着けた少年が、口を開いた。いや、マスクで口を開けているのはわからないので腹話術かもしれなかったけど、声を発した。
「遅えよサンタさん。今何時だと思ってるんだ?10時前だぞ。あと2時間もすりゃクリスマスイブが終わっちまう。パーティーの準備はできてるんだ」
口元をマスクで隠した黒髪の少年。
アーミーグレーのフード付きつなぎを着ていて、髪は手入れをしていないのかだらしなく伸びている。邪魔なら切ればいいのに右側だけヘアピンでうまく留め、左側だけ目が隠れるほど長い髪を放置されている。この人ズボラだな。
「すまなかったね。少し素敵な出会いをしたもので」
紳士的な台詞で返すが、この人全然紳士じゃないんだよな。出会って時間は経ってないけどわかる。サンタさんもズボラだ。
「素敵な出会いって、もしかしてそちらのおチビちゃん?」
そう言って立ち上がったのは、胸が小玉スイカのように見えるほど大きな女性だった。茶色がかった黒髪にショートカット。スラッとしたとても美しい人だ。しかし、セーターに値札が付いている。この人もズボラだ。
「服に値札が付いてるよ。三千八百円」
私はお姉さんに教えてあげた。
お姉さんは「ありがとう」っていいながら値札を外した。なんだか、外国のコメディドラマに出てくる人のような、ひょうきんな笑みを浮かべている。この人面白い。
「あ……ああ、その通りだよ。彼女と出会ったんだ。それから、彼女は今日からここに住むからパーティーはクリスマスパーティー兼歓迎パーティーだ。はっはー」
私とお姉さんのやりとりに呆気にとられていたのか、少し遅れてサンタさんは反応する。笑いながら言っているが、それはかなり迷惑な話なのではなかろうか。
「おいおいおいおい。誘拐してきたんじゃないだろうな? やめてくれよ。そういうの」
あんたが一番、それっぽいよ。
ダンボールを被った人物は、声の低さからして男性だとわかった。男性は立ち上がってサンタさんと私のところへ寄る。
「大丈夫さ、自分の意思で彼女は私たちの仕事を手伝いに来た」
その通り、言ってやれもっとやれ。
「まじか」
まじだよ。ばか。
「てことは、その子も魔法を?」
お姉さんが疑問を投げかけてくる。
「ああ、彼女の魔法は少し特殊だよ」
おじさんが疑問を解消する。
「まあ、なんにせよ。明日から一緒に仕事をすることになったわけだ」
うなじに手を置いてマスクの少年が言う。おそらく、この中で一番私と歳が近い。
「まあ、いつものことか」
お姉さんは頬を掻きながら、溜息まじりに言った。その仕草に不安を感じさせる様子はなく。寧ろサンタさんを信頼しているようだった。
「悟(さとり)がここに来た時も、なんかこんな感じだったしな」
ダンボールの変質者が、腕を組みながらしみじみとしている。こんな事が何度かあったということが、この発言から読み取れた。
「俺が来た時はクリスマスじゃなかったぜ?ハロウィンだった」
「んなこたぁ、どうでもいいんだよ」
悟と呼ばれたマスクくんはハロウィンだと主張したが、ダンボールに呆気なくどうでもいいと言われた。正直私もどうでもいい。
ここまで来たところで、サンタさんが手を叩く。
「ほら、みんなパーティーだ。座って自己紹介をしてくれ。そうだなぁ……じゃあ、悟から」
みんながテーブルを囲うように座る。テーブルを挟んで向かい合わせになっているソファーを、お姉さんとマスクくんは背もたれにしていた。ダンボールとサンタさんには背もたれがなかった。テーブルの上にはケーキやチキン、ピザにラザニア、カルボナーラにスペアリブ、ポテトサラダにオニオンサラダ。たくさんの料理が並んでいた。
なんだか……。
なんだか家族の食卓みたいだな……。
こんな空間に、私みたいなゴミ虫が入っていいのかな……。
家庭的な様子を見せられたら、急に気持ちが暗くなった。
先程までは、何も思わなかった。
仕事仲間くらいにしか感じていなかった。けれど、一度こんな食卓を囲む様子を見せられては……。
同居人や家族という認識を持ってしまうではないか。私のような者がそんな立派なものを持っていいのだろうか……。
「何やってんだよ。チビ」
私が座ることを躊躇っていると、ダンボールがチビって言って来た。
「早く座りな、ご馳走全部悟に食べられるわよ?」
お姉さんが手招きしてくれた。
そんな事言わないで欲しかった。
居心地が良くなると、辛くなるから。
「は、別にくわねぇよ」
やめてよ。
あんまり、私の目の前で楽しそうにしないで……。それを壊してしまった時、きっと後悔する。
そんな私の気持ちを晴らせてくれたのは、サンタさんの一言でした。
「おいで、ニグモ。今日から君はこの家の子だ。君は、私たちの家族だよ」
有無も言わさないサンタさんの物言い。
私はただそれに従い。みんなと同じようにテーブルを囲うことしかできなくなった。無理強いされてる気持ちにはならなかった。不思議と、素直にそこに座れたから。
「サンタさんの癖に生意気……」
「へっ! なんで⁉︎」
本当に不思議なの。
サンタさんの言葉は私の心にスッと入ってくる。輪の外にあった心が、今ではちゃんと輪の中にある。
「じゃあ、自己紹介します! 俺の名前は悟! 斉天大聖孫悟空の末裔! 寧ろ俺こそが斉天大聖孫悟空様だ!」
黙れクソ猿。
「よろしくお願いします」
続いてダンボールが手をあげる。
「じゃあ、次は俺だな。俺はカンシャク! カンシャクさんとでも呼んでくれ。趣味はパチンコと競馬、大好物は酒とタバコと女だぁぁ‼︎ あとホタテ」
うわぁ……この人ゴミだ。
「よ、よろしく……」
「がはははははっ‼︎ ヌァァッはっはっはっはっ‼︎ 皆の衆、今日はお祭りじゃああああい‼︎」
カンシャクさんは、突然騒ぎ始めた。
なんておっさんだよ。
「じゃあ、次は私ね」
お、一番まともそうな人の自己紹介だ。
ちょっと楽しみ。
「私はエマ、趣味はBLとAV鑑賞。最近は可愛い殿方と踏んだり踏まれたりするのがマイブームです‼︎ あと、私バイだからレズビアンも大丈夫、いつでも夜這いしてね」
一番まともじゃなかった。
怖い。この空間が怖い。
誰か私を病院へ連れてって……。
「じゃあ、最後に私だね。先程も名乗ったがサンタだ。ここの社長のようなものをしている」
サンタさんが一番普通だった。
初めてあった時はそれなりにインパクトがあったのだけれど、規格外の猿とゴミと変態が現れてインパクトが消えてしまった。
「えっと……私はニグモ、十二歳です。家はないです。家族もいません。明日から一年間、よろしくお願いします」
こうして私の相談屋としての生活が始まりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます