こまったさんとニグモちゃん

迂野娘

第1話 サンタさん

イルミネーションが、聞いて来た。

君の人生は輝いてるかって。


私は答えた。

全然キラキラしてないよって。


クリスマスツリーが聞いて来た。

君には大切なものがあるかって。


私は答えた。

何もないよ……飾りすらねって。


雪が聞いて来た。

君は幸せかって。


私は答えた。

幸せなんて溶けて無くなったよって。



今日はホワイトクリスマス。

雪が降り積もった地べたに座り込んみ電柱にもたれかかっていたら、雪が溶けてお尻がビショビショになった。私はそんな事気にも留めないで、化粧を施されたクリスマスの街を行く人達を眺めた。


サンタさんは良い子にはプレゼントをくれるらしい。


ならば、私は悪い子なのだろうか。

待っても待ってもサンタさんは来てくれない。せっかくのクリスマスなのに……。


街を行く人達はキラキラしてて、それぞれ大切な人と過ごすなり、大切な人が待つ家に帰って行く。


なんだか寂しくなった。

白い息を吐く度に自分の魂がすり減ってるような気がした。



「なんだか、寒い」


耳あてもしてる。

手袋もしてる。

マフラーもしてる。

コートだって着てる。

冷たいのはお尻だけ。


体はポカポカしてるのに、すごく寒い。


温もりが欲しいな。



「メリークリスマス」


溜息と一緒に白い息を吐くと、どこからか声が聞こえてきた。低くてとても落ち着く声。


声の主は私の目の前に居た。

私がずっと俯いているから、抱え込んだ膝しか見えてなかったんだ。


「あなたはだあれ?」


トレンチコートに身を包み、ナチュラルハットを深く被るおじさんに私は問いかける。


「私はサンタクロースだよ。お嬢ちゃんにプレゼントを渡しに来たんだよ」



おじさんは私の頭に軽く積もった雪を払ってくれた。


一体どこの世界にそんな格好のサンタクロースがいるというのですか?


「おじさん嘘ついてるよね」


「あれ、もっとリアクション見せて?おじさん切ない」


おじさんはおどけた様子で言う。

変な人だ。



「どう見てもおじさんはサンタクロースには見えないよ」


「こらこら、人を見かけで判断してはいけないよ?」


「じゃあ、本当にサンタクロースなの?」


「いや……それは……プレゼントをあげるのは本当さ」


「それはありがとう。でも、サンタクロースとは違うんでしょう?」


「お嬢ちゃん冷めてるね」


「余計なお世話だよ」


おじさんは、苦笑いして私に手を差し出して来た。「お尻、冷たいだろ?」とおじさんに言われたので、私は「少しだけね」って言っておじさんの手を取った。


そのまま手を繋いで二人で公園に行った。知らないおじさんについて行くなってママに言われたことがあった気がする。忘れたけどね。


ベンチに二人並んで腰掛けて、来る途中に買ってもらったココアを飲んで温まった。街灯が私達の座るベンチを照らすので、周りが夜で暗いせいもあるのか、なんだか私達だけ世の中から切り離された気分になった。


「お嬢ちゃん、お家は?」


「ない」


「パパとママは?」


「今はいない」


「じゃあ、どうやって生活してるの?」


「おじさん質問多すぎない?」


おじさんは私のプライベートについて、ズケズケと聞いて来た。正直このおじさんはデリカシーがないのかもしれない。


「そいつは失礼した」


おじさんは少し笑って謝罪した。

なんで軽いんだ。こう言う男とは結婚しちゃダメだね。


あれ、そういえばさっきプレゼントがどうこう言ってなかったっけ?


「そういえば、プレゼントをくれるって言ってなかった?」


おじさんは思い出したように手を叩いた。


「ああ、そうだったね。君にプレゼントがあったんだ」


「どうして私に?」


「可愛いらしかったからって理由は?」


「口説き文句としてはベタかな」


「手厳しい」


いくら少女相手だからって、そのセリフを選択するのは紳士失格だ。もっとときめくようなセリフを用意していただきたかった。


「ところで、全体それはどんなプレゼントなの?」


おじさんは不敵に笑うと、帽子を被り直して言った。


「魔法だよ」


こりゃあ、豚も木に登りましたわ。

布団も吹っ飛びました。

お猿さんお怪我してませんか?


「そんなご冗談を……」


「君本当に冷めてるよね」


冷えてるのはお尻だけだよ。おじさん。

私は一口だけココアを飲んで唇を舐める。


「冷めてるというか、信じきれないよ……。どうせプレゼントくれるなら家が欲しかったかな」


「メチャクチャな小娘だな」


おじさんは少し考え込むと、ひらめいたような立ち上がった。


「そうだ。私はお嬢ちゃんに魔法をあげる。その魔法を使って私の仕事を手伝っておくれよ。その報酬として住む場所とお金をあげよう!」


そんなうまい話があるわけがない。

魔法が貰えるうえに、仕事のお手伝いをすると住む場所とお金が貰える? それは少し出来すぎた話だ。


というか、どれだけ魔法を私に授けたいんだ。


「詐欺とかじゃないの? 魔法ってお薬か何か? あの頭が悪くなるやつ」


「そんなに汚れた人間に見えるか……私」


汚れた人間に見えるわけじゃないよ。

ただ、疑心暗鬼になるだけ。

だって、そんな出来た話あるはずがないもの。


「ううん、だったら一年契約でどうだい?」


「おじさん、妥協しすぎだよ。魔法授けるうえに住む場所とお金の工面、しかも一年契約の保証付き」


「じゃあ、どうしたら納得して魔法を受け取ってくれるんだい?」


おじさんのしつこさに、私は少しイラっとしました。


「しつこいよ。どうして私に構うの? 所詮私はよその子なんだから、放っておけばいいじゃない。それとも、おじさんは誘拐犯だから私を拉致したいの? 残念だけど私にママもパパも居なければ、身寄りだっていないよ。財産だってないんだから」


おじさんはキョトンとした顔をした。

だけど、困った顔はしなかった。

すぐに笑顔でこう言った。


「私は、お嬢ちゃんに幸せになって欲しいと思っただけだよ」


そう言っておじさんは、私の頭を優しく撫でた。


「君はきっと、誰よりも優しい心の持ち主さ。そんな君が一人地べたに座って、電柱にもたれかかって、街行く人々に置いてけぼりにされてる。私にはそれがどうにも許せなかったのさ」


「他人なのに?」


「他人なのに」


やっぱり、変なおじさんだ。

すごく安心する。

知らない人撫でられて、安心する私も十分変な子だ。


「だから、魔法を受け取って欲しい」


今もよくわからないでいる。

どうして、このおじさんがここまで執拗に私に魔法を授けたがるのか。

どうして、このおじさんはネガティヴな私に対してここまで優しいのか。


こんな、つまらない理由でここまでできるはずがない。


「まあ、魔法が本当にあるならね」


「あるとも、試してみる?」


そう言うなり、私の返事を聞かずに指を鳴らすおじさん。パチンという音が辺りに響いた。


「これは人の思考を読む魔法だよ。


『こりゃまた突飛なことを言いだしたな』


って思ってる?」


「『いや、別に思ってないけど』『本当は思ってたけど』」


「え……」


「『え、ちょっと待って、本当に読んでるの?』『おじさんは私の言葉を遮って、私の台詞を横取りした』」



おじさんは、もう一度指を鳴らすと不敵な笑みを浮かべた。


「こんなもんさ」


「……」


夢みたいなことが、今現実に起こった。

むしろ、馬鹿みたいなことが起こった。


「受け取ってくれるかい?」


私は少し頭を抱えた。

いきなり魔法をくれると言い出すし。

魔法を受け取ったらお金と住む場所を提供してくれるという(一年間お手伝いという条件付き)。


どれもこれも突飛で理解不明だし、あれもこれも怪しくて、受け入れるのには難しかった。


でもね。今日はね。


クリスマスなんだよ。

キリスト様お誕生日おめでとう。

サンタさんご苦労様。


「いいよ。受け取ってあげる」


今夜限りは突飛なことにでも、身を委ねてみよう。


「嬉しく思うよ。君に授けるのは人の思考を読み取る魔法と人の記憶を読み取る魔法の二つだ」


「どれも嫌な魔法だね」


人の思考を読むのはズルだと思う。

人の記憶を読むのは卑怯だと思う。


「使い方次第ではステキな魔法さ」


「この魔法を良いものにするのは私次第?」


「その通りだよ」


おじさんは私の頭を撫でる。

その手は大きくて優しかった。

不思議と、もう寒くなかった。

寒かったのは、心だったのかもしれない。


「自己紹介が遅れたね。私はサンタというんだ。あながちサンタクロースというのも嘘ではないよ」


へえ、本当にサンタさんだったんだ


ならば、私も名乗ろう。

私の名前は……。


「私はニグモ、よろしくね。サンタさん」


「ニグモか、良い名前だ。よし行こうか」


サンタさんは私の手を握って引いてくれた。


これが、私とサンタさんの出会い。

こまったさんを相手にする一年間の始まりでした。

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