第18話 慶事で迎えた新時代

 西暦195年の秋。ナムジとヤガミ姫が結婚式を挙げる。

 2人の年齢は18歳と15歳。ヤガミ姫としては少々気早に過ぎると感じていたが、本人達の意向は扨措さておき、親兄弟も含めた周囲の節介焼きが「適齢期だから」と煩かった。娯楽の乏しい社会で往々に見られる一種の御祭り騒ぎと言えなくもない。

 漂着民達は、漂流船に積んだ白地の絹布で婚礼衣装を作り、2人に贈呈した。新郎の着る長襦袢じゅばんには、前裾を結ぶ紐が左右に縫い付けてある。新婦用衣装は丈短たけみじかの半襦袢と丈長たけながの袴。女性用袴の腰紐は乳房の下で結ぶ。漂着民達は半襦袢を『チマ』、袴を『チョゴリ』と紹介した。

 朝鮮半島の民族衣装なのだろうが、乳房の膨らみを強調する意匠デザインは官能的に見栄えする。

「御洒落な袴ねえ」

 披露宴に先立ち、ヤガミ姫の花嫁姿を眺めるオオヤツ妃。恍惚うっとりと見惚れ、溜息を漏らす。同じ女性として興味津々らしく、オオヤツ妃がヤガミ姫の着衣を念入りに検分する。

「ウズメの袴よりも随分と裾が膨らんでいるのが不思議。そうか、絹布を不断ふんだんに使って、胸回りの折返しの数を増やしているのね。贅沢な衣装だわ」

 オオヤツ妃には宮埼集落の外に出た経験が無い。双胴船や馬に乗ったのも生まれて初めてだし、宮埼から出雲までの遠路は老体に鞭を打つ。それに、「海の向こうは根の国」との迷信に密かな恐怖を感じてもいた。

 でも、結婚式に臨む息子夫婦を目にするや、嬉しさに長旅の疲れも吹き飛ぶ。奇禍に遭ったホミミとカツヒを偲ぶに連れ、新天地で新たな人生を歩み始めた三男の晴れ姿に胸を撫で下ろす。

「こんなに綺麗な御嫁さんだもの。ナムジ、大切にしなさいよ」

 手持無沙汰に佇む息子に喝を入れる。

「分かっているよ、母さん」

「御義母様。これからも宜しく御願いします」

 嫁の叩頭に慌てたオオヤツ妃は「何よ、改まったりして・・・・・・。他人行儀は止して頂戴」と、右手をひらりとなびかせた。

「それに、私の方が寧ろ頭を下げなくちゃ。これからは出雲で世話になるんですもの」

 オオヤツ妃は42歳。短い老い先を息子夫婦と共に過ごし、出雲集落に骨を埋める積りだった。宮埼出立しゅったつに際しては、正式に集落長の地位を娘婿ニニギに譲ると宣言し、後顧の憂いを断って来た。

 首長おびととなったニニギは、延岡から宮埼までの広い統治範囲を差して『日向ひゅうが』と命名し、人心の刷新を図る。宮埼地域もスサノオが流れ着いた昔日とは様変わりだし、林業と造船業で栄える延岡もた集落と呼ぶに相応しい程まで発展した。

『昇日に向かいし地』なる地名はいまの繁栄に相応しい、と宮埼集落の誰もが実感する処だ。後世、『日向』は由緒正しい領国名称として、奈良時代の律令体制に組み込まれる。

「でもね、安心して。私はヤガミ姫の両親宅で御厄介になるから、貴女達は夜の営みに励むのよ」

 経験者らしい母親の戯言に、ナムジとヤガミ姫の2人は顔を赤くして黙り込む。

「初めてヤガミ姫と会ってから、もう1年が経つのね。何だか慌ただしくって、アっと言う間だったわ」

「そうだね、母さん。でも、苦労して日向との交易路を拓いたから、こうして母さんとも一緒に暮らせるようになったんだし、俺も苦労の甲斐が有ったよ」

 交易路を切り拓く間は常時いつも、ヤガミ姫はナムジの相棒として行動を共にした。特に中国山地を縦断する際には野性味の乏しいナムジを助け、狩猟の才能を存分に発揮してくれた。

「本当にねえ。ナムジ、ヤガミ姫。有り難うよ」

 二人三脚での奮闘はオオヤツ妃も聞き及んでいる。


 陽が翳って来ると、ナムジ達の新居から集落長の屋敷に3人は移動した。屋敷では、料理の載った須恵器すえきや木器の皿が所狭しと並べてあり、披露宴の準備が進んでいた。

 今夜の祝宴は、収穫を終えた豊穣祭の意味合いも兼ねているので、集落内の主立った人間を全て招待している。常時いつもは無用に広く感じる屋敷も今夜だけは手狭になるだろう。気の早い村人が何人か、既に座り込んで談笑している。

 片隅では、スクナが胡坐あぐらの上に乗せたトヨタマ姫をあやしていた。オオヤツ妃がスクナの隣に腰を下ろす。相手が異国人であっても、出雲集落では部外者同士。逆に気心が知れる。

「可愛い赤ちゃんね。私が抱いても構わないかしら?」

 両手を差し出す仕草でオオヤツ妃の意思は伝わる。スクナは抱き上げたトヨタマ姫を彼女に手渡した。トヨタマ姫を胸に抱いたオオヤツ妃は、両眼を大きく開けたり、口をパクパクさせる。幼児語で優しく話し掛ける老婆と、言葉にならぬ嬌声を上げる赤児。慈愛に満ちた様子に老爺が目を細める。

 言葉が通じないと聞いているので、オオヤツ妃もスクナに話し掛けはしない。それでも、2人で顔を寄せ、トヨタマ姫の上機嫌な表情を覗き込んでいれば、気持ちは通じ合える。

 着座した参列者の数が三々五々に増えると、自然発生的に酒宴が始まる。スクナを始めとする漂着民の御蔭で、出雲集落の宴会では濁り酒も供されるようになった。

 今も土師器はじきの壺の中では、米糀と酵母が共演する発酵作用が続いている。祝事で濁り酒を飲む度に蒸煮米を継ぎ足し、醸造用の壺の数も随分と増えた。

 夏の暑い盛りは腐敗し易いので、涼気の溜る山裾の日陰に安置する。今後は、火当て処理を施して発酵反応を止め、保存可能期間を長めて交易品の一つに加える予定だった。

 酔いが回って興奮し始める一堂。お調子者が立ち上がって広間の中央付近に進み出る。素頓狂そっとんきょうな奇声を上げつつ、千鳥足で踊り始める。1人が踊れば、別の村人が合流し、周囲の者も呂律の回らぬ濁声だみごえで囃し立てる。持ち込んだ銅鐸どうたくを木片で叩き、拍子を取る者さえ現れた。

 婚礼衣装で身を包んだナムジとヤガミ姫が愉快な出し物に笑い声を上げる。太宗賑やかな酒宴に圧倒されるオオヤツ妃であったが、新郎新婦の莞爾にこやかな笑顔を遠目に認め、幸せな気分に浸る。

 舞踏者の踏み足に合せて上半身を揺らしていると、隣のスクナがオオヤツ妃の腕を軽く小突く。振り向けば、トヨタマ姫を指差し、自分が抱擁役を交代しようと身振りする。次なる仕草は、オオヤツ妃を指差し、口元で箸を動かす真似事。食事を摂れと言いたいらしい。

 オオヤツ妃はトヨタマ姫をスクナに預け、料理に箸を付けた。出雲集落の食事で驚いた事の一つは箸の使用だ。箸が有れば、熱々の料理を愉しめる。

 第二の発見が味噌。調味料は食生活を豊かにする。塩と醤油に味噌が加わる事で、味付けの多様性バラエティを広げていた。魚介類の調理方法も塩焼きに味噌煮と様々で、同じ食材が別料理として並んでいる。

 ――この弁韓べんかん人。優しいのね。言葉が話せると良いんだけど・・・・・・。

 料理に舌鼓を打ちながら、スクナの姿を横目で眺めた。

 息子夫婦の披露宴を機会に親密さを深めるオオヤツ妃とスクナ。2人の年齢は僅か4歳差。共に老齢期を過ごす分には丁度釣り合う。お互い辛酸を嘗める苦い経験をしており、慰め合う相手を欲してもいた。

 後日談として、オオヤツ妃は、仮住まいだった集落長の屋敷を辞去し、スクナ宅へと転がり込む。

 スクナにとって、幼女を男手一つで育てるのは難儀であり、後妻の存在は重宝した。未亡人生活が10年近くに及ぶオオヤツ妃。うに女盛りを過ぎていたものの、第二の新婚生活に年甲斐もない昂揚感を抱いていた。


 一方、仲睦まじい若者夫婦の新居ではヤガミ姫が早々に懐妊する。出雲集落との交易相手の開拓がナムジの役割であるが、瀬戸内へと中国山地を越える林道は積雪に閉ざされ、冬の間は身動きが取れない。若い2人は夜毎の営みに明け暮れ、汗水垂らして奮闘した成果は直ぐにみのる。

 ヤガミ姫が「気分が優れない」と不調を訴え始めた時には、ナムジも動揺し、漢方薬学を心得るスクナ宅の戸を叩いて往診を頼む。ところが、同行したオオヤツ妃は嫁を見るや破顔し、愉快そうに笑い出した。

「ナムジ! 病気じゃないわよ。赤ちゃんが出来たのよ。ヤガミ姫に」

 片言の大和言葉しか話せないスクナであったが、「赤ちゃん」の単語を理解し、微笑みを浮かべて大きく頷く。

「ヤガミ姫。これからしばらく大変よ。でも、その内に落ち着くから、それまでの辛抱よ」

 経験者のオオヤツ妃は、床に伏せるヤガミ姫の手を握って励ました。

の位?」

 不安気に尋ねるヤガミ姫。懐妊自体は嬉しい吉報だが、目下の問題は目眩と吐気。余り長くは続かないで欲しい。

「まぁ、三カ月って処かしら」

 事も無げに答えるオオヤツ妃。微妙な表情を浮かべるヤガミ姫。

 ちなみに、古代日本に太陽暦は存在しない。四季の移ろいが明白な日本では、太陽の運行軌道を観測してこよみを刻む必要が無い。

 世界四大文明の栄えた地域は何れも四季の変化が乏しく、降雨量も少ない。ところが、突如として大河が氾濫――この洪水が上流域の肥沃な土壌を補給するので農耕文化を育むのだが――するので、防災の観点から太陽暦が発達した。

 対照的に日本では、初春と梅雨時の長雨、秋の台風と言う風に、太陽暦に頼らずとも河川の氾濫が予測可能だ。とは言え、大雑把な時間の区切りが無ければ不便なので、月の満ち欠けを尺度としていた。つまり、簡便な太陰暦。但し、1年の区分は田植え期を基準としていた。

 オオヤツ妃は、目を閉じた嫁の表情に諦観の色を読み取ると、今度は息子の方に向き直る。

「妊婦の身体を冷やさない事が肝要よ。実家に羽毛布団を借りて、重ね着した方が良いわね。

 もう其処まで春が来ている筈だけど、この出雲は寒くっていけないわ」

 南国育ちのオオヤツ妃は両腕を交差させると、初めて経験する山陰気候に身震いした。


 啓蟄けいちつの頃になると、春のうららかな陽気と共に、中国山地の雪解け水を得た河川が水流を再生させる。濡れ落ち葉の陰からはふきとうが淡緑の頭を覗かせ、ハコベも小さな白い花を躊躇ためらい勝ちに咲かせ始める。冬眠から目覚めた虫達の蠢動に喜ぶウグイスは林間に響き渡る歌で春を告げる。

 穏やかな日和ひより悪阻つわりの元凶を溶かしたかのように、ヤガミ姫の容態は妊娠安定期に入った。安心したナムジは、新妻の面倒を母親とスクナに託し、自らは瀬戸内海を目指して中国山地を越える。

 まずは尾道おのみち宿場の整備。出雲集落と尾道とを往来する馬が休める厩舎を構えるのだ。厩舎に加えて、雨露を避けて交易品を一次保管する倉庫も必要だった。

 何人もの出雲人を従え、ナムジは建設現場を監督する。但し、常駐はしない。他にも使命が残っているからだ。

 次なる使命とは、瀬戸内沿岸の彷徨。実現までの道程は遠いと覚悟しているが、交易網の構築が目的だ。各地に拠点を構え、宮埼集落の籾米のみならず、出雲集落の特産品――鉄製品、濁り酒、味噌等――と、瀬戸内各地の特産品とを交易させる。

 建設作業の始動を見届けたナムジは、末蘆人まつろびとの操る双胴船で巨大な内海へと出帆した。甲板には宮埼集落の余剰米――挨拶時の手土産――を載せてある。

 自給できない物品を手に入れ、余剰な物品を供出する互助体制こそが交易網の本質だ。瀬戸内各地の村落は、雪崩を打って参加を表明し、ナムジの訪問を歓迎した。

 ナムジが既婚者だと承知の上で、自分の娘を一晩の夜伽よとぎ相手に差し出す村落長すら相次ぐ。運良く娘がナムジの子種を宿せば、一種の政略結婚と同じ。懐妊しなくても、歓待した事実は残る。村落の立場を悪くはしない。そう考える村長は多かった。

 一人旅をするナムジの方でも、妻の監視が届かぬ未踏の地で甘誘に抗い続けるのは難しい。斯くなる経緯により、大国主は恋愛の神様として全国各地で祀られ始める。

 勿論、瀬戸内を流離さすらい続ける間も、妊娠中のヤガミ姫を見舞い励ます為に、何度か出雲集落に戻った。留守を預かるヤガミ姫は両親宅に身を寄せている。後顧の憂いは無いものの、寂しがる新妻を慰撫するのは夫の務め。本音では、胎児の成長を楽しむ気持ちの方が強かったかもしれない。

 夏が過ぎ、頭を垂れる稲穂が黄色く染まる頃。ヤガミ姫は無事に男児を出産する。ナムジとヤガミ姫はキマタと名付けた。日本神話には木俣神きのまたのかみとして登場する。

 一方、キマタの誕生と概ね同時期に尾道宿場の建屋も完成し、出雲人が交代で宿場に詰め始める。冬の半年弱を雪山に閉じ込められる宿命の出雲集落。交易網の主催者が不在と言う由々しき事態を放置しては、実質的な運営権を横取りされ兼ねない。

 ナムジを始め出雲人の苦労が報われ、九州の東半分、山陰と瀬戸内各地をつなぐ人の流れは太くなる一方で、程無く広域経済圏が形成された。

 広域経済圏を営む目的の一つに、宮埼集落の籾米貯蔵に協力する村落の組織化フランチャイズが挙げられる。彼の働きで、瀬戸内各地には幾つもの「稲場いなば」が設立される運びとなった。後世、「稲場」は「稲羽」となり、大国主が主人公の『因幡の白兎伝説』――古事記の原文では『稲羽之素兎』――へと変遷する。


 キマタが誕生した西暦196年は、九州北部の情勢が大きく動いた年でもあった。

 邪馬台城と香春集落が和睦を結び、西暦189年のミカヅチ出奔から足掛け8年目に及んだ分裂状態に終止符を打つ。

 この間、邪馬台城の求心力の源である籾米貯蔵の事業形態ビジネスモデルが崩壊した。平尾台の鉱石を入手できずに、生石灰きせっかいの製造は途絶える。一方で、余剰米の腐敗を傍観する事は出来ない。弁韓べんかんで産出する鉄餅てっぺいとの交易に全て充当した結果、邪馬台城で鍛冶加工する鉄製品の生産量は急増した。

 不運に見舞われるオモイカネの逆境は“弱り目に祟り目”としか表現できまい。備蓄米が払底する中、2度の冷害が九州北部を襲ったのだ。コメの買い戻しを試みても、弁韓人に足元を見られる。

 小さな取り付け騒ぎが散発し、「籾米を預けても大丈夫か?」との疑心暗鬼が周辺住民の心を跋扈する。中核拠点が信用不安を起こせば、経済圏全体がきしみ始めるのが必定。

 一方、ミカヅチの率いる香春集落では、遠賀川おんががわ流域の開墾が成果を上げ、今や穀倉地帯と化している。後世の人々が香春地域を『田川』と呼び慣わす所以ゆえんである。冷害に遭った年の収穫は落ちたが、宮埼集落からの融通米で何とか乗り切った。

 兵糧攻めを指向したオモイカネの戦略は完全に頓挫していた。日向ひゅうが集落と出雲集落が連携を深める状況下、寧ろ邪馬台城の方が兵糧攻めに苦しんでいる。

 賢明なオモイカネが袋小路の構図に気付かぬ筈が無い。だから、白旗を揚げたのだ。死を覚悟して香春集落に赴いたオモイカネを、ミカヅチは寛大に遇した。

「異なる意見を抱き、我々は袂を分かったが、双方とも邪馬台城の将来を考えていた。オモイカネ殿に邪心が無かった事は、不肖、このミカヅチも理解している。

 綻びを修復したからには、二人三脚で邪馬台城を再興しようではないか!」

 恩情の溢れる言葉にオモイカネはむせび泣いた。長きに亘る心理的困窮で頭髪は真白まっしろに染まり、憂苦の刻まれた顔は無数の皺に覆われている。

「だが、オモイカネ殿。卑弥呼の並立は叶わぬ。そちらの卑弥呼を廃位して欲しい」

「それは御尤ごもっともな指摘。ミカヅチ殿の指図に異存は無い」

 邪馬台城側の卑弥呼が譲位し、香春集落側の卑弥呼が入城するに至り、皆が九州北部の再統一を実感したのだった。自然な流れで、ミカヅチ主導の邪馬台城は日向集落とも友好関係を構築する。

 ニニギの方からも祝いの使者をミカヅチの元に遣わした。

 以前に三勢力鼎立ていりつの構想を描いたニニギだが、期待以上に出雲集落との連携が実り始めた今、再統一こそ望ましい展開だと考え直していた。

 香春集落から邪馬台城への鉱石供給が再開されれば、運搬用途に馬を貸し付ける日向集落としても懐が潤う。加えて、日向集落と瀬戸内各地との交易網発展には、造船や操船に長けた末蘆まつろ集落の協力が不可欠であるが、邪馬台城の顔色を伺ってきた末蘆集落との関係も親密度を増すだろう。

 実際、西日本全体は一つの経済圏としての相補関係を深める事となり、平和で豊かな時代を10年以上も謳歌する。

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