第26話 斯蘆国の後ろ盾

 申し訳ありませんが、これより先のエピソードは大規模な改修工事に入っています。

「折角ここまで読んだのに」と不満を感じる方もいらっしゃると思います。

大筋は変わりませんので、その積りで読み進めて頂けると幸いです。

ご迷惑をおかけし心苦しいのですが、何卒ご理解下さい。


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 吉野ヶ里に一旦は避難した卑弥呼達であったが、邪馬台城との距離が5㎞程度しか離れておらず、直ぐにでも日向ひゅうが軍の追手が迫るのではないかと、気が気ではなかった。

 夜が明ける前に吉野ヶ里を出発し、脊振せぶり山地を越えて伊万里に抜け、末蘆まつろ集落まで落ち延びた。

 400人弱の正規兵を引き連れた卑弥呼達の到来に、末蘆の集落長は腰を抜かし、眠気も飛び散った。

「卑弥呼様、オモイカネ様。一体どうなされたのですか?」

「日向軍に攻め込まれたのだ」

「攻め込まれた?」

 鸚鵡おうむ返しに尋ねる集落長に対し、卑弥呼達は無言の返事を返す。

「此処にも攻め込んで来るのでしょうか?」

「分からぬ。だが、たとえ攻め込んで来るにしろ、数日の猶予が有るだろう。

 末蘆集落に迷惑を掛けるつもりは無い。だから、しばし、休ませてはくれぬか?」

 常日頃からの経済的つながりを十分に承知している集落長は、腰を低くして要請するオモイカネ達を集落の招待所に案内した。オモイカネが常宿としている建屋である。

 招待所に案内された卑弥呼達3人は額を合わせるようにして、今後の善後策を相談し始める。

「オモイカネよ。如何どうするつもりですか?」

「放った間者から邪馬台城に関する知らせを受けねば、何とも判断が着きかねますが、海賊兵の戦力は諦めねばならんでしょうな」

「私もオモイカネ殿に同意します。

 海賊兵は殺されたか、散り散りに逃げ去ったか。いずれにせよ、我らの戦力からは脱落したと考えるべきです。

 そうなると、日向軍との戦力差は倍以上に開きます。不味い状況ですね・・・・・・」

 絶望的な状況判断。卑弥呼は同じ質問を繰り返した。

「オモイカネよ。如何どうするつもりですか?」

「戦力の回復が急務です。逃げる道々、私は考えを巡らしておったのですが、我らの選択肢は一つだけ」

「それは何です?」

「私が斯蘆しろ国に渡り、兵を借りて来るのです」

「大丈夫ですか?」

「はい。斯蘆国には貸しが有ります。そもそも、邪馬台城が日向集落と険悪な関係になった理由は、斯蘆国の無理難題に有ります。

 それに、邪馬台城が滅亡する事態は、斯蘆国にとっても困るはず。白き岩や黒き岩、籾米などの供給が途絶えれば、彼らとて影響が全く無いとは言い切れないでしょう」

「そして、もう一度、日向軍に戦いを挑むと?」

「そうです。少なくとも、邪馬台城は奪い返さないと、広い範囲で人々の暮らしに影響が出るでしょう」

「そうでしょうね。確かに、邪馬台城が分裂していた時代の再来となるでしょう。

 分かりました。オモイカネの思う通りに動いてください」

「有り難うございます」

「ところで、オモイカネ殿。幾らの兵士を借りるつもりなのですか?」

 実際に敗者復活戦を挑むのはミカヅチである。当然の質問だった。

「何人くらいの兵士を必要とする? もっとも希望通りの兵士を貸してくれるかは、斯蘆国次第ではあるが・・・・・・」

「そうですねえ・・・・・・」

 逆にオモイカネから質問されたミカヅチは、顎に手を遣り、考えを巡らせた。

――戦争をするならば、兵士の数は多いに越した事はない。

――だが、斯蘆人の兵士とは言葉が通じないだろう。人数が多過ぎても、統制が利かなくなるだろう。

――それに・・・・・・。邪馬台軍の正規兵よりも斯蘆人兵士の数が多くなれば、何処の軍隊か分からなくなる。最悪、指揮権が斯蘆人に渡ったら、体の良い進駐ではないか!

「200人程度で十分か、と・・・・・・」

「ミカヅチよ。大丈夫か? 日向軍は千人近くも居るぞ!

 200人ばかりの増兵では数の劣勢を挽回できないのではないか?」

「御懸念の事は私も考えました。ですが・・・・・・」

「何だ?」

「斯蘆人兵士が大宗を占めますと、邪馬台城は斯蘆国の占領地となってしまいませんか?」

 ミカヅチの指摘にオモイカネは黙り込む。

「確かに・・・・・・。オモイカネよ。ミカヅチの指摘は的を射ていると、私も思います」

「そうですな。私とした事が・・・・・・、迂闊でした。

 ミカヅチが勝てるならば、それで良いのです。その勝つ為の算段は?」

 オモイカネの指摘に今度はミカヅチが黙り込む。

「新兵器を求めてください。韓半島の先進技術が無いと、兵力に勝る日向軍には太刀打ち出来ないでしょう」

 ミカヅチは正直に白状した。中々光明が見えない談義に卑弥呼は溜息を吐く。


 翌日、オモイカネの放った間者が邪馬台城の状況を報告してきた。

「何と! ニニギが死んだか!

 それで日向ひゅうが軍が引き揚げたとは、これ以上は望めない程に幸いだ!

 卑弥呼様! 天は我らに味方しておりますぞ。邪馬台城に居残った日向軍の兵士だけが相手となれば、ミカヅチの言う通り、200人の兵士だけで事足りるでしょう。

 早速、末蘆まつろの集落長に船と通訳の手配を頼んで参ります」

 オモイカネは意気軒昂だった。卑弥呼とミカヅチも、肩の荷が少し楽になった――と感じた。


 斯蘆しろ国の国王はオモイカネからの援軍要請を聞き入れたが、別に邪馬台城に借りを返すと言う仁義の観点から要請に応じた訳では無かった。

『朕は常々不満に感じておったのだがな・・・・・・』

「何で御座いましょう?」

弁韓べんかんで製造する鉄餅てっぺいと、邪馬台城が運んで来る黒き石。それらを同じ重量で物々交換するのは、不公平ではないか?』

「何故ですか?」

『黒き石は掘り出しただけであろう? 我が国で造る鉄餅てっぺいは、赤き石を掘り出すだけでなく、更に人の手を加えて価値を付けておる』

「国王様の御指摘は考慮すべきかもしれません。ご賢察、おそれ入ります。

 一方、籾米や白き煉瓦の方については、国王様も御納得頂いているのですな?」

『ああ。籾米や白き煉瓦には文句ない。特に白き煉瓦は、その使い勝手がすこぶる良いようじゃ』

 2人の会話に登場する“黒き石”とは石炭。“赤き石”とは鉄鉱石。“白き煉瓦”とは耐火煉瓦の事である。

 斯蘆国の勢力圏であった辰韓しんかんにも石炭の炭鉱は有るが、弁韓の製鉄現場は梁山りょうざん鉄鉱山の付近。現在の韓国慶尚南道からは遠かったので、引き続き邪馬台城から輸入していたのだ。

 邪馬台城から輸入しなければ、代替品として木炭を使用する事になるが、製鉄効率が落ちる。

「国王様の御考えでは、物々交換の比率を如何程いかほどにすべきだと・・・・・・?」

『2対1。黒き石2に対して、鉄餅てっぺいが1じゃ』

「その条件を飲めば、邪馬台城に兵士を貸して頂けるのですな?」

『ああ。約束しよう』

 斯蘆国の国王はオモイカネの足元を見て交渉を進めたのだが、図らずも、その援軍はミカヅチの希望した最新技術の装備となった。

 ミカヅチにとっては確かに垂涎の的であったが、斯蘆国にとっては有り触れた装備であった。偏に中国大陸から伝播する軍事技術の程度の差でしかなかった。

 具体的には二つ。

 一つ目は騎馬兵。

 朝鮮半島北部の新興勢力である公孫一族や、更に北の満州で跋扈ばっこする鮮卑せんぴ族の闘い振りを知っていれば、自ずと騎馬兵は標準装備に組み込まれる。

 二つ目はよろい

 斯蘆国では、上級兵士の鎧には鉄片を魚鱗の様に編み込んでいるが、下級兵士の鎧は板材を腹と背中に被せただけの簡単な仕様。現代でも街頭で見掛ける宣伝マン、サンドイッチマンを連想すれば良い。

 斯蘆国の国王が貸し与えた援軍は20人の騎馬兵に180人の下級歩兵と言う構成だった。

 予備の軍馬として50頭を追加してくれたのは、「交易条件で大きく譲歩したのですから」と、オモイカネが粘り強く懇願した成果だった。


 斯蘆人兵士を従えたオモイカネが末蘆まつろ集落に戻ると、ミカヅチは自分の正規兵に乗馬を教え始めた。正確には、自分も含めて、斯蘆人兵士に教えを乞うた。

 半年余りも訓練を積むと、邪馬台軍の正規兵も騎乗しながら長槍や刀剣を操れるようになる。

 全ての歩兵は板材の鎧と靴を装着している。末蘆人の船大工に作らせた。日向ひゅうが軍と対決した時とは比べようも無い程、防御力が強化されていた。

 一方の邪馬台城では、その経済行為が片輪走行の状態だった。逃亡した奴婢ぬひを養う必要が無くなったとは言え、平時に比べると困窮している。

 田川集落からの鉱石搬入は続いていたので、セメント以外の粉末製品は製造を継続していた。須恵器すえきや煉瓦の製造も継続している。

 一方で、籾米の貯蔵ビジネスは開店休業の状態だった。落城時に城内の籾米は全て筑紫集落に引き出されていた。邪馬台軍と日向軍の戦闘で田植え作業を邪魔された筑紫集落は1年分の収穫を失っていたので、邪馬台城から引き出すだけでは暮らして行けない。

 その不足する食糧は日向集落が提供していた。戦闘に先立って筑紫集落から没収した籾米を変換したのである。形式上は、日向集落が邪馬台城に預けていた籾米を融通する、と言う因果関係である。

 兎に角、1年分の食糧と次年度の種籾の供給を保障されたので、筑紫集落の人々は日向集落に感謝していた。

 周辺地域で不穏な動きが出ないので、日向軍は邪馬台城には1個大隊、300人の兵士しか駐屯させていない。

 吉野ヶ里は、卑弥呼が居ない事を確認しただけで、放置していた。吉野ヶ里のマーケット機能を滞らせては、周辺地域に混乱を生じさせるからだ。

 末蘆集落にも日向軍の捜索の手は伸びたが、卑弥呼達は、海を隔てた壱岐島に身を隠していた。練兵も壱岐集落で行っている。

 集落長となったウガヤは、ニニギ亡き後の日向集落を維持するのに精一杯で、行方知れずの卑弥呼の捜索まで手が回らなかった。海賊兵を壊滅させ、邪馬台城の兵力が大きく縮小したと言う安心感も有った。


「ミカヅチよ。邪馬台城の日向ひゅうが軍に対して、いつ頃、復活戦を挑むのですか?」

「間も無く。春の訪れる前」

「それでは筑紫集落の田植えを邪魔する事になりませんか?

 2年も田植えを出来ぬとなれば、彼らは耐えられない程に困窮するでしょう」

「大丈夫です。勝負は直ぐに着きます。短期決戦でないと、我らに勝機は有りません」


 梅の花が咲き、桃の花が咲く頃。ミカヅチは行動を起こした。邪馬台軍の正規兵400人弱に斯蘆しろ人の兵士200人を加えた、総勢600人弱の軍勢である。その1割程度は騎馬兵であった。

 海を渡り、末蘆まつろ集落に上陸すると、伊万里から脊振せぶり山地を東に横切り、佐賀に出た。軍馬に合わせて、筑紫ちくし平野の西端を歩兵達が駆け足で走る。佐賀から邪馬台城までは小一時間の工程。

 ミカヅチは西城門を望む場所に到着すると、兵士らを休憩させた。

 夜明けと共に城門の跳ね橋が下りる。邪馬台城が一日の活動を始めたのだ。城門の上で守備兵が背伸びをしている。いつもと変わらぬ一日が始まると思い込んでいる。

「皆の者! 我に続けえ!」

 ミカヅチは鬨の声を上げ、兵士達を鼓舞した。軍馬の脇腹を強く蹴り、ピシャリと手綱を鳴らした。

 70騎の騎兵が砂塵を巻き上げ、西城門に疾走する。歩兵が遅れて殺到する。

 不意を突かれた城門の守備兵が慌てふためき、跳ね橋を上げようとするが、地面を少し離れた跳ね橋の上に軍馬を跳躍させると、跳ね橋を吊る麻縄を一刀両断に断ち切った。

 馬上から弓を引き、応戦の暇を与えずに城門守備兵を射落としていく。その頃には歩兵達も城門に辿り着き、至る所で白兵戦が始まった。

 騎兵は城内の大広場を隈なく駆け回り、馬上から長槍を突き下ろし、次々に日向ひゅうが軍の歩兵を倒していく。

 日向軍の方も必死に態勢を整えようとするが、邪馬台軍は600人、日向軍は300人なので多勢に無勢だった。

 しかも、邪馬台軍の兵士は一様に鎧を装着しており、日向軍兵士の一撃で致命傷を負う事は無かった。一方で、日向軍の兵士は一撃でたおされる。特に騎兵から攻撃を受けると、一方的としか言えない有様だった。

 戦闘行為により邪馬台城の庶民が騒ぎ始めるが、騒ぎが広がる前に雌雄は決した。ミカヅチが卑弥呼に予言した通り、極めて短時間の戦闘時間で決着が着いた。

 日向軍の損耗率は7割を超え、這う這うの体で南城門から遁走した。大隊長も戦死し、撤退行為に秩序は無かった。邪馬台軍が城内の掃討に熱中する隙に、各自がバラバラに逃げ散ったと言うのが実態であった。

 

 邪馬台城が再奪取されたとの報告を受けたウガヤは、最初は自分の耳を信じる事が出来なかった。対照的にシオツチは渋い顔付きで腕組みをしている。

『ウガヤ様。邪馬台軍は斯蘆しろ国に助けを求めたそうです』

「斯蘆国?」

『はい。騎馬を使う戦術。これは斯蘆国を始め、北方の騎馬民族の闘い方です。

 それに、彼らは鎧を装着していたそうですから、これからは戦い方を変えねばなりません』

「鎧とは?」

『腹と背中に一種の盾を着ける防具です。鎧は重いのと動き難くなるのが欠点でして、私は先の合戦では兵士に装着させませんでした。

 ・・・・・・ですが、これからは我が軍も鎧を着けないと太刀打ち出来ないでしょう』

「それでは早速、日向ひゅうが軍でも同じ装備を整えさせよう」

『ウガヤ様。事は簡単ではありません。鎧は直ぐにでも同じ物を準備できますが、軍馬の方は如何どうし様も有りません』

「そうであったな。日向集落の馬は戦闘に使えないと、シオツチが以前に諦めておったな」

『はい』

「軍馬が無いと、どうなる?」

『平地での戦闘は圧倒的に不利になるでしょう。歩兵は騎兵に全く太刀打ち出来ません。

 騎兵に対抗できるのは弓兵のみ』

「であれば、弓兵を増やすか? 元々、薩摩熊襲さつまくまそは弓矢に長けているぞ」

『弓兵が対抗できるのは、向かってくる騎兵に対してのみ。騎兵が退けば、弓兵が人の足で追い縋る事は不可能です。

 同じ様に、騎兵が矢の届かぬ距離で弓兵隊を迂回すれば、弓兵隊の存在意義は無くなります』

「そうか・・・・・・、困ったな」

『残念ながら、軍馬の調達に目途が着くまで、邪馬台城を奪い返す事は諦めるべきです』

「逆に邪馬台軍が日向集落を攻めて来ないだろうか?」

『それは大丈夫でしょう。

 軍馬は平地で威力を発揮しますが、逆に山間部では役に立ちません。木々の間を走り回れませんから、その機動力を活かせないのです。

 邪馬台城が日向集落を攻める場合の攻略ルートは二つ。

 高千穂神社を通過して延岡に下るか、霧島の山間部を通過して日南に下るかしか有りません。

 砦として建てた高千穂神社には兵を配置していますし、ニニギ様の魂がお守りしてくれるでしょう。

 薩摩熊襲の膝元である霧島の方にも新たに兵を配置しておけば、彼らも無理はしないと思います』


 こうして、日向ひゅうが軍と邪馬台軍は膠着状態に陥った。

 大規模な軍事衝突は生じなかったが、九州全域は、邪馬台城の親派と日向集落の親派とに別れ、冷戦構造に突入した。大まかに説明すると、九州山地を境として、西側の福岡県・熊本県・佐賀県・長崎県は邪馬台城側。東側の宮崎県・大分県・鹿児島県は日向集落側だった。

 日向集落側は出雲集落や瀬戸内各地とも経済的につながっていた。一方で、邪馬台城側は朝鮮半島南部と繋がっていた。

 所詮は冷戦構造なので、両軍の間で小さな武力衝突は何度か発生した。

 最初に仕掛けたのは日向軍の方であった。

 弓兵を主体とした小部隊で邪馬台城の付近に現れた。最初から邪馬台城の陥落を目的とはしていない。目的は、軍馬の奪取であった。

 日向軍を蹴散らせようと邪馬台軍の騎兵隊が突入する。

 最初は日向軍の弓矢攻撃に難儀するが、鎧を着用し、盾を傘代わりに掲げれば致命傷となる可能性は小さい。日向軍の方も軍馬を傷付けては元も子も無くなるので攻撃の勢いが緩い。

 弓矢の扱いに長けた狙撃兵が騎馬兵に狙いを定めて射抜くのだが、騎馬兵が落馬した後の軍馬は逃げて行ってしまい、それを日向軍兵士が捕まえるのは中々難しかった。

 戦果の乏しいゲリラ作戦を何度か重ねたが、軍馬を奪う事は出来なかった。

「あいつら、馬鹿じゃないか? 日向集落にも馬が居るんだから、馬で攻めれば良いのに」

 邪馬台軍の間には日向軍に対する疑問と嘲りの風潮が蔓延した。

「もしかして、馬の乗り方が分からないんじゃないか?」

 的外れな想像であったが、論理的に帰着した推論でもあった。

 その結果、乗馬ノウハウは軍事機密とされた。部外者を立ち入り禁止とする特別の建屋が邪馬台城の中に建設され、その建屋内に騎馬兵の練兵場所は限定された。

 邪馬台軍の方も日向集落に攻め入ろうとした。戦勝続きで慢心していた面も有る。

 騎馬兵を先頭に宇城から高千穂に至る山道に分け入る。だが、山道は狭い。一列縦隊で進軍するしかない。

 シオツチも、オモイカネと同じ様に間者を放っていたので、邪馬台軍の侵攻は日向軍に筒抜けである。

 或る者は大木の陰に隠れ、或る者は高い樹に登り、弓矢を構えて待ち伏せをしていた。縦一列の邪馬台軍が四方八方、更には上空からも一斉射撃を浴びる。

 見る見るうちに騎馬兵は落馬し、歩兵はうずくまったった。ヒヒンといなないた軍馬が右往左往する。高千穂神社の遥か手前で、邪馬台軍は撤退して行った。

 この防衛戦を通じて、日向軍は念願の軍馬を20頭前後、手に入れた。捕獲した軍馬を種馬として繁殖させるには少し数が足りない。

 一方の邪馬台軍にとっては、70頭の内の20頭を一挙に失ったので、大損害であった。

 軍馬量産の成否が次の戦闘の行方を決めるかなめと認識した双方とも、互いに戦端を開く事を躊躇い、小競り合いさえも起こさない。

 十分な数の軍馬が揃うまでの間、平穏だが不気味な年月が過ぎる事になった。その歳月は5年に及ぶ。

 在来馬で畜産ノウハウを蓄積した日向集落は、在来馬を立ち退かせた都井とい岬で軍馬の繁殖にいそしんだ。それでも馬の妊娠期間は1年と長く、しかも雌1頭に付き仔馬も1頭しか生まれない。順調に数を増やせたとしても、100頭に満たない。

 邪馬台軍の方では、軍馬に存在価値を見出した斯蘆人達がよこしまな思惑を抱き、金儲けを画策し始めた。金銭と呼ぶ代物は流通していないので“金儲け”と言う表現には語弊が有るが、富を蓄積しようと算盤を弾くようになった。

  斯蘆国王の命令で倭国に渡ったが、此処で軍功を遂げても何ら褒賞は出ず、斯蘆国に帰国した暁には経済的に困窮してしまう。ならば、財を稼いでおかねば・・・・・・そう考えたのだ。

 具体的には、牧場を囲い、軍馬1頭に付き籾米何俵と値決めし、邪馬台軍を相手に商売を始めたのだ。

 斯蘆人達が目を付けた牧場候補地は、阿蘇山の内輪山の一角に広がる草千里であった。草千里は烏帽子岳の北側に位置し、80万平方m弱の広大な面積を占める。

 見渡す限りに草原が広がり、樹木は生えていない。平原の中には大小二つの湖が綺麗な水を湛えている。馬が伸び伸びと暮らす事の出来る理想的な牧草地であった。

 一方で草千里の周囲を火山岩が取り囲んでおり、馬が逃げないと言う点では人間にとって都合の良い牧草地であった。

 反面、邪馬台城からは遠く離れ、高千穂神社から近い。理想の牧草地とは言え、敵陣地の間近で開設する事にミカヅチは異論をはさんだが、斯蘆人達は相手にしない。

「日向人も沢山の馬を飼っているのだろう? 馬なんて邪馬台軍の戦略物資でも何でもない。

 現に、邪馬台城は日向集落が馬を貸し出さなくなって、田川集落からの運搬に難儀していると聞く。

 寧ろ馬は、日向軍の戦略物資だろう?」

 斯蘆人達は致命的な勘違いをしているのだが、日向集落で飼われている在来馬の正体を知らないので、自分達の認識が誤っている事に気付かない。それよりも、

――買い手の邪馬台城から離れているからこそ、安心なんじゃないか! 邪馬台城の近くで飼っていたら、横取りされ兼ねない。

――それに、狗奴くぬ人達を雇って軍馬を放牧させれば、俺達は寝ている間に富を蓄積できる。これまでの人生で、濡れ手で粟の旨い話に巡り合った事が無い。こんなチャンスを逃すものか!

 斯蘆人の兵士には邪馬台城に対する忠誠心が無い。何処までも利己主義であった。そもそも、斯蘆国王が邪馬台城に貸し与えた兵士の質は悪く、教養度は著しく低い。猜疑心が強く、貪欲で、意地汚かった。

 斯蘆人達の横柄な指図に苦労しながらも、真面目な狗奴人達が放牧作業に取り組んだ結果、彼らは5年の間に軍馬を300頭近くまで増やす事に成功した。


「シオツチよ。邪馬台軍の軍馬は我々の3倍だ。このままでは、その差はもっと開くだろう」

『ウガヤ様のおっしゃる通りでしょうな』

「座視するのか?」

『邪馬台軍だって、全ての軍馬を乗りこなせはしないでしょう。宝の持ち腐れでは?』

「一方で、軍馬を乗り熟せる日向ひゅうが軍の兵士は未だ未だ余っているぞ。薩摩熊襲さつまくまその男達は獣を扱うのが上手い」

『そうですなあ』

「軍馬の数だけ騎馬兵を揃えられるとすれば、日向軍は益々強くなる。

 シオツチも軍師として、それを望んでおるだろう?」

『ウガヤ様のおっしゃる通りです。ですが、彼らは何故、我々の目の前に餌をブラ下げておるのでしょう?

 その理由が私には見通せないのです。何か謀事はかりごとを巡らしているのでは? そう思うと、迂闊に手を出せんのです』

「だが一方で、このまま指を咥えて見ていても、形勢が逆転しないのも事実。寧ろ悪化してしまう。

 父上は必要な時に決断する方だった。我々も決断すべきなのではないか?」


 シオツチはゲリラ部隊を組織した。

 草千里の牧場に斯蘆しろ人の兵士は殆ど居らず、牧童として数十人の狗奴くぬ人が野宿しているだけだと言う事は把握していた。余りの無防備さにシオツチはワナを懸念していたのである。

 高千穂神社を出発したゲリラ部隊は銅鐸どうたくの灯光器を手にし、外輪山を越え、夜の内輪山に登った。

 ゲリラ部隊が草千里の到着した時刻は真夜中。人間は深い眠りに就き、軍馬は浅い眠りに就いていた。

 最初に警戒心の強い軍馬が見慣れぬゲリラ部隊の接近に気付いた。威嚇と恐怖の嘶き声いななきごえを上げ、夜間用の柵の中をウロウロと動き始める。

 通常とは違う軍馬の様子に目を覚ました狗奴人の牧童が起き上がる。寝ぼけ眼で辺りを見回し、接近するゲリラ部隊の方向に焦点を合わせると、瞠目して一挙に目を覚ました。

「オロチだ! オロチが居るぞ! ヤマタノオロチが襲って来たんだ、逃げろ!」

 驚天動地した牧童が隣の牧童を叩き起こす。起こされた牧童もまた腰を抜かし、騒ぎが大きくなる。

 彼らを驚愕させた正体は、ゲリラ部隊が持つ幾つもの灯光器。銅鐸の大きさはバケツと同じ程度。の銅鐸も金色に輝き、中央部では炎がメラメラと揺れている。その銅鐸は歩く度に左右に揺れる。

 狗奴人には大蛇の瞳としか思えなかった。新月の夜だったから空は暗く、叢の影と背景の山の影の境すらも判然としない。暗闇が広がっていて仔細には分からないが、瞳の数から類推するに大蛇の数は明らかに多い。

「逃げろ! 逃げろ! 逃げないと、食われてしまうぞ!」

 狗奴人達は脱兎の如く逃げ出した。地面につまづき、転がるようにして山を下りて行った。

 この騒ぎに気付いた斯蘆人の兵士達が1軒の竪穴式住居からゾロゾロと出てきた。狗奴人達と同じ様にギョっとした表情を浮かべる。それでも兵士として修羅場を潜ってきた彼らは、刀剣を手にして構える。相手は大蛇だと、狗奴人と同じ様に思い込んでいたのだろう。

 ところが、ゲリラ部隊は弓兵主体であり、難なく斯蘆人の兵士達を射殺して行った。

『お前らは決死隊だ。どんな罠が仕掛けられているやも知れぬ。

 だが、日向集落の為には是非とも必要な作戦なのだ。無事に戻れば、お前達は英雄だぞ!』

 そう、シオツチに鼓舞されて出発したゲリラ部隊は、拍子抜けの事態に呆れていた。シオツチの言う通り、伏兵が潜んでいるのでは? と耳を澄ますも風の音しか聞こえないし、誰も出てこない。

「軍馬を連れて、高千穂神社に引き揚げるぞ!」

 ゲリラ部隊の隊長が大声で指示を出す。

――こんな事ならば、もっと多くの兵士を連れて来れば良かった・・・・・・。

 1個小隊12人の突撃部隊だったので、軍馬を連れて行くにも限界がある。1人で10頭の軍馬を追い立てるのが精々で、日向軍は120頭しか入手できなかった。

 それでも、両軍の軍馬保有数は拮抗、いや僅かに日向軍が有利となったし、そんな大量の軍馬獲得を期待していなかったウガヤとシオツチにとっては大戦果であった。


 それから更に4年が経った西暦227年。

 倭国に派兵されてから8年も経つと、斯蘆しろ人の中には帰郷を諦めて土着しようと考える者も相次ぐ。そんな気運を反映して、斯蘆人の兵士達は狗奴くぬ集落に入り込み始めていた。

 草千里の一件で懲りた邪馬台軍は軍馬の繁殖地を平地に下ろしていたが、それは狗奴集落だった。高千穂神社と対峙する最前線でもあり、其処に斯蘆人兵士が駐屯し、軍馬の繁殖にいそしむ事は軍略上も筋の通った動きだった。

 その結果、邪馬台軍側の軍馬の数は千頭に迫ろうとしていた。但し、それ程には騎乗できる者が居ない。兵士の素質は邪馬台城の正規兵と斯蘆人に限られる。その数、700人前後。

 それ以外に狗奴集落から兵を集めてはいたが、出自が農民なので、歩兵として組み入れるのが精々だった。それでも300人程度の歩兵を集め、合わせると千人規模となっていた。

 一方の日向ひゅうが軍の方でも軍馬の数を千頭レベルまで増やしていた。こちらは全て騎馬兵。手にする武器は長槍や刀剣だけでなく、弓矢も有った。戦闘力としては日向軍の方が優勢であった。

 こう言う状況下、両軍は再度決戦を挑む事になった。時期はイネの収穫を終えた晩秋。軍馬が縦横無尽に駆け回り易い季節に合戦の時期を定めたのだ。

 戦闘行為が無かっただけで、この10年間、戦争状態は続いている。特段の宣戦布告行為は無く、準備の整った陣営が戦端を再開し、それは日向軍によって為された。

 その戦場は狗奴集落の南の外れ。現在の熊本県益城ましき町・御船みふね町・嘉島かしま町に広がる熊本平野の南半分だった。両軍とも騎馬兵主体の陣営なので、自ずと戦場は平地に設定される。

 斯蘆人の兵士が狗奴集落に駐屯しているので、邪馬台城は戦場とならない。それでも万が一に備え、ミカヅチは邪馬台城に詰めていた。結果的に、斯蘆人の隊長が邪馬台軍の指揮を執る事になる。

 軍師ではない斯蘆人の隊長が命じた布陣は単純なものだった。

 500人の騎馬兵を横一文字に並ばせ、その後ろに300人の歩兵が並ぶ。

 一方のシオツチは騎馬兵を300人ずつ三つのグループに分けた。100人が横に並んだ列を3列に重ねた陣形に整列させて部隊を一つのグループと編成し、右翼・中央・左翼と布陣させた。残り100人の騎馬兵は直轄部隊として、本陣付近に配置した。

「シロツチよ。これを抜けば、邪馬台城までは一気呵成に攻め込めるな」

『ウガヤ様。油断は禁物ですぞ。戦とは何が起きるか分からぬ物です』 

「分かっている。だが、敵方には軍師が居ないようだ。シオツチの采配が有れば、勝てるのではないか?」

『いえいえ、油断はなりません。戦闘については、このシオツチが考えます故、ウガヤ様は御身の安全だけを考えてください。総大将が討たれては、全軍が潰走する羽目になります』

「それも承知している。父上の事も有るしな。二度と同じ事は起こすまいぞ」

『それでは・・・・・・、兵を動かすとしましょうか』

 シオツチが太鼓を鳴らせると、邪馬台軍の方でも進軍の太鼓が鳴った。

 邪馬台軍の騎馬兵は一斉に突撃を開始した。多少は蛇行しているが、500騎が一直線に向かって来る。

 シオツチは太鼓を鳴らし、弓隊で構成する左翼を横に移動させ、邪馬台軍の騎馬兵の列を迂回する漢字で、遅れて追随する歩兵との間に侵入させた。邪馬台軍の騎馬兵を後面から射撃し、合わせて反対側の歩兵をも射撃する。

 全てを射殺す事は不可能で、弓矢の射撃を免れた邪馬台軍の騎馬兵が、日向軍の中央と右翼に雪崩れ込む。邪馬台軍の騎馬兵は450前後、日向軍の前列騎馬兵は200。最初は邪馬台軍が押す。

 だが、日向軍の前列騎馬兵は最初の一撃を交わした後、軽くいなし、2列目、3列目の友軍騎馬兵に相手を任す。邪馬台軍の騎馬兵は仕掛け網に誘い込まれるが如く、身動きが取り難くなる。

 騎馬の優位点は機動性。接近戦になれば勢いが削がれる。相手との間合いを取り直そうと距離を置けば、同士討ちの懸念が薄らいだ左翼弓隊が狙い撃ちにする。

 後続する邪馬台軍の歩兵は、騎馬同士の戦闘に介入する事が叶わず、右往左往している感が有る。その歩兵達を落穂拾いするが如く、左翼の弓隊は駆除していく。

 最初の一撃を上手くかわした日向軍であったが、随所で騎馬戦が繰り広げられるようになると、押し競おしくら饅頭を演じているような混戦模様となる。こうなると個別兵士の力量が物を言う展開であった。

 それでも、日向軍兵士は勇猛果敢で戦意も高い。戦場全体を俯瞰すれば、徐々に優勢となっていく。

 一方、邪馬台軍の方では、戦局全体よりも総大将を討ち取る事に注意を注いでいた。蛇を殺すには頭を切り落とすのが常道。狙いはウガヤであった。

 貪欲な斯蘆人にとっても、懸賞金の掛かったウガヤが第一目標だった。

 その事はシオツチも承知しており、だからこそ100騎の別働隊を本陣に控えさせているのだ。

 だが、しかし、1点突破を狙う邪馬台軍の圧力は相当な物だった。たとえ硬木かたぎの木材であろうと、きりで何度もえぐられれば穴が開く。それと同じ様に、同じ場所を何度も波状攻撃し、ウガヤに通じる道をじ開けようと必死にもがいていた。

 次第に戦場では3層の輪が出来始める。本陣を中心とした直轄部隊の円陣を邪馬台軍の騎馬兵が取り囲み、その邪馬台軍の円陣を日向軍の騎馬兵が取り囲んでいた。

 間にはさまれた邪馬台軍は、内側と外側から切り崩されていた。だが、邪馬台軍の攻撃はウガヤ達を守る直轄部隊に集中していたので、その接触面では寧ろ邪馬台軍の方が優勢であった。

 戦場全体では確かに優勢なはずなのに、本陣に居るウガヤとタマヨリ姫は手に汗を握っていた。肉弾戦に成れば兵士を信じるしかないシオツチもまた、緊張に顔を強張らせていた。

 直轄部隊の隊長が部下を叱咤激励し、切り刻まれた円陣を修復しようと、攻撃が手薄な反対側の兵士を回り込ませる。

 しつこい程の波状攻撃が繰り返された。何度も、何度も。

 そして、円陣の修復が間に合わなかった一瞬の隙を突いて、斯蘆人の隊長が割り込んできた。目を血走らせ、鬼の形相で長槍を振り翳す。

 斯蘆人の隊長が長槍を突き刺そうとした刹那、直轄部隊の騎馬兵が横から体当たりした。槍の穂先が僅かに逸れる。

 それでも斯蘆人の長槍はウガヤのふとももに突き刺さった。

「うがぁ~!」

 斯蘆人は止めを刺す事が出来ず、長槍をウガヤの足に残したまま、押し出されて行った。押し出されながらも、刀剣を大きく振り回し、再び突入しようと試みる。

「ウガヤぁ!」

 敵味方の騎兵が入り乱れ、ウガヤに近づけぬまま、タマヨリ姫が金切声を上げた。

「ウガヤ様を守るのだ!」

 直轄部隊の隊長が怒鳴り声を上げ、それに呼応した騎馬兵がウガヤの周りに盾となって立ち塞がった。

 長槍の柄を掴んだウガヤは、苦渋の表情を浮かべながらも、「どりゃぁ~!」と気合を入れて引き抜いた。

 この出来事が邪馬台軍の勢いのピークだったらしい。獲物を取り逃がしたと自覚しながら、集中力と気力を持続させるのは非常に難しい。戦意が下がり、次第に、サンドウィッチ状に挟まれていた状況からの脱出に頭を巡らし始めた。

 三重の同心円を描いていた両軍の陣形は再び崩れ始め、楕円となり、卵の殻が割れて黄味が漏れ出た様に邪馬台軍が戦列を離れて行った。

『ウガヤ様! 御怪我は大丈夫ですか?』

「大丈夫だ。未だ戦えるぞ。敵は潰走し始めた。このまま一挙に掃討戦に入ろう!」

『分かりました。目の前の邪馬台軍を相当すれば、邪馬台城の戦力は殆ど無くなるに等しいでしょう。

 もう一息ですな』

 意気軒昂なウガヤの反応に、シオツチも少し余裕を取り戻したようであった。


 遁走した邪馬台軍の騎馬兵は一路、邪馬台城を目指して退却した。僅かに生き残った歩兵は見捨て、軍馬を全力疾走させて邪馬台城に逃げ込んだ。

 日向ひゅうが軍も追撃戦に入ったが、そこは軍隊としての行動。各自が必至に逃げ延びる邪馬台軍の騎馬兵を討ち取る数は少なく、大半を取り逃がした。

 邪馬台城の南城門の前に布陣するも、手を出し兼ねる膠着状態となった。

 ここからは籠城戦となる。堅牢な邪馬台城を陥落させるには、持久戦に適した新たな戦略を必要とする。

「あと一歩の処で・・・・・・」

『ウガヤ様。兵力の差は歴然としているのです。ジワリジワリと攻め上げて行きましょう』

 歯噛みするウガヤをシオツチが宥める。

『ウガヤ様は負傷しております。ここは1個大隊を配置して、残りの軍勢は一旦引き上げるのが賢明だと思います』

「しかし、勝利は目前だぞ。もう一歩で邪馬台城を滅ぼせるのだ。父上の願いを叶えられるのだぞ」

 ウガヤは珍しく頑迷になり、シオツチの説得に応じようはしなかった。

 この行為が重大な転機を招き入れる事になった。

 南城門の前で睨みを利かせ始めてから1週間後。ウガヤが体調の変化を訴え始めたのだ。息苦しくなり、四肢が痙攣するようになったのだ。

『まずい! 破傷風かもしれん。十分に怪我の処置をしていなかったからか?』

 シオツチには戦場で破傷風に襲われる疾病兵を何人も目撃してきた経験が有った。

『手遅れかもしれんが、高千穂神社に戻り、ウガヤ様の手当を急ごう。

 この事は邪馬台城に漏れぬ様に気を付けねばならん。これを好機と邪馬台城から出兵してこられたら、一挙に形勢を逆転され兼ねない』

 退却の判断にタマヨリ姫は直ぐに賛同した。タマヨリ姫にとって、合戦の帰趨よりは、ウガヤの身体の方が遥かに重要であった。

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