第24話 倭国大乱

 気温が上昇し始め、春一番の強い風が吹く。九州各地の農民達は田起こしに余念がない。

 そんな季節にニニギとシオツチの率いる日向ひゅうが軍は進撃を始めた。愛宕あたご山の麓で出陣式を行い、47歳のニニギが檄を飛ばす。在来馬の背中に武器と食糧を積み、それを先導するかのように千人の兵士達の行列が行進する。

 その様子は、オモイカネの放った間者の認める処となり、邪馬台城に急報が届けられた。

「いよいよ日向集落が攻めてくるのですね?」

 オモイカネとミカヅチに向かう卑弥呼は、心配で胸がはち切れそうだと言わんばかりの表情を浮かべる。

かつ狗奴くぬ人が攻めて来た時よりも、邪馬台城は堅牢になっています。籠城戦を挑めば、日向集落の奴らは兵糧が尽き、撤退していくでしょう」

「オモイカネ殿の申す通りです。卑弥呼様。大船に乗った気で居てください」

「そうですか・・・・・・?」

 自分のか弱さを自覚する卑弥呼は一向に気が休まらない。そうは言っても、2人を信じるしか他に無い。邪馬台城が戦端を開くのではなく、日向集落が戦争を挑んでくるのだから。


 その日向ひゅうが軍は邪馬台城の南城門を前にして陣を敷く。使者が大声で口上こうじょうを怒鳴った。

「邪馬台城が裏で謀事はかりごとを操り、集落長の子息を弑逆した事を、日向集落は把握している。その後も邪馬台城は心を改める事は無く、日向集落に対して慇懃無礼いんぎんぶれいな態度を取り続けた。

 我が日向軍は、その様な邪馬台城を許す事は出来ない!

 よって、本日、日向集落は邪馬台城との同盟の友誼を破棄する。これにて友誼の証を返却するので、そのつもりで居られよ!」

 口上を述べ終えた使者は、手にした木製の玉手箱を地面に置いた。阿蘇リモナイトから作った赤い顔料を漆で溶き、玉手箱の表面を綺麗に塗っている。

 一辺が40㎝程度の大きさをした玉手箱の中には、日向集落が地元で収穫した稲穂と在来馬のタテガミを納め、邪馬台城が2枚の銅貨を納めていた。象徴的な交易品目を納める事で同盟の友誼を表現していたのだ。

 使者が地面に置いた玉手箱の中に入っている物は2枚の銅貨のみ。稲穂とタテガミは打ち捨てられている。邪馬台城が礼儀を尽くすならば、今度は銅貨を抜き取った玉手箱を同じ様に返却するのが筋であるが、日向軍が雪崩れ込む事態を憂慮して城門を開こうとはしなかった。

 邪馬台城が籠城戦で対抗してくる事は、シオツチも御見通しである。

 宣戦布告の儀式を済ますと、日向軍の軍勢は踵を返して邪馬台城から遠ざかった。

「ミカヅチ様! 日向軍は退却して行きました!」

「退却? 一戦も交えていないのに? そんなはずは無い。一体、何を考えているのだ!」

 見張りの報告を聞いたミカヅチは、日向軍の行動を訝しんだ。

 その日向軍は、田起こしと苗床なえどこ造りに着手したばかりの筑紫集落に転進していた。田圃たんぼくわを振る農民達を立ち退かせ、高床式倉庫に貯蔵する昨年分の籾米を接収した。15万人の人口を擁する筑紫集落の内、邪馬台城の近隣に住む数万人規模の筑紫人が接収の対象となった。

「お前達! お前達の籾米は全て、この日向軍が接収する!」

 刀剣に反射する不気味な輝きをチラつかせて日向軍の兵士達が農民達に迫るが、農民達にとっても死活問題である。見る見る間に険悪な雰囲気が両者の間に漂い始める。

『筑紫の民よ! 我が日向軍はお前達から籾米を奪うのではない。預かるのだ。

 ほれっ、この通り。邪馬台城と同じく、預かり証としての銅貨と引き換えじゃ。麻袋80俵と引き換えに銅貨1枚。交換条件も邪馬台城と同じだ。麻袋100俵ではなく、80俵だぞ』

 シオツチの説明を聞いた農民達の間に動揺が走る。

――奪われるのではない? この忙しい時期に籾米を持ち去られるのは痛いが、命を犠牲にしてまで抵抗しなくても構わないのでは・・・・・・?

 農民達は互いに隣の顔を覗き合っている。

『だがな。その銅貨は邪馬台城に持っていけ。

 邪馬台城の中には日向集落が預けた籾米が貯蔵されておる。だからこそ、我が日向軍は銅貨を持っているのだ。

 ところが、日向軍は邪馬台城と戦争状態に突入した。だから、我々が邪馬台城に直接赴き、預けた籾米を引き出す事は叶わない。

 一方で、筑紫の民は邪馬台城の領民だ。お前達が引き出すのは問題無いだろう。つまり、物々交換だ』

 ――この白髪の老人の言い分には筋が通っている。」

 シオツチの説明に納得した農民達は大して抵抗もせず、兵士達が大八車に籾米の麻袋を積み始める作業を遠巻きに見守った。

 この作戦を地元農民の立場で評価してみると、秋の収穫期までに食いつなげる半年分の籾米と、今年の稲作を差し止めされた事による1年分の籾米。合わせて1年半分の籾米を奪われた事になる。

 籠城戦を覚悟した邪馬台軍の兵士達が、日向軍の籾米接収の邪魔をする事は無い。正確には現時点で、シオツチの作戦に気付いてさえいない。筑紫集落と日向集落の間を在来馬の隊商が何往復もし、数週間の時間が無為に過ぎた。

 日向軍は万全の布陣を敷いて、高見の見物を決め込んでいた。主力部隊は南城門前に離れて布陣するが、東西及び北城門前にも少数の部隊を配置している。約70年前に謀反を起こしたスサノオと違い、軍略のプロであるシオツチに手抜かりは無い。

 その無為な数週間の間に農民達の日々の食糧すらもが完全に尽き始める。

 筑紫人達が徒党を組んで邪馬台城の四つの城門前に殺到し始めたのだ。だが、全ての城門の跳ね橋は上げられ、農民達の眼前には水の張った内堀と跳ね橋の裏面。そして内堀の両側を仕切る煉瓦積みの高い壁が有るだけだった。

「俺達は預けた籾米を引き出したいだけだ! 家には1粒のコメも無い。このままでは飢えてしまう!」

 内堀を跳ね橋の幅で仕切った水路を渡り、土塁を登って跳ね橋の裏を叩く。

 日向軍を警戒している邪馬台軍が城門を開く事は無い。そうかと言って、生石灰きせっかいの粉末を詰めた白い粉玉を領民の筑紫人達の頭上に投げ付ける事も出来ない。城門を守る兵士達は途方に暮れた。

「邪馬台城は俺達の味方なんだろう? 何故この門を開けてくれないんだ!」

 銅貨を握り絞めた農民達の騒ぎは徐々に大きくなっていく。

 その頃合いを見図っていたシオツチは、農民達に竹梯子を提供した。

『我ら日向人も薄々感じておったが、邪馬台城の奴らは本当に酷いな。自分の領民に籾米を渡さないとは・・・・・・。しかも、預かり証を持っているにもかかわらず、だ。

 邪馬台城がそのつもりならば、お前達よ。城壁をじ登ってはどうだ? 道具を貸そう。

 だが、昼は止めておけ。直ぐに見付かる。遣るなら、夜を狙うのが賢いぞ』

 殺気立った農民達は易々とシオツチの奸計に陥り、怒りの矛先を邪馬台城に向けた。

 その夜。潜入を志願した若い農民達が幾つもの梯子を城壁に立て掛け、それを攀じ登った。城壁の上で見回りをしていた邪馬台城の兵士は、それを日向軍の進撃だと勘違いした。

「日向軍が攻めてきたぞ! 城壁を越えて来たぞ! 返り討ちに遭わせろ!」

 内堀の手前、丸太のバリケードを組んだ土塁の頂きで、邪馬台軍の弓隊が弓矢を構えた。城壁から内堀にジャプンと身を躍らせた農民達の身体に狙いを定め、次々に矢を射る。

 ぎゃあ~!

 ぎょえっ!

 まさか邪馬台城の兵士に殺される事になろうとは想像していない。軍事訓練を受けた事も無い農民達は、無防備に射殺され、浮き草の如く内堀の水面に浮かんだ。

 その間違いに邪馬台城の面々が気付いたのは、東の空が白み始める翌朝であった。

「ミカヅチ! 何を遣っているのです。同士討ちをするなんて・・・・・・」

 卑弥呼の叱責を受けるミカヅチは何も言い返せない。臍を噛み、俯いている。

「オモイカネ! このまま籠城を続けていては、筑紫の民の心は邪馬台城から離れますよ。筑紫の民に籾米を届ける算段を考えなさい!

 貴方の意見を聞いていたら、邪馬台城の置かれた状況は悪くなる一方です。この始末はきっちり、自慢の知恵で解決策を提示してみなさい」

 オモイカネもまた、臍を噛み、俯いている。

――悔しいが、・・・・・・反論できない。事実、自分の策略は全て裏目に出ている。

「卑弥呼様。日向軍の手薄な北城門から籾米を積載した荷車を出しては如何いかがでしょう?」

「オモイカネ殿、それはなりません。南城門に布陣した主力部隊が直ぐに殺到してくるでしょう」

 邪馬台城の面積はちょうど皇居と同じくらい。歩いても30分程度で半周できる。駆け足で移動すれば、10分程度で到着できるだろう。

「荷車5台程度であれば、南城門の主力が殺到する前に城門を潜れるだろう?」

「跳ね橋を下ろすにも時間が必要なのです。跳ね橋を下ろし始めた途端に、北城門を監視している者が南城門の主力部隊に急を告げるでしょう。とても荷車が脱出できるとは思えません。

 それに荷車5台程度の籾米を放出したところで、焼け石に水でしょう」

 ミカヅチの反論にオモイカネは黙り込んでしまう。

「それでは、いっそ。我らから城外に撃って出るか?」

 ミカヅチは目を閉じたまま、しばらく黙して語らなかった。

――考えたくは無いが、それ以外に状況を打開する手段は無いかもしれない・・・・・・。

 痺れを切らした卑弥呼が催促しようとした時。

「それしか無いでしょう」

 ミカヅチは目を開け、卑弥呼に答えた。


 南城門の跳ね橋を下ろすのは早朝と決まった。暗い夜間に撃って出ても、日向ひゅうが軍の所在が判然としない。一方で、邪馬台軍の兵士が出てくるルートは城門以外に無い。夜間行動は邪馬台軍に不利であった。

 明けの明星が空に薄らいでいく。朝を告げる鶏も未だ寝静まっている。だが、城内では慌ただしい動きが有った。

 腰に下げた刀剣をガチャガチャと鳴らし、邪馬台軍の正規兵達が跳ね橋の前に隊列を組んでいく。その後ろには対馬海賊の男達が並ぶ。

 長い鍛錬の成果で海賊達の身体は引き締まっていた。

 一方で、軍規と言う点では緩みが残り、無駄口が多い。「やっと本番か」とか「腕が鳴るぜ」と口端に出しては隣同士で小突き合っていた。不遜な態度を取りつつも不安な表情を浮かべている。空元気だった。

 隊列の前に立ち、閲兵しているミカヅチが「城門を開け!」と檄を飛ばす。

 太い麻縄を螺旋状に巻き付けた丸太の輪軸を、何人かの兵士が取り囲む。兵士達は円周部に突き出た棍棒の握り手を掴み、ジワリジワリと輪軸を回転させる。跳ね橋を引き上げていた麻縄が少しずつ伸び始める。徐々に跳ね橋が下り、城門下の地面に接地した。

 その跳ね橋の上をドシドシと踏み拉き、城外を目指して走り出す。

 ウォー!

 アメリカ大陸の平原をバッファローの群れが疾駆するかのように、砂埃を上げ、地響きを轟(とどろ)かした。

 一方でシオツチは、この瞬間を待っていた。

 城壁を越えて行った農民達が戻って来ない事から、卑弥呼らが追い込まれ、自暴自棄に陥るのも時間の問題だろうと予測していたのだ。

 朝日と共に朝餉(あさげ)を準備する習慣を改め、兵士達には「長槍と刀剣を抱いて寝よ」と命令しておいたのだ。

 邪馬台軍の出陣に気付いたシオツチは、まずは弓隊を半円陣形に配置した。薩摩(さつま)熊襲(くまそ)の中でも特に弓矢に秀でた男達を組織した180人の弓隊。それぞれの大隊から分派させた3個中隊であった。

『弓を射よ! 弓で敵方の先陣を押し返すのだ!』

 イナゴの大群が襲い掛かる様に、邪馬台軍の兵士達の頭上には大量の矢が降り注いだ。

 うっ!

 ごふっ!

 第一撃で数十人の兵士が地面に倒れ込んだ。致命傷に至らぬ兵士も居ただろうが、倒れた兵士の背中を後続の兵士が踏み付け、乗り越えてくる。盾を傘の様に頭に翳し、刀剣を前に突き出した姿勢で猛進する。

『弓隊は散開せよ! 敵方の側面から各個に射撃を続けよ』

 シオツチの号令は弁韓(べんかん)語だが、短い命令は近侍の日向軍兵士の頭に入っていたし、全軍には太鼓を用いて指示したので問題は無い。

 弓隊は半円陣を左右に割り、射撃を継続した。盾を持っている者は邪馬台軍の正規兵のみで、長槍を両手に構えて突進する海賊兵は盾を持っていない。

『長槍隊! 横一文字の陣形を整えよ』

 先頭の正規兵集団を第2陣の長槍隊が突き返す。

 刀剣を持った者と長槍を持った者とが互いに討ち合い、白兵戦を繰り広げられる。敵味方が乱れて白兵戦を展開すれば、少なくとも弓隊の攻撃は止む。しかし、刀剣と長槍とでは射程が倍半分も違い、邪馬台城の正規兵の分が悪い。

 日向軍兵士は12人の小隊単位で邪馬台軍の正規兵数人を取り囲むように努めた。取り囲まれながらも、正規兵は相手の長槍の柄に刀剣の刃を当て、切断して長槍を無用化しようと試みる。長槍を失った日向軍の兵士は次に刀剣で討ち合う。刀剣の鍛錬も邪馬台城の正規兵に負けてはいなかった。

 一方、長槍を構えた海賊兵達に対峙した日向軍兵士は、あえて間合いに踏み込まないように気を付けた。弓隊に同士討ちを懸念させない為であった。更には、正規兵に合流しようと試みる海賊兵の動きを射撃で牽制した。

 20分程も討ち合いを続けていると、南城門以外の3箇所に配置された小部隊が援軍として加わり始める。

――何故に日向軍はこれ程までに強い! 我が軍の損害の方が圧倒的に多いのではないか?

 力任せに刀剣を相手の長槍に討ち込みながら、ミカヅチは焦っていた。指揮官として周囲の戦闘現場に目を配るが、返り討ちに遭っている雰囲気が濃厚であった。

「皆の者! 退却だ! 一旦、退却。城門内に戻れえ!」

 西城門から救援に馳せ参じた日向軍の援軍の姿を視野に認め、ミカヅチは撤退の判断を下した。

 極めて短時間の戦闘だったが、邪馬台軍の死者は300人余り。戦闘前の兵士の人数が1300人規模だったので、損耗率は20%を超える。

 一方の日向軍の死者は20人弱。損耗率は2%にも満たず、圧倒的な完勝と言って、差し支えなかった。

 

「シオツチよ。ご苦労であった。これで少しだけ溜飲が下ったわ。

 邪馬台軍との一戦で勝利を収められたのは、ひとえにシオツチの御陰だ。有り難う」

『滅相も無い。運が良かったのでありましょう。それに、邪馬台城は未だ未だ健在です。

 我々は初陣の勝利に浮かれる事無く、身を引き締めなければなりません』

 本陣に控えるニニギは「ウム」と頷き、シオツチの指摘を肝に銘じた。本陣では、ウガヤに加え、タマヨリ姫も同席していた。

「タマヨリ姫はイツセと一緒に日向(ひゅうが)集落に留まりなさい」

「嫌よ。ウガヤの言う事は何でも聞くけれど、これだけは嫌!

 対馬海賊の滅びる様を、私の目に焼き付けるの。私の目に焼き付けないと、姉さんが見れないでしょ? 姉さんはきっと、私の目を通して、この合戦を見ていると思うの」

「戦場は危険だ。君にもしもの事が遭ったら・・・・・・、僕は独りでは生きていけないよ」

「私は海賊の娘よ。身の危険を感じたら、直ぐに逃げるから・・・・・・。

 大丈夫。心配しないで・・・・・・」

「イツセは、如何(どう)する?」

「また、お義母さんにお願いするしかないわね。

 それにね、ウガヤ。私が同行しないと、誰がシオツチを通訳するの?」

 通訳の事を理由に挙げられると、ウガヤも断れない。

「前線には出ずに、本陣で大人しくしておいてくれよ」

 そう念押しするのが精一杯であった。

 話を本陣に戻す。

「それでは、シオツチよ。次は何(ど)のように臨むのだ?」

『羹に懲りて膾を吹く。手痛い目に遭った邪馬台城は巣篭りをするでしょう。

 持久戦を続けても構わないのですが・・・・・・』

「持久戦は採用しないのだな?」

『はい。持久戦を続けると、日向集落の負担も大きいですから。

 一挙に攻め込もうと考えております』


 その日の夕刻前。シオツチは本陣に3人の大隊長と直轄中隊長を集め、作戦を指示した。

『本日、夜半。邪馬台城を攻城する。兵士には早めの夕餉(ゆうげ)を取らせ、交代で仮眠させておけ』

「今朝の騒ぎで庶民共は姿を消しています。城門を落とすのですか?」

『いいや。跳ね橋の下りたあの城門を突破するのは無理であろう。たとえ突破できるにしろ、犠牲が大き過ぎて採用できない。

 だから、城壁を超す』

「アレを使うのですな?」

 大隊長の示唆するアレとは竹梯子である。但し、農民達に貸し与えた梯子とは仕様が違う。城壁の高さよりも長い平板に竹梯子を打ち付けている。

 平板は弓矢に対する盾替りとなり、城壁に立て掛けた後には通路となる。梯子の段に足を掛ける動作に比べ、平板の上を駆け上れば済むので、素早く侵入する事が可能であった。

「シオツチよ。俺も攻城戦には参加する」

 ニニギが静かに宣言した。本陣に集まった者は息を飲む。

『ニニギ様。総大将が前線に出る作戦は、弁韓(べんかん)では考えられません。有り得ない事です。

 総大将の役目は本陣にて戦いの帰趨を見定める事です。どうか考え直してください』

「父上! 私からもお願いします」

「ウガヤよ。今夜で邪馬台城の命運も尽きるかもしれないのだ。是非とも総大将の俺がこの手で引導を渡してやりたい。

 いや、総大将としてではない。亡きホオリの父親として、私自身が成敗したいのだ」

「それであれば、私が父上の替りとして参加します。父上は日向(ひゅうが)集落長なのですよ。日向集落にとって欠かせない御立場なのです」

「齢47歳。未だ未だ足手纏(まと)いになるつもりは無い。万が一、俺の身に何か遭ったとしても、ウガヤ。お前が居る。いずれ俺は、お前に跡目を譲る。俺の最後の我儘(わがまま)を聞いて欲しい・・・・・・」

 黙り込むウガヤ。無言の内にウガヤが承知した事を感じ、シオツチは新たに指示した。

『中隊長! 総大将直轄の部隊を率いる者として、必ずや総大将を守るのじゃ』


 西の空に上弦の月が傾き始めた頃。雲が半月の輝きを陰らした隙を合図に攻城戦が開始された。

 邪馬台城の見張りに気付かれぬよう、夜陰に乗じて、西、北、東の各城門前に配置した小部隊を主力部隊に呼び戻した。小部隊のままでは搖動にもならず、徒に戦力を分散させて攻城戦に臨むのは、百害有って一利無しだった。

 小隊12人の兵士が梯子付き平板を横に抱え、忍び足で城壁の麓に辿り着く。12個の梯子付き平板を縦に立て、城壁の煉瓦に立て掛ける。

 草葉の陰に隠れて様子を見守っていた弓隊が、城壁の上を巡回中の見守り兵を監視する。幸い、誰一人として架橋堡作戦に気付く者は居なかった。

 無言で城壁に登り切った兵士は鉤(かぎ)縄(なわ)を使い、水音を立てないように留意しながら内堀に沈んだ。スサノオの謀反の際に苦過疎族が使った鉤縄は石を蔓草(つるぐさ)で結んだ物だった。約70年後の今は鋳鉄製の先端に麻縄を結んでいる。煉瓦の隙間に歯を立てる鋭さが雲泥の差であった。

 内堀を泳いで土塁の斜面を登り、丸太のバリケードの物陰に身を隠しながら、周囲に弓矢の狙いを定める。次々に城壁を突破し、700人余りの兵士達が城内で配置に就いた。180人の弓隊が後に続く。

 最初の攻撃目標は城門付近に接地された2棟の物見櫓(ものみやぐら)。付近まで匍匐(ほふく)前進した弓隊が狙いを定め、櫓の上で監視していた警護兵を射抜いた。同時に刀剣を手にした兵士が櫓の麓に歩み寄り、立ち番をしていた兵士の首に刀剣を当て、素早く横に引いた。

 慎重に跳ね橋を下ろしていく。下り切った跳ね橋をニニギが率いる直轄中隊が渡ってくる。今朝の惨敗から1日も経っていない。邪馬台城の内部には疲労感と厭戦気分が漂い、兵士も集中力と緊張感を欠いていた。此処までは全く気付かれずに侵入する事が可能だった。

 ニニギは迷う事無く、宮殿とその脇に建つ正規兵の駐屯棟を目指した。

 約70年前のスサノオ謀反時と比べて、邪馬台城内では建屋が増えている。五千人程度の奴婢(ぬひ)を中心に人口は1.5倍に増加している。劣悪な奴婢棟ばかりが増えているので、住居棟全体としては1.5倍になってはいないが、それなりに増えていた。

 その住居棟の陰に隠れながら距離を詰める。そして、遮蔽物の無い大広場に至る。

 千人の兵士達が大広場を横切れば、幾つも焚かれた篝火(かがりび)の周囲に屯(たむろ)した正規兵の目にも留まる。

「誰か? 名を名乗れ!」

 1人が大声で誰何(すいか)すると、残りの警護兵も注意を向ける。視野に入る黒い人の群れ。

「敵襲だあ! 敵襲だぞ! 起きろ、起きるんだ!」

 あちこちで怒鳴り声が続いた。

 駐屯棟から慌ただしく正規兵が出てくる。奴婢棟に近い別の棟からは海賊兵が続々と出てきた。寝入り端を襲ったはずだが、何(ど)の兵士も目を血走らせており、刀剣や長槍を握る手に危うさは無い。恐怖と興奮の余り、寝入る事が出来なかったと見える。

「皆の者! 斬り掛かれ! 斬って、斬って、1人でも多くの敵兵を始末しろ!」

 大声を上げるニニギの命令も乱暴だ。

 攻城戦にシオツチは随行していない。シオツチが差配したのは城内に侵入するまでの段取りまで。侵入した後は白兵戦しかない。武器で撃ち合う局面では、シオツチは足手纏(まと)いにしかならない。

 其処かしこで討ち合いが始まる。兵士の数は概ね互角。日頃の鍛錬が雌雄を決するが、海賊兵の分だけ邪馬台城側が押されている。しかも、日向(ひゅうが)軍の方は小隊毎に敵兵を囲む訓練が行き届いている。

 直轄中隊に守られたニニギは冷静に大広場を見渡す。時間の問題で日向軍が優勢となる雲行きだったが、ここで思わぬ援軍を得る事になった。

 奴婢棟から包丁を手にした奴男(やっとこ)達が大挙して躍り出てきたのだ。その数、2千人弱。そして、海賊兵達の背後から襲い始める。眼前の日向軍兵士だけが敵だと思い込んでいた海賊兵達は、背後への警戒を怠っていた。それも無理は無い。

 だが奴婢達、特に弁韓(べんかん)人の奴婢達は、積年の恨みを晴らす千載一遇のチャンスだと捉えたのだった。数人の奴男が1人の海賊兵を襲い、1人の海賊兵を斃(たお)す度に、奴男達の武器は包丁から刀剣に変わった。邪馬台軍にとって、海賊兵が1人斃される事は、敵兵が1人増える事に他ならなかった。

 都合の良い展開には日向軍側も戸惑った。最初は戸惑った日向軍だったが、新たな援軍が海賊兵達を始末してくれる展開を理解すると、自分達は正規兵に集中した。

 2対1で兵士の数に勝る日向軍は、圧倒的な戦力差を活かして剣戟(けんげき)戦を有利に展開し始めた。

 その時である!

 1本の矢がニニギの左上腕を射抜いた。血飛沫が飛び散る。

 ニニギに油断が有ったわけでも、詰めを急ぎ過ぎた焦りが有ったわけでも無い。

 直轄中隊の果敢な働きにより正規兵の刃がニニギに届く事は無かったが、駐屯棟の屋根から下向きに射撃してきた矢の射線を拒む事までは叶わなかった。

 ミカヅチが起死回生の一手として、部下を駐屯棟の屋根に上がらせた。そして、日向軍の中で人混みが渦を巻いている箇所を見付け、その中心部に矢を放たせたのだった。

「総大将!」

 ニニギの直ぐ横で警護していた直轄中隊長が大声を上げた。

 ニニギは顔を歪め、片膝を突く。ニニギの姿は中隊の群れの中に埋まった。狙撃手の第2矢に襲われる恐れは無くなったが、上腕から噴き出る出血は止まりそうにない。

 早急に戦場から脱出し、手当する必要が有った。

「このまま総大将をお守りし、我が中隊は撤退する! 城門への脱出路を拓け!」

 4人の兵士がニニギの四肢を担ぎ、中隊はゾロゾロと撤退を開始した。

 この中隊の動きに日向軍の勢いに迷いが生じた。刀剣を討ち合う手を休める事はしないが、邪馬台軍を押し込もうとする圧力は削がれた。

「良し! 日向軍の勢いが弱まったぞ。これに乗じて脱出する。卑弥呼様を吉野ヶ里まで退避させるのだ!」

 ミカヅチは付近に居た部下達に命じる。70年前と同じ展開であった。70年前と違って、北城門で敵兵の有無を確認する余裕は無かったが、シオツチの判断が裏目に出て卑弥呼達の脱出には支障が無かった。

 2本の竹竿に麻布を渡した疑似担架に乗り、卑弥呼以下の主だった人間は邪馬台城を脱出した。


「父上!」

「お義父様!」

『ニニギ様!』

 ウガヤ、タマヨリ姫、シオツチは異口同音に叫び、本陣に運び込まれたニニギに取り縋った。

「済まない、ウガヤ。済まない・・・・・・、みんな」

 上腕の根元を麻紐で縛ったり緩めたりしているが、出血は一向に止まらない。突き刺さった矢は動脈を傷付けているようだった。

 シオツチにも軍医の心得は無く、手当の仕様が無かった。逆に、弁韓(べんかん)での戦場経験から、ニニギは助からないだろうと言う心証だけを強くした。

 ウガヤとタマヨリ姫も、ニニギの左右の掌(てのひら)を握り絞めている事しか出来ない。

 ニニギの出血は続き、次第に顔面は蒼白となり、唇の色も紫がかってきた。荒い息遣いが徐々に小さくなっていく。

「ハナ、サク、妃、に、悪い、な。もう、会う、こと、は、出来、ない、み、た、い、だ」

「しっかりしてください、父上!」

「ウ、ガ、ヤ・・・・・・。今、か、ら・・・・・・、お前、が、ひゅう、が、を、継ぐ、のだ」

「父上!」

 その時、直轄中隊長が本陣に戻り、ニニギの耳元に跪いた。

 南城門を出て直ぐに、ニニギは「戻って、卑弥呼の息の根を止めてこい!」と中隊を戦場に戻していたのだ。

「総大将。残念ながら、卑弥呼らは逃走しました。宮殿は蛻(もぬけ)の殻です」

『戦場はどうなっている?』

「はっ。正規軍の殆どは三つの城門に別れて遁走中です。私は卑弥呼の捜索を優先しましたので、その後の事は分かりません。

 此処に戻る時にも3人の大隊長は海賊兵の掃討に梃子摺っていましたので、遁走する正規兵を深追いする余裕は無かったものと思われます」

『そうか・・・・・・。逃げられたか・・・・・・』

「シ、オ、ツ、チ、よ」

『はっ』

「か、な、ら、ず・・・・・・、ほ、ろ、ぼ、し、て、く、れ・・・・・・。お、れ、の、さい、ご、の、めい、れい、だ」

『はっ』

「お、れ、は・・・・・・、や、ま、たい、じょう、が、ほ、ろ、ぶ、ま、で・・・・・・、た、か、ち、ほ、か、ら・・・・・・、や、つ、ら、を、の、ろっ、て、や、る」

 最後の決意を口にしたニニギは、蝋燭の火が消えるように息を引き取った。


 朝方には戦闘が終結した。海賊兵は全て殺され、城内に邪馬台軍の兵士は1人も残っていない。残るは邪馬台城幹部の捜索と遁走兵の掃討であったが、総大将の戦死は日向(ひゅうが)軍の戦意を消沈させていた。

 シオツチは1個大隊を邪馬台城に残し、一旦は日向集落に引き揚げる事を決断した。

 弁韓人の奴婢(ぬひ)達も日向軍に従った。「邪馬台城以上に酷い場所なんて、此の世に有るはずが無い」。それが弁韓人達に共通した思いだった。


 日向(ひゅうが)集落の慣例に倣わず、ニニギの亡骸は墳墓に埋葬される事になった。

『神格を持った卑弥呼に対抗し、我々もニニギ様を神様と崇めるのです。骸(むくろ)の処置方法は、それを万民に知らしめる為の重要な手段です。

 墳墓を造営し、其処にニニギ様の骸を安置するのです。

 毎年の慰霊祭も欠かさぬようにして、ニニギ様を神様に祀り上げるのです』

 シオツチの主張を入れ、ハナサク姫とウガヤは、可愛岳(えのだけ)の麓に日向埃山陵を造営した。

 可愛岳は延岡市に所在する標高728mの山である。海沿いの愛宕(あたご)山から約5㎞、ほぼ真北に位置する。可愛岳の山頂からは延岡市街地を一望に出来、その先には日向灘が広がっている。

 勿論の事、ハナサク妃とウガヤが住む愛宕屋敷から見上げれば、可愛岳の雄姿を望む事が出来、ニニギが絶えず見守っているかのような錯覚を覚える。

 余談ながら、明治7年、時の政府はニニギの墳墓を鹿児島県薩摩(さつま)川内(せんだい)市に所在する神亀山だと治定した。薩摩藩の学者の主張を重んじた判断だったが、その後に異論が噴出し、明治29年に此処、日向埃山陵を追加で“伝承地”として整理した経緯がある。

 

 高千穂神殿は、天孫降臨の当事者である邇邇藝命(ににぎのみこと)を祀り始めた事から、呼び名を高千穂神社と改めた。

 高千穂神社には日向(ひゅうが)三代と称される皇祖神とその配偶神が祀られているが、具体的には、ニニギとハナサク姫、ホオリとトヨタマ姫、ウガヤとタマヨリ姫である。

 この時点で既にホオリとトヨタマ姫も亡くなっているが、その2人が祀られた時期は、ウガヤとタマヨリ姫が天寿を全うしてからであった。

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