第14話 大国主と八上姫の出会い

 ナムジは、集落長の屋敷に客人として逗留しながら、出雲集落での生活を始めた。

 集落を挙げての収穫作業が終わった今、当座は遣るべき務めも無く、馬の世話が唯一の仕事。とは言え、これが結構な重労働だった。温暖な宮埼集落では不要なれど、寒冷な出雲集落では無下に出来ない作業が山程も転がっている。

 島根県と鳥取県とでは降雪量が異なり、日本海側気候の一言では括れない。対馬海流の暖流影響が残る島根県では少なく、東隣の鳥取県は豪雪に見舞われる。少ないと言っても、出雲地方の年間降雪量は累計80センチ程に達する。根雪として残りはしないが、新雪が頻繁に地面を覆う。

 対馬海流の恩恵は出雲地方の気温にも表れ、冬季の気温は大阪や名古屋と大差無い。だが、南国育ちのナムジの身には寒さが堪(こた》えた。

 冷え込んだ朝を迎えると、白い吐息を揉み手に当てながら、井戸端に走る。気合を溜めて刳桶くりおけに張った冷水に手を入れるのだが、「毎朝の洗顔は黒烏カラスの行水ね」と家人に揶揄からかわれるナムジであった。

 集落の一面が雪化粧した時は、「平地でも雪が積もるのか!」と驚嘆した。明るい白と昏い白、その奥に佇む濃い青藍の森羅万象。色彩を失った情景は、今も瞼の裏に焼き付いている。雪は山間部の奥深くでしか降らないものだ、と思い込んでいた。

 ――2頭の馬は無事に越冬できるだろうか?――

 結果的には杞憂に終わるのだが、寒さを心配したナムジは村人達の協力を得て、まずは厩舎を建てた。農閑期の恒例として、男衆は斐伊川ひいがわ上流に籠り、砂鉄採掘場を手伝う。集落長の威光を借り、半ば強引に入山時期を遅らせて貰ったのだ。

 厩舎をしつらえると、次なる課題は越冬用飼葉の備蓄。

 出雲集落では、イネの先端に実る稲穂だけを石包丁で刈り取る。稲穂を失ったイネは田圃たんぼに放置し、冬の間は腐るに任せる。春を迎えて田圃を耕す際、土壌と混ぜ合わせて腐葉を埋めれば一石二鳥だし、作業も楽だ。

 一方、馬の飼育が一般的となった宮崎平野では、稲穂の付いた状態のイネを根本から刈り取る。むしろの上に置いた大きな木製くしの歯に刈り取ったイネを潜らせ、籾米を削ぎ採っていた。残った稲藁いなわらは藁細工の材料としたり、馬の飼葉とする。

 ナムジは、宮埼集落の遣り方に倣い、季節外れの稲刈りに精を出した。

 ――稲穂の欠けたイネを刈るなんて、頭がおかしいのではないか?――

 1人で黙々と作業するナムジを老人や女子供は遠巻きに眺め、好奇の眼差しを向けている。

 そんな村人達に混ざって、集落長の娘ヤガミ――日本神話に八上比売やがみひめとして登場する――もナムジの姿を目で追っていた。

 ヤガミ姫の場合、物珍しい光景を見たいとの好奇心も少なからず強かったが、もっぱら異性としての関心をナムジに向けていた。冬が明けて田植えが始まれば、ナムジは16歳、ヤガミ姫は13歳。

 適齢期を間近に控える乙女にとって伴侶の見定めは切実な問題である。焦っているとの自覚は無かったが、胸の高鳴りを押さえられない。

 出雲集落の人口5千人を当時の平均寿命30歳で単純に割ると150人強。自分と同じ歳の男だけなら半分の80人程度。つまり、結婚相手を選ぼうにも、候補者の層が薄いのだ。更に難を言えば、集落内の男は一様に変り映えしない。

 動悸ときめきを感じずに悶々としていたヤガミ姫は、異国の地より現れたナムジに強く惹かれて仕舞う。年頃の娘としては自然な反応だろう。

 反面、数週間も経つと、野次馬根性からナムジを観察していた村人達の誰もが興味を失った。

 見物人の群れが間引かれるに従い、人混みに隠れていたヤガミ姫はナムジを桟敷から眺める事となる。涸れた田圃の畔道あぜみちに腰掛け、曲げた膝の上に頬杖を突いくヤガミ姫。最後の1人となった或る日、意を決して話し掛けた。

「作業を手伝ってあげようか?」

 腰を屈めて黙々とイネを刈り続けるナムジ。躊躇ためらいを捨て切れずに発した声はぎこちなく、ナムジの耳には届かない。空振りを笑う者は周囲に居ないのだが、ヤガミ姫は羞恥心に頬を紅潮させる。

「ねえ、ナムジ~! 作業を手伝ってあげようか?」

 一世一代の奮起で大声を張り上げる。今度は過剰な大音声だいおんじょう。金切声とは言わないまでも、声が裏返っている。驚いた様に顔を上げ、ヤガミ姫を見るナムジ。

 二人切りでの初会話を交わした記念日の気温は低く、貫頭衣かんとういの上に毛皮の半纏はんてんを羽織ったヤガミ姫。腰まで伸ばした長い髪を後ろに束ねている。真南から注ぐ陽光は力不足で、彼女の吐く息が微かに白い。

 ナムジの吐く息も同様に白いが、一心不乱に稲刈りをする肉体は温まり、額には薄らと汗が浮かんでいる。

「それは助かる! でも、鎌が無いと作業は出来ないぞ!」

 ナムジが大声で指摘する。生真面目と言うか、朴念仁と言うべきか。乙女心には全く気付かない。それでも嬉しいのか、エヘヘと照れ笑いを浮かべるヤガミ姫。

 そして、背中に隠し持つ鎌を取り出し、小さく右手を振った。昨日までも用意周到に鎌を準備していたと見える。今頃になって声を掛けたのは、彼女なりに思い悩み、逡巡した証左だ。

 ナムジは口角を大きく引き曲げた。口唇の奥に覗く白い歯。承諾のしるしを目敏く認めたヤガミ姫は、勢い良く立ち上がると、ナムジの傍らへと喜び勇んで馳せ参じる。してやったりと、思わず口許が弛む。

 意中の男に若気にやけた顔は見せられない。小さな自尊心から慌てて腰を屈め、むんずとイネの根元を掴むや否や、鎌を一振りする。

 意気込むヤガミ姫の背中に怪訝な眼差しを注ぐナムジであったが、黙って背伸びを一度した限りで、自分も稲刈り作業を再開した。

 サクリ、サクリ。出雲集落で使われる鎌の切れ味は鋭い。

 稲刈り作業を始めた当初、素直な感想を呟いたナムジに対し、集落長は「踏鞴たたら――ケラ押し法――で造った鉄を打っているのだ」と教えた。時代が遥かに下った戦国時代、ケラ押し法で製造する鉄片は日本刀の素材として重宝されるようになる。

 

 出雲集落長の屋敷は、宮埼のオオヤツ邸や愛宕あたご屋敷と違い、ログハウス方式に積み上げた丸太を壁としている。集落内の一般的な住居――竪穴式住居――と同じく、丸太の壁を茅葺かやぶき屋根が覆い被す。

 但し、凄く大きい。短辺で10メートル程、長辺で20メートル程の長方形。約200平方メートルの建床面積となる。高さは優に5メートルを超す。

 切妻造きりつまづくりの屋根の天頂には長い棟木むなぎを渡し、その棟木からは幾櫛もの垂木たるきを垂らし、母屋もやを交差させて、茅葺屋根の台としている。野地板は見当たらない。棟木を支える何本もの小屋束は1本の図太いけたを足場としている。

 現代の木造建築では、魚の骨みたいに、桁と小屋梁を直角に継いで耐震性を高めるのだが、背骨に相当する桁のみが屋根部分を支えている。肋骨に相当する小屋梁で無いので、良く言えば、屋根裏は開放的だ。現代日本人なら「空疎」と評するだろう。

 冬の寒さが厳しく、土間仕様の住居では越冬できない。十中八九、就寝中の底冷えで凍死する。だから、床下には漬物石ほどの石を敷き詰め、その上に床板を張っている。但し、邪馬台城の建築物とは異なり、床暖房の仕組みが無い。

 集落の寄合場所も兼ねた屋敷に5人家族――集落長夫婦と二男一女の子供――で暮らすが、普段は広大な空間を持て余している。特に冬の此の時期は、ヤガミ姫の兄2人が屋敷に居ない。斐伊川ひいがわ上流の砂鉄採掘を泊まり込みで手伝っている。

 日没間近の早い時間に夕餉ゆうげを済ませたナムジら4人は、中央に穿った囲炉裏を囲む。就寝までの数時間、炉端で各自の仕事に没頭するのが常だった。

 狩猟に長けた集落長は小動物の肉や魚をいぶす作業に余念が無い。紐を通して肉片を数珠繋じゅずつなぎにした後で、何本もの肉房を竹竿に結び、紐暖簾ひものれんみたいに仕上げる。イワシを連ねた目刺メザシの巨大肉塊版とでも表現しようか。

 物干し竿を架ける要領で茅葺屋根の内側に突き刺して行くのだが、既に大部屋の一画は特製の吊飾りで随分と賑わしい。燻製食糧は越冬用の貴重なタンパク源だ。

 集落長の妻は糸紡ぎに忙しい。囲炉裏の灯りを頼りに、中央部の膨らんだ紡錘車をクルクルと回転させ、紡いだ糸を巻き付ける。

 材料とする繊維は多年草の苧麻からむしやシナノキの樹皮。魏志倭人伝にも『倭人は苧麻からむしを栽培している』との記述がある。一方、伝来文化の養蚕は未だ出雲までは広がっていない。

 囲炉裏の反対側では、ヤガミ姫が矢柄を作っている最中。彼女の脇には矢柄の材料が並んでいる。凡そ腕の長さに切り揃えたきりの木片を、割箸の様に細く裂き分けた物だ。

 1本ずつ手に取っては小刀で全長を丸く整えるのだが、集中力と根気が試され、制作時間の殆どは矢柄に費やされる。矢柄が出来上がれば、一方の先端に矢尻を捻じ込み、反対側の端に刻んだ切れ目に鳥の羽根をはさむ。矢の完成だ。

 桐の木材は軽くて遮湿性に優れる。軽量な矢は遠くまで飛ぶし、湿気の多い天候でも矢が真直度を保つ。それらの性質は命中率を左右する。

 加えて、特筆すべきは、踏鞴製鉄――ズク押し法――で鋳込んだ鋳鉄製の矢尻。矢印の形に大量生産された矢尻は品質も安定し、矢柄にも容易に捻じ込める。勿論、獲物の殺傷力も強い。出雲以外の地域では未だ黒曜石の矢尻が一般的だった。

 ヤガミ姫の隣で胡坐あぐらを組んだナムジは大きなすきを削っていた。

 春先の田起しで馬に牽かせる。硬木かたぎの中でも耐摩耗性に優れたけやきが素材。その分、切削作業には苦労する。

 同じ硬木でも、ブナ科のかしくぬぎは木製農具の材料として使わない。秋に木の実ドングリを実らせるからだ。しいに比べると木の実ドングリの味は劣るが、縄文時代の太古から貴重なタンパク源である。だから、ニレ科の欅を伐採する。

 仲良く並んで作業に没頭する2人。ナムジの隣にヤガミ姫が寄って来た結果だ。飼い主に甘える三毛猫と雰囲気が似ている。ヤガミ姫の顔は丸型で、つぶらな瞳の目尻は切れ長。猫顔と言えなくもない。

 ちなみに、日本に猫が伝来する時期は奈良時代である。

 稲刈り作業を手伝い始めて以降、2人の親密度は増している。でも、残念な事に、仕事の同僚としての域を超えない。(もう少し心の距離を縮めたい)と常々願っていたヤガミ姫は、ナムジの飄々とした態度に闘志を燃やし、帰宅後も何かと纏わり付いていた。

「ねえ、ナムジ。その犂って、完成したら凄く重いんじゃないの?」

「ああ、重いよ」

「宮埼って、誰もがみんな、そんなに重たい犂を馬に牽かせるの?」

「ああ、そうだよ」

「人間は農具を使わないの?」

「使うよ」

「どんな時?」

「大豆は深く耕さなくても育つから、馬じゃなくて人間がくわを使って畑を耕すね」

 くわは土を引き削る道具、すき――現代のスコップに相当――とは土を掘り起こす道具。土に力を加える向きが正反対だ。人間の使うすきを家畜用に大きくした農具をすきと言う。

「他の野菜は?」

「冬に育てる大根やかぶは稲を刈った後の田圃で育てるからなあ。馬を使っているね。夏に育てる里芋の畑も、やっぱり馬に犂を牽かせるな」

「じゃあ、宮埼の人って、馬を使うから凄く楽なんじゃない?」

「他にも仕事は有るから、傍目には楽そうには見えないけど・・・・・・。ヤガミの言う通り、出雲に比べれば、楽かもしれないなあ」

 最初は生返事しか寄越さなかったナムジだが、矢継ぎ早に質問を浴びせるヤガミ姫に釣られ、作業の手が止まって仕舞う。

「おい、ヤガミ。ナムジの邪魔をしたら駄目だろう。ナムジの教える農作業には、集落のみんなが期待しているんだから。先刻さっきから見ていると、御前の手だって遊んでいるぞ」

 痺れを切らした集落長がヤガミ姫を叱る。堅物な父親の態度が癪に障るが、ヤガミ姫は言い返さない。プウっと口を尖らせた限りで、矢柄削りを再開する。多感な思春期を迎えてはいたが、賢く道理をわきまえ、幼少時から聞き分けの良い娘なのだ。

 ヤガミ姫を可哀そうに思うナムジが、今度は自分から質問した。集落長に気兼ねして、両手で押さえた小刀を欅の表層で前後に這わせ続ける。小気味良い擦過音の律鳴に合わせ、小さな木屑が飛び跳ねる。

「そう言えば、その勾玉まがたま。綺麗だね」

 ナムジの褒め言葉に機嫌を直すヤガミ姫。だが、浮き浮きする気持ちを抑え、父親に怒られぬよう、矢柄作りを疎かにしない。

「宮埼では首に勾玉を飾る女性なんて見た事が無かったよ。香春でもミカヅチや卑弥呼様なんかの高貴な方だけが飾っていたな。

 ところが、出雲では勾玉で飾る女性が多いよね。ヤガミに限らず、君の御母さんだって飾っている。何故なんだい?」

 女性は全般的に話し好きだし、糸を紡ぐ作業は単調だ。ナムジが問い掛けた相手はヤガミ姫だと知りつつ、聞き耳を立てていた母親が引き取る。

「東の方に在る玉造たまつくりと言う場所でね、瑪瑙メノウが採れるのよ」

瑪瑙メノウ?」

「そう。地面に転がっている時はくすんだ色だけど、磨けば、この様に綺麗な緑色になるの」

 ナムジが現れて以来、母親の話し相手だったヤガミ姫は彼の方ばかりを向いている。娘の一目瞭然な態度に母親も内心で苦笑していた。「自分が会話に加われば、夫も横槍を入れないだろう」と、娘の援護に回る算段だった。

「此処から玉造までは、1日で歩く距離の半分弱って言う処かな」

 母親はナムジに5本指を伸ばした左の掌を見せると、右手で親指と人差指を折った。

 話題に挙がった採掘地には温泉が湧き、現代では玉造温泉として有名だ。八尺瓊勾玉やさかにのまがたま――三種の神器の一つ――は此処で産出する瑪瑙メノウ製だと言う伝説も残る。反面、“”は赤色の玉を意味するが、瑪瑙メノウを赤く変色する技法が生まれた時期は江戸時代なので、多分に脚色されているようだ。

 一方、魏志倭人伝には『卑弥呼となった臺與たいよが魏に翡翠製の勾玉を奉献した』との記述が有る。

 中国人がきんよりも重宝した翡翠は、日本では新潟県糸魚川流域でしか採掘されず、真相は玉造産の瑪瑙メノウであるかもしれない。出雲集落が交易品の一つとして邪馬台城に出荷していた可能性は十分に高い。

 母親は助太刀した積りでも、ナムジが母親の方に顔を向けた事で、ヤガミ姫の頬は再び膨れる。娘の表情に気付いた母親は機転を利かせ、一計を案じた。

「そうそう。ヤガミ。ナムジを玉造の温泉に連れて行ったら如何どう? 朝早くに出発すれば、日帰り出来るでしょう?」

 母親の提案に喜色満面のヤガミ姫。母親だけでなく、父親にも「良いの? 良いの?」と確認の言葉を連発する。煩いと言うか、執拗しつこいと言うか。突然の僥倖ぎょうこうに半信半疑となる反面、懇願の気持ちを抑えられない。

 子煩悩な父親としては、娘の嫌がる政略結婚なんて微塵も考えなかった。でも、自然な流れで娘がナムジと結婚する分には反対しない。宮埼集落との姻戚関係樹立は寧ろ望ましい展開だ。

 とは言え、声変わりもしていないヤガミ姫は幼さを多分に残している。色気付くのは早過ぎる。そう思っていた。古今東西、父親の発想は同じなのだ。

「仕方ねえなあ」

 紐を竿に結う手を動かしながら、背中越しに渋々の同意を表明する。

「やったあ! ナムジ! 今夜の仕事はお終いにして、もう寝よう! 寝よう、ね?」

 疲れとは無縁の快活な声でヤガミ姫がナムジを責っ突く。急な展開に戸惑うナムジは「ウ~」とか「ア~」とか口籠る。反応の鈍いナムジには御構い無しで、急々いそいそと片付けを始めるヤガミ姫。

「御父さんと御母さんは仕事を続けても構わないよ。私達は先に寝るから」

 焚火の灯りは遠くに及ばず、大部屋の奥は薄暗い。囲炉裏の暖気も届かず、少し肌寒い。ナムジの片付けを待たずして、ヤガミ姫は暗がりに毛皮を敷き、その上に布団――庭鶏の羽毛を詰めた大きな麻袋――を広げる。出雲集落の冬は寒い。

「ナムジ~! 早くおいでよ!」

 思い切り良く麻布製のふんどし一枚になったヤガミ姫は、布団に潜り込んでナムジを手招きする。誤解を招かぬように注釈しておくと、端的に言って“夜伽よとぎ”とは違う。柔軟性の富んだ寝間着が存在しない時代、就寝時に貫頭衣を脱ぐのが当たり前なだけだ。

 ナムジも仕方無く、「先に休みます」と夫婦に挨拶し、同じ様に裸となって布団に入る。そして、若い2人は抱き合い、人肌の暖を取り合う。背中に回した手や絡めた足がヒヤリと冷たいが、直ぐに温かくなる。

 膨らみ始めたばかりのヤガミ姫の乳房は生硬な蕾の様。少女の身体がふくよかさを増し、艶香を漂わせるには多少の時間を要する。両親を前にすれば理性は愈々いよいよ消えず、男女の営みには発展しない。つまり、子供同士が抱き合って寝るのと大差無い。

 それでもヤガミ姫はナムジとの密着状態に満足するのか、安らかな寝息を立て始める。ナムジの方でも、彼女の髪からき指を抜くと、自身の身体を仰向けに転がし眠りに就いた。

 そんな2人の姿に目尻を下げる両親は、当人達には聞こえぬように、小声で談義する。

「似合いの夫婦になると思いますよ。私は」

「まあ、俺だって同じ思いだが、物事には順序と言うものが有る。女が余り積極的過ぎるのもなあ」

「良いじゃないですか。集落の娘達は全員、ナムジに興味津々みたいですし、ヤガミも警戒しているんでしょう」

「だからって、女の方から口説く必要は無いだろう?」

「あの娘は狩猟の得意な娘ですからね。狙いを定めたら果敢に攻めて行きますよ。そんな風に育てたのは貴方あなたでしょう?」

 確かに、集落長が直々に狩りを教えた。実際、息子2人よりも筋が良い。妻の指摘に集落長は黙り込み、囲炉裏に架けた鍋から椀に白湯を注ぐ。湯気を吹き、思案顔で口内をチビリと濡らした。

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