第14話 大国主の旅立ち

 慶事と凶事に相次ぎ見舞われた西暦192年の集落長一家。冬の間、屋敷に籠って暮らす内に、オオヤツ妃の傷心も少しずつ癒えて行った。日々に移ろう白雲の変化に心を洗われ、庭先の木々が伸ばす蕾の膨らみに励まされる。同居するナムジの気遣いも癒しとなった。

 春風駘蕩たる穏やかな天気が続くと、自然界の生物も内に貯めた活力を解き放ち始める。冬眠から目覚めた動物達は活動を再開し、白鳥やがんの群れは北を目指して飛び立つ。

 渡鳥わたりどりの後を追うように、疎開民の約半数も故郷へと向かう。苗代作りを始める香春かわら集落でも女子供は貴重な労働力。彼らの帰還は賃借料の籾米を取り立てる第一歩でもある。

 これまでは水害で農民の努力が泡と消える悲劇が頻発した。稲穂がこうべを垂れ始める頃を見計らって、台風や長雨が襲う。黄龍と化した濁流に沈む田圃たんぼを見て絶望する人々。天上に張り上げた怨嗟の声も虚しく、大粒の雨が彼らの顔面を叩くのみ。打ちひしがれずに再起を図る事は容易ではない。

 だからこそ、治水への渇望は強く、一致団結の機運は熟していた。采配者のアマツを失っても、遠賀川おんががわの護岸工事が滞らなかった所以ゆえんである。いや、想定以上に順調な進捗だったと言えるだろう。殉職者の犠牲を無駄に出来ぬと、普請仲間が奮起したからだ。彼らは粉骨惜しまずに働いた。

 その結果、今年からは徒労を心配せずに田植え作業に没頭できる。丸太を裂いた平板を河岸に打ち込み、矢板として連ねる事で洪水への抵抗力は格段に強化された。実際、昨秋に台風が相次ぎ襲来した時でも、増水した河川は水路を乱さなかった。春の努力が秋の収穫に直結する事が証明されたのだ。

 予定では、在来馬の貸付期間が更に1年続く。開墾作業の本格化は今年から。馬に木製の大きなすきを牽かせ、荒れた湿地を耕作地へと変えて行くのだ。田起し期に限った短期の貸付けは継続するだろうが、年間を通した貸与頭数は確実に減る。

 明るい見通しは口伝くちづてに広がり、梅花の綻ぶ初春から疎開民の人口じんこうにも膾炙かいしゃしていた。故郷が十分な収穫力を手にすれば、帰還が現実のものとなるのだ。希望に胸を膨らませ、指折り数えながら過ごす日々。出立準備の号令が発せられた時には、狂喜乱舞する人々の輪が幾重にも自然発生した。

 1年半もの長い別居生活を送った香春人達。行軍の最中にいても、父、夫、息子との再会に胸を躍らせ、どの顔にも溢れんばかりの笑みが浮かんでいる。幼子は母親の周りを駆け回り、老人の足取りすら軽い。

 そんな彼らをナムジが先導する。民族移動の大行列にはオオヤツ妃も同行している。久し振りに孫達の顔を見たいと、愛宕あたご屋敷で暮らす娘家族の訪問を思い立ったからだ。

 温もりや賑やかさを欲しての発案なれど、喜色満面の笑顔に囲まれる英多あがた(現延岡)までの道中は、却って寂寥感を募らせる結果となった。親子水入らずの会話に気持ちを和ませるも、愛息の横顔を窺う度に頭をよぎるのだ。

――唯一人ただひとりとなってしまった息子・・・・・・。

 そう思わずには居られない母親のごう。本人に申し訳ないやら、情けないやら。


 娘家族との再会を喜んだ後にはナムジとの別離が待っている。彼を見送る段になると複雑な心境に揺れた。名残惜しむ母情の心底に潜む安堵の気持ち。それに気付けば、亡き息子達から咎められそうで怖い。今は虚無の心で遣り過ごすしか無い。

 オオヤツ妃は、一行が地平線の彼方に隠れるまで、愛宕山の見晴台に立ち尽くしていた。

――今生の別れとならなければ良いが・・・・・・。

 偶然の一言では相次いだ死没を片付けられない。面妖な魔物の仕業しわざだろうか。その延長で考えるならば、(2人の犠牲で満足したのか)との新たな疑問すら浮かぶ。一方、〝弱り目に祟り目〟とも言う。怯えの感情が次なる呪詛を呼び込む可能性だって有る。

 彼女の思考は空転するばかり。でも、幾ら不安を募らせようが、厄払いには寄与しない。無意味と承知するからこそ、心理的には余計に疲れるのだ。凡庸な自分は天命と諦めるべきであり、堂々巡りに思い悩むのは止めよう。そう何度も自分に言い聞かせた。

「母さん、身体を冷やすわよ」

 昨夜までの粉糠雨こぬかあめが桃花の散った地面を濡らしている。老母を気遣うハナサクが家中への戻りを促す。生者をこそ顧慮すべきと、軽く頭を振って雑念を払うオオヤツ妃。気持ちを改め、無限の可能性を秘めた双子の孫に向き直る。

「2人とも大きくなりましたねえ。元気に育ってくれて、それが何よりです」

 若い母親を慕って徘徊する姿に思わず目を細めた。娘の横から手を差し出し、あやす行為に加勢する。祖母オオヤツ妃に関心を示したホオリが匍匐ほふく前進して来た。膝頭に触れる小さな手を握り、「可愛いわねえ」と呟く。アマツとカツヒの面影を双子の孫に重ね見るのは母親の性であろう。

 目に入れても痛くない程に溺愛する点はホノギも同じであった。2人が自分の元に近寄るや否や、両腕に抱き上げる。「ほらほら」と頬を擦り合わせながら、上半身を揺籠の様に揺らす。キャッキャとはしゃぎ声が室内に湧く。耳朶じだに心地良い響きだ。

いずれ宮埼を継ぐのだ。色んな事を学び、逞しく育てよ」

 家族団欒の場で父親が息子達に語り掛けた何気無い物言い。

 ところが、「継ぐ」の一言がオオヤツ妃の心に影を落とす。別に不穏ではないものの、胸騒ぎを覚える。「兆しを見逃すな」と、女の直感が警告を発するのだった。


 香春から戻ったナムジと合流し、旧宅に帰ったオオヤツ妃。ふとした瞬間に娘婿ホノギの言葉を思い出し、反芻しては憂色を深めていた。

――ホノギは、年長の娘夫婦が集落を率いると、単純に思い込んでいるのか?

 邪馬台城は女王の統べる女系社会。城の出身者には自然な発想かも知れない。後継者の指名を先送る自分の優柔不断さが娘婿を煽っているのか。その可能性に気付くと、背筋に冷たいものが走る。

 でも、男系社会の宮埼集落では、息子ナムジが首長おびとに就くべきだ。

――筋を通したら、ホノギはんな反応を示すのだろう?

 期待を裏切られたと激高するだろうか。彼の実力を知るだけに、反駁される場面を想像するだけで血の気が失せる。

――もしかして・・・・・・?

 いや、それは考え過ぎと言うものだ。ハナサクとの睦まじき態度に嘘偽りは無い。彼の家族愛を疑うなんて馬鹿げている。分かってはいるが、一方で得も言われぬ空恐ろしさをも感じる。

――彼の考える家族に私やナムジも含まれているのか?

 仮に家族の一員として見做されていない場合、邪魔な存在と認識された途端に殺され兼ねない。重要な確認事項ではあるが、本人に問うても偽弄はぐらかされるだけだろう。徒々つらつらと考える内に、もっと深刻な疑問に辿り着く。

――アマツとカツヒは如何どうだったのかしら?

 恐ろしい仮説だが、不自然に事故が重なった事と言い、蓋然性は高そうに感じる。

 反面、2人の息子を喪って以降、自身の精神状態に自信を持てないでいた。むしろ今は疑心暗鬼に陥り易いと自覚している。でも、根拠の無い妄想なのだろうか?

 鬱々とした長雨は彼女の脳裏すらも濃霧で覆っていた。不毛な自問自答を繰り返すのみで、丸で思考の迷路に幽閉された囚人。梅雨明けまで閉塞と焦燥に惑わされた後、厚い雲間に一筋の光明を見出した。苦労の末に導き出した結論は最善の策に違いない。青藍せいらんの夏空にも励まされ、ナムジを自室に呼ぶ。

「御前は何歳になりましたか?」

「先の田植えで16歳です」

 こよみの無い時代。誕生日なる概念も無い。弥生時代の人々も数え年で年齢を特定するが、我々の知る風習とは微妙に異なる。便宜的に1年は田植えで仕切り直された。

「そう。16歳ですか・・・・・・」

 唐突な質問に違和感を覚えたナムジは、少し不審顔をして母親の顔を見詰める。

「妻を娶り、新たな家庭を営む年頃になりましたね」

――早く嫁を貰えと言う意味か?

「この宮埼に意中の娘は居るのですか?」

 母親の真意が全く読めないが、正直に首を振って恋人の不在を白状する。

「それは良かった」

――嫁取りの催促ではなさそうだ。じゃあ、何を言いたいのだろう?

「見聞を広げ経験を積んでこそ立派な丈夫ますらおとなります」

 説教の内容に異存は無い。無言で頷き首肯の意思を伝えると、その先を促した。

「外の世界に旅立ちなさい。数年の間、未知なる集落むらで暮らすのです」

「外の世界?」

 突然の指示に戸惑った彼は母親の口から出た単語を繰り返す。

「兄達は道半ばでたおれましたが、貴方あなたは立派になって戻っていらっしゃい」

「外の世界って、何処です?」

熊襲くまその土地の南には海が広がるだけ。そちらではないでしょう」

 種子島や屋久島の南にも転々と小島が浮かぶ。但し、核となる奄美大島までは約300キロの距離。対馬海峡――末蘆まつろ集落から朝鮮半島の南端まで――の倍である。生半可な覚悟では渡れない。

 それに、トカラ列島を構成する島嶼群は、邪馬台国との間で貝細工等の海上交易を細々と営んでいたが、社会勉強を積む舞台としては相応しくない。

「それでは、北の方角?。でも、香春だって、今の私には勝手知ったる集落むらです」

「更に先を目指すのです。香春より東の方角には未知なる土地が果てしなく続いているそうです」

 突拍子も無い提案であったが、オオヤツ妃が懊悩の末に導き出した結論であった。大事な末息子の生命いのちを守るには、僻遠の地へと旅立たせ、ホノギから引き離すのが最善なのだと。

「決心が着いたら、義兄さんに相談しなさい」

 助言の域を超え、反論を許さぬ響きを帯びた宣告の声音。険しい目付きで自分を睨む母親を前にして、ナムジも真剣に考えようと腹を据える。


 その数日後、ナムジは愛宕あたご屋敷を訪ねた。同世代の中では思慮深い方だが、若者特有の無茶振りは否めない。冒険に心を躍らす多感な時期、仮令たとえそれが困難を伴おうとだ。

 末弟の決断に驚いたハナサクは「何故そんな危ない真似を?」と暴挙を諫めた。生き残った唯一の弟が天涯に去って行く。今でも対面の機会は少ないが、望めば直ぐに会えるとの安心感が有った。明日からは違うのだと考えると、精神的に辛い。

 しかも、動機や目的を問い質しても要領を得ず、去就の判断に納得が行かない。しばらくは姉弟の間で噛み合わぬ水掛論が交わされた。

 しまいには、静観を決め込んでいたホノギまでもが「必要な試練だよ」と説き伏せ始める。情に訴えても、論理派の夫に全て退けられて仕舞う。弁論に不慣れな彼女に勝ち目は無い。

「それで、何処に向かうの?」

 大の男2人には抗えないと、諦めの境地で訊く。

「東・・・・・・」

「東って、何処よ?」

 本人にとっては未踏の地であり、流離さすらってみる他ない。待ち受ける苦難は愚直に克服するのみ。闇中に活路を開く事こそが修練の道だ、と覚悟している。大胆にも達観していたが、女性の理解は得難い。

「そんな生半な状態で大丈夫なの?。貴方まで喪ったら、私・・・・・・」

 感極まって嗚咽を漏らすハナサク。姉の詰問に窮するナムジに対して、ホノギが助け舟を出す。

「ミカヅチ様に拠ると、海を越えた東の地には『出雲』なる集落むらが在るらしい。暮らし振りも洗練されていると聞く」

「出雲?」

「ウム。香春人に先導を求めるのが無難だろう」

「香春と出雲は交流しているのですね」

 心配顔の妻に強く肯き、その華奢な手を握り包んで安心させる。

「収穫の秋には残りの疎開民を香春に連れ戻す。その時に頼めば、ミカヅチ様の快諾は必定だ」

 ナムジが発した「馬と米は?」との実務的な疑問にも鷹揚に応じ、(俺の采配に抜かりは無い)と言う風に得意顔したりがおを浮かべた。

「香春へはサルタを同行させよう。彼奴あいつに回収を任せ、御前は出雲に渡るが良い」


 旅立ちまでの数ヶ月間。ハナサクは、一緒に過ごせる最後の時を惜しみ、双子を連れて里帰りした。ホノギの反応を聞いたオオヤツ妃は(やっぱり)と思う。

――確かめるすべは無いが、今度ばかりは自分の判断が正しいのだろう・・・・・・。

 尚、日本神話に拠れば、大国主は兄弟神に2度殺され、その度に生き返る。けれども、3度目を危惧した母親(刺国若姫さしくにわかひめ)に逃避行を促され、根国ねのくにに向かう。

 登場する母親はオオヤツ妃を雛形に造像された。素直に名前を明記すれば、ホノギの陰謀を臭わし兼ねない。だから、編纂者は偽装した。でも、非現実的な復活の逸話エピソードを通じ、長兄アマツと次兄カツヒの謀殺事件を暗に訴えている。歴史の証人として痕跡を残したかったようだ。


 香春かわら集落に到着したナムジはミカヅチに面会を求め、「助太刀を乞え」と言われた顛末を話す。

「宮埼から受けた恩は計り知れない。貴様を出雲に案内するくらい、屁でもないわ」

 豪快に胸を叩いた偉丈夫は、いとも簡単に旅路の段取りを引き受ける。根掘り葉掘り詮索されるだろうと身構えていたナムジは、噸々トントン拍子で進む渡航話に肩透かしを喰らった。同時に、義兄ホノギとミカヅチの深い絆にいたく感心する。

 一方、アマツ暗殺の実行犯にとって、画策者の魂胆は明々白々だ。

――邪魔者を遠離とおざけんとするのだな。

 共犯者としての阿吽の呼吸。婿養子の立場を盤石とするなら、目障りな直系男子を追放するに限る。ホノギの権力強化は密約の既定路線でもある。

「近々、出雲に船を出す。丁度良い時期に訪れたぞ」

 両地域の交易関係を知りつつも、てっきり陸路を使うとばかり思い込んでいた。海路で運搬する程に大規模なのだろうか。「互いに求め合う物が、そんなに・・・・・・?」との懐疑的な質問をミカヅチが笑い飛ばす。

「大量の白き粉を運ぶのだ。徒歩かちでは埒が明かぬ」

 彼の言う『白き粉』とは生石灰きせっかいのみならず、消石灰(漆喰の材料)や石膏も含めた総称だ。全て平尾台から直採できるし、石灰岩を焼成した生石灰きせっかいに水を噴霧すれば、消石灰が出来る。いずれもオモイカネの秘匿する知識を必要としない。

 出雲集落では砂鉄を原料とする踏鞴たたら製鉄の黎明期を迎えていた。目下の悩みは微細に過ぎる砂鉄が木炭で熱した風の通り道を塞ぐ事。ところが、結着材の生石灰きせっかいを混入すると、砂鉄は粉状から粒状に塊化し、通気性が増す。昇温効率を上げるので、随分と以前から製鉄業に欠かせぬ存在と化していた。

 また、製鉄法は、砂鉄原料の違い――『真砂まさご』と『赤目あかめ』――から、ケラ押し法とズク押し法に大別される。其々それぞれに含まれる鉄以外の冶金成分が異なり、融点が違うからだ。同じ温度で製錬しても、融点の高い前者からはスポンジ状のはがねが製造され、融点の低い後者は液体状の溶銑となる。

 ケラ押し法とは、真砂から作る鋼を鍛冶職人が鍛錬し、鉄餅てっぺいに似た半製品に加工する製法だ。更に鍛造加工を施し、鍬や斧の歯に仕上げる。

 他方のズク押し法とは、赤目から作る溶銑を鋳型に流し込み、随意形状の鉄器に仕上げる製法だ。専門用語的には鋼と区別し、溶銑の固まった鉄を鋳鉄と呼ぶ。

 このズク押し法に不可欠な鋳型を石膏で作るのだ。川砂製の鋳型を使った場合、製品の表面がザラザラと粗くなる。石膏製の鋳型なら耐熱性に優れるし、外観の滑らかな製品が出来上がる。

「それにな。新しく作った土角つちかど(煉瓦)を出雲で試して貰いたいのだ」

 ミカヅチが期待を寄せる試作品とは耐熱性を高めた代物。粉状に砕いた石灰石と硅石を混ぜて焼き固めると、初歩的な耐火煉瓦となる。

 邪馬台城と袂を分かって以来、香春集落は新たな窖窯あながまを建設し、生石灰きせっかいや消石灰の生産を再開していた。但し、セメント製造に欠かせないクリンカーの構成要素が判然としない。仕方無く色々と試行錯誤してみた結果、偶然の産物として誕生した発明品だ。

 砂鉄(酸化鉄)の還元時に生じる熱量は非常に強く、製錬炉内の温度は優に1000℃を越える。数日にわたる作業工程の終盤には高温に晒され続けた炉壁も崩壊寸前。耐火性の優る煉瓦で築炉すれば、もう少し高温、或いは長時間の製錬が可能となる。鋼の良質化に貢献するのでは?――と考えた次第だ。

 生石灰と消石灰、石膏の粉末を詰めた麻袋、耐火煉瓦を馬背に載せ、遠賀川おんががわ沿いを響灘ひびきなだまで下る。数日振りに海原を見ても(宮崎の海より少し黒いな)程度の感慨しか抱かなかったナムジだったが、波止場に到着した時は双胴船の威容に圧倒される。

――外海をわたる舟は流石さすがにデカいなぁ。

 空中筏の甲板の長さは10メートル前後、幅は5メートル強と相当に広い。双胴船の中でも大型の部類に入るが、30畳余りの空間は積荷と食糧、飲料水を容れた瓢箪の山で溢れんばかり。3頭の雄馬も同乗。その結果、舷側の上の方まで喫水線が迫っている。

 甲板中央に佇立する帆柱マストの大きさは両腕で一抱えする程。甲板との交差断面に打ち込まれたぬきも其れなりに太い。海中にも帆柱は伸びており、釣具の棒浮と同じ要領で平衡を保っているようだ。頭上に吊り下がった帆布は、割竹を御簾状に連ねた代物で、出航前はクルクルと丸められている。

 この山陰航路は末蘆人まつろびとによって運営されていた。輸出用石炭の採掘地――福岡県若宮市の貝島炭鉱――はミカヅチの勢力圏内に在る。反面、籾米輸出では邪馬台城だけが頼みの綱。朝鮮半島との交易を生業なりわいとする末蘆集落は、気兼ねしつつも、両勢力との商取引を維持している。

 遠賀川の河口から出雲までの距離は約200キロ。日本海の沿岸を航海すれば、片道2日の行程。対馬海流に運ばれる航海は順風満帆だった。荒波の揺れを無しとはしないが、安定性こそが双胴船の長所である。甲板で馬が騒ぐ事も無く、桟橋の突き出た小さな漁港に辿り着く。

 上陸地点は稲佐の浜、出雲平野の西海岸である。現代に至るまで、彼の地は神無月に全国の神々が船で集う玄関口だ、と言い伝えられている。


 出雲人いずもびとはナムジを温かく迎え入れた。花より団子。ミカヅチの後見よりも手土産が効いたようだ。当時の山陰地方に野馬やばは生息しておらず、初めて目にする大型獣に瞠目する。

宮埼みやさきでは馬を使って田圃《たんぼ)を深く耕しています。馬1頭で10人分も働きます」

「そりゃ~凄い!。その馬とやらが宮埼には沢山いるのか?」

「沢山、沢山、う~んと沢山います」

「宮埼とあきなえば、俺らも馬を手に入れられるだろうか?」

「大丈夫、宮埼も大歓迎です」

 宮埼人みやさきびとのナムジが一見いっけんした処、垂涎の的となりそうな物品が幾つも転がっている。特に出雲の鉄製品。成形性に優れる鋳造製法は千姿万態な製品を産み出していた。

 最初に驚いた利器は鉄鍋――半球形の鋳型を使った鋳物製品――である。直火でも割れない点が最大の長所だ。かまどでの煮焚きに火力の強い薪を使える。木炭に比べ、容易に手配でき、調理時間も短い。宮埼人は抜群の利便性を求めて殺到するだろう。

 鋳鉄製の矢尻や槍刃も絶大なる訴求力を示すに違いない。九州各地で目にした物は全て黒曜石製だ。それらとは鋭利さが全く違う。殺傷力に優れ、鳥や獣を獲り損なう確率は低い。

 意外に思えるだろうが、先端技術の導入に貪欲な邪馬台城も鋳造技術には関心を示さなかった。再加熱した鉄餅てっぺいに鍛冶加工を施す工程こそが彼らの領分。鉄の製錬工程は弁韓べんかんの領域だ。逆説的だが、交易にいそしんだが故に製鉄技術は芽生えなかった。

 実は、顔料のリモナイトが赤い理由は鉄分を含むからだ。自然界での生成過程に共通点は無いが、泥状の砂鉄と解釈できる。もしも朝鮮半島の鉄餅てっぺいと無縁な歴史を歩んだら・・・・・・。リモナイトを使用して、踏鞴たたら製鉄と同種の技術を蓄積したに違いない。


 鋳造技術は鉄鍋以外にも活かされている。珍奇な道具として、銅鐸どうたく――青銅製の釣鐘――を挙げたい。朝鮮半島から間接的に入手した地金を溶かして再び鋳込む。青銅の融点は鉄より遥かに低く、出雲人には朝飯前の所作であった。

 青銅ブロンズ色に輝き、耐錆性にも優れる銅鐸。筒中で燃やす炎の照光は、内部反射し、一方向に放射される。懐中電灯にも似た其れはもっぱら集魚灯として活用される。具体的には、舷側から並行に延ばした2本の竹竿に鋳造製の金網を渡す。その上で松明たいまつを燃やし、銅鐸を被せる具合だ。

 その銅鐸に限らず、浜辺で漁師の手入れする漁具を指差しては「あれは何です?」と集落長に質問を浴びせるナムジ。鬱陶しがられたのだろう。「百聞は一見に如かずだ」と、翌朝未明の出漁に同行する運びとなった。漁船に乗り込んだ彼は、船酔いに悩まされながらも、異国の先進的な漁法に驚嘆する。

 九州各地の近海でも盛んな囲網漁かこいあみりょう。徒党を組んだ漁師達が幅80メートル前後、深さは数十メートルと巨大な漁網を操る勇壮な共同作業だ。円を描いて散開した5隻前後の漁船が投網すると、等間隔で抓まれた漁網が沈下し、筒状の包囲網が海中に完成する。

 その後はしばし、海神に豊漁を願う。所詮、彼らの漁獲高は漁影の濃淡に左右されるからだ。経験と勘で漁場を定めようとも、波浪の下で営まれる世界は伺い知れない。

 ところが、出雲の遣り方は違った。銅鐸を掲げた船が終始、漁網陣の中心に停泊する。海面下への投光は、撒餌まきえよりも格段に大量の魚群を誘き寄せ、良好な成果を約束する。集魚灯を最大活用する為、出雲の近海では夜に出漁する事が多い。

 十分な獲物を掻き集めたと見極めたら、団長船が円陣の中央に進み出る。緞帳どんちょうの巻上紐に相当する麻縄を握り締める乗員達。それらは漁網の海底側につながっており、総出で手繰り上げるのだ。

 底部の絞られた漁網の形状が筒状から逆円錐形へと変わる。更には、漁船群が円陣を狭め、一網打尽とする。集魚灯を使う出雲方式は、撒餌まきえよりも格段に大量の魚群を誘き寄せ、良好な成果を約束されている。

 漁獲物の内、烏賊いかや小魚は大型魚を釣る餌としても流用される。鋳造製の釣鈎つりばりを釣糸の先に結び、竿を垂らすのだ。九州沿岸で一般的な鹿角製の釣鈎は相対的に太く、鋭利さで負ける。一撃必中の銛突き漁法すらも漁獲効率の点で足元にも及ばない。素人のナムジにも卓越性は容易に理解できた。

 

 数々の独自技術が花開く別天地。出雲集落の抱える唯一最大の弱点は地形だろう。端的には、稲作に適した平地が狭い。山陰地方で最大の出雲平野ですら面積は約100平方キロ。筑紫ちくし平野の十二分の一、宮崎平野の八分の一に過ぎない。

 その狭い平野を蛇行する天井河川――河床が周囲の土地よりも高い――が曲者なのだ。中世から近代に至るまで、各時代の為政者は堤防改修を重ね、大掛かりな治水事業を断行した。その結果、現代では、東向きの斐伊川ひいがわ宍道湖しんじこへ、西向きの神戸川が日本海へと流れ込む。

 弥生時代の当時、両河川は西に合流して大河となり、稲佐の浜に大きな河口を広げていた。上流で産出する良質な砂鉄が製鉄の恵みをもたらす一方、頻繁に氾濫しては流域の住民を苦しめる。香春集落を翻弄した遠賀川おんががわと同じ構図だ。ちなみに、度重なる水害が八岐大蛇やまたのおろち逸話エピソードを生んだ――との説も有る。

 一方、約5千人の人口を抱える出雲集落は、人口密度で評価し直すと宮埼集落の2倍。鉄器を駆使して豊富な山海の食糧を調達していたからだ。但し、寒冷地ゆえに農耕面では苦労が多く、籾米の蓄えは薄い。だからこそ、邪馬台の経済圏から隔絶した状態で栄えたとも言える。

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