第08話 落人の再起

 スサノオ達は、高千穂を抜け、延岡に出た。延岡から日南海岸沿いを更に南下。日向ひゅうがをも通過し、宮崎平野の小さな集落まで落ち伸びた。熊襲くまそ族に連なるが、辺境域に住む亜流の一派の住む集落だった。

 浮浪者と化したスサノオ達に不審の目を向ける村人達。(触らぬ神に崇り無し)とばかりに距離を置くも、放置は出来ない。対応に苦慮した挙句、判断を仰ごうと村長宅に連行する。

 スサノオは1枚の銅貨――籾米の引換証――を差し出し、村長におもねる。80俵の籾米と交換可能な1枚。スサノオ達を受け入れても十分に釣りが来る。

「村の誰かを邪馬台城に遣わせ欲しい。理由わけ有って、俺達が邪馬台城に行く事は出来ない」

 ――銅貨を手にする此の者共ものどもは邪馬台城から追われているのでは? 無闇に逃亡者を匿っては、この村を危うくしないか?――

 頑として自分達の素状を明かさないスサノオ。猜疑心の浮かんだ表情の村長を凝視みつめ、視線を逸らさずに言葉を継いだ。

「心配するな。邪馬台城の奴らは有象無象の集落と取引している。御前達が銅貨を持参したからと言って、疑われる事は有り得ない」

 ――此の者の発言を素直に信じる事が出来るのか?――

 収穫量の少ない宮崎平野の各集落。邪馬台城に余剰米を預けた経験なんぞ無いし、現物の銅貨も初めて目にする。銅貨の存在を知ってはいたが、真偽を確かめようが無かった。

 ――まあ、良い。邪馬台城で窮地に陥っても、此の者共の存在を白状するだけの事――

 てのひらの中で銅貨を弄びながら、村長は猶も考え続ける。

 ――最初から邪馬台城に垂れ込んだ方が手っ取り早くないか?――

 狡猾な思いが横切る。村長の胡乱な瞳の奥に浮かんだよこしまな気配を察知したスサノオがかさず釘を刺す。

「もし、俺達を匿い続けてくれるなら、銅貨を追加で差し出す」

「未だ有るのか?」

「ああ。山の中に埋めてある」

「何枚?」

「両手両足の指では数え切れないくらいだ」

 ――目の前の男は正直に告白しているのか?――

 真実ならば、邪馬台城に突き出すよりも匿った方が得だろう。垂れ込みの報酬として得る銅貨が、両手両足の指よりも多いとは思えない・・・・・・。

 ――だが、本当に両手両足の指よりも多い数の銅貨を持っているのか?――

 疑い出せばきりが無い。無意味な堂々巡りを何処かで止める必要が有る。欲を出せば、全てを失い兼ねない。

「承知した。御前達を匿おう。

 だが、この銅貨を籾米と交換できなければ、村から追い出すからな?」

「それで構わない」

 無事に銅貨は籾米と交換され、スサノオ達は宮崎平野の寒村に身を落ち着ける事となった。

 村長はアシナヅチ、妻はテナヅチと名乗った。彼らは脚摩乳あしなづち手摩乳てなづちとして日本神話に登場する。

 

 狗奴くぬ集落を脱出してから1年弱。

 収穫の秋には、村の歴史が始まって以来の豊穣の実りに恵まれる。スサノオは、秋祭りの最中に再婚し、新しい家族を持つ事になった。

 再婚相手は村長の娘。古事記では櫛名田比売命、日本書紀では奇稲田姫と記述され、クシナダヒメと呼ばれる女性だった。

 見様見真似で稲作を始めた熊襲くまそ族であったが、栽培技術が未熟なゆえに満足な収穫を上げられない。クシナダヒメの名前に“奇稲田姫”と当て字された背景には、宮崎平野の抱える悩みが有った。

 一方、スサノオ達は熊本平野の中でも稲作技術に長けた一族であった。

 この村に身を寄せ始めた最初の春。まずは苗代なえしろの造り方で勘所こつを披露した。苗代に生え揃った早苗さなえ田圃たんぼに植え替える時期についても指南した。田植えに適切な水温を熟知せねばならない。

 灌漑施設も不十分だったので、梅雨入りすれば田圃の水位が上がり、明けると水位が下がっていた。付近の小川から水を注ぐ用水路やあぜに改良を加え、田圃の水位を安定させた。

 イネが連作可能な数少ない作物の一つである理由は、絶えず田圃に注ぎ込む水が山中のミネラルを給するからだ。養分補給の絡繰りメカニズムが上手く機能しなければ、イネも順調に生育しない。

 春先だけの改良でも、1年目の収穫量は大きく改善した。

 来年は、イネが育ち始めた時期に野鴨のがもを放ち、田圃の雑草を駆除させる計画だ。今年の初夏に田圃を泳ぎ回っていた野鴨のヒナを生け捕り、風切羽を断って既に飼い慣らしている。

 年を追う毎に野鴨の家畜数を増やす積りだった。雑草取りに限らず、庭鶏と同様に食肉とする目的もあった。

 また、今年の農作業を眺めていて、くわすき等の農具の刃先が鉄器ではなく木製だ、との改善点にも着目した。木製農具は地面を深く掘り返せない。

 地面を掘り起こす作業には、作物が根を張り易いよう土壌をほぐすだけでなく、空気中の窒素――肥料の原料――を土中に捏ね込む目的も有る。農業科学としての知識は無いものの、スサノオ達は経験を通じて因果関係を認識していた。

 宮崎平野の小さな農村に鉄器を買う余裕は無かったが、(別のアプローチを試してみよう)とスサノオ達は考えていた。

 在来馬に大きなすきを牽かせれば、木製農具であっても、地面を深く掘り返せる。

 宮崎平野では、在来馬を家畜化し、運搬用に使っている。氷河期に中国大陸から陸伝いに日本へと渡った小型馬が、九州南部の平野部を中心に生息していた。

 一説には、鹿児島県トカラ列島や沖縄県の宮古島や与那国島に生息する在来馬は九州南部から持ち込まれた、とも言われている。

 今でも宮崎県の都井とい岬に子孫が生息中の在来馬は、古墳時代に朝鮮半島から導入された家畜馬と比べると遥かに小型で、性格も比較的温和なのでハミを噛ませる必要も無い。体質強健で消化器官が発達しており、野草のみの粗飼にも耐える。

 平均的に骨やひづめが堅く、骨折事故を滅多に起こさない。ちなみに、蹄が堅い在来馬の特長を踏まえ、雪国で馬に履かせる藁沓わらぐつを除くと、日本では蹄鉄文化が発達しなかった。

 歩き方にも特徴が有って、特に険しい山道での運搬に向いている。後ろ脚が発達しているので、傾斜地の歩行を苦としない。スサノオの銅貨と交換した籾米を宮崎平野に持ち帰る際にも、在来馬の行列――邪馬台城の庶民は見慣れぬ家畜群に瞠目した――は重宝した。

 数々の農業技術を伝授するスサノオ達を村人達が粗末に扱う筈がない。多大な貢献の結果として、スサノオは村長の娘クシナダ姫をめとる運びとなった。

 一方、クシナダ姫との再婚話が持ち上がった頃。スサノオの息子、イソタケが姿を消した。

 残念ながら、実母を忘れる事は出来ず、クシナダ姫とは馴染めなかった。義母に限らず、村落全体に馴染めなかったと言える。元々内行的な性格であったが、実母を亡くしてからは愈々いよいよ無口になっていた。

 スサノオにとっては大事な長男であり、宮崎平野の方々で探し回ったが、失踪の行方は知れなかった。消去法の結論として、山深い九州山地の奥地に雲隠れしたのだ、と推察された。

 日本神話では五十猛神いそたけるのかみが森林の神様として崇められているが、彼が九州山地に遁走した経緯が元になっている。

 また、禍津日神まがついのかみ――黄泉の国から戻った伊邪那岐いざなぎけがれを払った際に生まれた――と同一神扱いされるが、狗奴から脱出する最中に実母を亡くした経緯が背景にある。


 婚儀の翌年、スサノオとクシナダ姫の間には娘が生まれた。

 娘の名はオオヤツ。日本神話で大屋津姫おおやつひめとして登場する女性である。

 長女生誕時のスサノオの年齢は25歳。当時――平均寿命が30歳程度――としては老齢の域だが、平均寿命の短い原因は病気や栄養失調。生物学的に判じれば、生殖能力は十分に高い。

 一方のクシナダ姫は17歳。適齢期を迎えて直ぐにスサノオと結婚した彼女は若く、産後の肥立ちも順調で直ぐに身籠る。

 翌年に生まれた次女はツマツと名付けられ、日本神話に抓津姫つまつひめとして登場する。

 大屋津姫と抓津姫の姉妹――日本神話では樹木或いは家屋の女神――は、全国各地で祀られている。大屋津姫の“屋”は家屋を、抓津姫の“抓”は家屋建造用に製材した材木を意味する。

 次女のツマツが生まれる直前。スサノオの義父となった村長アシナヅチは、2番目の孫を抱かずに亡くなる。享年35歳。当時としては長寿であった。孫の顔を拝んでから亡くなる者が稀な時代であった。

 そして、自然な成り行きとして、スサノオが村長の地位を引き継ぐ。


 スサノオは、自ら率いる村落の収穫量に満足すると、徐々に隣近所の村落に対しても農業指導して回った。評判は評判を呼び、求められれば嫌な顔をせず、宮崎平野の隅々まで出向く。徒働ただばたらきであったが、だからこそスサノオの人望が高まって行った。

 指導すると言っても、口頭での指南に過ぎず、大した手間は掛からない。相手の村まで出向く煩わしさは有ったが、顔見知りを増やせばスサノオ一族のメリットにもなる。狗奴くぬから逃亡した過去が露呈しても構わぬよう、意識して仲間作りに努めていた面も否定できない。

 手始めに自村で試したスサノオ自身も驚いたのだが、田圃たんぼ作りに投入した在来馬の成果は目覚ましく、鉄器の農具よりも遥かに効率的であった。但し、残念な事に、農作業に投入可能な頭数が少ない。

 在来馬を家畜化して以来このかた、用途は重量物の運搬に限られる。運搬作業の発生日を事前予測する事なんて不可能だから、世話の焼ける荷馬を余計に飼ったりしない。各村落で精々10頭程度。

 在来馬を繁殖させれば、もっと広い田圃を開墾し維持できるだろう。だが、幾つもの難題が立ち塞がる。

 繁殖時期は年に1度の春季だけ。妊娠期間は1年弱と長い。妊娠した雌馬は、農作業は愚か、運搬作業にすら投入できない。順調に頭数を増やせたとして、山狼おおかみの襲撃も警戒せねばならない。

 そう言った事情から、在来馬を増やす事は中々に難しそうであった。

 ――逆に考えると、俺が馬を増やせば、近隣から「交換しろ」との声が相次ぐのでは?――

 ――見返りを求めねば、俺達の食い扶持を稼げないな。何と物々交換する? 籾米か?――

 ――馬に見合う籾米の量はの程度だ?――

 ――10俵か・・・・・・? 10俵なんて籾米を払える庶民が何処に居る? 少なくとも俺の村落には居ない・・・・・・。

 スサノオは、暇を見付けては在来馬の姿を眺め、(何か解決策が無いものか?)と考え続けた。

 ――馬1頭で何俵の収穫増につながるんだろう? 3俵か4俵?――

 ――毎年だよな。だったら、毎年1俵で馬を貸し出すのは如何どうだ? 物々交換ではなく、籾米と引き換えに貸すだけ――

 ――籾米を払うのに、馬が自分の所有物にならないって話に、庶民は納得するだろうか・・・・・・?

 ――いやいや、馬を借りないと収穫は増えない。納得しなくても、籾米1俵で馬を借りるだろう――

 そう結論付けると、次なる悩みは「如何どうやって在来馬を繁殖させるか?」である。

 ――獣の事なら、熊襲くまその本流の奴らが詳しいだろう・・・・・・。

 ――だが、熊襲の族長を信用できるか? 俺を邪馬台城に売るのでは?――

 ――それに、奴らは獣を狩る事に長けているんであって、果たして飼育に長けているのか?――

 自分達の身の安全が懸かるだけに、スサノオも慎重である。結局、自らの手で在来馬を繁殖させる事にした。

 村人達から「都井とい岬には何頭もの野生馬が生息している」と聞いたスサノオは、何人かの男達を従え、都井岬を実地検分した。

 標高200メートル程の小高い峰が海に突出していて、三方を絶壁で囲まれている。岬の長さは3千米キロメートル余り。強い海風が樹木の生育を妨げ、背の低い灌木が疎らに生えているだけだ。台地の大半には柔らかな草が生い茂っていて、野生馬の群れが先の方に見える。

 岬の付け根を柵で仕切れば、馬も逃げないだろう。詰所を建てて交代で見張れば、山狼の襲撃も防げるだろう。

 ――この岬であれば、放牧が可能だ――

 村人が間近に住む近郊で飼育すれば、作業場の田圃も近いし、色々と安心だ。反面、飼料の調達は厄介だろう。都井岬での放牧を基本とし、必要な頭数の雄馬だけを村落に連れ帰る方が圧倒的に効率的だ。

 そう判断したスサノオは統率下の村民だけでなく、稲作を指南した近隣の男達にも声を掛け、短工期で岬の付け根に柵を巡らせた。

 此処は作物の育たない荒れ地、一人ひとりとして既得権益を持たない。土木作業を手伝わされた人々は、「スサノオが奇妙な事を始めたな」と呆れはしたが、異議を唱える者は居なかった。


 スサノオが狗奴くぬ集落から逃げ伸びて以降、10年以上の歳月が過ぎた。平均寿命の短い時代の事だから、現代とは比べ物にならない程に世代交代の進み具合が早い。

 宮崎平野のコメの収穫量も格段に向上した。耕作面積自体は筑紫ちくし平野や熊本平野に及ばないが、人口も少ないので、それなりに余剰米が安定的に発生し続けている。一方で、降雨量の多い南九州の地で籾米を貯蔵していては、収穫翌年の梅雨時を越せない。

 30歳代半ばに老いたスサノオは余剰米を邪馬台城に預ける決心をした。最初は別の者を派遣しようと考えたが、自ら出向く事にした。宮崎平野の庶民には籾米を預けた経験が無く、物事を円滑に進めるには、スサノオ本人が隊商を率いるべきだと思い直したのだ。

 苦難の長い月日がスサノオの顔に深い皺を刻んでおり、自分を謀反人だと看破る者が邪馬台城に残っているとは思えない。それに・・・・・・万一、発覚ばれたとしても構わない。短い老い先を自覚し、疾うに生への執着心を薄れさせていた。

 枯淡の境地に至る一方で、宮崎平野で人望を集め、復活を成し遂げたと言う満足感も有った。更には、死ぬ前に一目だけ、生まれ故郷の熊本平野を目に焼き付けたいとの望郷の念も強かった。

 荷馬の背中に米俵を積んだ隊商――総勢75頭が150俵を担ぐ――が宮崎平野を出発する。片道2泊3日の旅程。順調に行けば、1週間で宮崎に戻る。

 宮崎から延岡まで海岸沿いを北上したら、九州山地に分け入る。高千穂からは阿蘇山を迂回し、八代平野の方向に西進する。有明海に出たら再び海岸沿いを北上し、熊本平野を通り過ぎて、邪馬台城に至る。

 老齢のスサノオだけは荷馬の背に揺られるが、彼に随行する10人以上の男達は徒歩で従う。

 隊商を乱さぬように荷馬を曳く為でもあったが、鞍に相当する馬具が存在しない事が最大の理由だった。つまり、馬に騎乗する発想が無い。スサノオは荷物として運ばれているに過ぎない。

 延岡での1泊目の宿営地を畳んだ一行は高千穂までの山道を登る。スサノオは単調な揺れに微睡まどろみながら、空腹を抱え追捕の者に怯えて森の中を逃亡した過去に想いを馳せていた。

 小さな盆地状の高千穂で一時的に森から抜け出た時には、遠くに見える阿蘇山の外輪山を眺め、滑落して死んだ先妻を想い出した。(先妻には悪い事をした)と後悔の涙が頬を伝う。

 高千穂からは緩斜面を延々と下り、西に傾く太陽が八代湾の水平線に沈もうとする頃にようやく、九州山地の深い森を抜け出せた。此処が2泊目の宿営地だ。随行する男達が荷馬の背から須恵器すえきと食材を降ろし、煮焚きの準備を始める。

 焚火を囲んでの夜。スサノオは、炎の中に10年前の惨事を思い浮かべ、走馬灯の如く脳裏に去来する新天地での人生を振り返った。

 翌朝、日の出と共に出発する。小一時間で八代湾を望む宇城に至る。朝日を反射して煌めく八代湾の細波さざなみは何処までも静かで、日頃、目にする日向灘の荒波とは全く違う。内海の穏やかな波を見て、スサノオは故郷への帰還を実感した。

 更に北上し、熊本平野の端を通過する。海岸沿いまでは狗奴くぬ集落も広がっておらず、幸か不幸か、誰とも擦れ違わなかった。

(故郷の言葉を耳にしたい)との小さな誘惑がスサノオの胸を騒がせたが、仮に地元住民と遭遇したとしても、言葉を交わす事なぞ有り得ない。

(身元が割れては、面倒を引き起こすだけだ)と、密かに自戒するスサノオだった。


 邪馬台城に到着すると、まずは南城門の堅牢な門構えに隔世の感を抱く。狗奴くぬの襲撃に懲り、スサノオが目撃した南城門に限らず、東西南北全ての城門が改築されていた。

 城門と城内をつなぐ通路は、固定式の土橋から丸太組みの跳ね橋に変わっている。跳ね橋を引き揚げるだけの目的で第二の城門が築かれ、跳ね橋を左右からはさむ高い煉瓦塀が水堀の姿を隠している。夜間に跳ね橋を揚げれば、水堀を底面とした閉鎖空間が出現するのだろう。

 また、物見櫓ものみやぐらも2基体制に強化され、櫓の足下には物置小屋が建っている。戸口から内部を覗くと、何段もの棚一杯に球形土器を積み重ねている。邪馬台兵達が反撃に用いた白い粉玉である。武器として生石灰きせっかいを使用する戦術の有効性を再確認したようだ。

 スサノオが率いる隊商が堅牢な南城門を潜って行く。

「見ない顔だな。何処から来た?」

 誰何すいかする門兵も籾米を預けに来る者の顔を一々覚えている筈がない。素状を疑っての質問ではなく、在来馬が長蛇の列を作る隊商の初見が言わせた興味本位の台詞せりふに過ぎない。実際、門兵の視線は、スサノオの顔ではなく、荷馬の行列に向けられている。

「阿蘇の向こうの集落から来ました。名も無い小さな集落ながらも、収穫が増えております。折角の豊穣の恵みを無駄にせぬよう、籾米を預けに邪馬台城を初めて訪れました」

「この動物は何と言う?」

「馬です」

「そうか・・・・・・。御前達の村では馬なる動物を運搬に使っているのか?」

「普段は農作業に使っております。運搬に使うのは稲刈りの終わった冬だけですが」

「そうか・・・・・・」

 興味本位で尋ねただけなので、門兵の質問も続かない。スサノオは安堵した。

「城内に入っても構いませんか?」

「っああ。籾米を何処に運べば良いか、分かるか?」

「出来れば、教えて頂けると大変有り難いのですが・・・・・・」

 門兵は身振り手振りを交えて親切に行き先を案内した。スサノオは丁寧に礼を言って守衛所を辞す。門兵は口をポカンと開けて、猶も隊商の後ろ姿を眺めていた。

 城内を進んでいる最中も、摺れ違う庶民の全員が好奇の視線を注いで来る。これ程までに在来馬が関心を惹くとは想定外であったが、仕方が無い。スサノオは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。随行の男達は皆、初めて見る邪馬台城の大きさに目を丸くし、周囲を見回している。

 穀物倉庫の前でも、受付の男が門兵と同じ質問を繰り出す。だが、仕事熱心な者らしく、直ぐに彼の関心は麻袋に詰められた籾米の検分に移る。検分を終えた麻袋を次々と、随行の男達が荷馬の背中から地面に降ろす。穀物倉庫への搬入は邪馬台城の庶民が対応した。

「確かに籾米を預かった」

 受付の男はスサノオに1枚の銅貨を手渡した。

「御前達。初めて籾米を預けると言ったよな? 今日は100俵を預けた訳柄わけだが、次に銅貨と交換する籾米は80俵だからな。邪馬台城の遣り方を知っておるのか?」

「はい。噂で聞いておりましたから」

「良かろう。それではた」

「ところで、お尋ねしたい事が有ります」

「何だ?」

「邪馬台城には水に溶かすと固くなる粉が有るそうですね。残りの籾米を交換したいのですが、何処に行けば良いでしょう?」

「ああ、固め粉かためこか。彼処あそこに見える建物だ」

 受付の男はスサノオにセメント工房を指差した。スサノオは礼を言い、教えられた方向に隊商を転舵する。

 セメント工房の前ではセメントを詰めた麻袋が山積みされていた。籾米を容れた麻袋に比べると薄っ平いが、持ち上げると同じ様に重い。随行の男達に指示し、50袋のセメント入り麻袋を荷馬の背中に一つずつ載せた。

 スサノオは用水路を整備する積りだった。溝渠こうきょの底をセメントで固めれば、土壌に浸み込む流水量を抑えられる。そうすれば、河川から遠く離れた場所まで水を引く事が可能となる。その結果、田圃たんぼの開墾が進み、宮崎集落は益々豊かになると言う算段だった。

 ――用事は済んだ。早々に引き揚げるとしよう――

 肩に入った力を緩め、ホっと溜息を吐くスサノオ。踵を返し、南城門に向かって歩き始める。再び門兵の姿が見え始めた頃、1人の兵士が隊商を追って駆けて来た。

「おーい! 御前達。止まれ!」

 スサノオの全身に緊張が走る。木偶の様に四肢は硬直し、視線を逸らせて俯くのが精々。随行の男達は振り返った切りで動作を止め、小走りに近寄る兵士を漫然と眺めている。

「帰り道で呼び止めて悪いがのう。卑弥呼様が「是非にも御前達に会いたい」と申しておられる。どうか、宮殿まで一緒に来ては貰えぬか?」

 万事休す。拒否しようが無い。スサノオは天を見上げ、嘆息した。何処までも透き通るように青い冬空であった。

 ――俺の命運も尽きたな――

「馬は此処に置いて行くのか?」

「馬と言うのか・・・・・・。ああ、馬は連れて来てくれ。卑弥呼様は馬を見たいそうだ」

(関心の的は馬か・・・・・・。俺の素状を疑っていないなら、未だ命脈は保たれている。屹度きっと・・・・・・)

 兵士の先導で宮殿に向かう間、スサノオの背中を幾筋もの冷汗が流れ落ちる。緊張の余り、少しつまづき加減に歩調も乱れる。

 宮殿の正面では、卑弥呼が踊場で隊商の到着を待ち侘びていた。大きな杉の扉が観音開きに開け放たれた光景を見ると、流転の契機となった悪夢が蘇る。スサノオは目玉をキョロキョロさせ、自分を捕縛したミカヅチの姿を探した。今の処、ミカヅチの姿は何処にも見当たらない。

 スサノオと随行の男達は棒立ち状態。5段の上り框あがりかまちの前で一列に並び、現人神あらひとがみたる卑弥呼を見上げる。一方の卑弥呼は在来馬の長い行列を眺めている。

 スサノオの眼前に佇む卑弥呼はツイナ。火の神の怒りを招いた謀反の際、2人は顔を合わせていない。

「ずっと以前、われが卑弥呼となって直ぐの頃。

 見知らぬ動物の背に籾米を載せて帰った集団の存在を報告された覚えが有ります。生憎、われ自身は城外に出ていて、見聞できませんでした。

 あれから10年位の時が経ったのかしら? 今度は見逃したくない、と気になったのです。あの時と同じ集落の方ですか?」

「分かりません。私達が余剰米を邪馬台城に預けるのは初めてです」

「そうですか。それでは一体、貴方あなた達は何処から来たのですか?」

「阿蘇の向こうから。熊襲くまその地の手前からです」

 スサノオが伏目勝ちに答える。「熊襲」の言葉に一瞬だけツイナの表情が強張った。

「貴方達は熊襲族なの?」

「熊襲族の一派ですが、傍流です。狩りではなく、主に農耕で生計を立てています」

 邪馬台城を襲撃した熊襲族とは異なる事に安心したツイナは質問を再開する。

「この動物を何と呼ぶのですか?」

「馬です」

「馬と言うのですか。貴方達の集落に行けば、もっと多くの馬を見れるの?」

「ええ」

の位?」

「沢山です」

「何を食べるの?」

「草です」

 好奇心の強い性格は全く変わっていない。次から次へと質問を発するツイナ。スサノオはどもりながら言葉少なに答える。(何とか有耶無耶の内に誤魔化したい)の一心。襤褸ぼろを出すまい、と必死だった。

 スナノオの鼓動が徐々に乱れる。受け答えする間に、顔色も蒼白に薄れる。

「貴方。調子が悪そうよ。少し休んだら?」

 老人の体調不良を優しく労わるツイナ。(覚悟を固めていたはずなのに・・・・・・)と狼狽するスサノオ。

「なんだったら、今夜、宮殿に泊まりなさいよ。御馳走するわよ。ジックリと話を聞けるから、われも有り難いわ」

 スサノオは懸命に辞退する。敵陣で一夜を明かす度胸は無い。年老いたいまとなっては集中力も続かず、ツイナからの御下問――スサノオにとっては尋問――を巧く煙に巻く自信が無い。激しく手を振り、しどろもどろになって「直ぐに帰らないと駄目だ」とツイナの誘いに抗った。

「そう? 残念だわ・・・・・・。

 でも、貴方の集落をオモイカネがおとなっても構わないかしら? 外遊中のオモイカネが戻ったら、裏阿蘇まで足を延ばせと勧めてみるわ」

 本音では、邪馬台城の人間は誰一人として迎えたくない。一方で、卑弥呼の申し入れを頑なに拒絶するのも不自然極まりない。既に、疑念を抱かせるに十分な程、ツイナには挙動不審な言動を晒している。止む無く、スサノオは不承ふしょう々々ぶしょうに受諾した。

 

 数カ月後。スサノオの村落にオモイカネが姿を現す。誰もが冬の寒さに身を縮める時期。けれども、冬は曇天に覆われる北部九州を拠点とするオモイカネにとって、温暖な宮崎平野は快適な避寒先であった。九州南部の宮崎では雪の降ったためしが無い。

 オモイカネがスサノオの村落を探し当てる手掛りは数少ない。

 当時の宮崎平野は邪馬台城の経済圏に組み込まれていない。自給自足の生活を営むのが精一杯で、物々交換に供する余剰品なんて殆ど発生しなかったのだ。強いて言えば、薩摩熊襲が取り扱う毛皮等と宮崎平野の特産物である農作物とが細々と交換されるのみ。

 オモイカネは、「熊襲の地の手前」と言う雲を掴む様な情報を頼りに、高千穂を抜けて延岡に出ると日南海岸を南下し、村落を一つずつ地道に訪ね歩いた。

 前人未到の地を彷徨いながらも、幸いにして無事、スサノオの集落に辿り着く。海岸沿いを南下するだけの一本道だった事も事実だが、広大な乾田――勿論、筑紫ちくし平野よりは狭い――が見間違い様の無い道標となった。

 少なからず身構えていたスサノオだったが、実際にオモイカネが登場するに及ぶと、流石さすがに動揺を禁じ得なかった。恐怖と警戒の入り混じった驚愕。平常心を保つのに苦労する。

 恐る恐る対面してみると、吉野ヶ里で捕縛された自分を殺せと命じたオモイカネとは別人であった。オモイカネの代替わりに長い歳月の経過を実感すると共に、ホッと安堵の溜息を吐く。

 スサノオは、邪馬台城から戻って以降、村人には「村長」と呼ばせるように徹底した。流れ者の彼には気さくに呼び捨て合う仲間が居ない。だが、村人の一部はおもねって「スサノオさん」と親しげに近付いて来る。いずれ姿を現す筈のオモイカネが「スサノオ」の呼び名に気付く事を強く恐れたのだ。

 細心の注意を払った甲斐も有って、仮に知識としてスサノオの存在を知っていたとしても、投宿し続けた約1週間、オモイカネが彼の素状に疑念を抱く事は無かった。

 オモイカネが頻りに訊きたがった内容は、在来馬に関する情報に尽きる。農閑期には在来馬が田圃たんぼで活躍する姿を見聞できないと酷く残念がった。村落内での雄馬の飼育状態を観察するだけでは飽き足らず、都井とい岬の放牧場まで足を伸ばす程に高い関心を示した。

 投宿の最終日。オモイカネはスサノオと膝詰の談判をする。

「村長。馬を籾米と交換する積りは無いかね?」

「籾米? 籾米は邪馬台城に預ける程に余っている。一方で、馬の頭数が増えれば、もっともっと開墾できる。我々にとって馬は貴重なんですよ」

「確かに馬の運搬能力は貴重だ。邪馬台城としても、喉から手が出る程に欲しい。

 白き岩々の山や黒き岩々の山から砕石した石を大八車で運ぶ作業は難儀でなあ。馬を使えれば、本当に助かるのだ」

「諦めてくれ。母馬が子馬を生むのは1年に1度。しかも1頭だけなんだ。他所に分ける余裕なんて無いよ」

 素気ない反応を示すスサノオに、オモイカネが縋り付く。

「だが、村長。見た処、農閑期は遊ばせているようだ。ならば、冬の間だけ貸すのは、如何どうだ?」

 オモイカネの提案は村落にとっても悪くない話。スサノオは顎を撫でながらしばらく考えた。

「幾らだ?」

「馬10頭で銅貨1枚。稲刈りを終えて、翌年の田圃の掘り返し作業が始まるまで」

「毎年か?」

「そうだ」

「あんたらに馬を扱えるのか?」

 スサノオの指摘にオモイカネが口籠る。

「村人を邪馬台城で働かせるなら、その分も上乗せして貰わないと困るな。男手が減った村落での冬支度が大変になる」

し! 馬9頭で銅貨1枚。如何どうだ?」

(馬1頭当り、冬場に籾米8俵を追加で稼げる事になる。悪い話ではないか・・・・・・)

 2人が商人あきんど気質かたぎ丸出しの応酬を交わした結果、スサノオの村落は邪馬台城の経済圏に組み込まれる事になった。

 

 ちなみに、在来馬の存在が身近になると、荷物運搬用の大きな竹籠たけかごも九州各地に普及した。それまでも竹細工品は作られていたが、獲った魚を入れる魚籠びくや食材を洗う際に使うざるの類――小型の生活用具――に限られていた。

 大きな竹籠二つを在来馬の背中の左右に提げれば、運搬能力を最大発揮できる――と、誰かが思い付くや、竹細工に長けた者が真似して馬遣いに提案し、模倣の連鎖で瞬く間に一般化した。

 最も頻繁に見掛ける時期は稲刈りの頃。刈り穫ったイネを束ね、在来馬に提げた竹籠に放り込む。イネの刈り穫り現場と乾燥やぐらを何度も往来せずに済むので、作業効率が格段に改善した。

 竹籠に紐を付けた改良品――背負子しょいこ――を別の誰かが発明すると、在来馬のみならず人間もが提げ始める。春の山菜穫りや秋の栗拾いの季節に背負子を背負って山に分け入れば、両手で抱えられる以上の採集が可能となる。日当たり収穫量が大きく増加した。


 年を重ねる毎にスサノオの村落は豊かになった。スサノオの娘オオヤツ姫との縁組を望む声は多く、引手ひくて数多あまただったが、順当に宮崎平野で最大の権力者一族へととつぐ。

 オオヤツ姫は子宝にも恵まれ、三男一女を儲けた。息子達は、ホミミ、カツヒ、ナムジと名付けられ、娘はハナサク姫と名付けられる。

 三男のナムジは、日本神話に登場する大穴牟遅神おおなむぢ、後の大国主神おおくにぬしのかみである。

 残念ながら、スサノオは孫の顔を1人も見ずに天寿を全うした。享年42歳。西暦170年の当時としては大往生であったが、如何いかんせん再婚して人生を出直している。彼の寿命に孫の誕生を待つ余裕は残されていなかった。

 それでも、スサノオは新しい家族の幸せな前途を確信し、満足の表情を浮かべて息を引き取った。スサノオを荼毘だびに付す篝火かがりびを宮崎集落の大勢が見送り、繁栄をもたらしたスサノオに感謝の祈りを捧げた。

 スサノオが没して丁度10年後の西暦180年、卑弥呼と成ったツイナも逝去した。享年44歳。次世代の大国主神が3歳の時であった。一つの時代が終わり、各地で着実に世代交代が進む。

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