第06話 鎮火の祈り

 数日後。卑弥呼は火焔神ひのかみの御心を鎮める人柱となった。

 石灰石を焼成し生石灰きせっかいを製造する工房に籠り、一酸化炭素中毒で自害する。焼成工房の特徴は換気に配慮して大きく取った開口部。その開口部を意図して閉ざし、密閉空間と成す。

 工房内で酸素欠乏が生じる結果、窖窯あなかまで燃える木炭は、二酸化炭素の替りに、一酸化炭素を排出し始める。現代でも煉炭の燃焼不良に起因した事故が散見されるが、それと同じである。

 一酸化炭素を吸い込んだ人間は、苦しみも無く意識を失い、絶命する。石灰石文明に依って立つ邪馬台城に相応しい、現人神あらひとがみを絶命させるには最適な方法と言えた。

 卑弥呼が城内広場に庶民を集める。

われき従いし皆の者! 火焔神ひのかみの御怒りを鎮めるには、現人神あらひとがみたるわれ生命いのちが不可欠。われ火焔神ひのかみの元に召されます。

 皆の者とは・・・・・・もう少し・・・・・・長く一緒に居たかったけれど、それも叶わぬ夢となりました・・・・・・」

 庶民を前に毅然とした態度を保っていた卑弥呼も、去来する万感の想いに心を乱され、嗚咽おえつに口籠る。集いし者は既に大声で泣き叫び、口々に悲嘆の呻き声を上げていた。周囲は愁嘆場と化している。

 卑弥呼は涙で濡れた目元を絹の袖で拭い、ふうっと深呼吸した。

「皆の者! 次なる卑弥呼はツイナ。これ以降、ツイナを卑弥呼と御呼びするのです!」

 高らかに宣言する卑弥呼。

「今からわれは消えます。皆の面前に再び姿を現しても、それは単なるむくろ。既にわれの魂は火焔神ひのかみに拝謁し、御怒りを鎮めて頂けるまで懇願し続けるでしょう」

 卑弥呼は、傍に跪くツイナ、オモイカネ、ミカヅチの顔を順繰りに見納めた。そして、視線を上げ、3人の向こうで平伏する庶民の背中の群れを眺める。

 ――自分の治めた邪馬台城が本当に愛おしい。どうか皆が幸せでありますように!――

 哀愁の漂う眼差し。双眸を細めた弾みに涙がこぼれ、卑弥呼の頬を伝う。一筋、二筋。

 不思議と死への恐怖心は無い。人生を共にした仲間の前から平穏な心で立ち去れる事を、素直に有り難いと思った。最後に卑弥呼はニッコリと頬を緩めたが、慈母の如く朗らかな笑顔であった。

「有り難う。そして、さようなら・・・・・・」

 小声で呟くと、卑弥呼はクルリと踵を返した。窖窯に火の入った工房の奥に姿を消す。

 ミカヅチ配下の兵士達が泣きながら、工房の開放口の全てに木戸を立て始める。ミカヅチまでもが、恥も外聞も捨て去り、大粒の涙を地面に落していた。


 背後の出入口が塞がれると、工房内の明かりは一挙に落ちる。但し、暗闇ではない。眼前に並んだ窖窯の内部では木炭が赫々あかあかと炎を躍らせている。控えめながら熱の籠った灯りを放っていた。民衆に別れを告げた屋外では肌寒さを感じる程の気温だったので、生暖かい屋内の心地良さに軽く身震いする。

 眼前には祭壇として仮設台が組まれている。5階の短い梯子に足を掛け、檀上にじ登ると、茣蓙敷きの寝床に横たわった。

 祭壇の向こうには、巨大なロールパン然とした窖窯あなかまが3基、等間隔に並んでいる。其々が幅3メートル、高さ2メートル、長さは10メートルを少々上回る大きさ。奥面の地面からは煉瓦積みの煙突が屋根へと伸びている。

 窖窯とは、地下を掘って下部構造とし、上部構造は煉瓦を長方体に積んだ焼成炉である。炉口で木炭を焚き、熱した空気を炉奥へと誘う。背面出口には排気路(煙突)を設け、暖気を流通させる事で煉瓦や陶器を焼成する。

 同一原理の焼成と生石灰の焼成工房と、煉瓦や木炭の焼成工房とでは、窖窯の配置が異なり、仕様にも微妙に修正が加えられている。

 邪馬台城では、煉瓦の焼成炉から排出された暖気を棟外に逃さず、二次活用していた。現代風に言えば、省エネ仕様。具体的には、煉瓦の焼成炉の隣に木炭の焼成炉を併設している。

 木炭とは木材をいぶした加工品であり、煉瓦焼成炉の暖気を木炭焼成炉に誘導し、木材を温めた後で棟外に排出する。

 理論上は陶器焼成炉でも同じ原理を適用可能なのだが、煉瓦と違って陶器の形状は千差万別。炉内暖気の流れを制御できず、木炭焼成炉との併設を断念している。加えて、厚みの薄い陶器に必要な燃焼時間は相対的に短く、木炭を燻し切れないと言う難点も有った。

 説明が脇道に逸れたが、生石灰の焼成炉は単独で設置されている。陶器焼成と違い、燃焼時間が短いからだ。炉内で825℃以上に加熱された石灰石(炭酸カルシウム)は生石灰と二酸化炭素に分離する。

 この煆焼かしょう反応とは別に、熱源の木炭は酸素を必要とし、密閉空間では一酸化炭素を発生させる。つまり、空間内では最下層に二酸化炭素が漂い、その層の上に一酸化炭素が蓄積される。勿論、酸素は減少し続ける。

 今回の焼成目的は卑弥呼の自害。よって、必要量以上の木炭が窯込めされ、燃やされていた。黒塊群の表面で控えめに踊る火の妖精達。

 鈍く輝く舞踏会の様子を遠巻きに眺める卑弥呼は、急拵きゅうごしらえの寝床に肘枕をして寝そべっている。傍らには水瓶と木椀。阿蘇山の噴火以降、固形物は口にしていない。栄養補給源は煮汁に限り、頻繁に沐浴もくよくを行って生贄となる準備を進めて来た。

 彼女は代々の卑弥呼に語り継がれし仕来しきたりに従っているのだが、実行を迫られた者は皆無に近い。「安らかな安寧の瞬間が訪れ、苦しむ事は無い」との言葉も未体験者の口伝に過ぎず、不安が無いと言えば嘘になる。

 でも・・・・・・、不思議と炉内の炎は安心感を与える。これから火焔神ひのかみと対面するのだ。案内人と言うべきか、前哨の衛士えじと言うべきか。いずれにせよ、彼女に危害を加える風ではない。寧ろ手招きしている風にも見える。

 ――屹度きっと、私を優しく導いてくれるに違いない――

 この数日は緊張のし通しだった。自分が弱みを見せれば、邪馬台城の全員が恐慌に陥る。人柱となる運命に直面した自分こそ誰かに縋っていたいのに・・・・・・。それが統率者の務めだと覚悟していても、未知への恐怖を押し殺すには強い意志を保たねばならない。

 その緊張感から解放された今・・・・・・、確かに安寧の瞬間とも言える。無音の空間。右に左にと揺らめく炎の群れは彼女の意識を過去――先代卑弥呼の御世――にいざなう。


 イネの収穫を終える頃、城外の至る処で豊穣祭が催され、卑弥呼が神の化身として招待される。民衆は卑弥呼の前で人の輪を作り、踊り続ける。疲れては列から離れ、体力を回復したなら踊りの列に復帰する。三日三晩、老若男女の歓声が途絶える事は無い。

 嬉々とした興奮の渦に感化される彼女。先代卑弥呼の傍に控える間も手足が拍子を刻む。

「ミナモ。貴女も踊ってらっしゃい?」

 彼女の背中を押す優しげな笑顔が其処に有った。

 踊り慣れない彼女は躊躇するも、先代卑弥呼が少女の肩に手を添え、勇気付けるように頷く。色白の手は彼女の背中へと下り、二の足を踏む彼女を押し出す。後は成り行きだった。

 子供達の連なりに加わり、見様見真似で周囲の一挙手一投足をなぞる。慣れて仕舞えば、踊りの高揚感しか感じない。得意気に振り返れば、自分を見守る先代卑弥呼が目尻を下げていた。

 徐々に上昇する室温が彼女の知覚を引き戻し、楽しき追憶を意識下に沈める。全身から噴き出す玉の汗が流れを結んでいた。水分を補給せねばと水瓶に木椀を潜らせるも、一寸の思案。此処には誰も居ない。童心に返った積りで威勢良く木椀をあおり、行儀悪く喉元に水を滴らせる。

 胸元を水滴が伝う快感。流水の感覚は意識の底に封印した事実を彼女に思い出させた。愕然として、飲み干した木椀を見詰める。

 ――そう言えば、私の名前はミナモだ・・・・・・。水遊びの好きな子供だった――

 背を向けていた過去が蘇れば、別の記憶も呼び覚まされる。窯口の照火が届かぬ天井を見上げれば、薄暗い空間に過去の残像が鮮明に浮かび上がる。


 邪馬台城で出会った婢女はしためから筑後川の存在を聞いた途端、居ても立っても居られなくなった。未知なる景色を見んとする渇望は何時いつまでも鎮まらない。後日、無理を言って連れ出して貰い、雄大な河川を目にした時には感動の余り言葉を失った。

 心底から沸々とたぎる衝動がミナモを衝き動かす。目に焼き付けるだけでは満ち足りずに、大河の流れへと踏み入る。慌てた婢女が背後で騒ぎ始めた。気にせず腰の深さまで進めば、水流に押し流されそうになる。流石さすがに恐怖心に駆られ、その日は川岸へと引き返した。

 祭祀行事を除けば、基本的に宗女の行動範囲は城内に限られる。筑後川までの単独行は蛮行の一種。宮殿に戻った時には先代卑弥呼を相当に呆れさせた。当時のオモイカネに彼女の無鉄砲さを吹聴したものだ。

 遠出の一件からしばらく経った或る日、ミナモはオモイカネから末蘆まつろ集落への旅に誘われる。同行するなら、先代卑弥呼に許しを乞わねばならない。気後れを感じながら相談すると、「宗女も見聞を広げるべきです」と快く送り出してくれた。大方、2人は事前に話し合っていたのだろう。

 城門の外に広がる異世界。若草色に染まった田圃たんぼが延々と連なり、その遥か向こうには千歳緑せんざいみどりの山並みが見える。それだけなら彼女も驚きはしない。でも、山地に分け入り、鬱蒼とした森林を抜けるとなれば、冒険以外の何物でもない。

 大樹の間を縫う様に蛇行する山道は、其処々々の人々が往来しているようで、獣道よりも太い。しかし、昼間も薄暗く、山歩きに不慣れな彼女にとって難儀な道である事には変わりない。幾ら若くて元気だとは言え、旅慣れたオモイカネの歩速は早く、息が上がり放しだった。

 這う這うの体で辿り着いた峠から望む玄界灘げんかいなだ。眼前に青緑色の水平線が広がった時には、激しい息遣いも鳴りを潜め、ただ唖然と見入ったものだった。何せ、有明海を望む限りは水平線と無縁だのだ。

 彼女の体力回復には干飯と水だけの簡素な昼食で十分。茫漠とした大海原を一刻も早く見たい。気持ちの急く侭に、急峻な山道を元気良く下る。崖から海岸線を見下ろした時には、打ち上げる波涛に興奮した。

 末蘆集落に到着するや否や浜辺へと走り、押し寄せる浪間に飛び込んだ。泳ぎとは無縁に育った者の無鉄砲さ。水中では呼吸できないと知らなかったのだ。海水にせ、波に翻弄され、挙句の果ては浜に打ち戻された。流石さすがのオモイカネも目を白黒させる。

 ミナモにとっての真骨頂は、地元民に波間の遊泳法を手解きされた後だ。短い丸太(浮遊具)を両脇に抱え、地元民の案内で海面に漂いながら入江いりえに向かう。恐々と顔を水面に沈め、両目を見開いた時の絶景を何と表現すれば良いだろう?

 翻る度に反射光を煌めかせる小魚の群れ。その周囲を大きな魚が悠然と泳ぎ過ぎる。水流に揺れる海草の森。水底には大小様々の厳つい岩が転がり、砂化粧している。海底を能く見れば、岩場の陰にジっと隠れた瓜種型の魚。扁平な魚は這いつくばる様に海底を泳いでいる。

 ――魚って息をしないのかしら?――

 食材としてしか魚を見た事の無い彼女にとって、活き活きと海中を泳ぎ回る魚は不思議な存在だった。

 その魚の背後に緩やかな泳ぎで迫った案内人が銛を衝く。鮮やかな緩急の切り替え。尖頭の穂先に捕えた黒鯛が身悶えながら血筋を流している。さも当然と言わんばかりに呑気な泳ぎで、案内人は釣果を携え、ミナモの元へと戻って来る。

 正しくは、丸太に括り付けた魚籠に獲物を容れる為だが、野性味の溢れる行為にミナモの心は震えた。

 案内人は一匹の獲物で満足しない。主目的は漁猟なのだ。今度は海底まで素潜りして岩間を突きて、あわび栄螺さざえを採って来た。ハマチやスズキ、蛸も採って来た。魚籠が程無く満杯となる。ミナモは何度も息継ぎをし、その一部始終を見納めたのだった。


 海中世界の思い出に浸りつつ、夢とうつつの境目を朦朧と彷徨さまよう。連日の緊張が精神を疲弊させ、不自然な食事が肉体を弱体化させていた。心身共に休息を欲していたのだ。何時間が経過した事だろう?

 彼女の意識は再び現実に引き戻され、覚醒し始める。室温が約40℃にまで上昇すれば、誰でも息苦しさに目を覚ます。現代社会で例えるならば、岩盤浴の密室と同様の状況なのだ。

 渇きを覚え、木椀に手も伸ばす。

 ――だが、何のための水分補給? 自分は火焔神ひのかみに召されるのに・・・・・・?

 明敏な思考は乱れ、再び意識は混沌とし始める。でも、蒸し暑さに抵抗しようと、全身から噴き出す汗が止まらない。濡れた布地が肌に張り付く不快さ。拘束されているようで我慢できない。

 ――自由に成りたい、全ての世柵しがらみから解放されたい――

 寝た侭で上半身をくねらせ、小袖から両腕を抜き離す。更に身悶え、袖無し襦袢じゅばんを脱ぎ捨てた。濡れた皮膚に布地の感触が嫌だった。

 一糸纏いっしまとわぬ全裸となったら、自然と笑みが零れた。口唇からは渇いた吐息が漏れ、やがて大きな笑い声をなった。自暴自棄の嘲笑とは明らかに違うが、満ち足りた哄笑とも言えない。人間としての常識を超越した、狂人めいた呵々大笑。理性を失ってこそ初めて神への拝謁が叶うのであろう。

 狂笑の余勢を借りて、手足を大の字に伸ばしてみる。四肢を折曲げ、再び伸ばす。筋肉をほぐすと言うよりも、赤児が手足を振り回して喜びを表す仕草に似ている。幼児退行の予兆だろうか。

 カチャン。暗闇に響く金属音。

 神憑り状態から我に返った卑弥呼。どうやら、蹴り押された襦袢が草薙剣くさなぎのつるぎを祭壇の隅から床に落としたらしい。上半身を起こして窖窯あなかまを見れば、下層の木炭は消え、上段に積み重なった木炭も火焔の勢いを弱めている。

 ――炭の補充が必要だわ。つるぎも拾わねば――

 祭壇から片足を下ろし、後ろ向きに降り始めた卑弥呼。草薙剣くさなぎのつるぎを拾おうと身を屈めた時である。目眩に襲われ、意識が遠退とおのく。思わず足元を蹌踉よろめかす。一酸化炭素の蓄積層が迫っていた。

 卑弥呼は慌てて祭壇の上へとじ戻る。見えない存在への恐怖。寝床にへたり込んで胸に手を当てれば、心臓が激しく動悸を刻んでいる。

 ――火焔神ひのかみが降臨しつつあるのかも・・・・・・。

 卑弥呼は、不様な真似は出来ないと覚悟し、静かに横たわった。まぶたを閉じ、胸の上で両手を組んで来るべき瞬間を待つ。怖気を払い除けるように何度も深呼吸する。

 意図せずして一酸化炭素の空塊を吸い寄せたのだろう。長い時間を置かずして、卑弥呼の意識は何処いずこかへと連れ去られて仕舞った。


 魏志倭人伝は卑弥呼を『鬼道につかえ、く衆を惑わす』と評している。“鬼道”とは自ら人身御供となって太平の世を取り戻さんとする卑弥呼の精髄を指す。

 歴代の中国皇帝には信じられない発想であった。彼らは自身の君臨だけを考え、世襲による一族繁栄を追求する自己中心的な人種。理想の地――蓬莱――で実践される民主の風習におののく畏怖心を宥めるには、東夷の蛮族がうつつを抜かす愚行と呆れ蔑み、“鬼道”と切って捨てる他に選択肢は無い。

 また、魏志倭人伝には『卑弥呼を埋葬する際に、100人余りの奴婢を殉葬した』と書かれているが、恐らく通底には冒涜ぼうとくの意思がわだかまっている。

 中国皇帝の墳墓に生者を殉葬する習慣は太古にすたれ、秦の始皇帝陵から発掘された兵馬俑へいばようでも明らかな通り、文明国たる中華帝国では既に陶俑――日本の埴輪はにわに相当――の副葬が一般化していた。それだけ「日本は遅れた国家だ」と裁断したかったのだろう。

 人口1万人前後の邪馬台城における奴婢の構成比は1割から5分の間。そんなに殺しては社会的機能、特に糞尿処理に綻びを生じさせる。殉葬に備えた余剰人員に無駄飯を食わせる余裕が有ったとも思えない。それに、卑弥呼が死ぬ度に殉葬させられては、身の危険を感じた奴婢達の逃亡が相次いだだろう。

 反面、7世紀後半の日本人は、魏志倭人伝の記述を盲信し、「かつては非人道的な行為をしていたらしい」と信じ込んでいた。だからこそ、記紀で『慈しみ深い第11代の垂仁天皇が生者の殉葬を禁じ、埴輪の副葬に替えた』と高らかに語っている。

 視点を変え、今度は被葬者の心情を想像してみよう。独占欲の強い中国皇帝が後宮の美女達を道連れにするなら、その動機を(感情的には扨措さておき)頭で理解できる。でも、奴婢を道連れにしたがる卑弥呼の望みとは何だ? 面識の無い奴婢と一緒に葬られた卑弥呼の心は、果たして休まるだろうか?

 縄文時代に土偶を作る文化を育んだ日本人が、埴輪の副葬に移行するのは自然な流れ。その移行期に突如、生者を殉葬させ始める不連続性こそ不自然である。


 卑弥呼の隠れた焼成工房が安置されること三日三晩。

 煙突から立ち上る煙はうに絶えている。4日目の朝日が昇る頃、オモイカネの指示で工房の扉が開かれた。衛士えじ達が天井付近の開放口を閉ざす木戸を次々と外す。

 十分に換気できたと判断したミカヅチは、数人の衛士えじを引き連れて工房内に姿を消した。

 招集は掛っていないが、邪馬台城の庶民の殆どは大広場に集まり、固唾を飲んで一連の作業を見守っている。

 2本の竹に麻布を渡した擬似担架に遺体を横たえ、工房の戸口に立つミカヅチ達の面持ちは痛恨の極みと言うに尽きる。

 対照的に、卑弥呼は口元に笑みを浮かべ、穏やかな表情をしていた。白皙はくせきの顔が桜色に染まっている。不自然な程に鮮やかな桜色。一酸化炭素中毒者に特有の上気した肌。

 両手を胸の前で組み、目を閉じた卑弥呼は、まるで眠っているようだった。声を掛ければ、今にも起き上がるのでは? いいや、全ては幻想に過ぎない。

 ツイナ、オモイカネ、ミカヅチの3人は無言で涙を流し続けた。


 卑弥呼の亡骸が埋葬された山麓は、現代の福岡県八女やめ市に所在する。後世、岩戸山古墳――6世紀初めに大和朝廷に弓を引いた筑紫君ちくしのきみ磐井いわいの墓――が近傍に築かれた。

 埋葬地は、鳥栖とすの邪馬台城から南南東の方角に10千米キロメートル余り、阿蘇山の方角に4分の1ほど近付いた筑紫ちくし平野の東端に位置する。

 卑弥呼の魂が火焔神ひのかみに召されたのならば、彼女のむくろも阿蘇山の近くに埋葬すべきだろう。ツイナ、オモイカネ、ミカヅチの3人は、そう考えたのだ。

 埋葬地の最終選定にはツイナの女性らしい意見も反映されている。陽当り良好な一帯に広がる水仙の群生地が理由だった。冬の到来にも負けず、昂然と伸ばした花茎。山吹色の副冠を淡黄色の花弁が囲う。

 俯き加減に咲き乱れる花々を眺め、言葉少なに語るツイナ。

「まるで卑弥呼様を悼む庶民の化身です。仄かに甘い香りも彼女の魂を慰めるでしょう」

 候補地探しに随行した2人も静謐で穏やかな光景に心を安らげ、一も二も無く賛同した。

 丸く丘陵状に土を盛り、円墳を築く。円墳内部に設けられた横穴式石室の擁壁は、石材ではなく、煉瓦とセメント――邪馬台城の建屋と同じ――で構築された。

 石室の中央には五角形の磐座いわくらが運び込まれ、その上に卑弥呼の亡骸は安置された。卑弥呼の遺言通り、胸の上で組んだ両手には青銅製の草薙剣くさなぎのつるぎが握らされている。

 生石灰きせっかいを麻袋に詰めて土嚢と成し、磐座の周りに積み上げた。卑弥呼が生命を絶った際に製造した生石灰である。

 生石灰が除湿剤として機能するので、封印された石室の中で卑弥呼の亡骸はミイラ化する。この事実は後に重要な意味を持つのだが、それは別の物語で述べるとしよう。

 時が経つに連れ、阿蘇山で採掘される凝灰岩を人物、動物、器財の形に削った装飾品――考古学で『石人石馬』と呼称する石製品の原型――が、円墳周囲に飾られ始めた。

 これら石人石馬は邪馬台城の主人あるじらの献上物。卑弥呼の魂が寂しがらないようにと心を配り、阿蘇山に宿る火焔神ひのかみの御加護を祈願して、何か祝事が有る度毎に贈られた。

 これ以前、卑弥呼の亡骸は荼毘だびに付され、干満の差が激しい有明海に遺灰が流されていた。永久とわに寄せては引く白波を眺めていると、(海原の水平線の向こうが“根の国――死者の国――”に通じるのだ)と得心できたからだ。

 ところが、当代卑弥呼以降、円墳の構築が通例化する。古墳文化が黎明期を迎えたのだ。代々の卑弥呼の亡骸は歴代墳墓に寄り添う形で追葬された。

 ちなみに、魏志倭人伝には当時の日本で分立していた小国の名前が30前後も列挙されている。その一つが『八女』を意味する『邪馬国』。

 魏志倭人伝を著した陳寿が、『八女』の発音を聞いて、『邪馬』と当て字をした。『邪馬台国』を統べる『卑弥呼』をまつった土地と言う観点からも妥当な当て字だ、と考えたのだ。

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