第03話 スサノオの謀反

 東の空が白み始め、一揆に参加した狗奴人達が起き出す。

 杉の小板にキブシの着火棒をグルグルと擦り付け、朝食準備に必要な火をおこす。着火棒との丸い摩擦面が黒く焦げ、杉板が白い煙を上げ始める。猶も着火棒を擦り続けると、れた熱が枯れた杉の葉に火をともす。

 昨夜と同じ場所に新たな薪を積み上げ、薪の隙間に差し込んだ種火を優しく息吹いて酸素を送って遣ると、炎が威勢良く燃え始める。これでやっと炊事を始められるのだ。

 男達は額に浮いた汗を拭いながら、次なる作業に移る。脱穀したコメを容れた須恵器すえきに小川の水を注ぎ、リング状に配置した焚火の中央に安置する。後は待つばかりだ。

 丈夫で軽く遮水性に優れる須恵器は、製法上の制約から、直火に掛けると割れてしまう欠点を持つ。温度の低い野焼きで焼成する土師器はじきよりも直火に弱い。だから、焚火とは微妙に距離を置き、更には炊事場付近の泥で表面を遮蔽覆コーティングして欠点を補う。

 脆さを気遣う所作は面倒臭いの一言に尽きるが、狗奴で使用する土師器は重く、邪馬台城の周辺住民との物々交換で得た須恵器を活用していた。

 ちなみに、城内の共同炊事場では、燃料に薪ではなく木炭や竹炭を使用する。炎の燃え盛る薪に比べ、木炭や竹炭は須恵器と離す事で入熱量を制御し易いからだ。加えて、長く燃え続けるので、床暖房の熱源にも適している。

 一方、製造の手間が要る木炭や竹炭は物々交換でしか入手できず、一般庶民は毎度の炊事で気安く使えはしない。替りに、土師器を中心に環状の焚火を焚く。流石さすがに泥での遮蔽覆コーティングはせず、焚火の半径を適度に広げて調理する。

 土師器だって直火を当て続けるといずれは割れるので、土師器を長持ちさせる生活の知恵であった。

 朝靄あさもやまとった冷気が朝日に抗って邪馬台城周辺に居座る中、グツグツとコメの煮立つ音が須恵器から漏れ始める。大半の狗奴人達は抱き結んだ膝に顎を載せ、凍えた身体が焚火で温まるのを待っていた。

 ただ、スサノオの焚火周辺だけが慌しい。幾つかの焚火毎に1人ずつ選ばれた者が、スサノオの元に出向き、何やら大切な話を持ち帰る。

 吹き零れの止んだ須恵器を環状焚火の中央より取り出し、逆さにして蒸らしている最中。この焚火の代表者が戻って来た。焚火を囲んだ一堂は、代表者の険しい表情を不審に思い、怪訝そうに凝視する。

如何どうした? 今年も一揆は終わりだって言う話じゃなかったのか?」

 質問には答えず、押し黙ったまま、代表者はドスンと腰を降ろした。焚火に目を据え、顎の無精髭を撫で回している。

如何どうした? 何て言われたんだ?」

「今年は違うんだそうだ。」

「何が?」

「今年は大人しく引き退がらないそうだ。」

「引き退がらないって、如何どう言う事だ?」

「今夜、邪馬台城を攻める。その為に熊襲族を呼んだ、と」

「何だ、それ? 攻めるって、この槍で、か? 城の中には鉄剣を持った兵士が居るんだぞ!」

「俺だって分かっているさ!」

「俺達にいくさが出来るのか? 野猪いのししを狩るのとは要領わけが違うぞ」

 そうだ、そうだ、と腰の引けた指摘に同調する相槌が周囲から続く。

「邪馬台城を攻めて、それから如何どうするんだ?」

「白い粉を手に入れる。元々、それが目的だからな」

「だが、邪馬台城の奴らが白い粉の作り方を教えるのか? 教えて貰ったとして、俺達に白い粉を作れんのか?」

「そんな事は・・・・・・分からん」

「分からん、って。俺達、如何どうするんだ?」

「隣近所の焚火を巡って、スサノオの話を伝えて来る。奴らが何と言うか、此処に戻ってから教える」

 立ち上がった代表者が「それで良いか?」と、一堂の顔を眺め回す。賛成も反対も即答し難い遣り取り。或る者は目を逸らし、或る者は俯いた。意思表示を避ける無言だけが共通している。

し!」と、孤独を感じる自分を奮い立たせた代表者は、隣の焚火に移動する。残された一堂は、須恵器からコメを装うでもなく、代表者の後姿を盗み見る。耳をそばだてても隣の議論を聞き取れる距離ではないが、朝飯を食っている余裕は無かった。


 結局の処、一揆に集まった1万人もの狗奴人くぬびとの内、4割が脱落した。

 邪馬台兵の数は約500人に過ぎず、殆どの庶民は狩りの経験すら無い。彼らが手にする道具は、石灰岩を砕く石臼であり、鉄餅てっぺいを叩く金槌、窯内を加熱するふいごであった。

 一方の一揆側では、300人もの熊襲くまそ族の精鋭が対峙し、狗奴人の手には石槍が有る。スサノオとしては上出来の布陣と言えた。

 襲撃への加担を拒んだ狗奴人は、遅めの朝餉あさげを食べ終えると、三々五々に帰郷し始めた。持参した籾米も残り僅か、特段の荷物も無く、長い石槍1本だけを手にした姿が大半だ。

 狗奴人達の引き揚げに気付いた哨兵は、慌てて物見櫓ものみやぐらの梯子を降りると、屯所とんしょに詰めるミカヅチの元へと馳せ参じる。邪馬台兵達のかしらをミカヅチと呼ぶ。現代用語の“将軍”に相当する呼称であり、属人名ではない。オモイカネと同様、ミカヅチに就いた時点で生来の名前を捨て、神の領域に転生する。

 邪馬台城では『卑弥呼』『オモイカネ』『ミカヅチ』の3人だけが、神に転生した人間として特別視されていた。

 ミカヅチの呼称が口伝えに転じて、雷や剣の神様として日本神話に登場する建御雷神たけみかづちと化す。

「ミカヅチ様、報告します!」

 片膝を突いて拝跪はいきする哨兵。「城外にたむろする群衆の一部が帰還し始めた」と動静を報告する。

「そうか。狗奴に帰り始めたか・・・・・・。今年の祭り騒ぎも終わりだな」

 筋骨隆々とした体躯の偉丈夫であっても、1万もの群衆と対峙していれば、一抹の不安に襲われよう。部下の前では昂然と胸を張り続けるミカヅチだが、退却の報告を受けた時だけは頬を緩め、深く息を吸い込んだ。

 

 その夜の月齢は新月から数日が経った上弦の三日月。朝方未明にしか月は昇らず、今は満天に星が輝く闇夜である。夜陰に乗じて城壁に忍び寄る熊襲くまそ族の男達。

 配置に着くと腰紐から蔓草つるくさ鉤縄かぎなわを取り外す。投げ縄の要領で先端の石をグルグルと振り回し、城壁の内側へと投げ入れる。蔓草を手繰り寄せては手応えを確かめ、壁面煉瓦の窪みに石が嵌り込むまで何度も繰り返した。

 鉤縄がピンと張った者から順番に城壁をじ登って行く。ヤモリの様に四肢が左右に揺れる。登頂した城壁に腹這いとなった男達は油断無く辺りを窺う。

 哨兵不在を確認した後、懸垂下降での侵入作戦を開始する。内側に垂らした蔓草を太腿で挟み、両腕両脚を交互に曲げ伸ばす。内堀の水面に身体を浸し、音も立てずに対岸まで泳ぐと、土塁の昇り斜面を匍匐ほふく前進する。

 第二の防御壁として大軍勢の攻撃に備えた内堀も、密偵の如き熊襲族の侵入は防げない。

 全員が防護柵バリケードの根元に連なり、銘々が襲うべき対象を見定め突撃体制を整える。準備万端と判断した族長は傍らに控えた若者に顎をしゃくる。

 指示された弓の名手は無言で頷くと、中腰の姿勢に起き上がり、弦につがえた矢羽やばねをグイっと引いた。物見櫓ものみやぐらに矢尻を向け、片眼を閉じて歩哨の一人に狙いを定める。

 肘を曲げた右手の指を放すや否や、一直線に闇の中を飛翔する矢が歩哨の首筋を射抜いた。短い呻き声を上げてくずおれる。木偶でくの坊と化した歩哨は放物線を描いて地面に落下した。

 ドサリ。鈍い音が辺りに響く。

 族長が鴟梟ふくろうの鳴き声を真似て指示を出すと、城門近くの土塁に隠れていた男達10人弱が城門に走り寄る。丸太を繋いだ城門を観音開きに開けようと男達が総出でかんぬきを持ち上げた。

 その刹那。音も立てずに駆け寄って来た動物が1匹、大きく跳躍すると熊襲族の男達に跳び掛かる。

 首筋に噛み付いて1人の男を地面に引き倒すと、グルルと唸り声を上げて残りの男達を威嚇する。

「奴ら、厄介な代物をを飼っていやがる。山狼おおかみなんて話、聞いていなかったぞ」

 威嚇された男達は思わず後退あとずさる。野獣に丸腰では歯が立たぬと、長い黒曜石の一端を毛皮で巻いた匕首あいくちを手にして身構える。

 城門には山狼が二匹三匹と集まり始め、熊襲族の男達を取り囲む数は直ぐに20匹を超える。獣の一群は低い唸り声で威嚇し、今にも跳び掛かりそうな前傾姿勢を保つ。

「おい! みんな! 山狼おおかみを弓で射よ」

 防護柵バリケードの陰に身を潜めていた男達は、族長の指図で一斉に立ち上がり、周囲から迫り来る陰影に矢を連射し始めた。

 だが、警戒心を露わにした野獣の動きは俊敏で、熊襲族の矢をことごとく躱す。無駄弾をち続ければ、手持ちの矢を使い果たして仕舞う。

「おい! 早く門を開けろ! 狗奴くぬの奴らを引き入れるんだ!」

 族長は思わず大声を上げた。野獣の逆襲に怯んで動きを止めていた男達は、族長の一喝で我に返り、開門作業を再開する。

 左右から射込まれる矢の弾幕が山狼を牽制する傍ら、男達はやっとの思いで重い閂の丸太を抱え上げ、そして内堀の水面に放り込む。バッシャーン! 派手な水音に満足すると大急ぎで城門へと戻り、重い観音扉を内側へと全開させる。

 草叢の影に伏臥していたスサノオ達は水音を合図に身構え、開門を視認するや否や「ウォー」と雄叫びを上げながら城門に殺到した。多勢の踏み足が地響きを轟かす。

 城内では大半の庶民が安眠を貪っていたが、当然ながら、眠りに就かない者も居る。共同住居棟の中でも閨房の営みにいそしむ男女は多かったし、昼夜を問わず窖窯あなかまに熱を入れる工房では、夜勤者が寝ずの番をしている。

 そう言った者達は、屋外での異変に気付いた時から外部の物音に意識を注いでいたが、流石さすがにスサノオ達の雄叫びを聞くと不安を抑え切れない。自らの目で屋外の様子を確かめようと浮足立ち、建屋の出入口から顔を覗かせた。

 恐れおののく一般住民を尻目に、鉄剣と楯を両手に持った屯所の兵士達が続々と南城門に急行する。

「檻に入れた山狼おおかみと犬を全て解き放て! 御前達は俺に続け!」

 ミカヅチが阿修羅の如き表情で怒鳴り声を張り上げる。

 卑弥呼の宮殿警護に100人程度を割くと、ミカヅチは自ら残りの兵士を率いて鎮圧に向かう。檻から解放された山狼達がミカヅチ達を追い抜いて行く。暗闇に双眸を光らせた群れは、足音すら消した暗殺集団となり、狗奴人達に跳び掛かる。

 不意を突かれた狗奴人は悲鳴を上げ、山狼を振り解こうと地面を転げ回る。だが、状況を把握できない後続の者は前列の背中を押し続けるので、乱入の勢いは殺がれない。

 寧ろ、山狼に続いて殺到した犬の方が混乱の度合いを高めたかもしれない。襲うよりも先に吠える犬の習性。何十匹もの吠え声の合唱は遠くまで響き、狗奴人達を動揺させた。だが、所詮は乱入の勢いを弱めるだけで、追い出すに至らない。

 ミカヅチ達が南城門に到着した時点で既に、千人余りの狗奴人が侵入を果たしていた。

 盾を構えた兵士達を横一列に並ばせ、ミカヅチは暴徒と対峙する。盾の壁に押し寄せる暴動の勢いを中央で受け止め、両翼の部隊を前進させて狗奴人達を半円形に包囲させる。

 石槍を手にした狗奴人達も果敢に体当たりを繰り返し、包囲陣を突き崩そうとする。防衛側の兵士達も、盾の隙間から剣を突き刺し、必死の形相で侵入者達を押し戻す。人熱ひといきれで蒸した肉塊の隙間からは汗の臭いと湯気が立ち込める。

 其処彼処そこかしこで興奮と混乱にまみれた白兵戦が展開されるも、倒れた死傷者が足場を塞ぎ、戦線は膠着状態に陥る。圧倒的に狗奴人の死傷者が多い。ミカヅチ達は累々と重なる屍を乗り越え、押し戻そうと奮闘するも多勢に無勢。城内へと殺到する暴徒は次から次に溢れ、相当な圧力で迫り来る。

 背後では犬達が激しく吠え立てる。盾の壁を飛び越え跳躍した山狼は、狗奴人の群れを千切り、分断しようと暴れ回るが、効果は薄く、焼け石に水だった。

 狗奴人の一部は地元に引き返したが、元々は1万人余りも集まっていたのだ。

「このままでは埒が明かない」と判断したミカヅチは、近くで剣戟を振るっていた小隊を捕まえ、東門、北門、西門の状況を確認させる。追加で「白い粉玉を持って来い!」とも指示した。

 スサノオは、先陣を切って城門を潜るや否や、熊襲族の族長を探す。

 土塁の陰に隠れる熊襲族の男達を認めると、兵士達との乱闘は他の者に任せ、自分は脇に逸れて土塁を登った。

「族長! もっと沢山の矢を射てくれ! 押し合うだけでは十分に突入できない。御前達の援護が必要だ」

 族長の羽織る毛皮を掴んだスサノオは、血走った眼付きで大声を張り上げた。

「スサノオよ! 俺達は約束を果たした! 城門を開けたのだから、俺達はコメの倉庫に向かわせて貰うぞ。後は自分で何とかしろ」

「何を馬鹿な事を! この混乱状態で、如何どうやって運び出す積りだ? まずは邪馬台城を落とす方が先だろうが!」

「だが、俺達に何が出来る? 俺達の矢は、あの兵士達の隊列までは届かないぞ!」

「だったら、一緒に戦え!」

「俺達は石槍を持っていないんだぞ。この短い匕首あいくちで兵士の剣と討ち合うのか? 無駄死は御免だ」

 2人は大声で怒鳴り合うも、所詮は小競り合い。狗奴人と兵士の乱闘に殺気立った山狼も寄っては来ない。

「だったら、城内の奥深くに進み、兵士達の背中から射るんだ」

 面倒な事を追加で頼みやがる――と舌打ちする族長であったが、「戦闘の最中にコメの搬出は不可能」との指摘も正鵠を得ている。

「仕方無い」と不承々々、族長は男達に指示し直す。「内堀を泳いで迂回し、後背から再攻撃せよ」と。

 一方、ミカヅチの元では、部下の一人が「他の城門に敵影は見えず。狗奴の奴らは南城門に集中しています」と報告していた。

「承知した。それでは、庶民を残りの三門から避難させよ!

 卑弥呼様もだぞ。衛士えじ全員に卑弥呼様を警護させ、邪馬台城から退避して頂け!」

 ミカヅチは報告者の肩を掴み、辺りの喧騒に負けじと大きな怒声を響かせる。

 ミカヅチの頭には籠城戦や徹底抗戦の発想が浮かばない。城よりも人命が大事だ、とわきまえていた。邪馬台城の依って立ついしずえは知識であり、その実践にある。

 続いて、大八車をゴロゴロと押し曳いた部下達が、ミカヅチの元に遣って来た。大八車に満載された須恵器すえきで作ったボール球を認めると、大声で周囲の部下達に命令する。

「物見櫓までの道を拓け! 白い粉玉を載せた台車を物見櫓ものみやぐらまで曳いて行くぞ!」

 南城門からの侵入者を押し戻そうと奮闘していた包囲陣は徐々に物見櫓の方へと重心を移す。その弊害として、物見櫓と反対側の包囲陣は如何どうしても薄くなり、狗奴人達の乱入は勢いを増した。

 そうであっても、ミカヅチは物見櫓の確保を優先せざるを得なかったのだ。

 物見櫓――戦術上の重要拠点――を確保すると、部下に白い粉玉を持たせて櫓の梯子を登らせる。1人は展望台に立ち、もう1人は梯子を昇降して白い粉玉を補充する。

 展望台に立った兵士は球形の須恵器をつかみ、眼下の暴徒に向けて勢い良く投げ付けた。

 殻の薄い須恵器は宙を舞い、狗奴人の頭に当たって砕け散る。直撃した狗奴人だけでなく、ひしめく周囲の頭にも粉が撒き散り、髪の毛を白くする。

 白い粉の正体は生石灰きせっかい

 汗を吸った生石灰は発熱する、人間が耐えられない程に。水分を加えない限り生石灰は発熱しないが、揉み合う肉弾戦の最中に汗を掻かない人間なんぞ居るはずがない。

 間も無く、毛髪を白くした狗奴人達が口々に「熱い!熱い!」と悲鳴を上げ始めた。押競おしくら饅頭状態では、身悶えすらもままならない。

 芋虫の様に身をよじる動きを通じて生石灰の粉だけが隣の狗奴人に伝播して行く。何人かは土橋から内堀の水面にボチャンと身を投げたが、生石灰を完全に洗い落とさない限り、その発熱現象は倍加する。水の中から火傷を訴える声が途切れる事は無い。

 大きくかぶった兵士は南城門の門扉にも球形の須恵器を投げ付けた。丸太で砕けた方が白い粉を広範囲に撒き散らす効果は大きく、狗奴人達の間に大きな動揺を走らせた。

 ――自分達は白い粉を求めた事が神罰を招いたのか?――

 自然科学を解せぬ庶民にとって、先導者たるスサノオの主張に疑問を抱かせるに十分な怪現象だった。戦慄わななく最前列の狗奴人達は先に進む事を嫌がる。自然な反応だ。

 後ろの群衆から伝わる力は「押せよ、押せよ」の一点張りだが、城門間近の狗奴人は顔をらせて後退あとずさる。更には、邪馬台兵に背中を見せて自分の後ろに続く行列をじ登り、仲間の頭を踏み越えて逃走を図る。

 南城門を潜ろうとする勢いは弱まり、混乱の連鎖が広がった。

 狗奴人達の混乱に乗じたミカヅチは、南城門を取り囲む包囲網を建て直す。盾を中腰で支え乱入者を押し戻そうと踏ん張る部下達に向かい、その背中に叱咤の怒声を浴びせていた。(これで敵兵力の過半は城外に押し留められるだろう)と胸を撫で下ろしたのも束の間。城内に再上陸した熊襲族の男達が、邪馬台兵達に背後から攻撃を仕掛ける。

 須恵器の球を投じていた兵士の背中に深々と矢が刺さり、刺痛に重心を崩した兵士は短い悲鳴と共に物見櫓から落下する。

 兵士の落下を目の当たりにして、新手の出現に身構えるミカヅチ。矢の射出地点を探らんと、血走った眼を広げて周囲に首を巡らす。

 背面の広場に横一列で展開した熊襲の弓矢隊。ミカヅチの部隊に照準を合わせ、続きの矢を射始める。

「皆の者! 後ろを振り返り、背中を盾で守れ! 新たな敵襲だぞ!」

 ミカヅチの号令で兵士達が一斉に回れ右をする。

 ――白い粉に比べれば邪馬台兵なんて恐くない。して、背中を向けた兵士なんて――

 盾の障壁が突如として無くなり、白い粉玉の魔手から逃れようと右往左往していた狗奴人達が逃走路を見出す。「我も我も」と兵士達の背中を一心不乱に掻き分け、蜘蛛の子を散らす様に城内広場を散らばって行く。

 熊襲族――彼らには邪馬台兵と狗奴人の服装の違いが判別できない――の攻撃は続き、一部の狗奴人が矢の餌食となって地面に倒れ込む。

 誰が敵で、誰が味方なのか。その同士討ちが新たな混乱を生む。乱入した狗奴人達は只管ひたすら、身を隠す場所を求めて城内広場を逃げ惑うばかりだ。

 狗奴人達からは組織立った動きが消え、敵地進入を果たしたにも拘わらず、遁走状態に陥っていた。熊襲族の弓矢隊は弦を引き、矢尻の狙いを左右に彷徨さまよわせるものの、敵味方が入り乱れる混戦状況下では追加の矢を放てない。

 この時点までは、戦闘による混乱が南城門周辺に限定されていた。他の城内エリアも騒がしかったが、それは幾つもの居住棟や各種工房の建屋から庶民が避難する喧騒だった。着の身着のままの避難に困惑した庶民が隣を歩く者と先行きの不安を慰め合っていたものの、整然とした秩序を保っていた。

 ところが、避難民の行列に紛れ込んだ狗奴人が――避難民に危害を加える意思が無くとも――手にした石槍を見咎めた者が驚愕と恐怖の悲鳴を上げる。

 喧騒から離れた場所で群れる山狼。彼らが静かに状況を見守る一方、小心者の犬は興奮して城内広場を駆け回り、逃げ惑う者達――避難民と狗奴人達の区別無く――に吠え立てる。

 恐慌を来した女子供の金切声が方々で上がり、城内広場の混乱に輪を掛けた。次第にミカヅチの手に負えなくなり始める。事態の更なる悪化を避ける為には、城門を閉めて後顧の憂いを取り除く必要が有った。ミカヅチは南城門に向き直る。

「残った白い粉玉を全て投げ付け、追加の乱入を押し止めよ! そして、南城門を閉じるのだ!」

 熊襲族の弓矢攻撃が脅威でなくなった今、新たな指令に兵士達は機敏に反応する。一斉に大八車へと駆け寄り、物見櫓からの攻撃よりも激しく白い粉玉を投擲とうてきする。

 一方の熊襲族とスサノオ。

「スサノオよ。これで満足か? もう俺達の出番は無いと思うぞ。どうせ矢の数も尽きるしな・・・・・・」

 族長の冷静な分析にスサノオもうなずかざるを得ない。

「これだけ城内が混乱すれば、コメを運び出せるだろう。俺達は報酬を奪いに行くからな。文句無いだろう?」

 スサノオが「あぁ」と生返事をすると、族長が仲間に合図する。熊襲族の男達は、穀物倉庫と当りを付けた建屋を目指し、一目散に走り去った。

 城内広場の喧騒を他所に、スサノオは独り、卑弥呼の宮殿と思しき建屋に近付いて行った。

 驚天動地の謀反を起こした目的は、不思議な白い粉を供給するよう、卑弥呼に迫る為である。

 現人神あらひとがみと崇められる卑弥呼との対峙を考えると、腹に力を込めねば気後れして仕舞うが、狗奴の仲間達にも少なからず犠牲者が出た今、彼女から同意を勝ち取る事は譲れない一線だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます