9 12月25日 聖夜の隠密作戦

「……あいつら……やっぱり起きてやがる……」


 第1施設から大きく離れた場所でプレゼントを用意しているエージェントと合流し、その車の中で直仁様は遠くを見る様に目をすがめてそう呟きました。施設内にいる子供達、その中でも特に強い気配察知能力を持つ3人組、裕也君、義達君、真尋ちゃんに気付かれない程遠い場所からでも、直仁様の “異能力” を以てすればそこに居る人物が活動しているかどうかを知る事など容易い事なのです。その直仁様が限りでは、施設内で活動している、少なくとも起きている人物がいると言う事が解ったのでした。


「……やっぱりマリーの作戦を実行に移すしか方法はない……な」


 僅かに笑みを浮かべて直仁様はマリーの方へ目を遣りました。それをうけたマリーは、やや緊張の面持ちで小さく頷きました。


 ―――マリーの作戦は次の通りです。


 マリーの用意した「二足歩行型多機能ラジオコントロール『カクヨムン』」を使用して3人の注意を引く間に直仁様が施設内部に忍び込み早急にプレゼントを置いて来る、と言う物でした。

 内容からすれば大した事は無いのですが、実際起きている3人だけの注意を惹くと言う事がネックとなるのです。ただ単に外で大騒ぎをしただけならば関係のない人達まで様子を見に来る事となり、結果として騒ぎは大きくなります。それでもプレゼントを渡すだけならばそのドサクサに紛れて仕事を熟せば完了なのですが、今夜は聖夜でありプレゼントは人知れず「サンタクロース」が届けなければなりません。無用な騒ぎは御法度なのです。

 ここでマリーが用意した一工夫が「指向性弱骨振動波送信機」の使用でした。

 この「カクヨムン」はただのラジコンに留まらず、その汎用性の高さからあらゆる機能を備える事が出来、10年前に発売されたにも拘らず未だ人気の高いホビー商品としてあらゆる年代の人達に親しまれています。滑らかな二足歩行はどの様な場所でも走破可能であり、豊かなオプション装着能力は子供から大人、災害現場から一時は軍事利用まで検討された程でありました。

 その中でも未だ支持の高い機能として、音を鼓膜からではなく骨を振動させる事で聞く事の出来る「骨振動波送信機能」と言う物があります。

 周囲に音を漏らす事無く、指向性を持たせて任意の人物に向け微弱な骨振動を発生させる機能ですが、これにもバリエーションがいくつか存在するのでした。

 今回マリーが使用する機能はその中でも「スリーパーモード」と言う、周囲に睡眠している人がいる場合、振動をその人達には聞こえない程度に抑制する機能です。そもそも骨振動自体が周囲の騒音に関係なく音源を聞く事の出来る機能なのですが、この「スリーパーモード」はその振動力も更に調節する事で、聞こうとしていない人には気にならない音へ制御する機能なのです。これを施設の外から中へと向けて発信すれば、起きているであろう3人の子供達以外は気付かれないという物なのです。そして何処からともなく音楽が聞こえてくれば、中の子供達は間違いなく外へと出て来るでしょう。その隙に直仁様がプレゼントを各子供達へと届けると言う計画でした。


「でもこの方法であの子達の注意を引き付けられるのは、恐らく数分が現界なのでするー……」


 プレゼントの多さから幾度も出入りを繰り返して任務を達成するとは考えていなかったマリーは、そう呟いて僅かに俯きました。直仁様に与えられたチャンスは僅か1回、数分間のみなのです。第1施設には他の施設より僅かに少ない12人の子供達が生活しています。それでも直仁様は1度に12個のプレゼントを持ち込まなくてはならず、それだけを考えても任務達成は非常に難しいと言わざるを得ませんでした。


「それでもあいつらの注意が逸れるのは助かる。何とか1回で済ませられる様に善処するよ」


 やや落ち込み気味のマリーを励ます様に、直仁様は笑顔でマリーの頭に手を遣りました。直仁様の気遣いに笑顔を取り戻したマリーですが、やはりもう一つ何かアイデアが欲しい所なのに違いはありません。せめておびき出した3人を足止めする方法があれば良いのですが……。


「……時間も無い。早速行動を開始しよう」


 しかしそのアイデアを出す為の時間はすでにありませんでした。

時刻は23時50分。あと僅かでクリスマスイブの夜も終わりを迎えます。

 直仁様は大きな袋に12個のプレゼントを詰め込んで車を出ます。そしてマリーも車を出て、地面に「カクヨムン」を置きました。


 ―――チャキン、チャキン、チャキンッ!


 マリーが電源を入れボタンを押すと、正六面体の下部からは二本の足が、側面からは両腕が、そして上部からはカメラレンズの付いた頭部が出現したのでした。「カクヨムン」のカメラが捉えた映像はマリーが持つコントローラーのモニターへと映し出されます。これでマリーはこの場に居ながら「カクヨムン」を遠隔操作出来るのです。


―――カショカショカショ……。


 マリーがコントローラーのスティックを倒すと、カクヨムンは勢いよく施設の正門へと走り出しました。大よそ澱みないその操作を見れば、マリーがこのカクヨムンを使い慣れている事が解ります。幼い頃に遊んだのか、それとも未だに趣味としているのか定かではありませんが、モニター越しの操作に不具合を感じている様子は見受けられませんでした。

 正門から中庭へと入り込んだカクヨムンですが、中から子供達が飛び出してくる気配を感じられません。恐らくですが中の3人は、生物の気配を読む事に長けてはいても無機物の気配には今一つ反応が悪いようです。マリーは可能な限り家屋に近づかせてカクヨムンを待機させました。


「……直仁、聞こえますか? こちらは準備OKでするー」


 マリーが頭に取り付けたヘッドセットのマイクに向けてそう呟きました。


(……こちらも可能な限り近づいた。マリー、作戦を開始してくれ)


 そしてヘッドフォンからは直仁様の回答が聞こえてきます。今回は連携が旨となっているので、二人は逐一状況を知らせるべく無線機を装着しているのでした。

 直仁様のGOサインを聞いたマリーは、コントローラーのボタンを再び押しました。それで「指向性弱骨振動波」が発信されている筈なのです。


(……良好だ。ここにまで僅かな音が聞こえている)


 現場の直仁様からマリーの仕掛けが問題なく発揮されている旨が伝えられました。そしてその結果は程なくしてモニター画面にも表れました。施設内から3つの影が現れたのです。


「……こっちの方から聞こえるぞ?」


「……こんな夜中に……誰だろう? サンタさんかな?」


「サンタさんが『赤鼻のトナカイ』をかけながらプレゼントを配ってるの?」


 3つの影は間違いなく裕也君、義達君、真尋ちゃんでした。上手く彼等をおびき出す事に成功したようです。恐らくそれを感じ取っている直仁様は既に行動を開始している筈でしょう。


 ―――クイッ。


 ここでマリーは「カクヨムン」を再起動させました。そしてまた違うボタンを押すと、コントローラーのモニターが俄かに明るくなったのです。


「あっ! あそこで何か光ってるっ!」


「……あれは……なんだ……?」


「……え? ……あれって……カクヨムン……?」


 マリーのボタンで、カクヨムンの発光装置が作動して自身の身体に内蔵されているLEDが光出したのでした。赤、青、緑、白とクリスマスカラーを発しながら、マリーの操作するカクヨムンがその場から僅かずつ門の方へと動き出します。興味津々の子供達は、それでも恐々と言った体でカクヨムンに近づき遠巻きに見ていました。

 しかしこの方法で稼げる時間は数分間です。何かトラブルがあっては途端に破綻してしまう作戦なのでした。そしてそう言ったアクシデントは起こるべくして起こるのかもしれません。


(……まずいっ! 子供が一人起き出したっ!)


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