8 12月24日 行動開始っ!

 時刻はいよいよ21時に差し掛かろうとしていました。


「そろそろ時間ね。あたしは早速移動を開始するわ」


 ソファーから立ち上がったクロー魔がそう言って部屋の出口へ向かおうとしました。


「……クロー魔? 車の手配はしなくて良いの?」


 どこか近所にでも出かける様なクロー魔の素振りに疑問を抱いたマリーが、彼女の背中にそう問いかけました。


「あー、要らない要らない。この時期車で移動なんかしたら到底スグ達より早く配達を終わらせるなんて出来ないからねー。あたしは行くから」


 上半身だけマリーの方へと振り返ったクロー魔が、人差し指を天井方向に向けてそう言いました。確かに今日、12月24日クリスマスイブの夜ともなれば、街はお祭り騒ぎの様に盛り上がり道路も遅くまで混雑するのです。本来ならば異国の神が降誕した事を祝う祭事であり、その信者のみで粛々と過ごす物なのでしょうが、今の時代となっては信者だ宗派を問わずに世界共通でお祭りを行う日となっています。これはもう数百年前から慣例となっている事ですね。


「……上……ですかの? ヘリコプターか何かですかの?」


 ここはこのビルの最上階であり、この上には当然部屋など存在しません。あるのは広大な屋上であり、だからこそそこならばヘリの離着陸も可能なのです。


「うふふ……ヘリなんか使ったらスグ達に勝ち目なんか無くなっちゃうでしょ? そんなの使わないよー」


 可笑しそうにそう答えたクロー魔は再びマリーに背中を向けてスタスタと出口へと向かいました。どうにも合点のいかないマリーは彼女の後を追って部屋を後にしたのです。

 部屋を出たクロー魔は非常階段を更に上へと昇り屋上へと出ました。先程まで温かかった部屋とは違い、地上数百メートルの屋上はやや強めの風が吹いており寒さも一入(ひとしお)となっていました。


「それじゃーマリー? あたしは先に行くから。そっちも早く動かないと、あたしが勝っちゃうからねー」


 本当に近くのコンビニエンスストアへでも行くかの様に軽く手を挙げたクロー魔は、マリーの返答も待たずに地面を蹴りました。


「ちょっ! クッ……クロー魔ッ!?」


 マリーの見ている前でクロー魔は屋上に張り巡らされているフェンスを飛び越えて、文字通り真っ逆さまに落ちて行きました。悲鳴も出せないマリーが慌ててフェンスへと駆け寄りました。

 そんなマリーの心配をよそに、クロー魔はビルの壁面を軽く蹴ったかと思うと大きく方向転換をし、瞬く間に隣接するビルの屋上に降り立ったのでした。アングリと口を開けたまま呆然としているマリーに、隣のビルからクロー魔が手を振ったかと思うと再び屋上のフェンを飛び越えてビルの谷間へと消えて行きました。

 超人的な身体能力を持つクロー魔は、ビルや住居が密集するこの都心を抜ける手段としてその屋上を渡って行く手法を取ったのでした。この移動法は正しくクロー魔だからこそ出来る物であり、混雑必至な都心を抜けるには持って来いの方法なのに違いありません。





「す……直仁―っ! クロー魔がっ! クロー魔が落ちて行っちゃったでするーっ!」


 クロー魔の行動を見たマリーは、慌てて階下へと戻り直仁様にそう報告しました。彼女の言葉に間違いはありませんが、そのまま聞けばまるでクロー魔がビルの屋上から落下してしまった印象を与えてしまいます。しかし直仁様はそんなマリーの言葉から正確に状況を読み取ったのでした。


「……クロー魔は行ったか……じゃあ俺達も早速行動を開始しよう。まごまごしてたらそれこそクロー魔に負けちまうからな」


 マリーにそう言いながら直仁様もソファーから立ち上がり出口へと歩き出しました。余りにも自分のテンションとギャップがありまたまた呆然としてしまったマリーでしたが、即座に我へと返った彼女は先を行く直仁様を慌てて追いかけました。


「と……ところで私達の移動はどうするのですかの?」


 エレベーター前でどうにか直仁様に追いついたマリーがそう問いかけました。


「俺達は普通に車で移動するよ。この格好でも俺一人なら飛ぶ事も出来るけど、流石にマリーを抱えて飛ぶには力不足だしな」


 マリーとクロー魔のコーディネートにより「サンタ衣装」と言う「コスプレ」であっても直仁様の能力は随分と使用可能になっています。それに輪をかけて、今回は女性用下着の着用と言う禁断の方法を用いたのです。それにより更に強い能力の発現が可能となったのですが、それでも彼女を抱えて飛ぶと言った行為までには及ばない様なのでした。


「……むー……ゴメンナサイなのですー……」


 直仁様の言葉を、自身のせいで行動に制限が掛けられていると思ったマリーがシュンとした表情で俯いてしまいました。


「おいおい、勘違いするなよ? 今回の作戦には君の力が必要なんだから、これは仕方のない事なんだからな」


 確かに今回の作戦でキモとなっているのはマリーのアイデアに基づく作戦です。成功するかどうかは不確定なのですが、それでも何もないより遥かに希望が持てるのです。


「……直仁……ありがとう……それより今気づいたのですが……」


 何とか立ち直ったマリーは笑顔に戻って思いついた疑問を直仁様に話しました。


「子供達へのプレゼントを直仁もクロー魔も持ってませんでしたけど……どうするのですかの?」


 確かにサンタの恰好をしているというのに、その手には大きな袋はおろかセカンドバック一つ持っていないのでした。マリーが今肩に掛けているトートバックも中に入っているのは今回の仕掛けであるラジオコントロール「カクヨムン」であり、子供達へのプレゼントではないのです。

 

「ああ……プレゼントは各施設の前でエージェントが用意して待機してくれてるよ。流石に施設の子供全員分を持って移動するのは困難だからね」


 各施設には20から30人の子供達が共同生活をしているのです。4つの施設を回る直仁様は勿論、6つの施設を回らなければならないクロー魔に至ってはプレゼントの数だけでも相当な物となってしまいます。


「俺達は現地へ移動してプレゼントを受け取る。1度で済めば問題ないが、場合によっては数度入り込んでプレゼントを配り切るって手筈なんだよ」


 その説明で納得がいったのか、マリーは「ふーん」とだけ答えてそれ以上の質問はしませんでした。





 施設それぞれの距離はそう大したものではありません。平日であれば5分もあれば最寄りの施設へと辿り着けていたでしょう。しかし今夜は特別な夜であり、騒ぎの治まらない街中では所々渋滞が発生していました。

 4つの内第8、第9、第10施設へプレゼントを配り終えた直仁様でしたが、その時点で時刻は既に23時を大きく回っていたのでした。

 マリーの提案を苦渋の選択で受け入れた直仁様でしたが、その甲斐あってか一般の子供より遥かに高い感受性を持つ施設の子供達にさえ気付かれる事無くプレゼントを配り終える事が出来ていました。


「……残るは……問題の第1施設のみ……だな」


 直仁様の表情にも自然緊張が走ります。3つの施設を熟したとはいえ、そこは都心近郊10施設でも下位にあたります。しかし第1施設はそれらとは別格に能力の高い子供達が揃っています。


「真尋ちゃん達は……やっぱり起きてるのですかのー……?」


 この時間は普段なら、施設の子供達もグッスリと寝ている時間に間違いありません。しかし「サンタはいるのか?」と言う問題に答えを出す為、彼等も相当の決心を以て起きている可能性があるのです。


「俺の “異能力” を使ってあいつらが起きてるかどうかを確認する。どれが誰かは解らないが、起きている生体反応を探る位は出来るはずだ」


 マリーの発案を採用する事で、直仁様の “異能力” も効果が上がっているのです。彼等が気配を感知出来る範囲より外から、直仁様ならば誰が活動をしているか程度ならば調べる事が可能なのです。勿論、直仁様が本来の以下略。

 そうして直仁様とマリーを乗せたハイヤーは、最後の目的地へと到着したのでした。

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