第82話『ブラン-後編-』
沙耶先輩は私のことを抱きしめ、キスしてきた。意識を失いそうになってからのことだったので、それはまるで夢のような出来事にも思えて。
唇が離れたときの沙耶先輩は、とても優しげな笑みを私だけに見せてくれているような気がした。
「これが私の気持ちだよ、琴実ちゃん。京華の言うように、風紀委員会に琴実ちゃんが入る前から気になっていて、相棒として一緒にいるうちに、琴実ちゃんのことが好きになったんだ。今ではすっかりと君の虜になってる」
さっきまで会長さんに首を絞められて苦しかったのに。私のことが好きだと言われて、抱きしめられて、キスまでされて。やっぱり、夢なんじゃないかな。嬉しすぎて言葉が出せない。
「……あっ、ごめんね。その……琴実ちゃんのことが好きな気持ちが強すぎて、キスまでしちゃって。琴実ちゃんの気持ちを確認していないのに……」
「いえいえ、気にしないでください。私も沙耶先輩のことが女性として好きなので。むしろ、キスしてくれてありがとうと言いたいくらいです。ありがとうございます」
「……そっか」
良かった、と沙耶先輩はほっとしている様子。
というか、思いがけないタイミングで、あっさりとした告白だったな。でも、好きだという気持ちが沙奈先輩と重なっていたのはとても嬉しい。
「私が告白したときに朝倉さんが言っていた好きな人というのは、やはり琴実さんのことでしたか。琴実さんか生駒会長のどちらかとは思っていましたが……」
「琴実ちゃんは風紀委員会で一緒にいるし、京華とは小さい頃からの親友だし、高校に入学してからも何かと一緒にいることが多いからね。藤堂さんがそう思うのも納得かな」
そういえば、会長さんは風紀委員会の活動室に結構顔を出していたな。きっと、私が入学するまでにも、そういうことはたくさんあったんだと思う。
「ううっ……」
会長さんはまるで感情が抜けてしまったかのような表情になり、涙をこぼしながらその場に崩れ落ちる。
「そんな……そんな。わたし、またひとりに……なっちゃう……」
そう呟くと会長さんは身を抱いて怯えた様子で体を震わせる。もしかしたら、以前にいじめられたときのことを思い出してしまっているのだろうか。
もしかしたら、ダブル・ブレッドを作ったのは沙耶先輩のことだけではなく、自分の仲間が欲しかったからかもしれない。
「……京華」
「……なに? 沙耶……」
「京華が私のことが好きなことはとても嬉しいよ。でも、京華が私をどうにかして自分のものにしたいくらいに好きでいるように、私も琴実ちゃんのことが凄く好きなんだ。だから、恋人として京華と付き合えない。でも、京華と親友であることはこれからもずっと変わらないって私は思っているよ。それを覚えておいてくれると嬉しいな。ただ、今回のことで、私とこれまで通りの関係でいることが辛いって京華が思うなら、それはしっかり尊重するよ」
それを真剣な表情で会長さんのことを見つめながら、はっきりと言うことができる沙耶先輩はとても強かな人で温かみのある人だと思った。
会長さんは黙り込んで再び俯いてしまった。
「……後は警察署でゆっくりとお話を聞かせてください」
「でも、麻美先輩……」
「受理された朝倉さんと折笠さんの盗撮の被害届。実行犯はそれぞれ掛布さんと黒瀬さんだけど、それらを命令したのはブランである生駒さん。月曜日に黒瀬さんに命令して朝倉さんにケガを負わせたことも。そして、ついさっき……生駒さん本人が折笠さんの首を絞めて暴行し、自分のものになれと脅迫した。警察として黙って見過ごすわけにはいかないよ」
「……そうですよね」
深津さんは複雑そうな表情で会長さんのことを見ている。
確かに、沙耶先輩への好意がそもそもの原因とはいえ、会長さんは身勝手な理由で法に触れる行為をしてしまった。でも、今の会長さんの様子を見る限り反省しているようにも見えるし……。
「沙耶先輩、どうすれば……」
「……京華は自身で法に触れる行為をしたり、掛布さんや黒瀬さんに命令したりしたんだ。私達が被害届を取り下げる必要はないよ。あとは警察や司法機関に京華の今後の判断を委ねよう。白鳥さんや深津さんがいればきっと大丈夫だよ。もし、いつか学校に戻ることができたら、そのときにどうやってサポートできるのかを考えればいいさ」
「朝倉の言う通りだな。ひとまずは警察や検察の方で法的な処分が下るのを待とう。そして、どういう処分かによって学校としての処分も考えていくことにしよう。生駒本人の意向次第だが、もし学校に復学したいのであれば……その意向に沿うことができるよう尽力する」
ということは、まずは法的な処分がどうなるかを待つしかないか。とりあえず、私達にできることはこれで終わったってことかな。
「あの、ダブル・ブレッドはどうします? 生駒会長は先ほど、ダブル・ブレッドは終わらないと言っていましたが……」
千晴先輩がそう言うと、会長さんはゆっくりと首を横に振る。
「……ううん、終わりにしよう。元々は沙耶を自分のものにしたいっていう邪な理由で作って、法に触れる行為を何度もしてしまった組織だもの。終わらせることが組織としての責任の取り方だと思うから。そして、メンバーによる全ての行動の責任は私にある。会長として責任を取らないと。ダブル・ブレッドはたった今、解散します」
それが、ダブル・ブレッドの会長であるブランとして、最後にできることだと考えたのだろう。会長さんがそう思っているなら、私はそれを尊重しよう。
「分かりました。解散したことについては本当のブランである生駒会長が伝えるのが一番いいかと思いますが、メンバーのみなさんは私がブランだと思い込んでいるでしょうから、私の方からその事実を伝えるということでいいですか?」
「……ええ。私はこれから警察に行かなきゃいけないし……お願いね、藤堂さん」
ダブル・ブレッドもこれで解散か。言葉が悪いかもしれないけど、これでようやく周りを気にすることなく、普通の学校生活を送ることができそうだ。
「それじゃ、生駒さん。私達と一緒に警察に行きましょうか」
「……分かりました。お世話になります」
会長さん……これでお別れじゃないよね。また、近いうちにこの白布女学院で会うことができるよね。
白鳥さんと深津さんと一緒に生徒会室を後にしようとしたとき、会長さんは立ち止まりゆっくりと私達の方に振り返って、
「最後に、ダブル・ブレッドの会長であるブランとして、あなた達に謝らないと。今までたくさんの人に迷惑をかけて、傷つけてしまって本当にごめんなさい。……また、どこかで」
真剣な表情で私達にそう言うと深く頭を下げた。
「また会おう、京華」
「……うん」
「約束だよ」
沙耶先輩は会長さんの目の前まで行き、そっとスカートをたくし上げて会長さんの白いパンツにキスをした。そのとき、会長さんの可愛らしい声が漏れる。
「さすがはブラン。素肌に負けないくらいに綺麗な白だ」
「もう、相変わらずだね、沙耶は。約束するときはパンツにキスする癖」
指切りの代わりにパンツにキスをするってことかな。沙耶先輩らしい。
「……いいじゃないか。ほら、京華も」
「……うん」
すると、会長さんはしゃがんで沙耶先輩の黒いパンツにキスをした。そのときの会長さんは嬉しそうで。刑事さん達と一緒に生徒会室を後にした。
会長さんが見えなくなった瞬間、全てが終わったんだなと思った。今まで体に変に入っていた力が抜けた気がした。
「行っちゃいましたね、会長さん」
「そうだね」
「さっき、刑事さん達は会長さんに警察署へ行こうと言っていましたけど、本当は……逮捕なんですよね」
「うん。琴実ちゃんの首を絞めたことについても白鳥さんが言っていたからね。暴行の罪で現行犯逮捕になるかな。受理された私達の被害届についても、盗撮を指示したことを京華自身が認めているから、後々、再逮捕って形になると思う」
「そうですか。会長さんには法的にどういう判断が下されるのでしょうか」
「麻美と深津さんが担当するんだ。そこはきちんとやってくれると思う。何か進展があれば私や恵に連絡してもらうことになっているから、お前達はゆっくりと休め。もう週末だからな。本当によく頑張ったよ、風紀委員会。あと、事件も解決したから、唐沢もこれで風紀委員の仕事は終わりだ。ありがとう」
そうだ、理沙ちゃんはダブル・ブレッドのことが解決するまでの期間限定の風紀委員だったんだ。理沙ちゃんのおかげで救われたことは何度もあったな。
「ありがとう、理沙ちゃん。理沙ちゃんが側にいて心強かったよ」
「ことみんがそう言ってくれて何よりだよ。ことみん達と一緒にお仕事ができて楽しかったです。また、何かあったら遠慮なく言ってきてくださいね!」
その言葉通り、理沙ちゃんはとても楽しげな様子で言ってくれた。彼女の気持ちは嬉しいけれど、協力が必要になるくらいに重大なことが起きないと願おう。
「それよりも、さっきは沙耶ちゃんがさっと折笠さんに告白して、キスまでしたけど……2人ってこれから恋人として付き合うことになるのかな? 風紀委員会の顧問として、そこはちゃんと確認しておきたいな」
秋川先生がいつもの優しい笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた。そういえば、会長さんに首を絞められたのを助けた流れで、沙耶先輩は私のことが好きでキスまでしたんだよね。その後、気持ちを確かめ合ったけど。
「こうして改めて訊かれると恥ずかしいですよね、沙耶先輩」
「琴実ちゃんを助ける流れで告白してキスもしたからね。私は付き合いたいって思っているけれど……琴実ちゃん、私と恋人として付き合ってくれる?」
「さらっと言ってきますね。……もちろんです。恋人として付き合いましょう」
「ありがとう。これからよろしくね」
沙耶先輩は爽やかな笑みを見せて私のことを抱きしめ、頭を優しく撫でてくれる。
告白から付き合うまでの流れがあまりにもスムーズなので、キスはされたけどこれから恋人として付き合うんだという感覚はあまりない。ただ、ダブル・ブレッドのことが解決したからか、これからも沙耶先輩と一緒にいられるという嬉しさは確かにあって。
「良かったね、ことみん。大好きな朝倉先輩の恋人になれて」
「2人はとてもお似合いだと思いますよ。大変かもしれませんが、朝倉さんを宜しくお願いしますね、琴実さん」
「風紀委員としてだけじゃなくて人としての相棒になるんですね」
理沙ちゃん、千晴先輩、ひより先輩からの祝福のメッセージを送られて、ようやく沙耶先輩と付き合い始めるという実感が本格的に湧いてきた。
「みんなの言う通り、沙耶ちゃんと折笠さんはお似合いだと思うよ。おめでとう。何か相談したいことがあったら真衣子さんや私にいつでも訊いてきてね」
「私からアドバイスできることってあるかねぇ。恵に甘えている部分も多いからな」
「家にいると、たまに物凄く甘えてくるときがありますよね、真衣子さんは」
「……家にいるときは単なる恵の彼女だからな。そんな私に比べて、家でも学校でも変わらず優しい恵は凄いと思うよ。尊敬してる」
「家ではもちろんですけど、学校でも真衣子さんが側にいるのが大きいと思いますよ」
「……可愛い奴だ、まったく」
東雲先生は珍しく嬉しそうに笑いながら秋川先生の頭を撫でている。私も沙耶先輩とああいう風になっていければいいな。
その後、千晴先輩によって本当のブランが別にいたことと、組織の解散をダブル・ブレッドのメンバーに伝えた。すると、いくつか疑念を示す返答があったものの、大多数のメンバーからは解散を受け入れる返答をもらうことができた。
「これでダブル・ブレッドは消滅……でしょうかね」
「何か反論があって、手に負えそうになかったら遠慮なく私や恵に相談してくれ、藤堂」
「分かりました」
「みんな、本当にお疲れ様でした。色々なことがありましたが、事実が分かり風紀委員会の顧問としてとても嬉しく思っています。土日はゆっくりと休んで、来週からはいつもの風紀委員の仕事をまた頑張っていきましょう。唐沢さんはテニス部の方を頑張ってね」
危険なこともあったけれど、何とか解決まで持っていくことができて本当に良かった。その事実は重い内容だったけれど。あと、個人的には、沙耶先輩と恋人として付き合い始めることになったのでとても嬉しい。
来週からはきっと、私達は平和な学校生活を送ることができるようになるだろう。そのことに、ただただ安心するのであった。
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