第81話『ブラン-前編-』

 ──単刀直入に訊くよ。本当のダブル・ブレッドの会長・ブランは……京華だよね?


 そう、私達が導き出した答えは、生徒会長の生駒京華がブランであるということ。


「本当に生駒会長さんがブランなの? ことみん……」

「……うん。私もついさっき、千晴先輩のお家にいるときに気付いたんだけどね。詳しいことは沙耶先輩が話してくれるよ」


 ただ、沙耶先輩は……そのことを会長さんに認めさせることができるのだろうか。正直、不安だ。


「沙耶先輩……」

「……大丈夫だよ」


 沙耶先輩は落ち着いた笑みを私に見せてくれる。


「あははっ! 沙耶ったら……笑わせないでよ」


 何の動揺も見せず、会長さんはいつものように爽やかに可愛らしく笑っている。さすがと言うべきだろうか。


「ただ、みんなと一緒に来ているってことは……本気でそう思っているみたいだね。じゃあ、どうして私がブランだって思うの? 根拠があってのことだよね?」


 ただ、笑顔はすぐに消えて、会長さんは真剣な目つきで私達のことを見てくる。


「もちろんだよ、京華。以前から、京華がブランであるとは疑っていたよ。1年半前に発足されたと噂になったダブル・ブレッドが、この4月になって急に活動を始めた。そして、掛布さんや黒瀬さんの件のときのブランの動きからして、今もこの学校の関係者であると考えたんだ」

「……なるほど。発足時から変わらずに会長を続け、それが学校関係者だとしたら3年生の生徒か職員しかいないと」

「ああ。そして、ブランはまるで風紀委員会の活動を見ているかのように行動している。風紀委員会の動きを把握できるのは、風紀委員会メンバーと顧問の恵先生。サポートをする東雲先生。そして、何かと活動室に遊びに来ている京華だよ」

「なるほどね。ただ、ダブル・ブレッドのメンバーは盗撮などをしているから、やろうと思えばリアルタイムで情報は集められる。そう考えれば、該当する人はたくさんいると思うけど」


 会長さんの反論はもっともだ。今朝のことで、組織にメンバーがたくさんいるって分かったし、リアルタイムで風紀委員会の動向を知ることもできそう。


「でも、沙耶の言うように、あなたから風紀委員会の話はたくさん聞いているし、生徒会長として各委員会の仕事の大まかな内容は把握している。そして、生徒の身に起こったことだから、沙耶が掛布さんに盗撮されたこと。折笠さんが沙耶の家のバルコニーにいるときに黒瀬さんに盗撮されたこと。黒瀬さんに中庭の掲示板近くであなたや藤堂さんが襲われたことも知っている。それらを警察の方々が捜査していることも。……うん、風紀委員会の人と同じくらいに私は事態を把握しているね。これじゃ、沙耶に疑われても仕方ないか」


 それでも、会長さんは落ち着いた笑みを浮かべている。


「でもさ、今朝……藤堂さんが自分でダブル・ブレッドの会長のブランだって言ったよね? それに、藤堂さんだって3年生だし、風紀委員長なんだから私以上に状況を把握しているんじゃない? 藤堂さんがブランでもおかしくないと思うけどなぁ……」


 やっぱり、今朝、ブランだと名乗った千晴先輩にも言えることだと反論してきたか。沙耶先輩はこのことについてどう返すのか。


「千晴先輩は誰よりも打倒ダブル・ブレッドを掲げているんです! そんな人がブランであるわけがないじゃないですか!」


 ひより先輩が真剣な表情でそう言った。ひより先輩は委員会の活動で千晴先輩といつも一緒だから、千晴先輩のことを一番分かっているのは彼女なのかも。


「藤堂さんは真面目だからね。ダブル・ブレッドを許さない人だと持っていたよ。だけどね、成田さん。今朝、彼女がブランだと名乗ったのは事実なの。人は時々、信じられないことを言うときがあるんだよ。今だってそう。まさか、沙耶達が……私をダブル・ブレッドのブランだって言うんだもん。私、どこでブランだと勘違いされるようなことをしちゃったのかな……」


 すると、会長さんは笑みこそ崩さなかったけれど、両眼から大粒の涙をいくつもこぼしている。ブランだと疑うのはまずいと思わせたいのだろうか。


「昨晩、藤堂さんはブランによって洗脳されたんだ。そして、自らブランと名乗り、風紀委員会を崩壊させ、私をダブル・ブレッドのメンバーにしろと命令した。だから、今朝の藤堂さんはブランによって操られていた状態だったんだよ」

「声を変えていましたが、昨日の夜にブランと名乗る人物から、電話で色々と言われました。はっきりと覚えています」

「つまり、藤堂さんは本物のブランと電話で話す中で洗脳されたと? それも私がやったと言いたいの?」

「もちろんだよ、京華。藤堂さんが私に振られたことで落ち込んでいるところを狙ってね。そういえば、京華も藤堂さんが私に告白してフラれたことを知っているよね」

「昨日のお昼休みに沙耶が話してくれたじゃない。水曜日の放課後に、屋上で藤堂さんに告白されて振ったって……」


 会長さんのその言葉に、沙耶会長はニヤリと笑みを浮かべた。


「……確かに、私は昨日の昼休みにそう言ったね。そして、ブランも今と同じことを藤堂さんに言ったんだよ。水曜日の放課後、屋上で私に告白してフラれたってことを。でもね、京華。本当は……藤堂さんのクラスの3年2組の教室で私に告白してくれたんだよ。そして、フラれた藤堂さんは教室から1人で飛び出して、母親の運転する車へと真っ直ぐ向かったそうだ。屋上には行っていない」

「えっ……!」


 そのとき、会長さんから笑みが消えた。


「藤堂さんが屋上で告白したと間違えられるのは、昨日の昼休みに私の話を聞いた琴実ちゃんと京華しかいないんだ。あのとき、2人にしか聞こえないくらいの小さな声で話したし。あのとき、私はこのことは他の誰にも絶対に話すなって言ったよね。琴実ちゃんは昨日の夜までに誰かに話した?」

「いいえ。ただ、今日の放課後に、風紀委員会のみなさんや先生方に千晴先輩本人から告白の結果を聞いたことを言いましたけど、屋上のことまでは……」

「そっか。じゃあ、残るは京華だけだね。もし、誰かにこのことを話したんだったら、その人の名前を教えてくれないかな。そこから徹底的にブランについて調べていくからさ」

「それは……それは……」


 会長さんは思い詰めた表情になって俯く。

 そう、ブランが会長さんじゃないかと思ったのは、千晴先輩が沙耶先輩に告白した場所が屋上だと言ったことがきっかけだった。


「以前から、私は京華のことをブランだと疑っていたからね。あのとき、この屋上のトラップを仕掛けたんだよ。後々、ブランを特定する手がかりを掴むために。藤堂さんの話を聞いて、ブランがトラップに引っかかったことを知り……ブランが京華だと思ってここに来た。京華の優しくて温かな気持ちを信じてね」

「さ、沙耶……」

「京華の言うように、今言った大半のことは藤堂さんや私にも当てはまるものだよ。屋上のことについても、藤堂さんや琴実ちゃんの言ったことを信じた上で話しているだけで、証拠はまだない。でも、告白の場所の違いについて指摘すれば……京華は事実を教えてくれるって信じているよ。だから、ここに来たんだ。今後、何も起こらないためにも……本当のことを教えてほしい」


 沙耶先輩は会長さんに向かって深く頭を下げる。沙耶先輩、会長さんの良心を信じて自分の推理を話したんだ。

 会長さんが自分をブランであると認めてくれるかどうか不安だったのは、ブランが会長さんであることを示す証拠を持っていないから。沙耶先輩は、会長さんの良心を最初から信じているみたいだけれど。

 少しの間、静かな時間が流れ、


「……ずるいな、沙耶は」


 はあっ、と会長さんのため息が生徒会室の中に虚しく広がった気がした。


「……沙耶にそう言われちゃったら、もう隠しきれないよ。教室で沙耶と藤堂さんを見たっていうメンバーもいたのに。屋上で告白されたっていう沙耶の言葉を信じちゃったのが決定打だったのかな……」

「今の言葉、京華がブランであることを認めたってことでいい?」

「……ええ。私が本当のダブル・ブレッドの会長のブランよ」


 沙耶先輩の信頼を……会長さんは裏切らなかった。最後はダブル・ブレッドの会長が自分であると認めたのだ。


「良かった、最後は自分で認めてくれて」

「でも、どうして会長さんはダブル・ブレッドを発足して、こんな法に触れるような行為を次々と……」


 まさか、会長さんが筋金入りの変態とも思えないし。動機が思い浮ばないのだ。

 すると、会長さんはゆっくりと顔を上げて、


「藤堂さんと同じように……沙耶、あなたのことが好きだからだよ。私をいじめから助けてくれてからずっと……」


 沙耶先輩のことを見つめながらはっきりと言った。

 会長さんも沙耶先輩のことが好きなのか。そういえば、一緒にお泊まりをしたとき、いじめから助けてくれたって言っていたし、沙耶先輩を笑顔にできた私が羨ましいとも言っていたっけ。


「なるほど。それで私が女の子のパンツが大好きだから……そういった行動をさせるためにダブル・ブレッドを作ったのか」

「……そうだね。それをきっかけに沙耶ともっと親密になりたいって思った。立ち上げたのは1年生の2学期になってすぐだったかな。沙耶が組織の存在を知って入ってくれればいいなって思ってた」

「でも、風紀委員になることを勧めたのも会長さんですよね。お泊まりのときに確かそう言っていたと思いますけど」

「そうだよ、折笠さん。当時から沙耶は人気があって、パンツを堪能していた。ダブル・ブレッドを作ってからまだそんなに経っていないときだったかな。転校を理由に委員会を辞めることになった人から、沙耶を風紀委員にすればいいんじゃないかって言われて。委員会には真面目な藤堂さんもいるけど、風紀委員になっても、沙耶ならきっと上手くパンツを堪能していくだろうと思って推薦したの」


 転校した生徒さんから沙耶先輩がいいと言われたのか。まあ、実際に風紀委員になっても沙耶先輩はパンツを堪能しているけど。


「ダブル・ブレッドは必要ないかと思って放置しようと思ったけれど、たまに、入会したいって名乗り出る子が現れてね。女の子の下着姿や裸は嫌いじゃないし。だから、ネット上ではブランとしてメンバーと交流を深め、リアルでは生徒会長として、親友として沙耶と楽しい時間を過ごした。予想通り、沙耶は風紀委員になっても、充実したパンツライフを送っていて楽しそうだったからそれで満足だった」

「でも、今年度になってから、どうして罪になるようなことをし始めたの?」

「……折笠さんが入学してきたから」

「わ、私ですか?」


 私が……どういう形で会長さんの気持ちを変えていってしまったのだろう。直接、何かしてしまったのだろうか。色々と思い返してみる。


「ええ。今年度になってすぐ、沙耶が今までにない目つきをしたの。沙耶の視線の先にいたのが折笠さんだった。そして、すぐに思った。折笠さんのことが気になっているんじゃないかって。そうしたら、急に不安になってきちゃってね。だから、沙耶のことを手に入れるために、メンバーに協力してもらおうと思ったの。折笠さんを引き離すために。彼女達はすっかりと私に信仰していたから、法に触れるようなことを頼んでも拒否は一切なかった」

「でも、会長さんは私が風紀委員会に入って、沙耶先輩の相棒になることを勧めてくれたじゃないですか!」

「あのときも言ったじゃない。沙耶があなたを相棒にしたいって言っていたって。それを言ったときの沙耶を考えたら、叶えさせてあげたかったのよ……」


 自分の野望を阻むことになるかもしれないことであっても、沙耶先輩の願いはきちんと叶えさせたかったんだ。


「罪になるようなことが起これば、沙耶は折笠さんのことを心配して、風紀委員会を辞めさせるかと思った。でも、実際には沙耶と折笠さんは、相棒としてより密接な関係になっていった。ただ、当初は憎かった折笠さんも、段々と可愛らしく思えてきて……折笠さんも私のものにしたくなったの。だから、黒瀬さんに折笠さんの盗撮を頼んだ」

「先週末、私と一緒に沙耶先輩の家に泊まったのに?」

「ええ。写真は多いに越したことないじゃない。もちろん、2人が寝ている間にスマートフォンでたくさん写真を撮ったよ」


 ふふっ、と会長さんは不敵な笑みを見せる。沙耶先輩のことが好きなのは予想していたけど、まさか私のことをそういう風に見ていたなんて。


「藤堂さんを洗脳して、今朝……彼女がブランであると名乗って、風紀委員会を分裂させたときは、あと少しで上手くいくと思ったのにな。ダブル・ブレッドの会長・ブランとしての罪は藤堂さんに全て被ってもらって、傷心の沙耶と折笠さんを洗脳して私のものにしようと思ったのに。……どうしてくれるの?」


 すると、会長さんは鋭い目つきになり、私の目の前までやってくる。そして、両手で私の首を強く掴んだ。


「会長……さん……」

「京華、止めるんだ!」

「うるさい! 私が本物のブランだと分かったところで、ダブル・ブレッドは終わらない! 沙耶と折笠さんを私のものにするまで終わらないの! さあ、折笠さん。身も心も私のものになると誓いなさい。そうすれば、この先ずっと……私があなたにいい想いをさせてあげるから。沙耶でもいい。折笠さんを苦しめたくなかったら、私のものになるって誓いなさい。……誓ってよ!」


 そう恫喝すると、さらに首を強く絞められて。だから、苦しさも……増していくばかりで。涙を流す会長さんの顔が次第にぼやけていく。


「たす、けて……」


 もう……これ以上は耐えられないよ。意識が……遠のいて……。


「止めろって言っているじゃないか、京華。これ以上、私の相棒を……好きな人を苦しめるようなら京華でも許さない」


 すると、沙耶先輩は会長さんから私のことを引き離して、ぎゅっと抱きしめる。そして、私にキスしてくるのであった。

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