第76話『クレバス』

 今日は千晴先輩がいないので、放課後の見回りはひより先輩と東雲先生が一緒に行なうことになった。

 ただ、今日も喧嘩をしている生徒がいたくらいで、ダブル・ブレッドのメンバーと思わせる怪しげな生徒はいなかった。何もないのは平和でいいけれど、黒瀬先輩から実際に襲撃されたことが最後の目立った行動なので怖い気持ちもある。

 見回りから戻ると、白鳥さんと深津さんが来ていた。彼女達から、SNSによる掛布さんと黒瀬先輩それぞれのブランとのやりとりを印刷したものを見せてくれた。

 そこから分かったことは、ブランが2人の本名を知っていたこと。メンバーからの相談には親身に対応していたこと。自ら見ていたのか、他のメンバーから情報をもらっていたのか……風紀委員会の行動に合わせて素早く命令していたことだ。


「メンバーがブランに忠誠を誓っても不思議じゃないね、琴実ちゃん」

「そうですね」

「でも、この日時からして……風紀委員会や警察関係者によって彼女達が捕まったら『重大なミスをしたのでこれで終わりです』というメッセージを最後に送って、連絡手段を断っているみたいだね」

「それって、つまりダブル・ブレッドからの追放でしょうか」

「そう考えて良さそうだね。制裁を下すイメージがあるけど、私達や警察に捕まることが制裁だと考えているのかブランからは何もしないようだね」

「でも、メンバーにとっては追放が一番キツい制裁じゃないでしょうか」

「……そういう考え方もあるね。それを他のメンバーが知ったら、命令を成功させるために色々と動くか。ブランも上手いこと考えるなぁ」


 しかも、ブランは親身になってメンバーの相談を受けているから信頼も厚そうだ。大きな組織だったらより厄介だ。黒瀬先輩の一件から目立った行動もないので、これからも注意しておかないと。

 千晴先輩が欠席したこと以外については、普段と変わりなく1日が終わるのであった。



 4月22日、金曜日。

 空はどんよりとした鉛色の雲に覆われており、天気予報では今日はずっとこんな天気だそうだ。にわか雨が降る可能性もあるとか。そして、陽が出ておらず冷たい北風も吹いているので肌寒い。


「あぁ、車は有り難いなぁ。お母さんありがとね」


 座っていたら学校に着くんだもん。車の中はもちろん風が吹かないので寒い想いをせずに済むし。


「いいのよ。数分くらいだし、家に戻る途中でコンビニとかで買い物もするからね。まあ、早く問題が解決することに越したことはないけれど」

「そうだね」


 ただ、黒瀬先輩の一件からダブル・ブレッドは全然動きは見せていない。それは平和であるとも言えるけど。


「今日はにわか雨が降るかもしれないって予想だったけど、折りたたみ傘は持ってきているの?」

「うん、いつもバッグに入れているから大丈夫だよ」

「そっか。そろそろ学校が見えてきた。今日も帰りはいつもの時間に行けばいい?」

「うん。何かあったら連絡するよ」

「分かったわ。じゃあ、今日も頑張ってらっしゃい」

「はーい」


 私は学校の近くで下ろしてもらう。車から出た瞬間に強い風が吹いたので体が震える。


「ううっ、寒い……」


 寒さ対策でベストを着たのに。普通の冬の日よりも寒いんじゃないかな。

 駆け足で校舎まで向かう。そのおかげでちょっとだけ体が温かくなった。

 今日もいつものように風紀委員会の活動室へと向かう。もうすっかりと委員会の一員になったんだなぁと思った。


「おはようございます」

「おはよう、琴実ちゃん」

「ことみん、おはよう!」

「おはよう、琴実ちゃん。昨日と同じく、あとは千晴先輩だけですね」


 活動室には既に沙耶先輩、ひより先輩、理沙ちゃんがいた。

 ひより先輩の言うように千晴先輩が来れば風紀委員会メンバー全員集合する。千晴先輩は今日もお休みするのだろうか。来てくれると嬉しいな、


「ことみんもベスト着てきたんだ。今日、寒いよね」


 そう言う理沙ちゃんとひより先輩はベストを着ている。沙耶先輩は着ていないけど。


「暖かいのが慣れてきたからより寒く感じるよね。学校の前で車を降りたとき、強い風が吹いたときは体がブルブル震えたよ」

「ここまで寒いと何か悪いことが起こりそうで怖いな……」

「そ、そういうことを言わないでよ、理沙ちゃん……」


 でも、かなり寒かったし、家を出発するよりも雲の色が黒くなっている気がする。そのためか不気味な暗さだ。


「唐沢さんがそう言いたくなる気持ちも分かるな。季節外れの寒さだもんね。外を見るとこれから夜になるんじゃないかって感じだもん。朝倉先輩はどうです?」

「……風も強いときがあるから、スカートがめくれてパンツを見ることができるチャンスがいくつもありそうだけれど、今日は寒いから止めにしておこうかな」


 あのパンツが大好きな沙耶先輩が、パンツを見るのを止めておくと言うなんて。理沙ちゃんの言葉が可愛いと思えるくらいに不吉だ。


「何か、今……琴実ちゃんが私に失礼なことを考えていた気がするんだけど」

「だって、沙耶先輩がパンツを見るのを止めるって言ったんですよ? 熱でもあるんじゃないかと思って。もしかしたら、にわか雨じゃなくてにわか雪が降るかもしれませんよ?」

「ははっ、琴実ちゃんもなかなか言うようになったじゃないか。私がパンツを見るのを止めるっていうのは、風でひらりとスカートがめくれるところを狙うことであって、校舎の中だったら、いつもと変わらずにパンツは堪能するつもりさ」

「……そういうことでしたか」


 どうやら、沙耶先輩が風邪を引くこともなければ、にわか雪が降ることもなさそうだ。


「おはよう。まだ全員は来ていないのね」


 そう言って、会長さんが部屋の中に入ってきた。会長さんも寒いと思っているからかベストやカーディガンを着ている。


「あぁ、人がたくさんいる部屋は何だか温かい気がする。そういえば、藤堂さんは今日も欠席?」

「彼女からの連絡は全くないし、恵先生達からもまだ何も」

「そっか。来てくれるといいね」

「……そうだね」


 すると、沙耶先輩は昨日の朝と同じような寂しげな笑みを浮かべる。昨日の昼、私や会長さんに千晴先輩のことを話してからは、少しずつ元気になっているようだったけど。もしかしたら、朝、ここで千晴先輩と会えないと、沙耶先輩は気持ちに区切りを付けることができないのかも。


「おはようございます、みなさん」


 その声が聞こえた瞬間、私達は部屋の扉の方を見た。すると、扉のところに優しげな笑みを浮かべる千晴先輩が立っていた。


「藤堂さん、その……体調は大丈夫?」

「……ええ。今日は寒いですが大丈夫ですよ、朝倉さん」


 沙耶先輩に対しても、千晴先輩は落ち着いた様子で話している。気持ちを切り替えることができたのかな。


「そっか、良かった。メッセージを送った通り、昨日は何もなかったよ。今日からまた5人で風紀委員会の仕事を――」

「その風紀委員会のことなんですけどね」


 すると、千晴先輩はいつもとは違う不気味な笑みを浮かべて、


「委員長である私とは活動方針が決定的に違うようなので、あなた方4人にはたった今、風紀委員会を辞任してもらいます。ですから、白布女学院の風紀については……ダブル・ブレッドの会長である私・ブランが指揮をとらせていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る