第75話『まるで』
ちょっとの間だけでいいからこのままでいさせてほしいとは思ったけど、沙耶先輩と抱きしめ合ってからもう10分以上経過している。たまにちょっと動くけど、基本的に私の胸に顔を埋めたままだ。こうしていると、まるで沙耶先輩が赤ちゃんみたい。
「沙耶ってパンツだけじゃなくて、胸も大好きな子だったっけ?」
気付けば、会長さんが私達の目の前に立っていた。私の胸の中で眠っている沙耶先輩を可愛いと思っているのか微笑んでいる。
「会長さん……」
「いつもは生徒会室で食べるんだけど、たまには外の空気を吸いながら食べたいと思ってね。そうしたら、2人の姿が見えたから、ついさっきまで2人を見ながらお昼ご飯のサンドウィッチを食べてた」
「そ、そうなんですか」
声をかけてくれてもいいのにと思ったけど、会長さんがいたら千晴先輩の話を沙耶先輩から聞けなかったかもしれないので何とも言えないところだ。
「声をかけても良かったかもしれないけど、今日の沙耶はいつもより元気がなさそうだったから。ただ、折笠さんに対して真剣に話しているみたいだったから、私が入ったら沙耶に悪いかなと思って……」
「それで、私達のことを見守ってくれていたんですね。会長さんなりの優しさだったんですね」
「そう言ってくれると有り難いけど、正直、沙耶が落ち込む場面ってほとんどないから、どうすればいいのかあまり分かっていないのもあって。中学からずっと沙奈とは付き合いがあるのにな……」
会長さんは切なげに微笑んだ。もしかしたら、沙耶先輩の様子が気になって生徒会室でお昼ご飯は食べずに先輩のことを探したのかも。
「……それにしても、私がここに来たのに折笠さんの胸の中に顔を埋めているなんて。何かよほど落ち込むことがあったのかしら」
「沙耶先輩にも色々とあるんですよ。あと、もう10分以上このままの姿勢ですけど……」
「うん……」
何か寝言のような声が聞こえたけど。ゆっくりと体を離してみると、沙耶先輩はぐっすりと眠っていた。私に不安を吐露したことで、少しは安心できたのかな。何にせよ、眠っているのはいいことだと思う。
「沙耶ったら……まるで、お母さんのことを抱きしめて眠る子供みたいね」
「私は赤ちゃんだと思いました」
「ふふっ、その方が正確かも」
会長さんはくすくすと笑っている。本当に会長さんって美しい人だなと思う。でも、美しさの中に可愛らしさもあって。
「……ふああっ」
沙耶先輩はあくびをして目を擦っている。
「ごめん、寝ちゃった。琴実ちゃんのおっぱいが柔らかくて、温かくて、いい匂いがして気持ち良かったからね。昨日、あまり眠ることができなかったからつい……」
そう言うと、沙耶先輩は再び私の胸に寄り掛かる。昼寝から起きたばかりなので私の胸を枕にしてゆっくりしたいようだ。あと、あんまりすりすりしないで。
「沙耶は胸好きだったの?」
「……いたんだ」
すると、沙耶先輩は少し恥ずかしそうな様子で素早く私の胸から離れ、ベンチに腰を下ろした。
「会長さんもここでお昼ご飯を食べていたそうです」
「そうなんだ。もしかして、私達の後をついてきたの?」
「いつもは生徒会室で食べているけれど、たまには場所を変えてもいいかなと思って。まあ、今日の沙耶はいつもよりも元気がなかったから気になってはいたわ。2人で何か話している様子は見たけど、盗み聞きはしていないから安心して」
「……本当かな。昔はまるで私のお母さんみたいに、私に関することなら何でも知ろうとしていたのに」
「だって、気にかけてないと頑張りすぎて体調崩すこともあったから」
「そんなこともあったね」
あははっ、と沙耶先輩はいつものように爽やかに笑う。やっぱり、会長さんと一緒にいるときの沙耶先輩って自然体に思える。お母さんみたい、って言っているけれど沙耶先輩の好きな人って会長さんなんじゃないかと思ってしまう。
「あと、今の口ぶりからして……何かあったんでしょ。様子がおかしくなったタイミングからして昨日の放課後だと思うんだけれど。無理に話せとは言わないけれど……」
会長さんは真剣な表情で沙耶先輩のことを見つめながらそう言った。珍しく元気のない沙耶先輩のことがとても心配なんだろう。
「……分かったよ、京華にも話す。でも、藤堂さんのためにもこのことは絶対に誰にも話さないでね」
「藤堂さんが関わっているのね。分かったよ」
そして、沙耶先輩は小さめの声で会長さんにも千晴先輩に告白されたことを話した。
さっきは話していなかったけれど、沙耶先輩は昨日の放課後……千晴先輩と一緒にこの屋上に来て告白されたんだ。放課後も開放しているそうだけれど、意外と来る人が少ないのかな。
「なるほど。それで、藤堂さんは自分にフラれたショックで学校を休んだかもしれないと思ったのね」
「そうだよ、京華」
「それにしても、あの真面目な藤堂さんが沙耶のことを好きになるなんて。黒瀬さんから助けられたことが凄く嬉しかったのね」
「あれが好きになったきっかけだったとは言っていたよ」
「確かに、思い返せば……昨日の朝、活動室で沙耶と話しているときの藤堂さん、顔が赤くて可愛かったかも」
そっかそっか、と会長さんは納得している様子。ひより先輩や理沙ちゃんでさえ、黒瀬先輩のことがあってから千晴先輩が変わったと思うくらいだからなぁ。
「さっきも言ったけど、このことは他の誰にも話さないでね」
「分かってるって、沙耶」
「琴実ちゃんも」
「……はい」
理沙ちゃん達にうっかり喋ってしまわないように気を付けないと。
千晴先輩から恋愛相談を受けていて、彼女から告白の結果も聞かされていたことを話すべきかどうか迷ったけど、話したら何とも言えない空気になりそうな気がしたので止めておこう。沙耶先輩には好きな人がいて、それが私か会長さんかもしれないと言ったらそれこそ……ね。
「どうしたの? 琴実ちゃん。何か考えているようだけれど」
「いや、その……予想もつかないことって起こるんだなと思って。でも、黒瀬さんから助けたときの沙耶先輩はかっこ良かったですから、もし、自分も千晴先輩の立場だったら沙耶先輩に惚れちゃうかもしれません。千晴先輩も可愛い方ですね」
まあ、実際にも男達に追われているところを沙耶先輩に助けられたことをきっかけに、先輩のことが好きになったんだけどね。
「……そういうことを言う琴実ちゃんもとても可愛いと思うけれどね、私は」
そういうことをさらりと言う千晴先輩にキュンとくるよ。
「私の胸に顔を埋めたら思わず寝ちゃう沙耶先輩も可愛いですけどね」
「私もそれは思った。沙耶、今度は私の胸の中で寝てみる? 折笠さんより寝心地が悪いかもしれないけど、それなりに柔らかい自信はあるよ?」
「……何か、2人に弱みを握られた気分だなぁ。この先ずっと言われそうで怖い」
「言いませんよね? 会長さん」
「うん、多分言わない」
「……本当かなぁ?」
あまりにもパンツを堪能してくるようなら言うかもね。
気付けば、お昼休みの時間も残り少なくなっていたので、私達はお弁当を再び食べ始める。たまにおかずを交換したりして。沙耶先輩も今朝よりは元気そうな笑顔を見せてくれて安心したのであった。
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