第67話『特効薬』

 私は秋川先生と一緒に沙耶先輩を保健室へと連れて行く。

 ダブル・ブレッドのメンバーに監視されたり、盗撮されたりしているかもしれないので、ここに来るまでの間も周りに注意していた。ただ、黒瀬先輩が私達に捕まったこともあってか、怪しそうなことをしている生徒はいなかった。


「失礼します」


 保健室の中に入ると……あれ、誰もいない。お手洗いにでも行っているのかな。


「誰もいないね。保健室の先生……休憩でもしているのかしら。沙耶ちゃん、痛いのは背中だよね?」

「そうです。まだ痛みがありますね……」

「黒瀬先輩に棒で思い切り殴られていましたもんね」

「そうだったのね。それなら今でも痛みは残っているよね。まずは背中の状態を確認したいから、そこのベッドでブレザーとワイシャツを脱いで」

「はい」


 秋川先生の言うように、沙耶先輩はベッドに腰をかけてブレザーとワイシャツを脱いでいく。すると、藍色の下着が。沙耶先輩って落ち着いた雰囲気が好みなのかな? やけに艶っぽい。


「背中、どうなっていますか?」

「どれどれ……」


 沙耶先輩の肌が白くて綺麗なこともあって、背中の中心付近に赤紫色のあざがあるのがすぐ分かった。いかに黒瀬さんが棒を使って強く叩いたのかが分かる。


「あざになっていますね。赤紫色です」

「やっぱり。痛みがあまり引いていないからね」

「でも、血は出ていないし湿布を貼っておけば大丈夫かな。ちょっと待っててね」


 秋川先生はそう言って湿布を探しに私達の所から離れる。

 沙耶先輩が制服を脱いでいることもあって今はカーテンを閉めた状態。だから、ある意味で沙耶先輩と2人きりだ。


「……ねえ、琴実ちゃん」

「何ですか?」


 すると、沙耶先輩はゆっくりと私の方に振り返って、


「私の背中を見て色々なことを考えていたでしょ」


 ニヤリとした笑みを浮かべながら、小さな声でそんなことを訊いてきた。


「そんなわけ……ないですって」


 そうは言ってみたけど、本当は沙耶先輩の綺麗な背中を見て凄くドキドキして。キスしたいとも思っちゃって。


「……本当かな? 背中に感じる琴実ちゃんの吐息や鼻息で、キスしたいとか舐めたいとか考えていたんじゃないかなって思ってさ」

「沙耶先輩みたいな変態じゃないんですから……」


 でも、沙耶先輩の背中を舐めたらきっといい味がするんだろうなとか、いい匂いがするんだろうなとか考えてしまって。先輩の変態さがうつってしまったのか。それとも、先輩が好きだからこそ考えてしまうのか。


「琴実ちゃんならいいよ。キスしたり、舐めたりしても。それがこのケガを治す特効薬になるかもしれないし」

「な、何を言っているんですか。アホですか。叩きますよ」

「あははっ、さすがに叩かれるのは勘弁かな。でも、琴実ちゃんがそんなことをしてくれたら、早く治るんじゃないかなって思えそうなんだ。おまじないっていうか。ほら、病は気からって言うじゃない。あと、傷を舐めるといいって」

「それは、傷口から血が出ているときの話じゃないですか?」


 ただ、爽やかな笑みを目の前で見せられながらそう言われたら、断ることが申し訳なく思えてきて。むしろ、好きな人から与えられた身体的に触れるられるチャンスを逃したくなくて。

 カーテンの隙間から秋川先生の方をチラッと見ると、まだ先生は湿布を探しているようだ。これなら大丈夫かも。


「……先生に気付かれないように声は抑えてくださいね」


 一度あざとなっている箇所をちょっと舐めて、そこから何度もキスをして。甘さだけではない沙耶先輩の味と匂いを感じる。


「んっ……」


 沙耶先輩が漏らす声がとても可愛くて。ドキドキした気持ちと幸せな気持ちがどんどん膨らんでいって。2人きりだったら、もっと先輩のことを感じたいから、色々なことをしちゃうと思う。

 チラチラと秋川先生の方を見ていると、棚に手を伸ばす姿が見えたのでキスを終わらせ、舐めた部分をブレザーの袖で拭いた。


「……琴実ちゃん、やっぱり変態だね。さすがは私の相棒」


 沙耶先輩、さっきよりも頬は赤いものの嬉しそうな笑みを浮かべていて。可愛らしい声を漏らしているときの表情を見てみたかった。


「沙耶先輩のご希望に沿っただけですよ。相棒として」

「へえ……それにしては随分と積極的にキスをしていた気がするけど?」

「沙耶先輩の怪我が早く治ってほしいですからね。その気持ちを患部にたくさん注ぐためですよ」

「なるほどね。でも、痛みはさっきよりもマシになってるよ。ありがとう」


 お礼なのか、沙耶先輩は私の頬にキスをした。からかわれても、今のキスで帳消しになった気がして。私の心が全て分かっているんじゃないかって思うくらいに。そんな先輩が本当に素敵だと思えてしまうのだ。


「このことは私達だけの秘密にしておこうね」

「……当たり前ですよ」


 怪我をしているところにキスをしたり、舐めたりしたことがバレたら恥ずかしいし。ちょっとの間、学校に行けなくなりそう。内容はアレだけれど、沙耶先輩と私だけの秘密があるというのは嬉しい。


「ごめんね、覚えていた場所に湿布がなくて。探すのに時間かかっちゃった」

「そ、そうだったんですね!」

「……どうしたの? 折笠さん、驚いた感じだけれど」

「急にカーテンが開いたので驚いちゃっただけです。あっ、湿布は私が貼りますよ!」

「ふふっ、本当に沙耶ちゃんの相棒らしいね。じゃあ、お願い」


 秋川先生から湿布を受け取り、あざになっているところに貼る。さっき舐めちゃったけれど、拭いたから大丈夫だよね。


「こんな感じで大丈夫でしょうかね」

「うん、大丈夫よ。沙耶ちゃん、他に痛いところはある?」

「ないですね、大丈夫です」


 そう言うと、沙耶先輩は制服を着直す。


「それなら良かった。でも、ここまで立派なあざができちゃうなんて……香奈ちゃんも思いっきり叩いたなぁ」

「さっきの黒瀬さんの言葉からして、風紀委員会のメンバーを憎んでいたようですからね。特に藤堂さんはダブル・ブレッドのことを敵対視していましたから」


 破滅すればいいって千晴先輩は言っていたもんね。


「じゃあ、ブランは千晴先輩を狙ったんですか?」

「その可能性もありそうだし、風紀委員会のメンバーなら誰でも良かった可能性もありそうだね。琴実ちゃんが盗撮された写真を印刷した紙を貼れば、風紀委員会のメンバーや恵先生達なら立ち止まるだろうし」


 つまり、ブランは風紀委員会メンバーの状況をしっかりと把握している人物である可能性が高そうだ。前に東雲先生が言っていたように、ブランは私達の近くにいる人なのかも。


「じゃあ、あの紙は、襲撃しやすくするのが目的で、風紀委員会の関係者を立ち止まらせるためのものだったのかな」

「おそらくそうだと思います。黒瀬さんは自分の正体に気付かれることなく、風紀委員会のメンバーを襲えとブランから命令されていたんでしょうね。それが正しいかどうか確認するためにも私達も活動室に戻りましょう」

「そうね」


 そのことについてはきっと、東雲先生や深津さんが訊いていると思う。どんなことが黒瀬先輩から語られるのか。

 ちなみに、私達がここを出ようとしたときに、保健室の先生が戻ってきた。お昼ご飯を食べ過ぎたのが原因で腹痛を起こし、ずっとお手洗いの個室にこもっていたとのこと。黒瀬先輩もこのくらいペラペラ喋ってくれるといいなと思うのであった。

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