第66話『漆黒美少女』
トレンチコート姿の人に棒で殴打された沙耶先輩は、千晴先輩を覆い被さるようにしてその場で倒れてしまう。
「沙耶先輩! 千晴先輩!」
2人のことも心配だけれど、まずはあのトレンチコート姿の人を捕まえないと。私達に気付かれたからか逃げようとしている。
「理沙ちゃん、あの人を捕まえるよ!」
「ことみん、待って!」
すると、理沙ちゃんはすぐ近くに落ちていた小石を手にとって、
「いけええっ!」
トレンチコート姿の人にめがけて勢いよく投げる。
理沙ちゃんの手から放たれた小石は、この場から去ろうとするトレンチコート姿の人に向かって、かなり速いスピードで迫り、
「いたっ!」
棒を持つ右手にクリーンヒット。さすがはテニス部……なのかな?
トレンチコート姿の人は棒を落とし、石をぶつけられた右手がかなり痛いのかその場で立ち止まる。あと、さっきの声からして女の子かな。
「ことみん、捕まえるよ!」
「うん!」
私は理沙ちゃんと一緒に向かって走り出し、トレンチコートの人に向かって飛びかかる。
「きゃあっ! 何するのよ!」
「それはこっちのセリフです! いきなり沙耶先輩のことを棒で殴って!」
「あいつがいきなり出てきただけだ! 離せっ!」
「先輩にケガさせた人を逃がすわけがないでしょ! 絶対に離すもんか!」
「ことみんの言う通り! まずはこいつが誰なのかハッキリさせようよ!」
理沙ちゃんはそう言うけど、このトレンチコートの人が必死に抵抗するから取り押さえることでやっとだよ。
「ひより先輩、この人の帽子を取ってください!」
「うん、分かった!」
「取るなああっ!」
トレンチコートの人の迫力のある叫びが響き渡る中、ひより先輩が帽子を取り、黒いサングラスを外した。
すると、黒髪の可愛らしい美少女のお出まし。もちろん、彼女のことは知らない。
「そんな……あの方の命令通りにできなかった……」
すると、黒髪の女の子は目に涙を浮かべながら悔しそうな表情になる。あの方っていうのはもしかしてブランのことかな?
「……邪魔なんだよ」
「えっ?」
私が声を漏らしたせいか、黒髪の女の子は私のことを睨み、
「風紀委員会が邪魔なんだよ! ブラン様のことを敵視して、ダブル・ブレッドを潰そうとまでしているんだから! いい加減に離せよ! あんた達もこの女みたいに痛い目に遭いたいのか? ブラン様に歯向かう人間は許さない!」
罵声とも言えるような迫力でそう言い放った。やっぱり、あの方というのはブランのことだったんだ。そして、この女の子はダブル・ブレッドのメンバー。彼女から詳しく話を聞く必要がある。
「ダブル・ブレッドにとっての脅威であり、君が崇拝するブランと敵対関係にあっても、風紀委員会の仕事をきちんとこなす生徒を盗撮したり、ケガを負わせたりしてもいい理由にはならないけどな」
「そんなわけ……あっ」
黒髪の女の子のさっきまでの威勢の良さが打って変わって怯えた表情になる。
それもそのはず。東雲先生が怒った表情で私達のことを見ていたからだ。隣に深津さんがいるからか、先生がやり手の警察官のように思えてくる。
「とりあえず、名前と学年とクラスを言え。君のことは全然知らないんだ」
「……3年4組の
「うん、授業で担当したことがないからか、覚えのない生徒だな」
生徒の数もそれなりに多いし、名前の分からない生徒がいるのは仕方ないと思うけど、さすがに言葉を選ぶべきなのでは。
「いててっ……」
「だ、大丈夫ですか? 朝倉さん」
さっきまでとは逆に、今度は千晴先輩が沙耶先輩のことを支える形となる。
「棒で思い切り叩かれたから背中が痛いかな。藤堂さんこそ大丈夫?」
「え、ええ……私は大丈夫です。でも、ごめんなさい。秋川先生に電話をしていて、彼女が襲ってくることに気付かなかったから、あなたが怪我を負うことになってしまって……」
「……なあに、気にしないでよ。それよりも、藤堂さんが無事で良かった」
そう言うと、沙耶先輩は精一杯の笑みを浮かべて藤堂さんの頭を撫でる。そのことで,
千晴先輩の悲しげな表情も幾らか和らいだように見えた。
「琴実ちゃんやひよりちゃん、唐沢さんもよく頑張ったね。……黒瀬さんだっけ。白布女学院の風紀委員会を舐めない方がいいよ。よく覚えておいて。いたたっ」
「沙耶先輩、無理はしないでくださいね」
「ありがとう、琴実ちゃん。それにしても、人を守るのって難しいんだね。ただ、今回は背中の怪我だけで済んで良かったよ」
きっと、今も背中はかなり痛いはずなのに、笑みを絶やさないなんて。沙耶先輩はとても強い人だ。
「千晴ちゃんと電話をしていたら、色々と騒ぎ声が聞こえたけれど……って、このトレンチコートの子、香歩ちゃんじゃない」
「ああ。彼女、ダブル・ブレッドのメンバーで色々とやってくれたらしい」
「そうですか。あと、このトレンチコート……さっき、菜々ちゃんと白鳥さんが見せてくれた防犯カメラの映像に映っていた人が着ていたものと一緒のような気がしますが」
「そういえば……そうだな。あと、成田からこの掲示板に折笠の盗撮写真が印刷された紙が貼られていたって電話が来たけど……」
「私も千晴ちゃんからその話は聞きました」
「そうか。……ところで成田、その紙は?」
「これが例の盗撮写真が印刷された写真です、先生」
東雲先生はひより先輩から渡された紙を秋川先生と一緒に見る。
「……ほぉ、寝間着姿の折笠もなかなか可愛いじゃないか。そして、この建物の雰囲気……朝倉のマンションか」
盗撮された写真とはいえ、担任の先生に寝間着姿が可愛いと言われると照れちゃうな。
「そうですね。昨日行きましたからこの外観の雰囲気は覚えてます」
「そうか。……黒瀬、日曜日の朝にこの写真を撮ったのも、印刷して掲示板に貼ったのもお前か? 正直に言った方がいいぞ。ここに警察官もいるんだからな」
「はい、布野警察署の深津菜々です」
深津さんは黒瀬先輩に警察手帳を見せる。すると、黒瀬先輩の顔が青ざめていく。
「黒瀬さん。君と同じダブル・ブレッドに所属している生徒が、私を盗撮したことは分かっているんだ。琴実ちゃんが日曜日の朝に盗撮されたことを含めて被害届を提出し、こうして警察の方が学校に来ている。ダブル・ブレッドはそういうことを組織的にやっていると自覚すべきだよ」
沙耶先輩は真剣な表情でそう言う。ブランへの信仰心が強そうだけど、黒瀬先輩に今の言葉が届いただろうか。
「……あたし、だよ。ブラン様に1年生の折笠琴実のことを撮影しろって言われたの。だから、あたしだとバレないように変装して、昨日の朝……あのマンションのバルコニーにいた折笠琴実を盗撮したんだ」
やっぱりそうなんだ。ということは、さっき見せてもらった防犯カメラに映っているトレンチコート姿の人は黒瀬先輩なのだろう。
「なるほど、分かった。ここで話し続けるのは何だから、黒瀬を風紀委員会の活動室に連れて行って詳しく話を聞くことにしよう」
「私、麻美先輩にこのことを伝えて、学校に来てもらうようにします」
「お願いします。朝倉は保健室へ行ってケガの治療をしてもらいなさい。藤堂はケガないか?」
「ええ、朝倉さんのおかげで大丈夫でした」
「それなら良かった。じゃあ、折笠と恵が朝倉に付き添って保健室に連れて行ってくれ。それ以外の者は全員、風紀委員会の活動室に。唐沢と成田、黒瀬が逃げないように頼む」
黒瀬先輩からどんなことが聞けるのだろう。重要な手がかりを掴めるといいけど。そんなことを考えながら、秋川先生と一緒に沙耶先輩を保健室に連れて行くのであった。
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