第65話『Sudden』

「以上が今日の捜査結果となりますね」


 今日の白鳥さんと深津さんの捜査によって分かったことは、沙耶先輩のマンションの近くに設置された防犯カメラに、私が見た例の人物が映っていたということだった。


「なるほど、分かった。折笠の見た人物が映っているというこの映像を解析して何か分かればいいな」

「はい、徹底的に解析するよう頼みます」

「よろしくお願いするよ、麻美。そういえば、放課後の風紀委員会の活動は校内の見回りなのか?」

「はい。私とひよりさん、朝倉さんと琴実さんと理沙さんの2組に分かれて校内の見回りをしようと考えています」

「そうか。私はそれでいいと思うけれど、委員会顧問の恵はどう思う?」

「私もそのやり方でいいと思います。折笠さんも唐沢さんと一緒ならより心強いと思いますし。みんな、いつも以上に気を付けて見回りをしてね」

『はーい』


 私を盗撮した人が白布女学院の生徒なら、放課後になってから動き出す可能性は高そう。しかも、ダブル・ブレッドのメンバーだとしたら尚更だ。


「今日はあまり仕事も残ってないし、私も見回りをするかな。恵は?」

「何もなければ真衣子さんと一緒に見回りをしたいですが、明日返却しないといけない小テストがありまして。採点したいので職員室にいます。真衣子さん、お願いできますか?」

「分かった。風紀委員会の方は私に任せてくれ」

「ありがとうございます。では、生徒のことをよろしくお願いしますね」

「ああ」


 秋川先生、うっとりとした表情で東雲先生のことを見ている。東雲先生は普通のことを言っていたと思うけど、爽やかな笑みを浮かべていたからなのかな。


「あの、恵先輩。以前、女性と一緒に住んでいるって言っていたじゃないですか。その相手というのはもしかして、東雲さんのことですか?」


 秋川先生と東雲先生の仲睦まじい様子を見て、深津さんは2人が同僚という関係ではないと分かったらしい。


「うん、そうだよ。同棲しているの」

「同棲……ってことは、お付き合いしているんですか?」

「うん」

「私の嫁を奪おうっていうつもりなら、警察官のあなたでも容赦しませんけど」


 東雲先生、目が本気だ。こんな先生を見るのは初めてかもしれない。


「いえいえ、そんなことはしませんよ! 恵先輩はとても優しい方だと思っていますが、恋人として付き合おうとは……」

「それならいいのです。深津さんが言うように、恵はとても優しく、温かく、可愛らしい女性ですからね。私のわがまですが……彼女には私の側にいてほしいのです。つい、強い口調で言ってしまって申し訳ありませんでした」

「そんな、気にしないでください! ただ、恵先輩は素敵な方に愛されているなと思いました。羨ましいです」

「ふふっ、私も恵という素敵な人から愛されていますよ」

「真衣子先輩、学生時代のときと比べて随分と柔らかくなりましたね」

「私はいつでも自然体で過ごしているつもりさ。ただ、柔らかくなったと麻美が感じたのはきっと恵のおかげなんだろうなぁ」


 ふっ、と東雲先生は落ち着いた笑みを浮かべる。本当にかっこいい先生だなぁ。秋川先生と一緒にいる姿を見ると、私も沙耶先輩とああいう風になりたいなって思う。


「東雲先生、かっこいいし面倒見も良さそうだから結構人気があるんだ。でも、めぐみん先生と付き合っているんだね」


 理沙ちゃんが私の耳元でそう囁いてくる。最初はクールで恐いイメージがあったけど、話してみればさっぱりとした面倒見のいい先生だと分かった。生徒から人気があるというのも頷ける。


「何だか、私も一緒に見回りしたくなっちゃいました」

「その気持ちも分かるけど、恵はテストの採点があるんだろう? それが終わったら連絡してきて」

「……はい」

「麻美と深津さんは?」

「私は例の映像の解析を頼みに警察に戻ります。それはもちろん1人でできますから、菜々さんは真衣子先輩と一緒に校内の見回りをしてくれるかな。私の方も用事が終わったらすぐに戻ってくるから。何かあったら連絡して」

「分かりました。東雲さん、宜しくお願いしますね」

「宜しくお願いします。校内の案内を兼ねて一緒に見回りをしましょう。それじゃ……みんな、気を付けて見回りをしてきて」

「分かりました。じゃあ、みんな……パンツ・フォー!」

『ふぉー!』


 やっぱり、沙耶先輩はこの掛け声を言うんだ。理沙ちゃんとひより先輩はしっかりと反応している。優しいなぁ。そして、予想通り白鳥さんと深津さんは戸惑っている様子。


「気にしないでください。麻美、深津さん。朝倉なりの気合いの入れ方なんです」

「沙耶はパンツが大好きですからね。今の掛け声で英気を養っているんですよ」


 東雲先生と会長さんが沙耶先輩のフォローをしている。ここもさすがというべきか。


「私は生徒会室で仕事をしているから、何かあったら連絡してね、沙耶」

「分かったよ、京華。生徒会の仕事、頑張って」

「……ええ」

「無理はせず、何かあったら連絡して情報を共有していくこと。じゃあ、それぞれの仕事をやっていきましょう」


 無事にまた全員がこの活動室に集まれればいいな。

 東雲先生のその言葉を胸にして、私は沙耶先輩や理沙ちゃんと一緒に校内の見回りの仕事を始める。


「いやぁ、可愛い後輩2人と一緒に仕事ができるなんて嬉しいね」

「……まるで、私1人じゃ不満そうな言い方ですね」

「ははっ、そんなことないよ。琴実ちゃんは風紀委員として、私の相棒として働いてくれていると思っているよ。ただ、仲間がたくさんいるのが嬉しいんだ。しかも、可愛い女の子ばかりだからより嬉しい!」


 そう言うと、沙耶先輩は満面の笑みを浮かべながらガッツポーズ。ダブル・ブレッドのメンバーのことを恐れてビクビクしているよりはよっぽどいいよね。もしかしたら、普段と変わらずに元気に活動することが、あの組織への一番の抑止力になるかもしれない。


「お邪魔だったら、藤堂先輩や成田先輩の方に行ってもいいけど? ことみん」

「私達と一緒で大丈夫だって。それに、理沙ちゃんが一緒にいてくれてとても安心しているんだから」

「ははっ、2人は本当に仲がいいんだね。羨ましいなぁ」


 沙耶先輩は爽やかな笑みを浮かべる。羨ましいというのは……自分も理沙ちゃんのように私と仲良くなりたいってことかな。勝手にそうポジティブに解釈してみる。


「普段はテニス部の活動で外にいるから分からなかったけど、放課後の校舎の中ってあまり人がいないんですね」

「そうだね。学校に残っている生徒もほとんどは部活に行くか、私達のように委員会活動をするかのどっちかだからね」

「そうなんですか。ということは、怪しい行動をしたら、あたし達にバレる可能性は高そうですね」

「そうなんだけど、私の場合は気付くことなく盗撮されちゃったんだ。だから、油断できないよ。期間限定でも唐沢さんも風紀委員のメンバーだから気を付けてね」


 沙耶先輩の言うことは正しいけれど、あのときは落ちているパンツに夢中だったことも一因のような気がする。


「あの、朝倉先輩。見回りということですけど、具体的にどういったことに注意していればいいですか?」

「いい質問だね。ざっくり言えば、校則違反をしている生徒がいないかどうかをチェックすることかな。怪しいと思ったらすぐ確認って感じ」

「なるほどです」

「ただ、先週に盗撮もあったし、周りをよく見てほしい。怪しいと思ったらまずは私に教えてくれるかな。もちろん、琴実ちゃんも」

「分かりました、沙耶先輩」

「まずは朝倉先輩に報告ですね、了解です」


 私達は静かな校舎の中の見回りをしていく。

 時々、部活動の休憩をしているのか、何人かの生徒とはすれ違ったりしたけど、特に怪しい行動を取っていたり、校則違反と疑われるようなことをしていたりする生徒はいない。強いて言えば、沙耶先輩へのおねだりで、頭を撫でられて喜ぶ人がいたくらいで。


「今のところ平和ですね、沙耶先輩」

「そうだね、琴実ちゃん」

「ていうか、朝倉先輩って本当に人気がある生徒さんなんですね。テニス部でも朝倉先輩は人気ですもん。運動神経がいいから、今からでもうちの部に来てくれないかって先輩方が言っていましたよ」

「楽しむスポーツは好きだけど、戦うことを目的としたスポーツはやらないつもりだからね。誘ってくれるのは有り難いけど。それに、今は風紀委員があるから」

「そうですかぁ」


 入学直後から私も沙耶先輩の名前は知っていて、才色兼備な人だという話が1年生の間でも広まっていた。実際にそうなんだろうけど、パンツに関してはド変態なのでどうしても信じ切れない部分もあって。

 ――プルルッ。

 うん? 私のスマートフォンが鳴っている。


「私のスマートフォンも鳴ってる」

「沙耶先輩のもですか?」

「風紀委員会のグループトークにメッセージが入ったのかも。見てみよう」

「はい」


 スマートフォンを確認すると、沙耶先輩の予想通り、風紀委員会のグループトークに新着メッセージと写真が送信されたという通知が。


『中庭の掲示板に、寝間着姿の琴実さんの写真が印刷された紙が貼られていました』


『これって、日曜日の朝に琴実ちゃんが盗撮された写真じゃないかな?』


 という千晴先輩とひより先輩のメッセージの後に、貼られた紙を撮影した写真が送信されている。この寝間着は間違いなく先輩の家で泊まっているときに来ていたものだ。


「あっ、これ……ことみんだよね」

「琴実ちゃんだよ。撮られた場所は私のマンションのベランダだ。琴実ちゃんのこの寝間着姿は昨日の朝に着ていたから覚えてる」

「これで、私も盗撮されたって決まっちゃいましたね」

「ああ。しかも、校内の掲示板に印刷した写真が貼られているってことは、ダブル・ブレッドが絡んでいる可能性が非常に高い」

「ですね。とにかく、まずはその掲示板に行きましょう!」

「そうだね。この掲示板はここからすぐだ」


 すると、風紀委員会のグループトークに、


『すぐにそこへ行くから。その間に、東雲先生と恵先生にもこのことを伝えておいて』


 という沙耶先輩のメッセージが送信された。


「2人とも、行こう」


 沙耶先輩や理沙ちゃんと一緒に中庭の掲示板に向かい始める。

 私を盗撮していたことをこうして自ら明かすなんて、犯人はいったい何を考えているんだろう。


「そこを出れば掲示板はすぐ近くだよ」


 割とすぐに千晴先輩とひより先輩のところに行けそうだ。

 校舎を出ると、千晴先輩とひより先輩の姿が見えた。ひより先輩は掲示板の近くで。千晴先輩はちょっと離れたところで。2人ともスマートフォンで先生達に連絡しているのだろうか。


「藤堂先輩と成田先輩いましたね。さっそく――」

「2人とも逃げて!」


 沙耶先輩はそう叫ぶと千晴先輩の方に向かって急に走り始めた。

 何事かと思って周りを見てみると、昨日の朝に見たトレンチコートと帽子で姿を隠した人が、棒状のものを持って千晴先輩の方に向かって走っていたのだ。


「藤堂さん!」

「えっ?」


 沙耶先輩は千晴先輩を守るようにして抱きしめた瞬間、棒状のもので背中を殴られ……彼女と一緒に倒れてしまうのであった。

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