第51話『ガールズナイト』

 午後9時半過ぎ。

 お風呂から出た私達は3人で沙耶先輩の部屋にいる。

 今までリビングかお風呂にしかいなかったので、さっき初めて先輩の部屋に入ったけど、予想以上の部屋の広さに驚いている。私の部屋よりも広い。

 お客さん用のふとんが2組あるそうなので、沙耶先輩のベッドの横に並べるようにしてふとんを敷いた。


「何とか敷くことができたね」

「そうね。部屋の中、どこに寝ても大丈夫な感じよね」

「そうだね。私はベッドで寝るから、ふとんの方は2人に任せるよ」

「じゃあ、私が扉の近くでいいよ。折笠さん、沙耶の隣の方が落ち着くんじゃない?」

「……そ、そうですね」


 相棒だからって気を遣ってくれているかもしれないけど、もしかしたら先輩への想いが会長さんにバレているかもしれない。


「2人ともどうする? 昨日はもうこのくらいの時間には寝たけれど」

「へえ……じゃあ、今日も寝ていいんじゃない?」

「私はいいけれど、琴実ちゃんは?」

「私も今日はもう寝ていいですよ」

「了解。じゃあ、歯を磨いて寝よっか」


 私達は洗面所で歯を磨いて、それぞれの場所で横になる。

 沙耶先輩が部屋の電気を消し、カーテンを開けてくれる。今夜も月明かりのおかげで部屋の中が何とか見えている。


「何だか、こうしてふとんの上にいると修学旅行とか合宿みたいな感じね」

「そうですね」


 まさか、沙耶先輩の部屋で先輩と一緒に眠れるなんて。先週の自分には想像できなかった時間を過ごしている。


「琴実ちゃんの部屋のベッドもいいけれど、やっぱりいつも自分が寝ているベッドで横になるといいよね。うん……急に眠気が」


 ふああっ、とあくびをする沙耶先輩が可愛らしい。


「京華、琴実ちゃん、おやすみ」

「おやすみ、沙耶」

「おやすみなさい、先輩」


 私も寝ようかな。今日は猫カフェとか、ババ抜きで負け続けるとか、沙耶先輩や会長さんと3人でお風呂に入るとか……色々なことがあったし。


「会長さん、私も寝ます。おやすみなさい」

「うん、おやすみ、折笠さん」


 会長さんの笑顔が視界にある中、私はゆっくりと目を瞑る。


「んっ……」


 目を瞑ってからすぐに沙耶先輩の寝息が聞こえる。昨日もそうだけれど沙耶先輩、寝付きがいいんだなぁ。

 今日はふとんで眠るから広々としているし、涼しいのでむしろ昨日よりも眠りやすい。それなのに、会長さんが横にいるだけで全然眠れない。何かされるって本能的に警戒しているからなのかな。


「ねえ、折笠さん。起きてる?」

「……起きてますよ」


 会長さんが眠っている方に体を向けて目を開けると、


「きゃ――」

「大きな声出さないの。沙耶が起きちゃうでしょ」


 会長さんに口を押さえられる。だって、目を開けたらすぐ目の前に会長さんの顔があったら驚くでしょ? そんな状態なのに、会長さんの方振り向いてもよくぶつからなかったな。


「折笠さん、ガールズトークしましょう?」


 今までもガールズトークしてきた気がするけど。ただ、会長さんと2人きりでじっくりと話す機会はあまりなかったから新鮮かな。


「してもいいですけど、沙耶先輩が起きないですか?」

「大丈夫よ。沙耶は寝付きがいいし、一度寝たら朝まで起きないことが大半だから。このくらいの声で話せば全然問題ないよ」

「……そうですか」


 さすがは幼なじみの会長さん。沙耶先輩のことをよく知っている。


「ねえ、折笠さん。訊きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」


 会長さんだからかとても緊張する。いったい、会長さんは私に何について訊きたいんだろう?


「ぶっちゃけ、沙耶のことをどう想ってるの? 好き?」

「え、えっとですね……」


 沙耶先輩が起きないように気を遣っていたから、もしかしてと思ったけど……まさか、最初か沙耶先輩への想いを訊いてくるなんて。

 沙耶先輩のことは好きだけど、それを会長さんに言ってしまっていいのだろうか。でも、もしかしたら会長さんは私の想いを見抜いているかもしれないから、下手に嘘を付いても意味がない気がするし、ううっ。


「今の折笠さんの様子を見て、沙耶への想いは何となく分かった」

「……危険な状況から2度も助けられて、風紀委員で先輩の相棒を務めているので、そういう意味で意識してしまうことは何度もあります」


 何度もキュンとなることがあって、その度に恋をしているのだと再認識できて。


「ふふっ、そっか。沙耶はかっこいいもんね」

「かっこいいのはもちろんですけど、沙耶先輩は可愛らしい女の子ですよ。風紀委員になってからそう思うようになりました」

「私もそう思ってるよ。最近、また可愛くなったから……」

「その言い方だと、昔は可愛かったみたいな気がしますね」


 アルバムに貼ってあった写真に写っていた幼い頃の沙耶先輩は確かに可愛かった。最近になって、そのときの雰囲気に似てきたということかな?


「……折笠さんのおかげよ。沙耶が楽しそうになったのは」

「そう、ですか……」

「中学のとき、沙耶は陸上部だったんだけど、それって私が勧めたからなの」


 中学の陸上部も会長さんの勧めだったんだ。沙耶先輩って会長さんのことを本当に信頼しているんだな。


「沙耶が走るのが好きだっていうのは知っていたから。楽しそうに見えていたけれど、高校に進学したら陸上は続けなかった」

「誰かと競うほど好きじゃないって先輩は言っていました」

「陸上部の話、沙耶から聞いていたんだね。……私も同じようなことを言われた。走ることなら、部活に入らなくてもできるからいいって。それを言われたとき、沙耶を陸上部に勧めなければ良かったのかなって思ったの」

「そんな経験があったのに、どうして高校になって風紀委員になることを勧めたんですか?」

「前に話したことがあるかもしれないけれど、沙耶は入学直後から人気があって、真面目で。沙耶なら学校にいい影響を与えそうだって思ったから。パンツに関しては変態だけれど。それに、何より……私のことをいじめから助けてくれたっていう経験があるから。その頃、家族の都合で風紀委員のメンバーの1人が転校しちゃったの。その生徒もかなり優秀で、急遽、風紀委員になってくれる生徒を募集することになったから」

「それで、沙耶先輩を風紀委員に推薦したと」

「推薦なんて大げさな感じじゃないけど、何の部活にも委員会にも入っていないからやってみたらどうかなって。風紀委員としてパンツを見られるかもしれないよって言ったんだけどね」

「最後の一言、風紀委員に勧める理由としてどうかと思いますよ」


 その一言があったからかは分からないけれど、沙耶先輩は風紀委員になった。それは今でも続いている。


「風紀委員になってから、藤堂さんみたいに沙耶に敵視する生徒もいたけど、中学のときよりは楽しそうに見えた。でも、それは私がそう見えさせていたんだって、折笠さんに出会ってから思い始めたの」

「私がですか……」

「沙耶が目を光らせて、折笠さんを風紀委員にしたい。相棒にしたいって私に相談しにきてね。そんな沙耶を見るのは久しぶりだったから驚いた」

「じゃあ、私を一度、生徒会室に呼び出したのは、そんな先輩の想いを叶えさせてあげたかったからですか……」

「……うん」


 今の会長さんの話と、昼間に聞いた梢さんの話で……沙耶先輩は本当に私のことを相棒にしたくて、実際に風紀委員として一緒に活動できることが嬉しいんだって分かった。先輩の想いを知る努力ができていれば、先輩に対して酷い態度を取らずに済んだのかな。


「だから、折笠さんが羨ましいよ。沙耶を笑顔にすることができたんだから」

「……会長さんが風紀委員に勧めなかったら、今の沙耶先輩はなかったのでは? 私はそう思います」


 1年半前に会長さんが声を掛けていなければ、沙耶先輩は風紀委員にならなかったかもしれない。会長さんの起こした一つの行動が今を作っていると思っている。


「ありがとう、折笠さん。……沙耶も羨ましい」

「えっ?」

「だって、しっかりとした妹みたいな後輩がいつも側にいてくれるんだもの。しかも、可愛い。折笠さんのそんな一面をもっと前に知っていたら生徒会に誘ってたかも」


 もし生徒会に入っていたら、風紀委員以上に大変そう。ただ、会長さんがいるなら生徒会の仕事も何とかやっていけていたのかな。

 そんなことを考えていると、会長さんは私の右腕に腕を絡ませ、右手をそっと掴んでくる。そのとき、会長さんの髪からシャンプーの甘い匂いが香ってくる。


「……罰ゲーム、追加していい?」

「追加しなくていいですよ。だって、罰ゲームじゃありませんから」

「ありがとう。あっ、そうだ……」


 そう言うと、会長さんは私の頬にキスをしてきた。


「罰ゲームのときにしてくれたキスのお返し」

「……そうですか」


 突然キスされたから何事かと思った。しかも、会長さんの笑顔は今までの中で一番可愛らしいから。


「じゃあ、おやすみ、折笠さん」

「おやすみなさい」


 そう言うと、会長さんはゆっくりと目を閉じ、程なくして寝息が聞こえてくる。会長さんも寝付きがいい方なのかな。


「……私も寝よう」


 ゆっくりと目を閉じて、眠りに落ちる瞬間を待つことにしよう。


「うんっ……」


 沙耶先輩のそんな声が聞こえると、何やら物音が。もしかして、私と会長さんがガールズトークをしていたから沙耶先輩が起きちゃったのかな?

 目を開けて、沙耶先輩の様子を確かめようとしたときだった。


「……京華だけ、ずるい」


 そんな沙耶先輩の声が聞こえ、その直後に私の左腕に温かくて柔らかいものが触れる。もしかして、私と会長さんの様子を見て、自分も私の横で寝たくなったってこと?


「……おやすみ」


 耳元でそう囁かれると、沙耶先輩の寝息も聞こえてきた。

 両側から先輩方の温もりや甘い匂いが伝わってきて、とても心地がいいのに……沙耶先輩の「ずるい」っていう可愛らしい一言が頭から離れなくて。ドキドキしてしまって、眠気が吹っ飛んでしまった。

 なかなか眠れないのは辛いけど、左右どちらかに視線を向ければ可愛らしい寝顔がすぐそこにあることが何よりの救いなのであった。

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