第52話『SUN』
4月17日、日曜日。
時々、眠気がやってくるのでそのタイミングで眠ろうとすると、沙耶先輩か会長さんのどちらかが可愛らしい寝言を言ったり、ぎゅっと腕を握ってきたりする。その繰り返しで、しっかりと眠れずに夜が明けてしまった。
部屋の中にあった時計を見ると、今は午前6時過ぎか。昨日は午後10時前に寝始めたとはいえ、ぐっすりと眠っているからまだ起きそうにないなぁ。
「どうしようかな……」
そんなことを考えていたら、お手洗いに行きたくなってきた。今は2人とも私の腕をあまり強く掴んでいないので、そっとなら抜け出せるかな。
「んっ……」
沙耶先輩がそんな甘えた声を出すと、
「折笠さん、逃げないの……」
会長さんがそんな寝言を言ってくる。私、会長さんの夢の中でどんな目に遭っているのかな。
「家からは出ませんから安心してください、会長さん」
会長さんの耳元でそう囁き、私は何とか2人から抜け出せた。
すると、2人は私の腕という抱くものがなくなってしまったのか、
『ううんっ……』
ほぼ同時に可愛い声を漏らした。
このままではどうなってしまうか不安なので、会長さんの体を少し沙耶先輩の方に動かしてみる。
すると、お互いに相手の寝間着を掴み、2人とも安心した表情になった。本当に可愛らしい先輩方だ。
さっきまで2人に密着されていたからか、沙耶先輩の部屋を出るととても涼しく感じられる。
「お手洗いに行ったら、顔でも洗おうかな」
冷たい水で顔を洗えば眠気も覚めると思うし。
お手洗いで用を済ませ、脱衣所で顔を洗う。冷たい水のおかげで、ある程度眠気が覚めたかな。
沙耶先輩の部屋に戻ると変な目に遭うかもしれないので、気分転換も兼ねてバルコニーへと向かう。
「あぁ、気持ちいいなぁ……」
春の日差しは温かく、穏やかに流れる風が涼しくて心地がいい。
周りにあるのは住宅か、高さの低い建物が多いので4階からでも結構広い景色が見える。4階でもこの景色なんだから、10階以上あるこのマンションの最上階の部屋から見たら、この街全てを見渡せそうだ。
沙耶先輩はお姉さんとこういうところで、姉妹2人で暮らしているんだよね。じゃあ、もし……沙耶先輩と恋人と付き合うようになって、ずっと一緒にいる関係になったら、先輩と2人でこういうところに暮らす未来もあるのかな。
「私、何を考えているんだろう……」
顔が熱くなってきた。
ただ、沙耶先輩は私と一緒に歩んでいく未来が一つの道としてありかなって言ってくれたし、私もありだって先輩に言っちゃったし。
『……京華だけ、ずるい』
目を瞑っていたから、その言葉を言ったときの沙耶先輩の表情は見ていない。でも、声色とかを考えると先輩が嫉妬していたように思えた。ただ、それは私の勝手な思い込みという可能性もありそうだけど。
日曜日の午前6時過ぎだから、全然人がいないな。
「あれ、誰だろう……」
マンションの近くにこちらに向いているベージュ色のトレンチコート姿の人がいる。トレンチコートと同じ色の帽子を被り、サングラスまで掛けて……いかにも怪しい人って感じがする。男性か女性かも分からない。
すると、トレンチコート姿の人はデジタルカメラを取り出して、レンズをこちらに向けたのだ。まさか、ダブル・ブレッドのメンバー?
「誰なんですか! 止めてください!」
大きな声でそう言うと、トレンチコート姿の人は私に気付かれたことを知ったのか、一瞬、スマートフォンをこちらに向けた後、足早に去っていった。
「まさか、こんな朝早くから……」
今は午前6時過ぎ。朝早く来たというよりは、今のような場面を撮影するために、昨日からずっと張り込んでいた可能性の方が高そうだ。
「琴実ちゃん」
沙耶先輩の声がしたと思ったら、誰かに後ろから抱きしめられる。後ろに振り返るとすぐ近くに沙耶先輩の姿が。
「さ、沙耶先輩……」
「起きたら、部屋の中に琴実ちゃんがいなかったから心配になっちゃって」
「すみません。全然眠れなかったので気分転換をしたくて」
「そうだったんだ。それにしても琴実ちゃんの匂い、安心するなぁ」
「……私も先輩から感じる温かさに安心しますよ」
さっきまでは涼しいのが気持ちいいと思っていたのに、今は沙耶先輩の温もりがとても心地よく感じる。
「……って、安らいでいる場合じゃないです。沙耶先輩に言わなきゃいけないことがあって!」
「ど、どうしたのかな」
「とりあえず、中に入りましょう。ここだと危険ですから」
沙耶先輩とリビングに戻り、ソファーに隣同士に座る。
「それで、どうかしたの? 何か、真剣な表情になっているけれど」
「さっき、バルコニーで景色を眺めていたら、マンションの近くに立っていた人に盗撮されたみたいなんです。デジカメやスマホのレンズをこっちに向けられて……」
私がそう言うと、さすがに沙耶先輩も真面目な表情になる。
「何だって? どういう雰囲気の人だったの?」
「ベージュのトレンチコートを着ていて、帽子とサングラスをしていたので男性なのか女性なのかも分かりませんでした」
「なるほど。そうやって自分が誰なのか分からないようにしているから、堂々と琴実ちゃんのことを撮影したんだね」
「堂々と撮影するなら姿を現してほしいですよ……」
「琴実ちゃんの気持ちはよく分かるよ。そのトレンチコート姿の人は……ダブル・ブレッドのメンバーである可能性が高そうだね」
やっぱり、沙耶先輩もそう考えるよね。金曜日に掛布さんが風紀委員会に掴まってしまい、ダブル・ブレッドが存在していることを知られてしまったから、ああいった形で私を盗撮したのかな。
「その人はずっとマンションが見えるところに張り込んでいたのかもね。もしくは、何人かでの交代制か。何にせよ、私が琴実ちゃんや京華と一緒に自宅で泊まっていることを、ダブル・ブレッドには知られているようだ」
「じゃあ、もしかしたら一昨日、学校に出てから今までの私達の行動は全て、ダブル・ブレッドのメンバーは知っているかもしれませんね」
「そうだね。移動は徒歩と電車だけだから、こっそりと後をついて行けるね。まあ、盗撮されるくらいの覚悟はしていたけど……」
私も一昨日、下校したときから、沙耶先輩と一緒にいるところを盗撮されるかもしれないとは思っていた。
考えたくはなかったけれど、一瞬、ブランは会長さんじゃないかって思った。会長さんは私達と一緒にいるから、メンバーに伝えたかもしれないって。
でも、沙耶先輩の言うように、徒歩や電車でここまで移動してきたから、ここまで後を付けることは可能だよね。
「こりゃ、明日は風紀委員会の活動室に、週末の私達の様子が写った写真が大量に送られてくるかもね」
「覚悟しておいた方が良さそうですね」
「まだ、朝早いしもうちょっと経ったら、風紀委員会のメンバーと恵先生、東雲先生に私からこのことを連絡しておこう」
「分かりました。警察とかに通報した方がいいのでしょうか?」
「う~ん、難しいところだね。とりあえずは先生方に連絡してからかな」
分かっている範囲では、学校外で私達がされた行為はさっきの盗撮だけだもんね。先生達の判断を待ってからでもいいのかな。
「まあ、京華には起きたら話すことにしようか」
「そうですね」
「それにしても、さっき琴実ちゃんを盗撮した人が本当にダブル・ブレッドのメンバーだったら、一刻も早くブランを突き止めて、組織を倒さないとね。ここまでやるなんて……危険な匂いがプンプンするよ」
「……同感です」
ブランを突き止めて、組織を倒すことができればいいけど。そこに辿り着くには危険な道を歩むことになりそう。そう思う日曜日の朝なのであった。
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