第42話『キスポイント』

 私達の荷物やテーブルを部屋の端に動かし、お客さん用のふとんを敷いた。


「こんな感じでしょうね」

「ありがとう、琴実ちゃん」

「じゃあ、電気を消しますね」


 部屋の電気を消して私はベッド、沙耶先輩は布団に横になる。沙耶先輩の様子も見たいので、カーテンは開けておく。外からの月明かりと、眼が暗さに慣れ始めたこともあって部屋の中の様子をはっきりと見られる。

 まだ午後9時半。寝るにはさすがに早くて……隣に沙耶先輩がいるからか、なかなかれない。


「……琴実ちゃん、起きてる?」


 小さな声で沙耶先輩はそう言う。


「起きてますよ」


 私がそう言うと、沙耶先輩はゆっくりと体を起こして私の方を見る。


「……私、琴実ちゃんと一緒に寝たくなっちゃった。そっち、行ってもいい?」


 優しい笑顔を浮かべながらそう言われたら断るわけにはいかない。ドキドキするけど、沙耶先輩に近いところで一緒にいたいし。まあ、これまでに何度も先輩は無断で私のベッドに入り込んでいるけどね。


「いいですよ。こっちに来てください」

「……ありがとう」


 沙耶先輩は枕を持って私のベッドの中に入ってくる。落ちないよう、先輩には壁側の方に寝てもらうことに。


「琴実ちゃん、大丈夫かな? 私が来たことで落ちたりしない?」

「大丈夫ですよ。この感じ、割と好みです。それに、ベッドから落ちても下はふかふかのふとんですから」

「……そっか」


 ベッドはゆったりしていた方がいいと、両親にセミダブルベッドを買ってもらったけど、この広さが今はちょうどいい。沙耶先輩とはどこか触れてしまうけれど、常に先輩の温もりを感じられて嬉しい。

 私と沙耶先輩は隣同士で横になる。すると、沙耶先輩の顔がすぐ側にあって、先輩の温かくて甘い吐息が私の首元にかかる。


「琴実ちゃん、温かくて、柔らかくて、優しいね。まるで、小さい頃に姉さんと一緒に寝たような感じだ」

「……そうですか」


 すると、沙耶先輩は私の耳元で、


「琴実……お姉ちゃん。なんてね」


 まさか、沙耶先輩からお姉ちゃんと呼ばれるとは思わなくて。思わずキュンとしてしまった。何だか先輩に甘えられるような気がして。


「意外と先輩って可愛いところも多いですよね」

「意外ってどういうことかな。パンツばっかり堪能しようとしているから、私が男だと思ったのかな?」

「先輩の中に、スケベなおじさんが宿っているんじゃないかと思ったことは何度かあります」

「あははっ、なるほどね。私も女の子なんだけどなぁ」


 そう言う沙耶先輩は寂しげに笑っている。


「ごめんなさい。言い過ぎました……」

「気にしないでいいよ。おじさんって言われようとも、女の子のパンツが好きな朝倉沙耶に変わりはないからね」


 沙耶先輩は私の頭を優しく撫でると、そっと私のことを抱きしめてきた。ボディーソープと沙耶先輩の甘い匂いが混ざり合って、優しい気持ちにさせてくれる。


「ねえ、琴実ちゃん」

「何ですか?」

「……お風呂に入ったとき、琴実ちゃん……のぼせるといけないからって、湯船から出ようとしたときに危うく転びそうになったよね」

「先輩が抱き留めてくれたおかげでケガはなかったですけど」


 ううっ、あのときのことを言われると恥ずかしくなってくる。


「私に抱き留められた後、琴実ちゃんは私の胸元にキスしたよね」

「は、はい……」

「……そのキスのお返しをしようと思って。どこがいい?」

「えっ? ど、どこと言われても……」


 私のすぐ側から、好きな人にキスをしたいからどこがいいなんて訊かれたら……すぐに答えなんて出せるわけないよ。

 でも、どうしよう。沙耶先輩、本当に私の体のどこかにキスをするつもりだ。キスするまたとないチャンスだけど、ううっ、どうしよう。


「もしかして、琴実ちゃん……」


 すると、沙耶先輩は私の方に手を伸ばして、


「ここにしてほしいって思ってる?」


 先輩の人差し指が私の唇に優しく触れる。

 まさか、沙耶先輩……私にキスしたいって思ってるの? ど、どうしよう。私……そんなに沙耶先輩とキスしたいって顔に出ていたの?


「う、ううっ……!」


 沙耶先輩に顔を見せるのが恥ずかしくて、ふとんを被った。

 確かに、沙耶先輩とキスしたいって思ってる。そのくらいに先輩のことが好きだし。

 先輩の方から言っているんだし、ここは受け入れる方がいいのかな。ファーストキスをこのタイミングで沙耶先輩にあげちゃう? どうすればいいのか、何だかよく分からなくなってきちゃったよ。


「……ふふっ」


 すると、沙耶先輩の笑い声が聞こえた。なので、ゆっくりとふとんから顔を出すと、そこには優しく笑って私を見ている先輩がいた。


「……冗談だよ、琴実ちゃん」

「冗談だったんですか……」

「うん。琴実ちゃんが可愛かったから、つい。キスは大切なことだからね。気安くできることじゃない。からかってごめんね」

「……キスを大切なことだと思っているんだったら、冗談でそんなことを言わないでほしかったです」


 本当にドキドキしちゃったんだから。そのせいで体が熱いし、ちょっと汗も掻いちゃって。

 それでも、沙耶先輩のことが嫌いだと思う気持ちは芽生えず、好きな気持ちは膨らんでいく。先輩が大切なことだと思っているキスしたい気持ちも。


「ごめんね、琴実ちゃん」


 そ沙耶先輩は私の髪を優しく撫でてくれる。


「……気にしないでください。それに、沙耶先輩とキスするような関係になる未来を、これから歩んでいく道の一つとして悪くないと思っていますから……」


 私を嫁にする未来もありかな、と沙耶先輩が言ったから、私も同じような感じで先輩に言ってみた。先輩と付き合うことも一つの道としてありなんだよって。

 でも、沙耶先輩の受け取り方によっては、これって……先輩に告白していることになるんじゃないの? どうしよう……どうしようどうしようどうしよう!


「……琴実ちゃん」

「ひゃい!」


 ううっ、変な声出しちゃった。しかも、噛んじゃったし。恥ずかしいよ。


「琴実ちゃんと気持ちが重なって嬉しいよ。じゃあ、もし……私と付き合う道を歩き始めることになったらキスしようか」


 そんなことを普段とさほど変わりない様子で言ってくれるなんて。沙耶先輩は私のことを好きなんじゃないかと思ってしまう。もちろん、好きであってほしいけど。

 それにしても、今の沙耶先輩は月明かりに照らされて、とてもかっこよかった。今までの中で一番かっこよくて。沙耶先輩と付き合うという道を一緒に歩きたいと強く思った。


「だから、今回は……」


 そう言うと、先輩は私の首元にキスをしてきた。


「んっ……」


 不意にされて、凄くくすぐったかったから、今までに出したことのない声を漏らしてしまった。それも結構大きな声で。右手で口を押さえる。


「ごめん、琴実ちゃん」

「……いいんです。ビックリしちゃっただけですから……」


 こんな声、沙耶先輩以外に聞かれたくない。聞かせたくない。本当に先輩と2人きりで良かった。


「とても可愛いよ、今の琴実ちゃん」

「ううっ……」

「……もうちょっと今みたいな琴実ちゃんを見たいけど、きっとそれは今の琴実ちゃんと私の関係だと踏み込んじゃいけない領域のような気がする。琴実ちゃんのことを壊しちゃうかもしれないから」

「せん、ぱい……」


 それはきっと、私達が風紀委員としての相棒同士だからだと思う。きっと、沙耶先輩は私と恋人同士にならないとしてはいけないことを想像しているんだろう。


「何があっても私の相棒でいてほしいんだよ。琴実ちゃんには」

「そうですか。でも、安心してください。先輩にはたくさんパンツを堪能されてきていますし、よほどのことがない限り、相棒っていう関係はなくならないと思いますから」

「そう言ってくれると安心するよ」


 もしかして、沙耶先輩が時々見せる寂しげな笑みって、私との関係がなくなるんじゃないかって心配していたからなのかな?


「じゃあ、そろそろ寝よっか。琴実ちゃん」

「そうですね」

「おやすみ、琴実ちゃん」

「おやすみなさい」


 沙耶先輩はゆっくりと目を閉じるとすぐに寝息が聞こえ始める。今日は色々あったから疲れていたのかな。眠りに落ちるのがとても早い。


「沙耶先輩が可愛い女の子だって分かっていますよ」


 こんなにも可愛い寝顔を見せられたら、変態だけど沙耶先輩だって可愛らしい女の子だってすぐに分かる。今のようにずっと隣にいてくれるのが嬉しい。危険なこともありそうだけれど、風紀委員として相棒になったことに後悔はない。


「そんな沙耶先輩のことがずっと好きなんですよ」


 とても小さな声でそう呟いて、先輩の額にそっとキスをした。


「うんっ……」


 すると、沙耶先輩は私のことをぎゅっと抱きしめてくる。この強さ……夢の中で何かを抱きしめているに違いない。嬉しいけど、ここまで強いと……ううっ。


「沙耶先輩、ちょっと……」

「琴実ちゃんは、私の……女の子なんだよ……」

「えっ……」


 沙耶先輩、どんな夢を見ているの? もしかして、さっき私が言ったことが影響して夢の中で私に告白してくれて――。


「琴実ちゃんのパンツをいつでも堪能し放題……えへへっ」

「……そんなことだろうと思った」


 さっきのドキドキを返してほしいけど、これぞ沙耶先輩って感じがして安心している自分もいる。


「おやすみなさい」


 沙耶先輩にかなり強く抱きしめられる中、私も眠りにつくのであった。

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