第37話『メモリーズ』

 緊張の夕ご飯を無事に終えて、私は沙耶先輩と一緒に部屋に戻ってきた。自分の部屋に入った瞬間、ようやく気持ちが落ち着く。


「ビーフシチュー、美味しかったね」

「そ、そうですね」


 確かに美味しかったけど、緊張していたせいでシチューの味を楽しむまでの余裕はなかった。


「……ようやくいつもの琴実ちゃんに戻った感じだ」

「えっ?」

「夕飯を食べているとき、琴実ちゃんが緊張しているように見えたから。学校でお昼ご飯を食べているときとは違うなって。御両親と私が同じ場にいると緊張しちゃうかな」

「それもありますけど、一番はこれから沙耶先輩が泊まるからでしょうかね」


 朝ご飯を一緒に食べることはあったけど、夜ご飯は初めてだったから。それに、これから沙耶先輩と一緒に過ごして、先輩が2人きりで色々したいなんて言われたから……先輩のことばかり意識しちゃって、体がずっと熱かった。

 やっぱり、沙耶先輩に緊張していたことを気付かれていたんだ。私が先輩のことが好きな気持ちも気付かれちゃうのかな。気付かれてしまう方がいいのか、その前に勇気を出して自分から告白したがいいのか。それとも、先輩も私のことが好きで、告白してくれるとか。最後のは高望みしすぎか。

 色々と考えていたら、夕ご飯の時よりもドキドキしてきた。

 私の部屋で沙耶先輩と2人きり。先輩は私と色々したいと言っていたし、これから私……沙耶先輩とどんな夜を過ごすんだろう。


「……琴実ちゃん」

「な、何でしょう!」


 緊張していたせいか、翻った大きな声を出してしまった。それにはさすがに沙耶先輩も一瞬、目を見開いた。


「また緊張してきたかな」

「ごめんなさい。友人や先輩が家に泊まりに来るのはひさしぶりで」


 しかも、今回は大好きな沙耶先輩が泊まりに来ているから。


「ううん、気にしないでいいよ。私も誰かの家に泊まりに行くのがひさしぶりだから。だからか、ちょっと緊張しているんだ」


 そう言うと、沙耶先輩は照れ笑いを見せる。いつもはクールだからか、こうした先輩の笑みがとても可愛らしく思える。


「会長さんとは幼なじみなんですよね。お互いの家に泊まりに行くようなことはしなかったんですか?」

「小学生のときはたまにお互いの家へ泊まりに行ってたよ。夏休みなんて特に。ただ、中学生になると京華は生徒会に入って、私も陸上部での活動が忙しくなったから、そういったことはしなくなっちゃったな」

「そうだったんですか。それにしても、沙耶先輩、陸上部に入っていたんですね」


 思い返せば、私が襲われそうになったときも、沙耶先輩は私の所へすぐに駆けつけてくれて、私を襲おうとした男達を倒してくれたんだよね。運動神経が良さそうだし、陸上部に入ったことがあるのは納得だ。


「うん。短距離走がメインだったんだけどね。走るのは好きだったんだけど、誰かと競って勝ちたいほどの興味は持てなくて。高校生になったら別のことをしようと思ったんだ。だけど、なかなか入りたい部活がなくてね」

「じゃあ、高校生になってからパンツに興味を持ったんですか?」

「ううん、パンツはずっと前から興味はあったよ。小学生くらいのときからかな。ほら、体育の時間に着替えるじゃない。それが始まり。今みたいに本格的に興味を持ったのは中学の部活での着替えを通してかな。運動前のパンツと運動後のパンツを比べたりしてさ。いやぁ、陸上をやっていて良かったなって思うよ」

「な、なるほど」


 沙耶先輩が陸上部に入部したのって、走ることが好きだということよりも、運動する女子生徒のパンツを堪能したかったからじゃ? 思い出にパンツが絡んでくるのは沙耶先輩らしい。

 部活の着替えのときにパンツを見たことで興味が増したなら、高校になっても続けても良さそうな気も。高校では体育もあるし、先輩も競うほど走ることに興味はないって言っていたからやらなくていいと思ったのかな。

 ――コンコン。

 うん? ノック音がしたけれど、誰だろう。


「はーい」


 部屋の扉を開けると、そこにはお母さんが。


「どうしたの?」

「お風呂の準備ができたからそれを言いにきたの。順番はあなた達に任せるとして、2人とも入ったらお母さんに声かけてね」

「うん、分かった」

「お母さんとお父さんのことは気にしないでいいからね。ごゆっくり」


 お母さんは1階へと降りていった。

 すっかりと忘れていたよ。沙耶先輩が泊まりに来たんだから、お風呂っていうイベントがあることを。ど、どうすればいいんだろう。


「お風呂かぁ。どうしよっか」


 そりゃどうするか訊いてきますよね。


「そ、そうですね……」


 普通の女の子だったら、1人ずつでも一緒でも問題ないけど、沙耶先輩だとどちらのパターンになっても何かしてきそうなんだよね。パンツに関することで。


「琴実ちゃんがお風呂に入っている間に、琴実ちゃんが脱いだパンツを穿いてみたり、被ってみたり、嗅いだりすることはないから安心していいよ」

「そういうことを堂々と言ってくる先輩だからこそ心配なんですよ!」


 パンツを見たり、触ったり、嗅いだりするだけでも相当変態なのに、脱いだ私のパンツを穿いてみたり、被ったり、嗅いだりしたら変態の一言じゃ済まなくなるよ。


「じゃあ、私と一緒にお風呂に入る?」

「えっ……」


 パンツのことを考えたら、沙耶先輩と一緒にお風呂に入った方がまだ安心だけど、お互いにタオル1枚の状態で同じ空間にいたら、先輩に何をされるか分からない。パンツを穿かれたり、被られたりする方がマシだと思えることくらいのことをされる危険がある。

 それに、一緒に入ったら興奮しちゃって、私の方が沙耶先輩に何か失礼なことをしてしまうかもしれないし。


「琴実ちゃんがどうしても別々がいいならそれでいいけど、もしそうじゃなかったら、私は琴実ちゃんと一緒にお風呂に入りたいな」

「沙耶先輩……」


 頬を赤らめながらそう言われると、断ることができなくなってしまう。それに、沙耶先輩と一緒にお風呂に入ってみたいし。


「では、その……一緒にお風呂に入りましょうか」

「うん。そうしよう。そこでなんだけど……」

「着替えですよね。確か、ゆったりしているスウェットがあったはずです。先輩って眠るときに下着はどうしているんですか?」

「パンツは穿くけど、ブラはしない」

「分かりました」


 先輩はブラをしない派なんだ。私はするけど。実際に沙耶先輩から寝間着を脱がせてもらって、下着姿を見られてしまったけれど。ううっ、思い出しただけで恥ずかしい。

 ベッド下の収納スペースから、寝間着用の青色のスウェットを取り出す。


「じゃあ、ここにあるパンツを先輩のお好みで選んでください。サイズはたぶんどれでも大丈夫だと思うので」

「うん、ありがとね。ちなみに、琴実ちゃんはどれにするの?」

「えっ? じゃあ……白と桃色の縞模様のやつで」

「おっ、それも可愛いね。私は同じ模様で水色のやつにしよっと。お揃いだね」


 沙耶先輩、選んだパンツを嬉しそうに見ているよ。先輩だからこそ許すことのできる行動だけれど、他人がやったら即通報かな。


「それじゃ、お風呂に入りに行きますか」

「そうだね」


 沙耶先輩、ひさしぶりのお泊まりで緊張しているらしいけど、2人きりだし何をしてくるか分からない。お互いに裸になるわけだから。沙耶先輩との入浴がすぐそこまで迫っていたのであった。

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