第36話『シフク』
途中、部屋で食べる夕食後のお菓子を買って、私は沙耶先輩と一緒に自宅に帰る。
「ただいま~」
「お邪魔します」
家の中に入ると、ビーフシチューのいい匂いがしてくる。今日は色々とあってお腹が空いていたから食欲が増してくる。
「あら、沙耶ちゃん。いらっしゃい」
リビングからエプロン姿のお母さんが出てくる。心なしか、いつもよりも嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「お邪魔します。今日はお世話になります」
「こちらこそ。琴実のことをいつも送ってくれてありがとう」
「いえいえ、私こそ」
「琴実、夕食の時はいつも沙耶ちゃんのことばかり――」
「ああ、お腹減ったなぁ! お母さん、早くビーフシチュー食べたいよ!」
ああもう、お母さん余計なこと言わなくていいのに。確かに夕ご飯のときは沙耶先輩の話ばかりしているけど。お母さんとお父さんには後で一言言っておかなきゃ。
「……ふふっ、そうしましょうか。じゃあ、仕度をするから2人は荷物を置いて、着替えてきてらっしゃい」
お母さんに沙耶先輩のことが好きなのは言っていないけど、この様子だともしかしたら気付いているかもしれないな。
「うん。先輩、行きましょう」
「そうだね」
私は沙耶先輩と一緒に2階にある私の部屋へ。先輩は何度も私の部屋に来たことがあるのに、初めて先輩のことを迎える感じだ。
「沙耶先輩、どうぞ」
「ありがとう。何だか初めて来たような感じだよ。こうして一緒に帰ってくるのは、2度目に琴実ちゃんを助けたとき以来かな」
「多分……そうですね」
2回助けられたけど、2回とも助けられた後に沙耶先輩を自分の部屋に招き入れた。パンツを堪能されたけど。
「ごめん、琴実ちゃん。学校から直接来たから着替え持ってきてないんだった……」
「先輩は私よりも背が高いですけど、それ以外はあまり体型も違わないので、私の服で大丈夫だと思います。先輩には……このハーフパンツとワイシャツが似合うと思います」
「ありがとう」
沙耶先輩が着る服を選べるなんてちょっと嬉しいかも。そして、選んだ服を受け取ってくれたことも。
「……あの、沙耶先輩。着替えるのを見られるのはちょっと恥ずかしいので、背を向けて着替えましょう」
「いいよ」
「……へ、変なことはしないでくださいね」
「あははっ、そこは安心してくれていいよ」
沙耶先輩は爽やかな笑みを浮かべながらそう言った。これまでの経験からして、先輩が安心というとあまり安心できないなぁ。
私は沙耶先輩と背を向けた状態で制服から着替える。背後から布の擦れる音が聞こえてくることにドキドキして。
「こっちは着替え終わりましたけど、先輩の方はどうですか? サイズとか大丈夫でしたか?」
「うん。全然問題ないよ」
沙耶先輩がいるので私もどんな服を着るのかちょっと気を遣った。この姿を見て、沙耶先輩……どう思うのかな。
「じゃあ、沙耶先輩。こっちを向いてもいいですよ」
「分かった」
私は沙耶先輩の方へと振り返り、先輩と向かい合う形に。
私の思った通り、ワイシャツとハーフパンツ姿の沙耶先輩はとてもかっこよかった。本当にスタイルが良くて、ワイシャツの隙間から鎖骨がチラッと見えていることにドキッとする。
「琴実ちゃん、可愛いね」
「ありがとうございます」
「琴実ちゃんが選んでくれた服、似合ってるかな」
「……とても良く似合っています」
「そっか。嬉しいな」
目の前でにっこりと笑顔を見せられると、キュンとなってニヤケが止まらなくなっちゃうよ。
「そういえば、今みたいに私服姿の琴実ちゃんを見るのは初めてだね。制服姿以外は寝間着姿しか見たことなかったんだよね」
「思い返せばそうですね」
制服姿は当然だけど、それ以外に見たことがあるのが寝間着姿だけって。何とも言えない気分。
「でも、こうしてお互いに私服姿で琴実ちゃんの部屋にいると、まるでデートだけじゃ物足りなくて琴実ちゃんの家に泊まりに来ちゃった感じだよね」
「はあっ? どんなシチュエーションなんですか。色々と妄想しすぎですよ。休日に私の家へ遊びに来ただけでしょう?」
デートからのお泊まりって、それじゃまるで沙耶先輩と私が付き合っているみたいじゃない。まあ、いつかそうなったらいいなって思っているけど。
「あははっ、色々と妄想が過ぎるか。誠一さんから言われた言葉が、何だかんだ心に響いたからかな」
「男にもらわれるくらいなら沙耶先輩にもらってほしい、ですか?」
「うん。それを言われたとき、琴実ちゃんをもらう未来も、これから歩んでいく一つの道としてありかな……って考えた自分がいたよ」
「そんな風に言われると、告白だと勘違いしてしまいそうです」
本当に告白なら大歓迎ですけど。
「でも、琴実ちゃんがこうして一緒にいてくれて凄く楽しいよ、毎日が。琴実ちゃんを相棒にして本当に良かったって思ってる。本当にありがとう」
「こちらこそ。沙耶先輩のおかげで充実した高校生活を送れています」
あの日、沙耶先輩が助けてくれなかったら、風紀委員会の一員になることもなければ、先輩の相棒になることもなかっただろう。今もこうして私の部屋で沙耶先輩と一緒に過ごしていることも。
「琴実ちゃん、顔を赤くしちゃって。可愛い」
そう言うと、沙耶先輩は右手を私の頬にそっと当ててくる。
「頬もこんなに熱くなっちゃって」
「先輩のせいですよ。色々と言ってくるから……」
「琴実ちゃんじゃなきゃこんなことしないよ。それに、今から日曜日までの間に琴実ちゃんと色々なことを……したいと思ってるから。もちろん、2人きりで」
「えっ?」
沙耶先輩、私と2人きりで何をしたいと思っているの? 私のことが好きだと思わせる発言もしているし、まさか、あんなことやこんなことも……ううっ、先輩に注意しておきながら、私の妄想が爆発しそうだよ。
「琴実ちゃん、本当に大丈夫? 私の手が火傷しそうなくらいに頬が熱いけど」
「大丈夫です。大丈夫、ですから……」
まずい、沙耶先輩の言葉が頭の中でぐるぐると廻って、ドキドキが止まらないよ。凄く体が熱くなってきたし。今夜、沙耶先輩の近くでちゃんと寝ることができるのかな。寝かせて……くれるのかな。
『琴実、沙耶ちゃん。夕飯の準備ができたわよ』
「う、うん! 今すぐに行くよ!」
ど、どうにかして落ち着かないと。このままだとお父さんやお母さんに感付かれて、先輩の前で色々と言われそう。特にお母さんから。
「確か、ビーフシチューなんだよね。楽しみだなぁ」
「私も楽しみですよ」
「じゃあ、一緒に行こうか」
沙耶先輩に手を引かれ、ますます顔が熱くなってしまう。
「先輩は先に行っていてください。私、顔を洗ってきますから」
「うん、分かった」
私は洗面所で顔を洗って気持ちを落ち着かせる。
その後、お父さんも加えて4人で夕食を食べるけど、隣で座っている沙耶先輩のことや、お父さんとお母さんが先輩に何か言ってしまわないかどうか気になってしまい、碌にビーフシチューを味わえなかったのであった。
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