第49話【幸福な国家】

 十六匹の龍の演舞は、それは見事なものだった。

 青白く輝く龍は、それぞれ全長50メートルはあろうか。

 通常の龍より細身でサラマンダーに近い姿をしているが、神々こうごうしさでは他の龍と比較にならない。

 いや、龍というよりは神獣という呼称が似つかわしい。



 会議を再開するにあたり、俺はララを副団長のマイルズ夫妻に預かってもらうことにした。

 ララの生死にかかわる話をするためだ。

 まさか本人を同席させるわけにもいくまい。

 まったくもって、モニカには世話になりっぱなしだ。


 ララを預けて戻ってみると、会議は荒れていた。

 若い大臣とブラックが言い争っているのだ。


「だ、だから、あんな小さい子を魔王モロクスのもとに連れて行くのは、作戦行動に支障が出る可能性があると、そう私は示唆しさしただけだ!」


 大臣はブラックの眼光の前に冷や汗をかきながらも熱弁する。


「貴様・・・この俺がしくじるというのか!?」


 ブラックが瘴気しょうきを放ちながら大臣に詰め寄った。

 大臣は気圧けおされて後ずさりしている。

 やれやれ、俺が大臣の側につくしかないか。


「ブラック、この会議は円卓えんたく会議だ。誰もが自由に発言し、より高みの結論を出すことを目的とする。それを威圧して潰してしまったら、やっていることはレッドグレイブ帝国と変わらんだろう?」


 ブラックはそれを聞いて舌打ちし、円卓を離れて壁際の椅子にふんぞり返るように座った。


「フンッ、勝手にほざいていろ。」


 ブラックはレッドグレイブ帝国、特に国王のジェラルドⅣ世を嫌っている。

 それと同じと言われれば引かざるを得ない。

 大臣はホッと胸を撫で下ろしている。


 その時、沈黙していたレスター国王が口を開いた。


「大臣の言い分、良く分かった。確かにこの戦い、失敗は決して許されん。それゆえ最も確実な道を模索もさくしてくれたのであろう。」


 我々が敗北すれば、それはイコール、人類の敗北である。

 会議には、この大臣のようなタイプの人間も必要なのだ。


「だが、ララの身になって今一度考えてみるのだ。ララはモロクスを倒せば消える身であろう?」


 国王は出席者全員の顔をそれぞれ見つめながら続けた。


「ならば、自分が消えゆくのをどこで、どのようにして待てばよいというのかね?」


 大臣たちがハッとして息をのんだ。

 会議室を沈黙が支配する。


「このガーランド王国では、人の生き死にを他人が無理いすることは許されん。」


 レスター国王のこの言葉が決め手だった。

 作戦は、ララも同行する形で詳細を詰めることになった。





「この国の国王は甘すぎる! 腑抜ふぬけている! 強欲さが足りん! いちいち部下の顔色をうかがうなど、王の器ではない!」


 騎士団室でブラックが毒づいた。

 アイリスは腰に手を当ててあきれている。


「なーに言ってんのよ、そこがレスター国王のいいところじゃないの? 私、この国、大好きよ! みんな優しいもん!」


「フンッ、女に何が分かる・・・。」


 アイリスが怒りだす。


「もう! まーた女の子をバカにしてる!? ほんと、やな奴! イーだ!」


 そういってアイリスはそっぽを向いた。


 アイリスはまだ分かっていないようだが、ブラックは本気でケチをつけているのではない。

 むしろブラックは、会議室でのレスター国王の言葉を聞いて感心した表情を浮かべていたのだ。

 逆にそんな自分が許せないのだろう。

 ララほどではないが、俺にもブラックの本意が分かるようになってきた。


 俺は、むくれ顔のアイリスの肩を叩いてやった。

 それでアイリスの怒りは治まったが、肝心のブラックはまだ毒を吐き足らないらしい。


「そんなことに気を遣うなら、いっそのこと国王をやめ、この国を民主国家とやらにすればいい。農民に混じって麦でも刈っているのがお似合いだ! ハハハハハ!」


 ブラックに突っかかろうとしたアイリスを制しながら、俺はブラックに話しかけた。


「ブラック、民主国家が最も幸福な国家の形態とは言い切れないぞ?」


「・・・なに? どういうことだ?」


 ブラックは興味を持ったようだ。


「レッドグレイブ帝国があるだろう? あの国は元々、民主国家だったのだ。」


「なんだとっ!?」


「えっ、えー!? そうなの、ルーファス!?」


 二人とも驚いている。

 無理もない。

 あんな残虐非道な帝国が民主国家だったなど、誰が信じようか。


「本当だ。投票によって国の代表を決める制度を持っていたと記録にある。」


「へー! 驚いたわねぇ! でも、それでどうしてあんな国になっちゃったの?」


「この国は敵に囲まれていると民衆の不安をあおり、支持を集めて国のトップになった者がいる。不安にさいなまれた人間が救世主を求めようとする傾向にあることを上手く利用したのだ。」


「ああ・・・そういうことなのね・・・。」


 そう言ってアイリスはうつむいた。

 救世主と呼ばれたことのあるアイリスにとっては他人ひとごとではなかったようだ。


「そして、民主国家にあってはならない独裁者が誕生したのだ。それが―――。」


「初代レッドグレイブ皇帝か・・・。」


 ブラックが俺の代わりに答えた。


「そうだブラック、必ずしも民主国家が良いというわけではないのだ。」


 ブラックは納得した顔をしていたが、それは一瞬に過ぎず、すぐにまた噛みついてきた。

 全く、本当に素直じゃない。


「ならば、貴様はどんな形態が良いというのだ!?」


「国家の形態が問題なのではない、上に立つ者の人徳によって決まるのだ。」


「なにっ!? 人徳だと!?」


「あーっ、なんか分かる気がする! レスター国王のような人ね?」


「そうだアイリス。レスター国王のような人格者が統治するからこそ、国民は幸福でいられるのだ。民主国家であろうが、君主国家であろうが、な。」


 ブラックは納得がいかない様子でまた噛みついてきた。


「ふざけるな、国王はいずれ歳を取って死ぬではないか? 死んだ後、ジェラルドのような奴が王位に着かんとも限らんだろう?」


「それをさせないよう、レスター国王は尽力しているのだ。国王は、国や国民を裏切るような者を許さない。そして大臣などの要職には、常に国民のためを思う者のみを抜擢している。自分が死んだ後も国民に幸福を与え続けられるように、と。」


「あー、分かるー! それは本当にいつも感じるわー!」


「また国王は、政治家に対して毒を吐く人間も許さない。飲み屋でくだやからは多いだろう? そんなに文句があるなら自分でやれと、この国では誰もが自分の属する町や村の政治に参加できる形にしている。」


「うわー、すごいのねぇー!? 理想的!」


 そうだ。

 それこそまさしく、レスター国王が理想を追い求めた結果なのだ。

 ブラックも聞き入っていたようだが、俺と視線が合った途端にそっぽを向いた。


「フンッ! 国王など、国盗り合戦に明け暮れていればいい! つまらん話だ。」


 俺とアイリスは肩をすくめて苦笑いをした。

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