第48話【青龍】

 城へ帰ってきた。


 情報は事前にテレンスたちが伝えておいてくれている。

 城ではそれを元に会議が行われている最中らしい。

 特にこれ以上与えられる情報はないが、ブラックの紹介でもしておこうか。

 俺はブラックたちを連れて会議室へ向かった。


「ひぃっ!?」


「うぅ・・・!」


 ああ、しまった。

 ブラックの姿は城の面々にも畏怖いふの対象となったようだ。

 会議室への道の途中、すれ違う者は一様にひきつった顔になる。

 クリーブランド大臣には伝えておいたが、他の者は彼の来訪を知らない。


「悪かったな、ブラック・・・。」


「フンッ、どうでもいい。」


 会議室の中には国王の姿はなく、代わりに兵が数多く配置されていた。

 これはもちろん、天下の大盗賊が来るからだろう。

 しかも我が王国は、追討命令すら出したことがある。

 となれば、レスター国王の命が狙われないとも限らない。


 俺の後についてブラックが入室すると、室内に一気に緊張が走った。

 大臣たちは冷や汗を垂らし、兵たちは剣に手を添えて身構える。


「クックックッ、ザコどもめ。」


 ブラックは会議室の中央で不敵に笑っている。

 兵の握る剣に力が入った。


「兵を下げたまえ。」


 突然、声が響いた。

 それはレスター国王だった。


牙狼盗賊バンデッドマスターブラック・ウェインは客人だ。無礼は許さん。」


 大臣の一人が慌てる。


「し、しかし国王、奴は・・・うっ!?」


 大臣が息を飲んだ。

 レスター国王の鋭い眼光に威圧されたのだ。


「ほう・・・なるほど、大戦の勇者はダテではないってことか。」


 ブラックは満足げな顔をしている。

 この男は、強い男を何より好む。


「フハハハ、今ではルーファスたちの陰に隠れる身よ。もはや一人では何もできぬ。」


「呪いの傷か・・・。チッ、面白い戦いになったものを・・・。あの悪魔どもめ、余計なことをしてくれる。」


 何!?

 ブラックは国王と斬り結ぶつもりなのか!?


「待て、ブラック!?」


「慌てるな、手負いを相手にする気はない。」


 まったく・・・。

 冗談が通じる状況ではないというのに。


 そこへ割り込んだ者がいた。


「もう、ブラックお兄ちゃんったら! 王様に失礼でしょ? 謝りなさい!」


 腰に手を当ててカンカンに怒っているのはララだった。


「フンッ・・・。」


 そっぽを向くブラック。

 ララはそれを見てため息をつき、そしてレスター国王の前に進み出た。


「王様ごめんなさい、ブラックお兄ちゃんはいつもこうなんです。」


 レスター国王も大臣たちも、これには呆気あっけに取られている。

 が、やがてレスター国王が吹き出した。


「ワハハハハ! これは参った! これは痛快、ワハハハハ!」


 つられて大臣たちも笑い出す。

 ブラックは1人、ムスッとした顔をしている。





「ララ殿に記憶が戻ったと聞きましたが、なるほどこれは本当のようですね。」


 眼鏡を手で押さえながら話しかけてきたのは、ルイッサの兄であるヴィンセントだった。

 だが、ヴィンセントは急に怪訝けげんな顔になった。


「ん、これは・・・? ララ殿、お体の状態を確認させていただいてよろしいですか?」


 ヴィンセントはララの身に何かを感じ取ったようだ。


「は、はい。」


 素直に応じるララだったが、ブラックが間に割り込んで止めてきた。


「ララに何の用だ?」


 首筋に魔剣を当てられたヴィンセントは、苦笑しながら両手を上げ、無抵抗の意思表示をした。


「いえいえ、ララ殿に大きな魔力の流れを感じましてね。」


「魔力だと? ・・・む? 貴様、あの時の魔導士か?」


 ヴィンセントは我々より先に忘却の塔タワー・オブ・オブリビオンの偵察に行っている。


「やはり、お気づきでしたか。」


「俺を誰だと思っている?」


 やれやれ、また一触即発の雰囲気だ。


「まぁ待てブラック、ヴィンセントの力は大陸随一だ。彼のことは俺が保証する。」


「ヴィンセント・・・そうか、貴様があのケルベロスの召喚士サモナーか。」


 納得したのか、ブラックは剣をさやに納めた。

 ヴィンセントはララの頭に手を置き、目をつぶった。


「こ、これは・・・!? 異質ではありますが、巨大な魔力を感じます。」


「なんだとっ!?」


 ブラックが慌ててララの下へ行き、ひざまずいて顔を覗き込んだ。

 ヴィンセントはあごに手をあててしばらく考え込んだあと、アイリスに尋ねた。


「そういえば、彼女の前のコリン殿も大呪文を唱えることが出来たそうですね。たしか、神官系の・・・。」


「うん、兄さんと同じ魔法よ。・・・え? まさか!?」


「ええ、お考えになっている通りだと思いますよ。そして異質の魔力ということは、恐らく―――。」


「ああ、こいつは龍脈術式ガイアドライブの魔力だ!」


 代わりに答えたのはブラックであった。

 アイリスの兄のパトリックも龍脈術式が使える。

 ララもコリン同様、彼の能力を受け継いだのだろうか。


「くそっ! 忌々いまいましいが、俺と同等の火力があるようだ。今まで気づかなかったとはな・・・。」


「恐らくは、封印されていたものが何らかの原因で記憶と共に蘇ったのでしょう。あくまでも、私が彼女を見て感じた限りですが・・・。」


 ヴィンセントの推論に妹のルイッサもうなずく。


「ええ、私もそうだと思います。少なくとも忘却の塔に入る前には、このような魔力を感じることはありませんでした。」


 さっきまでの笑いはどこへやら、大きな魔力と聞いて大臣たちは遠巻きにララを見つめている。


「ブラックおにいちゃん・・・私・・・怖い・・・。」


 ララは不安げな顔でブラックを見つめ返した。

 それを見たブラックはニヤッと笑い、ララを抱きかかえた。


「きゃっ!?」


「捕まってろ!」


 言うが早いか、ブラックはララを抱いたまま外に飛び出した。


「待て!? ここは20メートルの高さだぞ!?」


 だがブラックは器用に壁から壁に飛び移り、中庭に見事に着地をした。

 中庭は修復が進み、大部分が整地されている。


「もー、ブラックお兄ちゃん、怖い! びっくりしちゃった・・・。」


 ララが半べそでブラックを怒った。

 ブラックはニヤニヤ笑っている。


「ララ、以前俺が教えた龍脈術式を覚えているか?」


「え? うん、覚えているよ。」


「お前の今の魔力なら、恐らく青龍も呼び出すこともできるだろう。俺の真似をして印を結んでみろ。」


 そういうとブラックはララに手ほどきした。

 ララは見よう見まねで後に続く。


太祖たいそ山に生まれし龍よ! その強大なる大地の気をまとい龍穴より出でよ! 青龍霊光陣スピリットロアー!!」


 これはパトリックが青龍を呼び出した呪文だ。

 中庭が鳴動し、そして出来た地割れの中から青き龍が姿を現した。

 8匹の龍が暴れまわる。


「青龍霊光陣!!」


 ララも詠唱を終えたようだ。

 次の瞬間、ブラックの霊光陣と等しい地鳴りが起き、大地から青龍が現れた。


「す、すごい!?」


 アイリスが驚くのも無理はない。

 新たに現れた青龍も8匹だったのだ。

 合わせて16匹もの巨大な龍が空を駆け巡っている。


「フハハ、フハハハハハ! すごいぞララ!? この俺と同じ数の青龍だぞ!? フハハハハハ!」


 ブラックは狂喜している。

 だがララは自分で成したことを信じられず、しばらく茫然としていた。


「・・・ブラックおにいちゃん・・・私・・・戦える?」


 ブラックは、ひときわ嬉しそうな顔をした。

 そしてララの髪をくしゃくしゃに撫でながら言う。


「ああ、お前は間違いなく史上最強の5才児だ! 期待してるぜ!」

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