第47話【業】

「どこへ行ったんだ!?」


 俺たちは慌てた。

 ララがいないのだ、ネルの遺骸いがいと一緒に。


「くそっ、俺はどこまで馬鹿なんだ!」


 悲痛な表情が己の視界に入ることに耐えられず、彼女から目を背けていた。

 どうやら全員同じ気持ちだったらしい。


「家の中にはいない、外かっ!?」


 俺たちは土砂降どしゃぶりになった暗い空の下に飛び出した。


「どこだ、ララ!? 返事をしてくれ!」


 その時、アイリスが何かに気づいた。


「ル、ルーファス、あれは・・・」


 そこに、その男はいた。


 そうだった―――。

 俺らは鈍重どんじゅうで馬鹿でも、この男だけは違う。

 何かを見守るように、その男は立っている。


 そこはララの生家せいか、壊れたウィドリントン家の中だった。

 雨は容赦ようしゃなく室内に降り注いでいる。

 男の視線の先で、少女は愛犬を抱きしめていた。


「このお椅子いすね、私のお椅子なの・・・。」


 雨に打たれながら少女は口を開いた。


「ネルはね、私のお椅子が大好きだったの・・・。いつもいつもこのそばにいたの・・・。」


 そして少女は犬を抱きかかえたまま椅子の前にしゃがみこんだ。


「ほら、この傷ね・・・? ネルがんだ後なのよ?」


 そうか、脚の傷は犬の噛みあとだったのか。

 傷は床から10センチのところについている。

 それはまさしく、小さな犬のあごの高さではないか。


「大事なお椅子だから噛んじゃダメって私は怒ったのよ。でもね、子犬は歯が生えてきてかゆいから仕方ないんだって、パパがね・・・パパがね・・・。」


 そう言うと、少女は男のほうを振り返った。

 大粒の涙があふれていた。

 そして少女は泣き叫ぶ。


「ねぇ、どうして!? どうしてなの、ブラックお兄ちゃん!? 私ね、私ね、ネルといっぱいいっぱい遊びたかった!! パパともママとも、いっぱいいっぱいお話ししたかった!!」


 男は微動だにしなかった。

 何も言わなかった。


「どうしてなの・・・どうして、みんないなくなっちゃったの・・・ねぇ、どうしてなの・・・どうしてなのよ・・・。」


 少女はうつむき、消え入るような声でそうつぶやいた。


 男は黙っていた。

 だがそれは、己が持つ冷酷さゆえではなかった。


「お願い、ブラックお兄ちゃん・・・みんなの仇を取って・・・。」


 少女は愛犬を抱きしめたまま、男に己の願いを告げた。


 だが、男の口から出た言葉は残酷だった。


「・・・甘えるな。」


 目を見開く少女。

 アイリスはこれにキレ、男に食ってかかろうとした。


「ちょっとブラック!? アンタ何を言って・・・え?」


 俺はアイリスの肩に手を置き、彼女をいさめた。

 驚くアイリスだったが、俺の表情を読んで思いとどまってくれた。


 俺には男の言いたいことが分かる。

 だがそれは、極めて残酷なことだった。

 わずか5歳の少女が背負えることではなかった。


「甘ったれるんじゃない、これは『お前の戦い』だ! お前は『モロクスが死ぬと同時に死ぬ身』だろう? お前の代わりに仇を討つ人間は、同時に少女殺しのとがをも背負うことになる。そんなごうを他人に課すつもりか!?」


 少女はその言葉に、ハッと気づかされる。


「殺されたのはお前の犬であり、お前の両親だ。だから、お前自身で仇を取れ! 他人を頼りにするんじゃない!」


 男の大声が辺りに響き渡った。

 ルイッサもブラウン夫妻も、あっけに取られて立ちすくんでいる。


 アイリスは体を震わせ、涙を流す。


「そんな・・・そんな・・・残酷よ・・・あんな小さい子が・・・そこまで覚悟を決めないといけないというの・・・?」


 だが、その少女は強かった。

 我々の予想よりはるかに強かった。

 少女はその小さな足で立ち上がり、そして男にこう言った。


「私の仇討ちに、どうか力を貸してください・・・!」


 わずか5才のその少女は、自分の運命に今、自らの力で立ち向かったのだ!

 

 そして男は、マントで少女を包み込んだ。

 その背中には慈愛の温かみが感じられた。

 少女の願いの全てを受け止め、叶えてやろうという意思があった。


 少女は男の胸の中で安らかな笑みを浮かべている。

 雨は、全ての悲しみを押し流そうとするかのように、激しく降り続いていた。





 翌朝、我々はネルの遺骸を埋葬した。

 ララの両親であるウィドリントン夫妻の墓の隣に葬った。

 ブラウン夫妻が気を回し、村の神父を連れてきてくれた。

 他の村人も手伝ってくれたおかげで、急造ではあるが、小さな墓石も用意が出来た。


 ララはもう、泣いていなかった。

 みんなの仇を討つ、その時までは泣かないと決めたらしい。

 残酷な運命だが、自らの力で切り開かなければ後悔が残ることになる。

 だから、これでいいのだろう。





 城へ出立しゅったつしようとした時、ブラックの姿が見えなかった。

 アイリスがイライラしている。


「もー、どこ行っちゃったのよ、アイツは! ・・・あ、あんなところにいる!?」


 そこは墓の前であった。

 そうか、そういうことか。


「アイリス、気づかなかった俺たちの方が馬鹿だ。」


「え? どういうこと?」


 きょとんとするアイリス。


「ん、分からんか? ブラックは、ネルを10年にも渡って面倒を見てきたんだぞ?」


「あ・・・そうか、そうよね?」


 意外そうな顔で驚くアイリス。

 そしてニヤニヤした顔をして続ける。


「全くブラックったら、悲しければ大声で泣けばいいのにね? フフフ。」


「しーっ! 気づかれたようだ、知らぬ振りで馬車に戻ろう。」


「うん! ・・・フフフ。」

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