第45話【ジェラルド】

「ブラックよ。貴公が王侯貴族を恨むのは、これが理由か? 王国がララを、貴公の両親を救えなかったことが・・・。」


 ブラックはララを抱きしめたまま、何も言わなかった。

 だから義賊に身をやつした、その背中にはそう書いてあるように見えた。


「実は当時のことで、伏せられていた事実があるのだ、ブラック。」


 俺は背中に向かって話をつづけた。


「このランチェスター王国は当時、悪魔による襲撃を北方からも受けていたのだ。・・・そしてその悪魔たちはレッドグレイブ帝国から現れたという。」


「何だと!?」


 ブラックが驚いて俺を振り返る。

 レッドグレイブ帝国は北方にある巨大な軍事帝国である。

 両国の関係悪化を恐れたため、ランチェスター国王はこの事実を伏せたのである。


「レッドグレイブ帝国が、悪魔と手を結んだというのか!?」


「それはまだ確証を得られていない。だが近年、このランチェスターなどで多くの龍脈術師が失踪している。そして龍脈術師を求める我々の訴えに、唯一返答が無いのがレッドグレイブ帝国だ。」


「・・・もはや明らかではないか。」


 ブラックが苦々しい表情を見せる。

 この話は、王宮での会議中にクリーブランド大臣が話してくれたものだ。


「ジェラルドめ・・・。」


 ジェラルド・レッドグレイブⅣ世。

 これがレッドグレイブ帝国国王の名である。


「北方からの軍勢は、貴公と貴公のご両親が戦ったミッドプレーンズのそれと同じか、あるいはそれ以上だったという。貴公には言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、そこに兵力の半分をかれた結果、ララのいたレッドバレーまで手が回らなかったようだ。」


「・・・フンッ、無能どもが。」


 悪態あくたいをつくブラック。

 だが、その顔からは幾分いくぶんか、憎しみが消えているように見えた。

 俺はブラックに手を差し伸べて言った。


「その無能な我々に『名誉挽回』のチャンスをくれないか、ブラック? 悲しみのない世を作りたいのだ。」


 ブラックは手を取らず、ただ俺をじっと見つめていた。

 そして俺の手を払いのけて立ち上がった。


「フンッ、貴様らが『恥の上塗うわぬり』するのを間近で見るのも一興か・・・。」


 ニヤッと笑って言う。

 それを見たアイリスは大喜びだ。


「ええ!? じゃ、じゃあホントに!?」


「ただ、ララは俺が預かる。そこは譲らん。それでいいな、ララ?」


「うん! ブラックお兄ちゃん、だーいすき!」


 ララは立ち上がってブラックに抱き着いた。


「ああそれと、アイリスとか言ったか?」


 ブラックがアイリスの方を見て言う。


「ん、なーに?」


「報酬ももらう。」


「ふふっ、オッケー! はい!」


 アイリスは破滅の剣ティルフィングをブラックに投げてよこした。

 手に取ってじっくり眺めるブラック。

 だがララは、剣から流れ出る瘴気を怖がっていた。


「ククク、まさしく俺のための剣だ。呪われた剣、ティルフィングか・・・。ララ、少し離れていろ。」


 ブラックはララを遠ざけた。

 次の瞬間、ブラックの姿が消えた。


 いや、消えたのではなかった。

 目にも留まらぬ速さで向かいの壁に跳躍し、そこからまた天井に向けて跳躍をしていたのだ。


「なにっ!? 優に30メートルは跳んでいるぞ!?」


 トラやヒョウでも10メートルとは跳べまい。

 恐るべき剣士である。


暗黒旋回断罪斬スピニングブラックエンド!!」


 白虎との連携攻撃で俺に放った奥義だ。

 猛烈な回転をしながら空中から床に突き刺さった。

 轟音と共に、床に大きな穴が開いた。


「・・・いい感触だ。この剣、気に入ったぞ。」


 まったく、味方に引き込めて幸いだった。

 二度と敵にはしたくない男だ。


 あとはテレンスとカイルを説得しなければならないだろう。

 テレンスはブラックと以前から因縁があり、カイルは先ほど殺されかけた。

 いや、これは後でゆっくりと時間をかけよう。





「おい、忍者。」


 突然、ブラックがカイルに呼び掛けた。


「ん? 俺か?」


「これを持っていろ。」


 そう言うとブラックは、魔剣アゾットをカイルに向かって放り投げた。


「な!? お前、この剣は・・・!?」


「俺は二刀流ではない。1本、余った。」


「あ、余ったって!? だがお前、こいつは・・・!?」


 ブラックはニヤリと笑って言う。


「勘違いするな。お前が足手まといにならないよう配慮したまでだ、ククク・・・。」


「な!? くっそー・・・!!」


 怒り出すカイル。

 俺が止めようとした矢先、間に割って入った者がいた。


「カイルさん、気にしないで! ブラックお兄ちゃんはねー、いっつもこうなの!」


 ララはニコニコ顔でカイルを慰めた。

 なるほど、これはブラックなりの優しさのようだ。


「そ、そーかい・・・? し、しかたねーなー!」


 天使顔負けのララの笑顔に、カイルもつい顔がほころんでしまったようだ。

 やれやれ、特務隊長ともあろうものが・・・。


「それとテレンス!」


 またブラックだ。

 今度はテレンスに呼び掛ける。


「ぬ?」


「貴様の防御力には期待できる。モロクスを倒すまで、俺の盾になれ!」


「な、な、な、なんだとぉおおおおおっ!?」


 テレンスは顔を真っ赤にして激怒している。

 慌ててララがフォローに入る。


「テレンスさん、気にしないで! あれはね、ブラックお兄ちゃんはね、褒めているの!」


「ぬぬぬぬ、ぬー・・・。」


 テレンスも脱力したようだ。


 やれやれ、時間をかけるつもりがあっという間に解決した。

 付き合いづらいところはあるが、やはり俺は人に恵まれる男のようだ。

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