第44話【魔杖】

 謎が次々と氷解していく。

 壮絶な運命の犠牲者がここにもいたのだ。


 俺はバカだった。

 誰かがモロクスを追い払ったと、レッドバレーのジョセフが言っていたではないか。

 魔神を追い払える者など、そうそういるものではない。


「ブラック、詳しく説明してもらえないか?」


「・・・知ってどうする?」


 ブラックはララを抱きしめたまま、俺のほうを振り向くことなくそう聞き返した。


「こうなった以上、貴公はもう他人ではない。ララという、この世界の命運を握る少女について、一緒に考えていきたいのだ。」


「・・・ララは殺させん!」


「ガーランド国王も同じ思いだ。国王は国民の盾となるほどの方だからだ。だがブラックよ、貴公の腕の中にいるララ本人がそれ・・を望んでいるとしたらどうだ?」


「なんだと!?」


 ブラックは怒りの形相ぎょうそうで俺を睨む。

 そして俺が嘘偽うそいつわりを言っていないことに気づくと驚き、ララを問い詰める。


「バ、バカな!? ララ、本気でそう思っているのか!?」


 うつむいていたララは顔を上げ、ブラックを見つめた。


「そ、そんな・・・!? お前、なぜ・・・?」


 ララはブラックの胸に抱きついた。


「パパとママの魂・・・モロクスに殺されちゃったから、まだとらわれたままなの・・・。」


 ブラックは目を見開いた。

 悪魔に殺された者の魂は、天国へも地獄へも行くことなく、永遠にその悪魔に囚われ続ける。

 その悪魔を殺さない限りは―――。


「ブラックお兄ちゃん・・・ララね、パパとママに会いたい・・・。」


 ブラックはしばらく動けないでいた。

 しかし、やがて目を伏せ、そしてララを優しく抱きしめた。





「俺の両親とララの両親は仲が良かった。」


 ララを抱きしめたまま、ブラックは話し始めた。


「俺も両親に連れられ、何度かララの家を訪ねたことがある。」


 村にはブラックと面識のある者がいると聞いていたが、それがまさかララのウィドリントン家だったとは・・・。


「こいつはなぜか俺に良くなついていた。どこが気に入ったのか分からんがな・・・。」


 ララは顔を上げ、手で涙を拭いて言う。


「ララも、最初は怖い人かと思ったの。でも違った、優しい人だった! ララが庭で転びそうになった時、抱きとめてくれたの!」


 ララは俺にそう説明してくれた。

 アイリスのことを女子供とバカにしていたが、そう言う「本当の理由」が分かった気がした。


「そして、あの日―――。」


 ブラックは暗い顔になった。


「俺は両親と共に、あのミッドプレーンズにいた。」


 モロクスがその日、軍勢を連れて襲いかかった村である。


「俺も両親も龍脈術式ガイアドライブが使える。3人でモロクスの軍勢と戦ったが、敵の数は圧倒的だった。」


 事実、ミッドプレーンズはこの襲撃により半壊している。


「戦闘中、突然親父は俺にララの安全を確認して来いと言った。俺自身もララの身に良からぬ予感がしていた。だから俺は両親と別れ、1人レッドバレーに向かったのだ。・・・今にして思えば、それは俺を逃がすための口実だったのだろうがな。」


 ブラックは天を見上げてそう言った。


「レッドバレーに着いてみれば、嫌な予感が的中していた。村の入り口から中央付近まで、全てのものが破壊され、そして炎上していた。俺はウィドリントン家に急いだ。」


 そして、ブラックの表情が怒りの形相に変わる。


「駆けつけた時に俺の視界に入ったのは、ララをかばって惨殺されるウィドリントン夫妻だった。」


 ララは静かに泣き出した。

 この場で説明を求めたことを、俺は後悔した。


「俺は、あらぬ限りの力でモロクスに立ち向かった。奴は全ての魔法を無効化する、巨大な棍棒を持っていた。それが奴の強さの秘密だった。」


 それを聞いたルイッサが冷や汗をかく。


「魔杖ガンバンテイン・・・ですね。」


 魔法を無効化する魔杖。

 なるほど、モロクスには龍脈術式しか効かないというのも納得できる。


「戦いは1時間近くにも及んだ。厳しい戦いだった。ランチェスター王国からの応援を待ち望んだが、ついに現れることは無かった。」


 ランチェスター王国の軍隊は、ミッドプレーンズの方に向かっていたのである。


「だが、俺に勝機が訪れた。」


 そう言うとブラックはララが抱いている犬を撫でた。


「このネルが、果敢にもモロクスに噛みついたのだ。ララを守ろうと必死だったのだろう。こんな小さな犬だ、ダメージなどは無いも同然であったろう。だが、それでモロクスの気を引きつけることが出来た。俺はその隙を逃さず、奴に奥義を叩き込み、致命傷を与えた。」


 ブラックはそこまで言うと、また怒りの形相に変わった。

 いや、その奥に深い悲しみが見える。


「しかし奴は、その今際いまわきわに・・・! ララは・・・ネルをかばって・・・。しかも・・・奴はまだ生きていただと!?」


 拳を床に打ち付けるブラック。

 ブラックの体は、小刻みに震えていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。またララのせいね・・・。ごめんなさい、ブラックおにいちゃん・・・。」


 そう言うと、ララは泣きながらブラックを抱きしめた。

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