第43話【王子様】

「ブラック!? 貴公、今、『ララ』と言ったのか!? ・・・ブラック?」


 ブラックは両膝をつき、放心状態でララを見つめていた。

 あのブラックが・・・。


「・・・ネル・・・あなたは、ネル・・・。」


 ララが犬を撫でながら、つぶやくようにささやいた。

 そしてそれと共に、彼女の顔に少しずつ感情が戻っていく。


「ああ、ネル・・・私のネル・・・会えた・・・やっと、会えた・・・。」


 ララは泣いていた。

 大粒の涙が止まらなかった。

 しかしそれは悲しみの涙ではなかった。


「会いたかったわ、ネル・・・そう、あなたは無事だったのね? ・・・良かった、ほんとに良かった・・・」


 ララは犬をネルと呼び、その体を抱き上げた。

 ネルと呼ばれたその犬は、遠吠えとも甘え声とも分からない声で鳴いていた。


「そう・・・そうなの・・・あなたもララに会いたかったのね? ・・・ごめんね、いっぱい待たせちゃった・・・。」


 抱きしめられているにもかかわらず、犬はララにもっと寄り添おうとした。

 まるでララと一体になり、二度と離れまいとしているかのように。


「ネル、あなたは助けてもらっていたのね・・・ララの・・・ララの優しい王子様に・・・。」


 涙に濡れながらも微笑むララ。

 その視線の先に、牙狼盗賊バンデッドマスターブラック・ウェインがいた。





「は、いけません!? 犬の容態ようだいが・・・!?」


 ルイッサの指摘した通り、犬は非常に苦しげな息遣いをしていた。


「回復魔法をかけましょう、犬にも効くはずです。」


 ルイッサが魔法の詠唱を始めようとした、その時だった。


「無駄だ・・・。」


 声の主はブラックだった。

 見ると、彼は祭壇から飛び降り、ララの下へ歩みを進めていた。


「モロクスに受けた呪いの傷だ。もう持たない・・・。」


 犬を良く見ると、胸から腹にかけて傷がある。

 そしてそこから黒い瘴気しょうきが湧き出ている。

 これはレスター国王の傷と同じ、呪いの武具によるダメージだ。


「そんな・・・!」


「いやよ!? ネル!? ネルーーー!?」


 ルイッサは絶句し、ララは絶叫した。

 だが、魔導士長ルイッサは冷静だった。


「いえ、痛みや苦しみを緩和する作用もあります。」


 それを聞いたブラックは歩みを止め、腕を組んだ。


「・・・好きにするがいい。」


 ルイッサは慈生聖光波ア・シュールを唱えた。

 暖かな光が放たれ、犬の息遣いが落ち着きを取り戻した。


 犬はララの胸の中で眠ったようだ。

 治ったわけではないだろうが、これでしばらくはやり過ごせるはずだ。





 ブラックはララの前にいた。

 ララは犬を抱いたまま、涙を流しながら彼を見上げる。


「久しぶりだな、ララ。」


「うん・・・ブラックお兄ちゃんは背が伸びたのね?」


 と、ニコッと笑ってララは言った。


「それだけか? 俺はもう、あんな童顔ではないぞ?」


「うふふ。やっぱり、いつもの私の王子様だ! いつもそうやってカッコつけるもん!」


「フンッ、相変わらず生意気なガキだ。」


 そう言うとブラックはララの前にひざまずき、彼女を抱きしめた。


「すまなかったな・・・俺は、お前を救えなかった。」


 ララは涙を流しながら首を横に振った。


「うーうん。ブラックお兄ちゃん、カッコよかった・・・白馬の王子様だった。」


 ブラックはララを強く抱きしめて言う。


「姫を助けられない男が、白馬の王子なものか・・・!」


「あんな大きな怪物に立ち向かってくれたんだもん、ブラックお兄ちゃんはララの王子様よ! そんなこと言っちゃダメ!」


 ララは、強く否定することでブラックを救った。


「・・・お前は、いつもの俺のララだ・・・。」

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