第42話【ララ】

 結局、俺は無力だった。

 何も出来なかったではないか。

 5才児に助けられる騎士団長など、世間のお笑い草だ。


 そう、ララは5才。

 死というものを知っている。

 それを知っていて、わざわざ「死にたい」と思うだろうか。


 自己犠牲―――。

 ララの両親は敬虔けいけんなクリスチャンであった。

 自分の身を犠牲にしてでも皆の幸せを願えと、そうララに教えてきたのだろうか。


「ルーファスよ、ララの意思を尊重しようではないか・・・。」


 頭を抱えた俺の肩に右手を置き、励ましてくれたのはテレンスだった。

 見た目に反して気の優しいテレンスにとって、この話は俺以上に辛いはずである。

 強く握りしめた左の拳が小刻こきざみに震えている。


「それしか選択肢が無い、それがやるせないのだ・・・。」


 ララは優しい子だ。

 転生してすぐ、泣きだしたアイリスを慰めようとした。

 なぜそんな子が・・・。





 だが、自分で言ったように、それしか選択肢は無いのだ。

 個人的な感情に振り回されてはいけない。


 俺はカイル、テレンス、そしてルイッサを呼び集めた。


「本来であれば情報収集を続け、ブラックの説得材料をもう少し集めたいところだ。だが、パトリックが急を要すると警告している。無駄足になり、またブラックをさらに怒らせる結果になるかもしれないが、俺はすぐにでも忘却の塔タワー・オブ・オブリビオンに戻るべきだと考える。その際、ララも連れて行こうと思う。皆の意見はどうか?」


 魔導戦争の英雄パトリックが必死の思いで伝えてきたのだ。

 何よりも最優先すべき事項である。


「ルーファスに賛成します。時間が無いのですから、他に手は無いと思います。」


「ああ、俺もそう思うぜ、団長。ブラックの野郎は『子供を殺したくない』と言っていた。だが、ひどい言い方かもしれないが、その子供がそれ・・を望むんだ。これも説得材料になりうるだろうよ。」


 カイルのこの発言は的を射ているだろう。

 テレンスも同意する。

 時間が無い以上、今はこれが最善手に違いない。





 俺はララのもとに行った。

 ララは椅子の上でアイリスに抱きしめられている。


「ララ・・・。明日、盗賊ブラックに会いに行こう。彼がいないとモロクスは倒せないのだ。」


 ララは、やや不安げな顔をする。


「・・・怖く、ない?」


「ああ、大丈夫だ。怖そうに見えるが、子供にはとても優しい男だ。」


「・・・うん、分かった。」


 ララはそう言うと、アイリスの胸にしがみついた。

 彼女が今持つ不安、それはブラックに対してではない。

 死への不安に他ならない。


 俺を見上げるアイリスの目から涙が一つこぼれた。

 俺は二人を抱きしめた。

 いや、それしか出来なかった。





 明朝、我々は忘却の塔を再び訪れた。


 塔の巨大な扉は閉じられていた。 

 だが罠などの仕掛けはそのままになっており、発動することは無かった。

 また、精霊の攻撃も無かった。

 ララを連れてくるにあたって、これだけは気がかりなポイントだった。




 最上階、祭礼の椅子にブラックは座っていた。

 昨日と同様、肘掛けに肘をついた手で頬杖を突き、足を組んでいる。


「ちっ、りずにまた来たのか! 何度来ても無駄だ! 俺は貴様らにくみしない!」


 ブラックの怒声が祭礼の間に響き渡る。

 それに驚いたララが小さな悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。


「何? 子供がいるのか?」


「そうだ、ブラック。今日は、モロクスの呪いで転生した子供を連れてきたのだ。」


「何だと!?」


 ブラックが俺を睨む。

 だが、何かに気づいて急に慌て始めた。


「・・・バ、バカお前!? その体で動くんじゃない!?」


 ブラックが何かに驚いている。

 奴の視線の先を追うと、祭礼の間の隅に何かいた。


 それは小さな犬だった。

 小さな犬が、おぼつかない足取りで出てくるのが見えた。


「クゥーン・・・クゥーン・・・キャンキャン・・・ハァハァ・・・。」


 犬が甘える時に出す声だ。

 しかし、苦しそうな息遣いである。

 カイルの言っていたのは、これのことか。


 だが、おかしなことに気が付いた。

 犬は真っすぐ俺の方に向かってくるのだ。

 小さな尻尾を懸命に振っている。


「バカ野郎、死ぬぞ!? 寝床に戻れ、ネル!」


 ブラックが発した言葉に我々は衝撃を受けた。

 ララもその言葉に反応し、俺の陰から出てきた。


「ネ・・・ル?」


 俺は大きな勘違いをしていた。

 その犬は「俺に向かってきた」のではなかった。

 犬はララを見つけると、さも嬉しそうな表情で吠える。


「キャンキャンキャンキャン! ハァハァ・・・キャンキャン!」


 ララが犬の下へ駆け寄る。

 犬はララに撫でられ、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。


「バ、バカな!? お前は!? そ、そんなことが!?」


 突然ブラックが血相を変え、椅子から立ち上がった。


「そんな・・・ああ、そんな・・・お前だったのか、ララよ・・・。」


 そして消え入るような声でそう言い、ブラックはがっくりと膝をついた。

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