第41話【パパとママ】

「ねぇ、引き返しちゃうの?」


 俺たちは馬車に乗り、ララの待つレッドバレーに向かっていた。


「あの状態での交渉は無理だ、アイリス。」


「ええ、私もルーファスの判断を支持します。」


 アイリスはティルフィングを見つめながら、がっくりと肩を落としている。


「テレンス、俺にはブラックが子供・・という言葉に強く反応していたように感じられた。お前はどう思う?」


 テレンスは荷台に胡坐あぐらをかいた状態でうなずく。


「わしもそう思う。あの怒りは尋常ではなかった。何か過去にあったとしか思えんのだ。」


「お前もそう思うか・・・。ジョセフが『ブラックはレッドバレー近辺の出身である』と言っていた。となると、この近隣にその謎を解くカギが残されている可能性があるな。」


「私も同意見です。周囲に聞き込みをしてから、再度ブラックの下へ参りましょう。」


 アイリスは俺たちのやり取りにポカンと口を開けていた。

 そして悲しげな顔をしてうつむいた。


「あなたたち、やっぱりすごいのね。私、何の役にも立ってない・・・。」


 そんなことを気にしていたのか・・・。


「何を言っているんだ、アイリス。ティルフィングを報酬に差し出すという考えは名案だった。あれは俺たちには出来ない。」


 アイリスが顔を上げる。


「・・・そう?」


「そうだぜ、アイリスちゃん。ブラックの顔を見ただろ? あれだけ女子供とバカにしてたのに、な?」


 カイルの言葉を聞いたアイリスの顔に、明らかな笑みが戻った。


「そっか・・・そうよね?」


「わしが苦戦をいられたあの・・ブラックを手玉に取るなど、まったく、わしの面目は丸つぶれですぞ?」


 テレンスが肩をすくめて苦笑する。

 それを見たアイリスが大威張りで立ち上がった。

 足を開き、腰に手を当てている。


「フハハハー! 皆の者、安心して私についてまいれ!」


 まったく、やれやれだ。


「・・・認めてやるが、調子に乗るな。」


「てへっ。」





「そうだ、アイリスちゃん。俺にも聞こえたぜ?」


 カイルが思い出したようにアイリスに言った。


「え? ・・・あ、犬の声ね?」


「そうそう。あれはたしかに小さい犬だ。だが、老犬だな。寿命なのか病気なのかまでは良く分からないが、あまり長くは無いようだ。苦しそうな息遣いだった。」


「す、すごい! そこまで分かるなんて・・・。」


 アイリスは目を見開いて感嘆している。


「特務隊長はダテじゃないぜ?」


 そういうと、カイルはアイリスにウインクを返した。


 犬か―――。

 何か引っかかる。

 俺は何かを見落としている気がする。





「俺は村長に尋ねてみる。テレンスとルイッサ、そしてカイルは村人に聞き込みを頼む。」


 レッドバレー帰還後、俺はそう3人に指示を与えた。

 

「それと、アイリスはララに会いに行ってくれ。」


「オッケー!」


「ブラウン夫妻がララのために尽力してくれると言っていたから、それの確認も頼む。」


「うん!」


 集合は2時間後にブラウン夫妻の家で、ということになった。


 俺は村長宅を訪れた。

 村長は異国の我々に親身になって話に乗ってくれた。

 彼自身はブラックについて知らないそうだが、長老格の一人が知っているだろうとのことだった。


 俺は村長の案内でその人物に会いに行った。

 その長老の話によると、ブラックは10年前の魔導戦争前まで、幾度いくどかこの村を訪れていたとのことだった。


 これはブラックの少年時代、つまり盗賊家業に手を染める前の話である。

 接触した村人こそ少なかったようだが、この頃のブラックは友好的だったそうだ。

 残念ながら、その村人たちの多くはモロクスなどの犠牲になったようだ。


 なるほど、ブラックについて少し分かってきた。

 戦争を生き残った村人たちに話を聞きに行きたかったが、待ち合わせの時間が来てしまった。

 やむなく、俺はブラウン夫妻の家に向かうことにした。





「ルーファス! 大変よ!?」


 アイリスが俺の姿を見て叫んでいる。

 俺は彼女のもとに駆け付けた。


「どうした?」


「お昼寝してたら、また夢に兄さんが現れたらしいの!」


「何だって!?」


 またララの夢の中にパトリックが現れたのか―――。


 俺はアイリスと一緒にブラウン夫妻の家に入った。

 ルイッサたちは俺の到着を待っていたようだ。

 ララは食堂の椅子の上におり、膝を抱えて泣いている。


「おお、ルーファス殿。では皆さん揃われたようですから、順を追ってお話ししましょう。」


 ジョセフが説明を始めた。


「ララには辛いことになるとは思いましたが、事は急を要しますので、彼女の過去に触れることのできる場所へ案内しました。」


 妻のロージーはハンカチで目を押さえている。


「まずは生家のウィドリントン家に再度連れて行きました。目的は、例の椅子です。ルーファス殿がお話しくださった、あの椅子の傷について何か思い出さないかと考えたのです。ララは涙こそ流しましたが、残念ながら何も思い出しませんでした。」


 我々が来た、一昨日と同じか。

 何か重要なヒントがあるように思うのだが、どうしても分からない。


「次に、村はずれにある墓地に連れて行きました。そこにはララと、ララのご両親の墓があります。父親はデニス、母親はシンディーと言います。彼らの墓に裏の畑から取った花を備えると、ララが墓標に自分の名前のあることに気づきました。」


 5才児には辛すぎる試練だ。

 いや、大人でも耐えられまい。


「私はララに全てを話しました。ララとご両親がモロクスに殺され、ララだけが呪いによって転生したこと。ララの本当の体は既に無く、決して大人にはなれないということ。呪いをかけたモロクスを倒さねば世界が滅ぶこと。そして―――。」


 ジョセフは目をつむり、天井を仰いだ。


「モロクスが倒されれば、ララも死ぬということを・・・。」


 しばしの沈黙の中、ララのすすり泣く声だけが聞こえた。


「ララは気も狂わんばかりに泣きました。それはそれは大きな声で泣きました。『そんなの嫌だ!』そう言って泣きました。家に連れて帰っても泣き続けました。そして泣き疲れて眠ったのです。」


 ジョセフはテーブルに肘をつき、真剣な眼差まなざしで話を続けた。


「しばらくしてララは目覚めました。その目は大きく見開いておりました。そして言ったのです、『パトリックさんにまた会った」と。」


 アイリスはララのもとへ行き、そっとララを抱きしめた。

 ララは何も言わず、大人しく抱かれている。


「パトリック殿はララにこう言ったそうです。ララの前に犠牲になった子は両親と再会し、今は天国で幸せに暮らしている。だからララの両親も間違いなく天国に行くはずだと。そしてパトリック殿は最後に『急いでブラックに会いに行って欲しい。時間がない。』と言い残したそうです。」


 パトリックはララを説得してくれたようだ。

 限られた時間を最大限に使って・・・。


 ララの両親が天国に行くというのは事実だろう。

 なぜなら彼らは敬虔なクリスチャンだからだ。

 しかし、ブラックに会いに行けとは?


「ジョセフさん、ロージーさん、大変辛い役目を押し付けてしまい申し訳ありませんでした。」


 俺はブラウン夫妻に謝罪した。

 本来は俺たちの役目なのだ。


「いえ、いずれは誰かがやらねばならないことです。私は皆さんのような力の無い、こんな老いぼれたじじいですから、これぐらいしか出来ることはありません。」


 ブラウン夫妻には感謝してもしきれない。

 俺は良い人に恵まれる男のようだ。

 今まで出会った人は、皆すばらしい人たちばかりだった。


「ルーファス・・・。」


 突然、泣いていたララが俺の名前を呼んだ。


「ララも、パパとママに会いたい・・・。」


 アイリスは、涙を流しながらララを強く抱きしめた。

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