第39話【魔剣アゾット】

「燃え尽きるがいい! 精霊召喚、炎魔龍招来ファイアーヘルズゲート!!」


 サラマンダー―――。

 ファイヤードレイクなどという異名の通り、見た目はトカゲに近い。

 全長は7-8メートルに達し、全身が炎で包まれている。

 鉤爪かぎづめのついた足は1メートルほどと短いが、それを補うかのように飛行能力がある。

 頭は火竜そのものであり、その大きな口からは灼熱のブレスを吐く。

 炎の精霊だけに、ブレスの威力はドラゴンのそれに匹敵すると言われている。

 魔導戦争で召喚されたサラマンダーは、その1体を倒すのに1000人の兵士が犠牲になったという。


「文字通り、一騎当千いっきとうせん・・・。それがまた12体だと!?」


 召喚されたサラマンダーは12体だった。

 本当に1000人の兵士と同等であるならば1万2000人分、つまり1個師団以上の力を持つ化け物を相手にしていることになる。

 すると、ルイッサが思念で話しかけてきた。


「まさかサラマンダーまで12体召喚できるとは思いませんでした。数体であれば私の氷結魔法でどうにかなったのですが・・・。私は火炎防御シールドを張ります。」


「分かった、俺たちは直接ブラックを叩く。みんな、いいな!?」


 俺の指示に全員が頷いた。

 火竜の群れを相手にするのは危険すぎる。

 この場合はブレスをかいくぐって召喚者を攻撃するのが正解だろう。


「フハハハ! 思念で何を話している? 術者の俺を狙うつもりか? ククク、無駄なことだ・・・。」


 そしてブラックは腰に差していた短刀を抜いた。

 つかにクリスタルが埋め込まれたその短刀からは、黒い瘴気が流れ出ている。


「あ、あれは魔剣アゾットじゃねーか!? 悪魔すら呼び出すと言われている剣だぞ!?」


 叫んだカイルを、祭壇の上からブラックが見下ろして言う。


「ほぉ・・・アゾットを知っているということは、貴様は忍者か。これは楽しいショーになりそうだ・・・。」


 そう言うとブラックは、上から降りてきたサラマンダーに飛び乗った。

 そしてそのまま天井近くまで上昇した。

 この階は最上階の祭礼の間であるためか、他の階より天井が高く、50メートルほどある。


「なにっ!? くっ、これでは・・・!」


 術者がはるか頭上を飛ぶサラマンダーの上にいては攻撃出来ない。

 危険ではあるが、こうなったら戦法を変えるしかない。


「『将を射んと欲すればず馬を射よ』だ。アイリス、サラマンダーを叩くぞ!」


「オッケー、ルーファス! この天才剣士に、まっかせなさーい!」


「テレンスとカイルはルイッサを頼む!」


「任せるがよい!」


 この戦いはルイッサの防御魔法が命綱だ。

 サラマンダー12体のブレスをまともに食らえば、灰すらこの世には残らないだろう。

 奴の攻撃から彼女を守り抜く必要がある。


「天の狭間の能天使パワーズよ、煉獄の炎カルタグラより我らを守り給え! 聖神氷加護光ディバインアイスバウンド!!」


 ルイッサのシールド魔法だ。

 皆の体が白い光に包まれる。


「チッ、火炎防御魔法か! だが、いつまで持つかな!?」


 この魔法は大きな魔力を必要とする。

 つまり、ルイッサの残りの魔法力次第なのだ。


「さぁ、うたげを始めよう!」


 上空のサラマンダーたちがブレスを吐くと同時に、ブラックの乗るサラマンダーが急降下してきた。

 狙いはカイルか?


「来やがったな、ブラック!!」


 目前まで迫ったサラマンダーが放ったブレスを、カイルは剣で弾いた。

 ルイッサの魔法で強化された剣ならブレスを防げるのだ。

 しかし次の瞬間、身に着けていた軽鎧が粉々に砕け散った。


「ぐはっ!?」


「カイル!?」


 鎧を砕いたのはブラックの魔剣アゾットだった。

 ブラックはブレス発射と同時にサラマンダーから飛び降り、背中からカイルに斬りつけたのだ。

 そしてまたサラマンダーに乗り、上空へ舞い上がった。


「ハハハハハハ! 火と剣の同時攻撃だ! 貴様らに逃れるすべはない!」


 カイルは直前でアゾットの一撃をかわして九死に一生を得たようだ。

 だがダメージは大きく、立ち上がることすらできない。


とどめだ、忍者。アゾットで首をねてやろう・・・。」


 ブラックが急降下してきた。

 サラマンダーが口を開け、ブレスを発射する。


「やらせん!」


 俺はカイルのもとに駆け寄り、炎の剣でブレスを斬った。

 だが、ブレスは斬れも弾かれもしなかった。

 全て炎の剣に吸収されていった。

 そしてその剣撃はサラマンダーをも切り裂いた。


「なにっ!? まさか、その剣は!?」


 サラマンダーを失ったブラックは床に墜落したが、すぐに体勢を立て直して他のサラマンダーに飛び乗った。


すきあり! 光撃絶無連撃衝ルミナスアサルト!!」


 アイリスの神剣グラムがオレンジ色に輝き、上空のサラマンダーに衝撃波の五連撃を食らわした。

 一瞬で5匹のサラマンダーが消滅した。


 上手い。

 ブラックの意識がサラマンダーのコントロールから離れた瞬間を狙い撃っている。


「やったぁ! ほらほら、ペット・・・の数が半分に減ったわよぉ~!? どう? 降参したら?」


 上空のブラックに嫌味を言うアイリス。

 だが、ブラックは不敵に笑いながら俺のほうを見ている。


「ククク・・・炎の剣か。となると、貴様が近衛騎士団ロイヤルガード団長のルーファス・アルフォードだな?」


「・・・そうだ。」


「フッ、今日はツイている。貴様とは一度、手合わせをしてみたいと思っていたのだ。」


 アイリスがイライラして割り込んできた。


「ちょ、ちょっとちょっと!? ねぇ、サラマンダーを一気に倒したのは私なのよ!? 何、無視しちゃってんのよ!?」


「女子供に興味はない・・・。」


 そう言うとブラックは、アイリスには一瞥いちべつもくれずに両手を広げた。

 すると空間に6個の穴が開き、また新たなサラマンダーが6匹出現した。


「げっ、また増えた!?」


 底なしの魔力か?

 サラマンダーのような強力な精霊を召喚する場合、たとえ1体でも大きな魔力を必要とするはずだ。


「恐らくは短剣アゾットの魔力でしょう。厄介な魔剣が厄介な人物に渡りましたね。」


 ルイッサの言う通り、たしかにこいつは厄介だ。

 その時、塔が小刻みに震えるのを俺は感じた。


牙狼盗賊バンデッドマスターの真の力、見せてやろう・・・。」


 ブラックの体に巨大な魔力が集まるのが見えた。

 揺れの正体はこれか。

 手から放たれた稲妻が、天井、壁、そして床を走る。


白虎霊光陣スピリット・ファング!!」


 ブラックの背後から白い塊が四方に放たれた。


「虎!? しかもデカい、5メートルはあるぞ!?」


 何体もの白き虎が、天井を、壁を疾走している。

 猛獣の咆哮が響き渡る。


「そ、そんな、二重魔法詠唱ダブルエンチャント!? それを可能な術者がパトリック様以外にいたなんて・・・。」


 ルイッサがたじろぐ。

 サラマンダーを召喚したうえで、さらに龍脈術式ガイアドライブをかけている。

 これは明らかに二重魔法詠唱だ。


「ククク・・・サラマンダーの炎撃、白虎の氷撃、そして魔剣アゾットの斬撃をかわせるかな?」

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