第38話【ブラック・ウェイン】

「恐るべき速度ではありますが、さすがに光の速さほどには速くないと思われます。」


 ルイッサは壁の様子を確認したのち、アイリスの剣先の速さについて分析した。


「恐らくアイリス様が幼少であられたため、パトリック様が分かりやすくたとえたのでしょう。壁に残った衝撃波のあとから考えれば、恐らく音速の20倍程度でしょう。」


「え? 光速じゃないの?」


「それだけ大きい質量を持つ剣がもしも光速で振られたなら、我々の大陸も吹き飛んでいます。」


「なんだぁ~・・・。」


 アイリスは残念がっている。

 ルイッサが言うには、光速というのは音速の100万倍も速いらしい。

 その勢いで振られたならこの世も終わりかねないのだとか。


「音速の20倍もあるのですよ、アイリス様? 我々からしてみれば途轍とてつもないことです。」


「・・・喜んでいいの?」


「この大陸に真似のできる人は、他にはパトリック様しかいらっしゃいません。天才としか言いようがありません。」


「フッフーン! ほれほれそこのルーファスとやら、が高いぞ?」


 両手を腰に当ててふんぞり返り、大威張りである。


「・・・認めてやるが、調子に乗るな。」


「てへっ。」


 人はアイリスの能力をうらやむだろう。

 だが、俺はそう考えない。

 なぜなら、その力ゆえに、魔王に狙われて今のような悲劇を迎えたからである。


 村を全滅に追い込まれ、叔父を殺され、兄は呪いをかけられ・・・。

 羨む理由がどこにあると言うのだ?

 アイリスが強ければ強いほど、俺は彼女に辛い宿命を思わざるを得ない。




「気に入ったぞ、お前たち!」


 突然、大きな声がこだました。

 言うまでもないが、盗賊ブラックの声だ。


「あっさりとノームを葬るとはな・・・。俺もお前たちとやりたくなってきた! いいだろう、最上階までのぼってこい!」


 精霊は、もう出さないということだろうか。


「それは助かりますね。四大しだい精霊の全てを出されると、こちらも対処が大変です。」


 ルイッサが安堵あんどする。

 大きな被害こそ無かったが、たしかに危うい戦いであった。


「そうそう。この塔には、古くからある、様々な仕掛けが施されている。気を付けて上ってくるといいぞ? ハハハハハハ!」


 そしてまた、一方的に伝える声が余韻を残して消えた。


「くっそ、あの野郎! そういうことは最初に言えっつーんだよ!」


 カイルの言うことはもっともである。

 彼のお陰でどうにかなったが、パーティの組み方次第では全滅もあり得た。


「あれ? 犬の・・・声?」


「どうした、アイリス?」


 アイリスが何かを感じ取ったようだ。


「うん。今の声の中に、なんか、犬の鳴き声が聞こえたわ・・・。」


「犬? ・・・カイル!」


 俺はカイルに助言を求めた。

 彼の研ぎ澄まされた感覚に、俺はいつも助けられているのだ。


「・・・団長、俺には何も聞こえなかったぜ。」


 カイルがそういうのであれば、それは人の耳には聞こえないものだということだ。


「そうか・・・。だが、他でもないアイリスの言うことだ、心にめておこう。」


 アイリスには、精霊シルフの声すら聞こえるのだ。


「ありがと、ルーファス。」


 そう言うとアイリスは俺にウインクした。


 犬か・・・。

 しかし、それだけでは少し漠然とし過ぎる。

 もう少し詳しく聞いておく必要がありそうだ。


「ところでアイリス。その犬だが、どんな犬だと思う?」


「うーん。良く分からないけど、恐らく小さい犬よ。大きな犬ならもっと低い声のはず。」


「分かった、ありがとうアイリス。これからも気づいたことがあれば知らせてくれ。」


「オッケー!」





 精霊の攻撃は無かった。

 そこは不幸中の幸いであった。


 だが、ブラックの言った通り、様々な罠があった。

 壁から槍が突き出す、天井からトゲのついた鉄板が落ちてくる・・・。

 密閉された空間ゆえ、毒ガスでも出たらどうなるかとヒヤヒヤしたが、運よくそれは無かった。

 だが、カイルがいなければここでも全滅しかねなかったところだ。


 壁の巨大な宗教画から考えれば、ここは神殿のたぐいであり、こんな罠は必要ないはずである。

 となると、限られた人間しか入ることを許されなかった塔なのだろうか。





 最上階の、さらに1段高い祭壇に奴はいた!


 黒装束に身を包んだその男は、祭礼に使うであろう華美な椅子に頬杖ほおづえをついて座っていた。

 そして足を組み、こっちを睨んでいる。


「俺の精霊を手懐てなずけたのはどんな奴かと思えば、こんなガキだと?」


 シルフが寄り添うアイリスの姿を見てブラックが言う。


「ガキですって!? ったく、こいつもハルファスも全くもう!! イケメンだけど、性格わるっ!!」


 子供呼ばわりをされたアイリスは怒り心頭である。

 その様子を見たブラックは意外な顔をする。


「ハルファスだと? ・・・む、その剣はドラゴンスレイヤー!? そうか、貴様が光の一族の・・・。」


「そうよ、アイリス・エルフィンストーンよ!! 何か文句ある!?」


「待て、アイリス!」


 俺はアイリスを制した。

 我々は戦いに来たのではないのだ。


牙狼盗賊バンデッドマスターブラック・ウェインよ、我々は貴公に助力を求めに来たのだ! 話を聞いてもらえないだろうか?」


 ブラックが俺を睨み付けた。

 俺の脳内まで見通そうとするかのような眼光だった。


「助力だと? フハハ、笑わせる・・・。以前、討伐軍を指揮したのは、そこのデカブツではないか!」


 ブラックは座ったままテレンスを指さす。

 彼はかつて、ブラック討伐隊のリーダーであった。


「待ってくれ、ブラック・ウェイン。たしかに王の勅命ちょくめいもと、テレンスは討伐隊を指揮した。だが、それは貴公がガーランドの富を盗んだからだ。被害が出れば、一国の王としては見過ごすことは出来ないのだ。」


「・・・フンッ。」


「私は貴公と言い争うために来たのではない。我々は、いや人類は、それどころではないのだ、ブラックよ!」


 ブラックは無言だった。

 俺の言葉の続きを待っているようだった。


「・・・魔王アスモデウスが復活する! そのために、貴公の手腕が必要なのだ!」


 ブラックの目が見開いた。





「各地の異変は、そのためか・・・。」


 時間としては1分ほどだったのだろう、長い沈黙の後にブラックが口を開いた。


「討伐隊を率いず、団長クラスが直接来訪・・・なるほど、その話は信用できる。」


「じゃ、じゃあ、仲間になってくれるの!?」


 だが、アイリスの笑みはすぐにその色を失う。


「断る!」


 強い否定の言葉が室内に響き渡った。


「ど、どうして!?」


「俺には関係のないことだ・・・。」


 うろたえるアイリスに、ブラックは情け容赦の無い言葉を返した。


「そんな・・・。アスモデウスが復活すれば、いずれはあなたも殺されるのよ!?」


「見くびるな! それでも俺は生き残る!」


 そういうとブラックは椅子から立ち上がり、腰の高さに広げた両手に魔力を集中し始めた。


「まずい!? アイリス、戦闘態勢をとれ! 奴は、やる気だ!」


 強烈な魔力だ。

 両手から放たれた青白い稲妻が、天井30メートルの高さまで走り、爆音を上げている。

 大陸屈指の龍脈術師ガイアドライバーはダテではない。


「ククク、わざわざ俺の所に魔剣を持って来てくれるとはな。・・・牙狼盗賊という呼称は100年に1度しか使われない。なぜその名が俺についたのか、お前たちは今からそれを知ることになる!」


 稲妻の走る空間にいくつもの穴が発生した。

 大きさは直径1メートルぐらいか。


 いや、ただの穴ではない。

 中から真っ赤に燃える竜が飛び出してきた。


「出してきましたね・・・最強の精霊、サラマンダーです。」

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