第36話【隠された能力】

 結局、この200メートルの塔を登らねばならないのか。


「ルイッサ、ところであの・・シルフは大丈夫なのか?」


 そのシルフは、笑顔でアイリスの周りをくるくると回って飛んでいた。

 ルイッサは首を横に振りながら説明する。


「私の読心術は人間相手にしか通じません。したがって、あのシルフが何を考えているのかまでは分かりかねます。ただ盗賊ブラックのコントロールからは完全に離れているようですし、シルフは元来がんらい大人しい精霊です。もちろん、安全だという保証はありませんが・・・。」


「私が保証するわ!」


 アイリスが胸に左手を当て、強く断定した。

 この娘には理論もリスクも関係ないらしい。


 だが、ものは考えようだ。

 風の魔法を使うシルフが味方についてくれれば、我々にとってありがたいことではないか。


「アイリス、その子は我々の味方になってくれるのか?」


 俺の問いにアイリスは、きょとんとした顔をする。


「え? さっきから、この子がそう言ってるでしょ?」


「え? 何を言っているんだ、アイリス?」


「え? 何を言っているの、ルーファス?」


 皆、沈黙した。

 しばらくして全ての視線がシルフに集まった時、アイリスが叫んだ。


「えー!? みんな、この子の声が聞こえないの!?」




 アイリスの話をまとめるとこうなる。


 アイリスには戦闘時からシルフの声が聞こえており、それが戦闘意欲をいだ。

 生き残ったシルフが「お願い、助けて!」と言ったのを聞いたため、剣を鞘に納めて手を広げた。


「で、今その子は、我々の手伝いをすると言っているんだな?」


「そう!」


 アイリスはシルフを抱きしめながら強く断定した。


「そうか・・・。ルイッサ、俺としては信じてやりたいんだが、何か意見はあるか?」


「私もルーファスを支持します。シルフは人をだます精霊ではありません。それにもちろん、アイリス様が嘘を言うはずもありません。ですが―――。」


 一呼吸おいてルイッサが続ける。


「正直、まだ驚いています。精霊と会話する、これは私たち魔導士には持てない能力です。魔力をお持ちでありながら、魔法をお使いになれなかったアイリス様ですが、まさかこういう形でその力を発揮されるとは・・・。」


「えっへん!」


 アイリスは、わざとらしく得意そうな顔をする。


「しかし、アイリスの隠された能力の1つが明らかになったというのは朗報だ。パトリックへの土産話ができたな、アイリス?」


「うん!」


 空飛ぶシルフと両手をつなぎ、お互い満面のみでぐるぐる回っている。


 このアイリスの能力が意味するもの―――。

 それは、この時の俺たちには知るよしもなかった。




「待たれよ。」


巨大な通路を通り抜ける際、先に進もうとするのをテレンスが制した。


「ここで油断してはならぬのだ。」


「どういうことだ、テレンス? 精霊に注意しろということか?」


 俺の問いに、苦々しい表情をしながらテレンスが説明する。


「精霊など、我々が他のことに気を取られているすきに罠をかけるのが、奴の常とう手段なのだ。であるから、ここは―――。」


「そうだな、俺の出番だな!」


 前に進み出たのはカイルだった。

 特務隊長カイル・マクファーレン。

 先ほどこそ少女2人にからかわれていたが、隠密の実力そのものは折り紙付きだ。


 カイルは床をじっと見据みすえている。

 何かを感じ取ったようだ。


「そこかっ!」


 カイルが手裏剣を床に向けて投げた。

 金属音と共に手裏剣が跳ね返った瞬間、その近辺の床2メートル四方が崩れ落ちた。

 真っ暗な空間が口を開け、全く底が見えない。


「うーわ、怖っ!! カイルって、意外とやるのね!?」


「危ないところでしたね。しかし床のトラップであれば、私の浮遊魔法で回避できます。」


 そういうとルイッサは浮遊魔法の詠唱を始めた。


「いや待ったルイッサちゃん、罠はこれだけじゃねーぜ!」


 ルイッサを制したカイルは、今度はブーメランを取り出し、斜め上方の天井に向かって投げつけた。

 ブーメランが半円を描いてカイルの手に戻ってきた途端、金属でできた投槍なげやりが無数、左右の壁から高速で飛び出した。

 そして50メートルほどを一瞬で飛び、反対側の壁に当たって一斉に床に落ちた。

 大きな金属音がフロアに鳴り響いた。


「ふん、この階のトラップはこれだけのようだな・・・。」


 うっかり飛んでいたら串刺しだった。

 アイリスとルイッサ、そしてシルフは、投槍の射出に驚いて抱き合ったまま固まっている。


「み、見直したわ、カイル・・・。」


 アイリスの称賛に、カイルはウインクで返した。

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