第35話【精霊】

 アイリスが神剣グラムを抜き、そして叫んだ。


「何か・・・いる!」


 巨大な扉が開いた。

 その向こうには、同じく巨大な空間が広がっていた。


 薄暗いその空間には大きな通路があり、奥まで続いている。

 通路の脇には、装飾を施された太い柱が何本も連なっていた。

 柱にともされた炎のお陰で、ぼんやりだが、室内全体が見える。


 天井までの高さは30メートルぐらいか。

 天井そのものはトンネルのようなドーム状となっており、通路同様、そのまま奥まで続いている。

 暗くてよく見えないが、壁には宗教画のような巨大な絵が一面に飾られているようだ。


 目に映る限りでは、生き物の姿は無い。

 だが、たしかに何かを感じる。

 何かが、そこにいる。


「お気を付けください、魔力の高まりを感じます。・・・上です!」


 俺たちは天井付近を見上げた。

 何かがおかしい。

 空間がゆがんでいる?

 その歪みが、猛烈な勢いでこちらに飛んできた。


「聖魔反射鏡ソーサル・リフレクト!」


 すかさずルイッサが防御呪文を放った。

 巨大な破裂音と共に歪みは四散する。


「空気弾か!? 高圧の空気のかたまりが飛んできたのか!?」


「ええ、ルーファス。岩をも砕くほどの威力がある風の呪法です。これほどの魔法を詠唱も無しに打て、そして姿が見えないとするなら・・・もう正体は明らかですね。」


 そういうとルイッサは防御魔法を解き、両手で陣を結び始めた。

 それを見たアイリスが驚きの声を上げる。


「え!? ルイッサ、それって・・・!?」


「ふふ、教わってすぐに使うことになりましたね。・・・大地を行く龍よ、空を舞う龍よ、我に汝の気高き心眼を与えたまえ! 神魔開放アドヴェン!!」


 神魔開放!?

 パトリックの龍脈術式ガイアドライブか!?


 全ての音が鳴りやみ、時が止まったような感覚に陥った。

 あの時と同じだ。


「さあ、姿を現しなさい! 精霊シルフよ!」





 天井付近にうごめく姿がある。

 それは白衣をまとった美しい少女だった。


 いや、ただの少女ではなかった。

 空気で出来ているのであろうか、蜻蛉とんぼのような細長い4枚の透明な羽が見える。


 そして、それは1匹ではなかった。


「な・・・? 10、いや12匹もおるぞ、ルーファス!?」


 厄介だ。

 12人の空飛ぶ魔導師団との戦いになる。

 しかし、ルイッサは冷静だった。


「姿を見破られ、彼女らに動揺が見えます。戦うなら今がチャンスです。」


 たしかに、ざわついているようだ。

 それに、空にいるとはいえ、天井までの高さはせいぜい30メートル。

 そこまで届く奥義ならいくらでもある。


「ああ・・・あんな可愛い子たち、斬りたくない・・・。」


 アイリスは、シルフの見た目の可愛さに闘争心がかないようだ。


「大丈夫ですよ、アイリス様。精霊たちは龍脈術式で、こちらの世界に呼び出されただけで、倒しても死ぬわけではありません。ただ単に、精霊界にかえるだけです。」


 ルイッサの言葉に、アイリスはしぶしぶ構えを取る。


「そうと分かりゃ、先手必勝だ! 阿修羅流奥義、崑崙山牙連弾こんろんざんがれんだん!!」


 カイルが手裏剣の奥義を放つ。

 手から放たれた何本もの手裏剣は、炎を纏い、シルフに突き刺さった。

 断末魔の悲鳴と共に、そのシルフは消え去った。


「よっしゃ! まずは1匹!」


「うーわ、あんな可愛い子を殺して喜ぶなんて、さいてー・・・。」


 先制攻撃を決めたカイルに、アイリスは冷ややかな眼差まなざしを向けた。


「ま、待てよ、アイリスちゃん!? し、しかたねーだろ、この場合!?」


「大丈夫ですよ、アイリス様。私もカイルさんが嫌いです。」


 ルイッサは魔力を溜めつつ、ニコニコしながら嫌味を言った。


「とほほ・・・俺にとっては、こいつらのほうが強敵だわ・・・。」


 しかしカイルの攻撃は有効だった。

 シルフの群れに混乱が広がっている。


「剣王流奥義、赤龍咆哮弾せきりゅうほうこうだん!!」


 俺は群れの右手に回り、突きの奥義を繰り出した。

 真正面にいる1匹を狙ったのだ。

 遠間とおまの敵を倒すには、突きが一番である。


 だが俺の振るった剣は炎の剣である。

 他の剣とは威力が桁違いだった。

 剣から炎がほとばしり、周りにいた3匹もまとめて燃やし尽くした。

 1突きで4匹を葬ったのである。


「ほっほう! 恐ろしい威力だのぉ、炎の剣は。だが、わしの聖なる槍ホーリーランスも負けてはおらぬぞ? わしは左から行かせてもらう! 百八十四式聖槍断空衝ホーリー・シア・インパクト!!」


 聖なる槍が青く輝き、そこから突きが高速で放たれて空を切り裂いた。

 そして、重なって飛んでいた2匹が体に風穴をあけられて消し飛んだ。


「ぬぅ! 2匹しか倒せぬか! 口惜しや!」


 テレンスは怒りのあまり、アイリスの冷ややかな視線には気づかない様子だ。


 左右から攻撃されたシルフは中央に集まった。

 そして、ようやく我を取り戻したのか、風の呪法で反撃しようとしてきた。


「固まってしまったのが敗因ですね、もう遅いのです。荒れ狂えヴェスタの炎よ、エトナの山より出でて全てを焼き払え! 焦熱炎神粉砕球アシュ・インファーノ!!」


 小さな光だった。

 残ったシルフの群れの中にその光はあった。


 しかしそれは太陽のように激しく燃えていた。

 危険を察知したシルフたちが逃げようとしたその瞬間、大爆発を起こして彼女らを飲み込んだ。


「ぬぅ、ルイッサ殿は5匹か・・・。口惜しや、ああ口惜しや・・・。」


「いえテレンス、4匹です。1匹逃しました。」


 よく見ると、シルフが1匹、柱の陰で震えていた。


「アイリス様、そちらに行きました! 迎え撃ってください!」


 震えていたそのシルフは、アイリスに向かって真っすぐ飛んで行った。

 だが、あろうことか、アイリスは神剣グラムをさやに納めてしまった。


「バ、バカな、アイリス!? そいつは危険だ、斬れ!」


「やーよ!」


 アイリスは俺の忠言に耳を貸さず、笑顔で両手を広げている。

 まずい、ここからでは援護できない!


 次の瞬間、我々の誰もが目を疑った。

 震えていたシルフがアイリスの胸に飛び込んだのだ。

 アイリスは怯えるシルフを抱きかかえ、頭を撫でている。


「まさか、そんなことが・・・? 精霊が、術者のコントロールを離れてなお存在するとは驚きです。」


 ルイッサも驚きを隠せない。


「もう、どうしてこんな可愛い子を殺そうとするのよ!? ほら、こんなに大人しいじゃない!?」


 アイリスが怒った顔で言う。

 シルフは本当に大人しく、アイリスに抱かれている。


 身長はルイッサよりやや小さい、140センチといったところか。

 緑色の長髪に、同じく緑の目をしていた。

 その目には涙を浮かべている。


「やれやれ、本当にお前には驚かされることばかりだ・・・。」


 俺の言葉に、アイリスはニヤッと笑った。





 突然、大きな声が響き渡った。


「これは驚いたぞ? シルフを退けるばかりか、まさか手懐てなずけてしまうとはな。」


 聞いたことのない声だ。

 だが、テレンスの表情からそれが誰であるかが読み取れる。


「ぬぅ、くくっ・・・。盗賊ブラックめ・・・。」


 牙狼盗賊バンデッドマスターブラック・ウェイン。

 大陸で五本の指に入る龍脈術師であり、剣技の達人。


「気に入った。いいだろう、ここまで来い。俺の精霊たちに勝てるというならな! ハハハハハハ!」


 そこで声は消えた。


「待ってくれ、ブラック・ウェイン! 我々は討伐に来たのではない!」


 俺は天井に向かって叫んだ。

 だが、ルイッサが俺の手をつかんで止めた。


「無駄です、ルーファス。あちらの声は聞こえますが、こちらの声は届きません。やはり当初の計画通り、塔を昇るしかないでしょう。」

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